進発して二日目の朝は、霧から始まった。谷の縁を避けて平原側を進む道のりは、ぬかるみを一歩ごとに確かめるような速さで、地図の上の距離がなかなか縮まらない。ブラントは先頭を行く自機の後方、やや左に付き、マリーナは進路の右手にある高台へ先に上がって、見える範囲を知らせる役を続けていた。
通信は相変わらずノイズ混じりだった。声は届くが、語尾が時々砂のように崩れる。それでも三人の間では、短い言葉だけで足りるようになりつつあった。
「ガルム3より各機。霧が切れます。一時方向に林、動くものなし」
「ガルム2、了解。中尉殿、林の縁を回りますか。それとも抜けますか」
問いかける形は、降下してからも変わらない。決めるのはこちらだと、自分で言ったことだ。
「ガルム1より2。縁を回ります。足元はブラント曹長が見てください。ぬかるみが深ければ、すぐ知らせてください」
「自分が見ます。お任せを」
霧がほどけ、空が広くなった。宇宙で見慣れた黒とは違う、底の知れない青だった。その青の中に、小さな点が混じったのは、林を半分ほど回り込んだ頃だった。
「ガルム3、機影あり! 七時方向、上空! 数は四!」
マリーナの声が、いつもの陽気さを剥がしたように静かだった。引き金の前の声だ。
「ガルム1より2、3。散開。ガルム2は林の影へ。ガルム3は高台から上を取ってください。引きつけます」
返事を待たず、機体を前へ蹴り出す。背後から迫る音が、点だった影を、一息ごとに線へと変えていった。
最初の一機は、様子見だった。
機銃の光が泥を縫って走る。半歩だけ横へ踏むと、光の筋は足元の泥を叩いて過ぎていった。かすめた一発が肩の装甲を鳴らしたが、雨粒が屋根を叩くような、軽い音だった。モニターに赤い文字は出ない。
抜けない。わかってはいたことが、肌で知ると、背中の力が一段抜けた。それでも、気は緩めない。抜けないのは、数発の話だ。当て続けられれば、話は別になる。
「ガルム2、撃ちます!」
林の影から、ブラントのマシンガンが唸った。二機目が弾道の筋に触れかけ、慌てて機体を傾けて逃げる。
「ガルム3、外した! もう一度!」
「ガルム1より3。焦らないでください。一番高い機体から、順に」
「了解!」
三機目、四機目と、間隔を空けて頭上を抜けていく。そのうち、先頭の一機だけ、動きが違うことに気づいた。他の三機が決められた線をなぞるように飛ぶのに、あの一機だけは、こちらの足運びに合わせて機首を振っている。撃つ前に、どちらへ踏むかを見ている。
「ガルム1より各機。先頭の一機に注意。考えて飛んでいます」
「ガルム2、了解。油断はしません。……戻ってきます、旋回です!」
敵の編隊が、大きく弧を描いて戻ってくる。今度は、一列ではなかった。二機ずつに割れ、片方は右、片方は左へ。低く、地面を這うように、こちらへ向かってくる。
「ガルム3、二手に分かれました! 三時と九時、どちらも低い!」
「ガルム2、中尉殿、挟まれます!」
左右から、同時に。地を歩く機体が相手なら、横へ避けても必ずどちらかの射線に入る。よく考えた形だった。考えているのは、あの先頭の一機だろう。
避ける方向は、地面の上にはない。
「ガルム1より2。九時の二機に、撃ち込み続けてください。避けさせて、進路を中央へ寄せます」
「ガルム2、九時の二機、了解。押さえます!」
林の縁から、ブラントのJ型が一歩、平原へ踏み出した。マシンガンが吠える。光の束が、左から迫る二機の鼻先をなぞり、避けようとした機首が、少しずつ、中央へ押されていく。
「ガルム1より3。三時の二機も、少しだけ中へ寄せてください!」
「ガルム3、撃ちます! お願い、当たって、せめて、掠めて!」
マリーナの弾が、右の二機の脇を縫った。当たらない。それでいい。進路が、ほんの少し、内側へ曲がる。
