【完結】シャア大佐すこすこスコティッシュフォールド 作:むにゃ枕
アステラという少女は、シャアにとっては便利な道具であった。彼女と出会ったのは、フラナガン機関の処理場だ。そこでアステラは、他の子どもたちを庇い、侵入者たるシャアと向き合っていた。
助け出されたアステラは、シャアのことを生命の恩人であると慕っていた。あろうことか、自分も戦場に連れて行ってほしいと言い出したのだ。
10歳の少女を戦場に出す気は、シャアには無かった。しかし、己の肉体を抱きしめる異様なまでに強い力と、彼女の揺るぎない意思の前にシャアは首を縦に振ってしまった。
アステラは10歳としては異様に成熟しており、モビルスーツで敵を殺すことを躊躇しなかった。
ア・バオア・クーでは、非常に便利な駒となった。ララァを失い、心が乱れていたこともあり、シャアは、アステラにキシリアを殺すよう命じた。
命じてから、シャアは口封じを考えた。そして、アステラに殿を命じ、自身はそのままアクシズへと逃げ延びたのである。
10歳の子どもを見殺しにしたという罪悪感は有ったが、戦場の高揚と、復讐の甘美さは拮抗薬として作用した。それどころか、この罪悪感は簡単に忘却に押し流された。
グリプスでアステラと再会してからは、シャアにとっては悪夢のような日々が続いた。シャアの目論んでいたエゥーゴを利用するプランは、見るも無惨に崩壊した。
そして、イカれた強化人間が、24時間昼夜問わず引っ付いてくるようになった。
シャアとて男であり性欲はある。しかし、それは頭のおかしい強化人間に対して発揮されるものではなかった。アステラは見た目は整っているが、頭がおかしい。
そもそもティターンズを裏切り、バスク・オムの身柄をエゥーゴに引き渡した時から意味不明であった。普通、自身の所属する軍組織を裏切るなどあり得ない。
ヘラヘラと笑いながら、シャア大佐のことが好きなのでバスク・オムを捕まえました、と言われた時には寒気がした。
この女は、紛れもなく狂人だ。こんな奴と関わっていては、自分も気が狂ってしまう。
しかし、シャアの葛藤は周囲には理解され無かった。何故ならアステラは非常に狡猾であり、シャア以外の人物に対しては、露骨に狂ったところを見せなかったのである。
実際、アムロを含む周囲は、多少デリカシーが無いが、元々強化人間であり仕方ないか、という感情を持っていた。
「アステラ、君と恋人となるのは生理的に無理だ。諦めてくれ」
「でも、私はシャア大佐のことが好きです。自分の感情に嘘はつけないので、諦められません」
「…………私は、君に嫌悪感を抱いている」
「えー、シャア大佐は私に利用価値を見出してますよね? それに嫌悪感というよりも、どう利用するか考えてますよね? なら、私のこと利用して良いですよ。シャア大佐の心はララァちゃんに取られちゃってますから、私は2番目でも構わないですよ」
なんというか、アステラはシャアにとって非常にやりづらい相手だった。
自分の着用していた下着が新品にすり替わっていることも、シャアの心を蝕んだ。
イカれた女にストーカーされている。シャアは証拠を集めアステラに接近禁止令を出すに至った。エゥーゴからロンド・ベルへと組織が改変されても、シャアにとっては耐え難い環境であることに変わりはなかった。
自分が見殺しにしようとしたのに、何故か自分に120%の好意を寄せてくる相手がいることは、シャアの精神を歪ませた。
そして、シャアはロンド・ベルを出奔した。
アクシズに渡りをつけ、ハマーンを上手く操縦した。アステラというイカれ女と比べるとハマーンは簡単な女であった。
処女であったハマーンを何回か抱くと、ハマーンはシャアの言葉を鵜呑みにするようになった。
ハマーンをだまくらかしたシャアは、アクシズ内部の同志を引き連れ身を眩ませた。ハマーンを囮にし使い潰す。そして、その隙に自分が連邦政府に対して決定打を叩きつけるのである。
