サイボーグ全盛世界の、時代遅れのロートルガンマン 作:異星人アリエン
わたしの記憶のほとんどは、白い部屋で埋め尽くされていた。
壁も、天井も、照明も、働いている研究員も、自分自身の肉体ですら、何もかもが白い世界。唯一の別の色は、自ら流れる赤い血の色だけだった。
「あぁぁぁあぁぁぁぁっっっ! あ、あ、ぁぁあっ…………っ…………」
悲鳴が響き渡る。喉から絞り出した悲痛な声。
それは長く続いたけども、やがてぷつりと声が消えました。代わりに響くのは、ピーという電子音だけ。
「だめです。RX-6-20-4は心肺停止。瞳孔も開ききっています」
「失敗か。有望かと思ったが、期待外れだな。身体は解体所の方に回せ。急げよ。新鮮な
あぁ、今日もまた仲間が死んだ。
汚れのない、綺麗な場所なのに、此処には死が満ちていた。
実験体には個別の部屋が与えられる。
部屋と言っても名ばかりで、実際には何もない。あるのは実験の開始と終了以外は決して開かない扉と部屋の隅にある、
「ぐす、ぐすっ……いたい、いたいよぉ……」
わたしはそこで泣きながらうずくまっていた。
腕に刺された注射痕がいたい、電流を流された身体がいたい、頭もズキズキといたい。いたい、いたい、いたい。
ここに生まれてからなにも楽しいことはなかった。
ただただ辛いだけ。こんなの生きていたってどうしようもない。でも、死ぬのもこわい。だから、泣くことしかできない。
『ねぇ』
「うっ、だ、だれ──」
『まって! だめ! 反応しちゃ! 監視されているから!』
切羽詰まった声で止められて、慌てて口を塞ぐ。
『ごめんね、急に話しかけて。やっと繋がる娘が見つかった! ずぅ〜っと、挑戦していたのだけど、みんな悲痛そうな悲鳴をあげるだけで誰とも会話できなくて……。あ、ごめんなさい。こっちが話してばっかりで。あたしはPX-67……ううん、
そうしてわたしは、アイリと出会いました。
アイリとの会話は、実験が終わった後の寝るまでの僅かな間だけでした。実験は辛いことばかりでしたが、終わった後のこの時間は好きでした。
初めは辿々しくしかテレパシーを使えなかったけど、アイリが教えてくれたおかげでだんだんと話すことができました。その度にアイリが褒めてくれて、なんだか照れ臭く感じました。
アイリは、わたしの知らないことをたくさん教えてくれました。
『あたしにはね、記憶があるの。ほんの少しだけど、外の世界のことを覚えているの。肌を撫でる風、鼻をくすぐる花の香り、どこまでも澄んで……はいなかったけども明るい空、それはこの施設に来てからもずっと覚えている』
『そう、なんだ。RX-6-21-7は、この白い空間しか知りません……』
アイリは外から連れて来られた子だったらしいです。
反対にRX-6-21-7は、この場所で生まれました。人工子宮というやつで、生まれたと聞きました。
たしか、国を滅ぼした最強の
おんなじように、細胞から作られたたくさんの仲間がいました。今はもう、ほとんど先にいなくなっちゃいましたが。だから、アイリの言っていることがあまりよくわかりません。
そう言うと、顔が見えないのにアイリはほんの少し寂しそうに、哀しそうに微笑んだ気がした。
『そっか……。ならいつかさ、ここを出たら一緒に見に行こうよ! あたしがいろいろ案内してあげるからさ!』
『……はい、その時は、お願いします』
それが強がりから出た、優しい嘘だとはわかっていました。でもわたしは約束しました。それが、今日を生きる希望になるから。
『さぁ、今日も実験を始めようか。昨日よりも投薬の量を増やさなければ。
あぁ、今日も実験が始まる。
わたしはただ、早くアイリと話せる時間が来ないかなとだけ思っていました。
そうしてどれだけの月日が経ったでしょうか。
ここには太陽や月とやらの光はありません。人工的な白い光だけが辺りを照らしています。研究員たちの覗き込むデジタル画面に刻まれた数字だけが、わたしに今が何日なのかを教えてくれました。
『アイリ……』
『なに? そっちから話しかけて来るなんて珍しいじゃん』
『ありがとう、ございました。アイリのおかげで、たくさんの楽しいことを知れました。アイリのおかげで、わたしはこれまで生きてこられました』
『ねぇ、ほんとうにどうしたの? すごく照れるんだけど……』
アイリは本当に照れている様子でした。