二組の線が、一点へ寄ってくる。見えた。ちょうど、この足元の少し先だ。
吸って三つ、吐いて六つ。数え終わる前に、ペダルを深く踏み込んだ。
J型が、地面を離れた。バーニアの咆哮が足裏から背骨を突き上げ、シートが身体を押し潰す。内臓が下へ沈み、血が脚へ落ちていく。視界の縁が、暗く狭まりはじめた。吐く息を細く長く絞り、腹に力を込めて、意識を頭の中へ繋ぎ止める。三つ吸って、六つ吐く。この呼吸があるから、暗い縁がそれ以上広がらない。
「……ふ、ぅ……ッ、ぐ……!」
泥の平原が一気に遠ざかる。左右から滑り込んできた四機の機首が、ほとんど同時に、何もなくなった泥の上へ向いたのが見えた。
標的は、そこにいない。
最も高い一点で、バーニアが切れた。
音が消えた。身体を押さえつけていた重さが、ふっと抜ける。胃が浮き、肩のベルトが緩み、血が頭へ戻ってくる。宇宙で、毎日のように身を預けていた感覚だった。上も下もない。足場を持たない世界。
地球に降りてから、初めて、身体が軽くなった。重力という鎖が、ほんの一瞬だけ、外れた。
その一瞬で、十分だった。右腕を大きく引く。マシンガンの重さごと、機体の重心をずらす。翼を持たない身体は、手足の重さで向きを変えられる。AMBAC。宇宙で、嫌というほど身体に叩き込んだ技だ。背中を下へ、視界の上下が入れ替わっていく。
回る機体が、身体を横から振り回す。ベルトが肩に食い込み、頭へ血が上り、視界が赤く染まりかけた。吐く息を絞り、歯を食いしばり、見るべき一点だけを、瞳の奥に縫い止める。
「……っ、ぎ……ッ、当たれ……! ここだ……ッ!」
逆さになったモニターの中で、交差しかけていた編隊が、真下で一点に重なった。
撃った。背面から、機体の腹に向けて、三連射。
弾が降る。先頭の一機は、直前に機首を振り、その尾翼を一枚削がれただけで抜けた。そのすぐ後ろを飛んでいた機体は、そうはいかなかった。翼の付け根が閃光に包まれ、折れた片翼が、くるくると回りながら遅れていく。
重力が、一息に戻ってきた。着地の衝撃を膝で殺すと、全身の血が足へ落ち、視界が一瞬暗く揺れた。泥が波になって、四方へ飛ぶ。
「はっ、はぁっ、は……っ、く……!」
墜ちた機体は、黒い土に腹を擦り、跳ねて、止まった。次の瞬間、炎が上がった。
「……え? 今、中尉、飛んで……? 空で、回って、え……?」
「…………」
ブラントの声は、しばらく、雑音の向こうに消えていた。
「……中尉殿。今のは。……自分は、何を見たのでしょうか」
「ガルム1より各機! 戦闘中です、気を抜かないでください! まだ三機います!」
「……了解! ガルム2、撃ちます!」
ブラントのマシンガンが、我に返ったように吠えた。逃げ遅れた最後尾の機体の翼を、弾がかすめる。機体は大きくよろけ、慌てて高度を上げた。
「ガルム3、曹長の弾、掠めました! 翼に!」
「当てても落とせないなら、次を撃ってください!」
三機は、上昇しながら編隊を組み直していた。逃げる気配はなかった。先頭の一機が、尾翼を欠いたまま、こちらへ機首を戻している。
「ガルム2、一列で戻ってきます! 正面、先頭!」
「見えています!」
三機が一列になって、真正面から迫ってくる。先頭の機銃が、一点を狙って細い線を引いてくるのがわかった。頭部。カメラのある場所。同じところを撃って、抜こうとしている。
膝を沈め、首を傾ける。光の筋が、すれすれを抜けていった。かすめた一発が頭部の装甲を鳴らし、モニターの端が一瞬だけ白く跳ねる。それだけだった。次の線は、もう踏み込んだ足の外にあった。
「中尉殿、右へ!」
ブラントの声に、考える前に足が動いた。右へ半歩。直前までいた場所を、二機目の機銃が舐めていく。
「助かりました、ブラント曹長!」
「礼は後で! 撃ちます!」