果たしてシャアの策は成功した。ロンド・ベルや連邦宇宙軍がハマーンのアクシズに対してリソースを割いているうちに、シャアはビスト財団からラプラスの箱を受け取り、中身を開けた。
それと同時に、ザビ家の復讐装置であるアスタロスのコンテナ船。ミナレットを手に入れた。
この二つはかなりすんなりと手に入った。普段の慎重さがあれば裏を洗ったかもしれないが、シャアは平常心ではなかった。
これでようやくアステラを抹殺する準備は整った。
ここまでやったのは、断じてアステラというストーカーを抹殺するためではない。連邦政府を打倒しスペースノイドのための世界を作るためである。シャアはそう自分に言い聞かせたが、実際はアステラへの恐怖や怒りがシャアをこの行動に駆り立てていた。
アステラがロンド・ベルを裏切りこちらに付いたとしても隙を見て殺せば良い。ロンド・ベルに付くならそのまま敵として殺す。シャアの計画は書面上では完璧であった。
「バカな……!? 連邦政府が折れただと…??」
シャアの予想よりも連邦政府は賢明であった。宇宙世紀憲章の正当性を認め、スペースノイドの参政権を段階的に認めることを容認したのだ。
それと同時に、連邦議員の大幅な増加や、連邦構成単位に対して自治権の拡大などを認めた。
「どうなっている……?」
「ロンド・ベルをはじめとする宇宙艦隊派による議会占拠が起きたようです」
「やってくれるな…! これでは、アスタロスを使う名目が無い」
「シャア大佐!!! お久しぶりですね!!! 迎えに来ましたよ!!!」
扉の前から嫌な声が聞こえた。警備兵は全く阻止することが出来ていない。シャアの陣営は少数精鋭である。拠点の守りもそこまで固くはない。
「バカな早すぎる!! 乗り込まれたのか!?」
「いえ、敵の揚陸艇は確認できません…!!」
となるとアステラが単体で忍び込ん出来たのだろう。
「ここは、俺が食い止めま、あギャッ」
部下が扉の外に飛び出して行ったが、おそらく時間稼ぎにすらならなかった。
「シャア大佐!!! アステラちゃんと結婚しましょう!!!」
シャアは眉間を抑えた。頭痛がする。意味が分からない。
「クソ女め!!!」
「シャア大佐、迎えに来ましたよ。もう諦めましょう」
部屋のドアをアステラが蹴破った。シャアは、室内に飾られていたサーベルを、アステラに投げ渡す。そして、右手に構えたサーベルの切っ先をアステラへと突きつける。
「アステラ、ここで貴様との因縁に終止符を打ってやる。構えろ」
「もう、終わってますけど?」
シャアの構えたサーベルは、刀身が根本からへし折れていた。そして、アステラはシャアの頭に拳銃を突きつけている。
「ここで、連邦軍に身柄を引き渡されるか、私とフォン・ブラウンで一緒に生活するかどっちが良いですか?」
「決まっている。前者だ」
「はぁ、嫌われたものですね」
「当たり前だろう!!」
そう言ったきり、シャアの意識は消失した。
あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。目が覚めるとシャアは見知らぬ部屋にいた。
「……アステラに拉致されたか。ここはどこだ?」
「お目覚めかな? ここは、木星往還船ジュピトリスさ。おっと、自己紹介がまだだったな。私はパプテマス・シロッコ。木星船団のリーダーをさせてもらっている」
シャアの瞳からはハイライトが消えた。木星船団など、とんでもない場所ではないか……
「これでもうどこにも逃げられませんね♡ シャア大佐♡ 一緒に木星のみんなのために貢献しましょう! そうですよね! シロッコさん!」
「ああ。その通りだ。よろしく頼むよ」
パプテマス・シロッコは、シャアの手をがっちり握っていた。シャアは、苦笑するしかなかった。
後世の歴史で、木星帝国の初代宰相パプテマス・シロッコと初代帝シャア・アズナブル。歴史書では、この二人は出会いから意気投合したと記されている。しかし、実際には二人の出会いは、シャア・アズナブルにとって苦々しいものであった。