テレパシーの音声が、揺れています。珍しい一面を見られたな、と思いながらわたしは理由を告げます。
『明日、RX-6-21-7は新型薬の投薬をされます。前にRX-6-20-4が投薬されたのと、同じやつです。RX-6-20-4は……死んでしまいました。わたしも、きっとそうなると思います』
『なっ……』
そう、実質的な廃棄処分でした。
でも、わたしは悲しくはありませんでした。こわくはあります。でも、この場でアイリに出会えたこと。それが、わたしにとって何よりも幸運でした。
だから泣いていません。
ただ、アイリに向けてのテレパシーの声が震えないようにだけ気を付けています。
『だだから、アイリ。ほんとうに、ありがとうございます。わたしは……ここで死んじゃうけども、アイリならきっと外に出られます。だから、いつかアイリだけでも外の世界に逃げ出してください。わたしは、それを祈ってます』
『……』
『アイリ?』
『大丈夫。あたしに任せて』
何かを決意したような、そんな声でした。
それからしばらくして、大きな地響きが起きました。それは繰り返し起き、サイレンが鳴り響いてきます。音は近づき、やがてわたしの部屋の前で止まりました。
そして、普段なら実験の時にしか開かない扉が開きました。
そこに居たのは、真っ白なわたしとは違って血色の良い、髪の長い女の子。
「行こう! ここから抜け出そう!」
脳内に響くのではなく、鼓膜を振るわせる生の肉声。
そうやって頭を痛そうに抑えながらも、笑顔で手を伸ばしてくる
「暴れているのは、PX-67だ! まさかここまでの超能力を扱えるとは……!」
「迂闊に奴に近づくな! 捩じ切られるぞ! 貴重な検体だが、このままでは施設そのものが破壊される。最悪、始末してもかまわん!」
その後、わたしたちは走りました。
出てくる敵は全て、アイリが超能力で吹き飛ばしました。
しかし、外に出られる唯一の出口。
そこに鋼鉄のばけものが立ち塞がっていました。
「なに……あれ……?」
「あれは知っている……! 蜘蛛みたいな多脚機械兵器、確か名前は〝ネクロウェーブ〟! あれが、あの兵器で、わたしの両親を……!」
見たことのない顔をしていた。憎しみの宿った瞳でした。アイリをそんな顔にするだなんて、よっぽど怖い兵器なんだ。わたしはぎゅっと、怯えを隠すように手を握りしめる。
「え……?」
その時、手を離されて背中をポンッと押し出された。
「いって。あれがいる以上、二人同時には逃げられない。誰かが囮にならないと」
「いやだよ、一緒に行こうよ。RX-6-21-7だけじゃ、外の世界にいけないよっ」
「だめだよ。このままじゃ共倒れ。それじゃ、意味がない。あいつはあたしが食い止めるから」
「でもぉ……!」
それでも駄々をこねるわたしを、アイリは頬に手を添えて優しく微笑んでくれました。
「大丈夫だよ。辛いことも、痛いこともたくさんあった。世界はこんなにも残酷なんだって思ったことも、何度もある。それでも、きっとあなたに優しくしてくれる人は現れるから。だから……走って!!!」
『目標ヲ確認。敵ヲ、排除シマス』
「う、うぅぅ……あぁぁあぁぁぁぁぁ!!!」
それから、RX-6-21-7は走りました。
背後から聞こえる戦闘音に気付かないフリをして、ただひたすらに。
外は、アイリの言った通りの世界ではありませんでした。
どこまでも人工的な風景が広がり、焼きつくような炎の風が吹いて、花の匂いの代わりに鼻を刺すような刺激臭がしていました。
でも、空だけはアイリの言った通りでした。
夜で真っ暗で、空も煙に覆われていたけど、煙の切れ目から見える光り輝く照明……うぅん、月と星は、とても綺麗でした。
でも、そこにアイリはいません。
そのことがすごく寂しくて、哀しくて。
わたしはただそれを振り払うようにがむしゃらに、走り続けました。
追手から逃げるため、わたしは煌びやかなところを避けて、暗いところをただひたすらに。
やがてたどり着いたのは、ひどい臭いがして瓦礫の多い場所。歩く場所すら、探すのが困難なくらいでした。
「どうだ?」
「いいや、なんも良いモノはねぇな。やっぱりもう漁られつくした後っぽい」
「ちっ、しけてやがるぜ。せめて
声が聞こえました。
あの施設以外の初めての人の声。話している内容はよくわかりませんでしたが、それでもわたしの気持ちは高揚しました。
「あの、たすけ……ひっ!?」
わたしの声に気付いて、こちらを向いた複数の男女。