高台から、単発の乾いた射撃音が重なった。マリーナの弾は、二度、機体の脇をかすめた。外れても、彼女は間を置かずに撃ち続ける。ブラントのマシンガンも、林の影から唸りを上げる。三機の列が、弾幕に押されるように、わずかに乱れた。
そこへ、撃ち込んだ。先頭の機体の鼻先、一息分だけ先へ。
読まれた。機首が跳ね上がり、機体は垂直に近い角度で上昇した。弾は、尾の下を通り抜けて、空へ消えた。
落とせなかった。
あの一機は、こちらが何を撃つかを知っていた。それが、悔しいというより、不思議な感覚だった。
「ガルム3、逃げます! 三機とも、東へ!」
「ガルム2より1。追いますか」
「追いません。ガルム1より各機、深追い不要。損傷と残弾を知らせてください」
「ガルム3、損傷なし。残弾は、三割ほど減りました。補給は、やっぱり、もらえませんよね?」
「ガルム2、損傷なし。残弾は、まだ余裕があります。中尉殿、追わないのは正しいと思います。あの先頭は、追えば何か仕掛けてきそうです」
「ガルム1、損傷なし。残弾は七割ほどです。補給は、オデッサまで見込めません。一発ずつ、大事に使ってください」
燃える機体から、黒い煙が真っ直ぐ上がっていた。一瞥して、視線を外す。見るべきものは、そちらではなかった。
東の空へ消えていく三つの点。その先頭の一機を、目で追い続けた。
あの一機は、足運びを見ていた。二手に分かれた挟撃も、あの機体の考えだ。跳んだ直後に機首を振って、尾翼一枚で済ませた。装甲を抜けないと知るや、頭部の一点だけを狙ってきた。こちらが首を傾けて避ければ、次の線は避けた先へ置いてきた。そして、先読みの一連射は、機首を垂直に跳ね上げて外された。
一機は落とした。だが、あの先頭の一機だけは、尾翼を削るのがやっとで、先読みの一連射も外された。トリアーエズの連中とは、飛び方の質が違う。ただ速いのではなく、こちらを読んで飛んでいる。
次は、落とす。
今度は、読まれることまで織り込んで撃つ。機首を跳ね上げた先に、弾を置く。足運びを見られているなら、見せる足運びを変える。やり方は、まだ形になっていない。それでも、頭の中で、何度もあの機首の動きをなぞった。
◇
上昇する機内で、ジェイク・ローレンス中尉は、操縦桿を握り締めたまま、後方の黒煙を見ていた。
トム。トーマス・ハーヴェイ。士官学校で同じ部屋になって以来、腐れ縁と呼ぶしかない付き合いだった。成績は自分の方が少し上で、飯の量はトムの方が上で、貴様の尻拭いは飽きたと何度言われたか分からない。最後の通信は、短い悲鳴のようなものが一つ。それきり、スピーカーは雑音しか吐かなくなった。
当たらなかった。何十発撃ったか分からない。そのほとんどが、灰色の機体が半歩動くだけで、泥を叩いて終わった。かすめた数発は火花を散らしただけで、足を止めさせることもできなかった。狙っても当たらず、当てても抜けない。機銃の届く相手ではなかった。
それだけではない。あれは、跳んだ。ジオンの新兵器だか、人型の化け物だか知らないが、あの灰色は、戦闘機の頭の上まで飛び上がり、空の中で身体を回し、こちらの動きを見たうえで、背中から撃った。地を歩く機械が、空まで味方にしている。自分たちの領域だったはずの空に、あんなものが土足で上がってくる。
しかも、あれが一機だけの芸だと、誰が言える。あんな真似が、あの機械に乗る全員にできるとしたら。戦闘機の未来など、ない。背筋が、冷たくなった。
「……戻る」
ジェイクは、機首を下げようとした。
「隊長!」
僚機の声が、割れたスピーカーから飛び込んだ。
「落ち着いてください。今、戻ってどうするんです」
「絶対に殺してやる。あの灰色を、絶対に」
「隊長、燃料が持ちません。帰投分がぎりぎりです。残弾も、もう一斉射の分も残っていません」