瞬間、どす黒いほどの悪意を、わたしは感じました。研究所の人たちは、悪意がある者は少なかった。彼らは、あくまで研究対象としてしかわたしを見ていませんでした。
でもこの人たちは違う。
「へへ、おい」
「あぁ、良い
こっちに向かってやってくる男女。近づくにつれて、悪意が増していく。
「やめて、来ないで……! 来ないでぇ!!!」
「な、なによこれ!?」
「ひぃぃっ!? か、身体が浮いて……た、助けてくれぇ!?」
こわかったわたしは、すぐに超能力を使ってしまいました。
感情の起伏のせいか、これまで以上に超能力を扱えました。男女たちは逃げていきました。
「はぁ、はぁ、あぅっ!?」
こわい、こわい。これからずっと、あんな感情を向けられて生きていくの? いやだよ、こわいよ、アイリ……。荒い息を整えながら怯えていると、ごちん、と何かが頭の上に落ちてきました。
それは鈍い輝きを放つ鉄の甲冑。大きくて、強そうに見えました。そしてそれは、今のわたしにとってもっとも欲していたモノでした。
だから、強く見えるそれを身に纏いました。
そしてわたしは、この周辺にいた人を片っ端から追い出しました。だってそうしないと、安心して眠ることができなかったから。
今日もまた、うるさかった人たちを倒してほっと一息吐いた時。
銃弾が、わたしの鎧の頭を撃ち抜きました。
「うぁ……!?」
なんで。
まったく何も感じなかったのに。
混乱するわたしの視界の隅で、銃口をこちらに向ける男の人の姿が見えた。
「はっ!?」
目を覚ます。
視線に飛び込んで来たのは、灰色の天井。ところどころ、黒ずみのある、だけど掃除の行き届いた部屋。
起き上がる。電子の時計を見て、まだ人が起きるには早い時間だとわかった。
「ぐが〜……すぴ〜……」
パソコンの画面をつけたまま、椅子にもたれて寝ているグレアがいました。辺りには、エナジードリンク? ってやつが散乱していました。
光源がパソコンしかない部屋でしたが、その奥で、一室だけ。電気のついている場所がありました。
そこはキッチン。わたしは誰がいるのかわかっていましたが、覗き込みます。
「ふんふんふ〜ん」
「ダディ」
「ふっ……!? …………なんだ、ニナ。起きたのか」
話しかけると、ダディの体が大きく震えました。
「あの、今歌って」
「なんの話だ?」
食い気味に否定された。
ダディはコーヒー、あの苦い液体を淹れているところだったみたいでした。
「それでなんだ、こんな朝早くから。……なにか、あったのか?」
ダディはわたしを少し見ただけで、わたしの変化に気付きました。
「夢、をみてました」
「なんのだ」
「えっと、ここに、来る前までの、です。それで、つい目が覚めてしまって……」
「だからか。ひどい顔をしている」
「え……?」
思わず顔を触る。
そんな表情をしていたでしょうか。自分でもよくわかりません。
ダディは困ったように、頭を掻きます。
伝わって来る感情は困惑と、どうにかしてやりたいという思いやりでした。
「そこで待っていろ。飲み物を用意してやる。貴重な牛乳だ、味わって飲め。今温めてホットにしてやる」
そのままガチャガチャと鍋を用意して、わたしに飲ませるために準備してくれていました。牛乳とやらが何かわかりませんが、それでもダディが惜しそうにしていることから美味しいものだとわかります。
それを、わたしのために淹れてくれようとしている。
「……えへへ」
ダディ。
あの時、初めて会った時はすごくすごくこわかったよ。でも、今はこわくないの。ほんとうだよ。だって、ダディからは
気難しそうに、いつも睨むような顔だし、悪態も吐くけども、行動の一つ一つから、わたしを慮ってくれているのがわかるから。
「おい、コップはマグカップの方が……、何を楽しそうに笑っている」
「わらってないよ」
ねぇ、アイリ。
あなたの言う通り、わたしに優しくしてくれる人は見つかったよ出会い方は最悪だったけども、それでも気にかけてくれる人ができた。
また会えるかな。ううん、会えるよね。
アイリはわたしよりも強かった。きっとあのあと研究所からも逃げ出せたに違いない。
また会えたその時は、ダディとグレアを紹介するんだ。
わたしは思いを馳せながら、ダディが牛乳を淹れてくれるのを待つのでした。
面白いと思っていただけましたら、よろしければ高評価・お気に入りをいただけると作者がとても喜びます!