もう一機の僚機が、震える声で重ねた。ジェイクは、計器盤に目を落とした。燃料計の針は、帰るための線の、ほんの少し上で揺れていた。残弾の表示は、数字で何も言い返せないほど、はっきりと小さかった。
反論の言葉を探した。見つからなかった。
「……帰投する」
喉の奥から絞り出した声は、自分のものではないように聞こえた。機首を東へ戻しながら、最後に一度だけ、下を見た。黒い土の上で、灰色の機体が、まだこちらを見上げているような気がした。
尾翼を欠いた機体は、辛うじて風を掴んでいる。あの頭を狙った一連射だけは、確かに、かすめた。ジェイクは歯を食いしばった。トムを落とした灰色の姿を、一つ残らず、目に焼きつけておこうと思った。
◇
燃える機体を背に、足を前へ出した。いつのまにか、霧は完全に晴れていた。
「ガルム1より各機。進発します。ガルム3は引き続き高台から、ガルム2は後ろへ」
「ガルム3、了解。中尉、さっきは、指示をありがとうございました。外しても撃っていいんだって、思えました」
「ガルム1より3。外しても撃ち続けたことが大事でした。次も、そのまま続けてください」
無線の向こうで、マリーナが小さく笑ったような気がした。
ペダルを踏み、J型が泥から足を抜く。平原の遠くに、うっすらと煙のような影が見えた。オデッサの方角だ。まだ遠い。それでも、一歩ずつ、近づいている。
背中の後ろで、黒い煙がゆっくりと細くなっていった。
日が傾く頃、進むのをやめた。夜の平原を、機体のまま歩けば的になる。今夜は、ここで夜を明かす。そう決めて、浅い窪地に降りた。風を避けられ、上からの視線も切れる場所だった。ブラントが土を指でつまみ、水気を確かめてから、小さく頷く。
「中尉殿、今夜はここで休みませんか。足も沈みませんし、空からも見えにくい。網を掛けておきます」
「お願いします。マリーナ軍曹には、高台の縁の見張りを先に」
「了解です! 戻ったら、一番いい缶詰をください」
マリーナが軽口を残して、斜面を駆け上がっていった。
J型の肩に網を掛け終えると、土の匂いが急に濃くなった。コクピットを出て、両足で立つ。まだ、地面が揺れているような気がした。
ブラントが缶詰を二つ持って、隣に腰を下ろした。
「中尉殿、一つ、聞いてもよろしいですか」
「どうぞ」
「昼間の、空で向きを変えて撃った、あの動きですが。あれは、いつからできるのですか」
缶の蓋を開ける手を止める。少し考えて、正直に答えることにした。
「宇宙でです。AMBACの癖が、そのまま出ました。地球でできるとは、跳ぶまで確信がありませんでした」
「確信がなかった、と」
「跳んでから、できると思いました。順番が逆です」
ブラントが、低く笑った。
「自分には、とても真似できません。やろうとも思いません。空で目を回して、泥に頭から突っ込むのが落ちでしょう。……ただ、中尉殿が跳ぶ場所まで敵を寄せる役なら、自分にもできます。あの指示は、自分が欲しかった指示でした」
不意に言われて、返す言葉が見つからなかった。指示を出した時は、頭に浮かんだ線をなぞっただけだった。それが、役に立った。
「……ブラント曹長が、九時を押さえてくれたからです。右へ、と言われなければ、あの射線にいました」
「お互いさま、ということにしておきましょう」
そう言って、ブラントは缶の中身を口に運んだ。それ以上は、何も言わなかった。
斜面の上から、マリーナの声が降ってきた。
「上から失礼します! 異常なし、です。……でも、お腹が空きました」
「降りてきてください。交代します。缶詰は、ブラント曹長が一番いいものを残してくれています」
「やった! 曹長、見直しました!」
「自分は、何も言っておりませんが」
三人で缶を空にするまで、風の音しかなかった。灰色の機体の足元に、雪解けの水がゆっくりと染みていった。
最初の見張りは、また自分から取った。偽装網の端に背を預け、星を見上げる。宇宙で見る星より、瞬いていた。空気という厚い膜が、光を揺らしているのだろう。
姉さんへ。今日、空で跳んだ。宇宙と同じ軽さが、ほんの一瞬だけあった。そこまで頭の中で書いて、続きの言葉が見つからなかった。
代わりに、東へ消えた三つの点を思い出す。先頭の一機の、機首の動き。垂直に跳ね上がった、あの角度。何度なぞっても、弾を置く場所が、まだ決まらない。
次に会えば、また向こうから来る。そんな気がした。
夜が明ければ、オデッサがさらに近くなる。星の下で、数える。吸って、吐く。それだけのことを、静かに繰り返した。
夜明けとともに、窪地を出た。
地面の色が、変わりはじめていた。黒い土の間に、砕けた岩と赤茶けた砂利が混じる。やがて、平原の向こうに、人の手で削られた斜面が見えてきた。掘り返された地肌。積み上げられた岩の山。使い古された線路の影。
オデッサだった。
通信が、急に騒がしくなった。ノイズの向こうで、知らない声がいくつも重なっている。
「全部隊へ。目標、採掘場。北から回り込む隊は予定どおり。到着した隊から、近い持ち場に就け」
「こちら東側、到着。敵影あり、守備線は二重」
「南から入る。マゼラ隊、前へ出ろ!」
「ガルム3より各機、あっちにも、こっちにも、土煙です! すごい数!」
マリーナの言う通りだった。平原のあちこちから、同じ方向へ、土煙が伸びていた。北から、東から、南から。別々の方角から降りてきた部隊が、一点を目指して集まっている。
その土煙の根元には、戦車や機体だけでなく、幌を張った輸送車の列も混じっていた。荷台には、歩兵が詰め込まれているのだろう。
「ガルム1より各機。近い隊に合流します。単独では動かないでください」
「ガルム2、了解。中尉殿、右前方、あれは」
土煙の中から、低く、幅広い車体が姿を現した。上部の砲塔を回し、長い砲身を前へ突き出した戦車が、四台、五台と、横一列に並んで進んでくる。マゼラアタックだった。履帯が砂利を噛み、地面が細かく震える。
その後ろを、別の小隊のザクが数機、歩いていた。
「こちらマゼラ隊。そこの灰色、ちょうどいい、尾根を取ってくれ! 右の斜面に、対戦車砲が潜んでる!」
「ガルム1、了解。尾根の側面から入ります。ガルム2は正面から、戦車を引きつけてください。ガルム3は、右の岩陰を!」
「ガルム2、了解!」
「ガルム3、了解です!」
走る。J型の足が、砂利を蹴る。前方で、閃光が走った。守備側の砲火だ。マゼラの砲塔の前で、爆炎が上がる。砲塔が回り、返す砲声が空気を殴りつけた。斜面の上の陣地が、一つ、吹き飛んだ。
「ガルム2、正面の戦車、仕留めます!」
ブラントのマシンガンが、守備側の戦車の履帯を叩いた。車体が傾ぎ、動かなくなる。
「ガルム3、対戦車砲、二門! 右の岩陰、あの突き出た岩の下!」
「見えています!」
尾根の側面は、傾斜が急だった。足で登ると、時間がかかる。ペダルを踏み込んだ。
J型が、地面を離れた。
「……ふ、っ……!」
血が脚へ落ち、視界の縁が暗くなる。吐く息で、押さえ込む。尾根の頂を越え、一瞬だけ、身体が軽くなった。眼下に、岩陰の砲陣地が口を開けているのが見えた。対戦車砲は、水平を撃つための砲だ。上から来るものには、砲身が持ち上がらない。
撃つ。砲身が折れ、弾薬が閃光を上げた。着地。膝で衝撃を殺し、すぐ隣の陣地へ銃口を向ける。そちらは、すでに沈黙していた。兵が、陣地から転がり出て、斜面を駆け下りていく。追わない。
「ガルム1、尾根、制圧! マゼラ隊、続けてください!」
「助かった! 全隊、前進!」
マゼラの列が、守備線へ踏み込んでいく。砲声が、次々と重なった。ところどころで、戦車が被弾して止まるが、後続がそれを避けて、前へ進み続けた。
別の小隊のザクが一機、守備側の砲火に捉まり、膝をついた。
「やられた、足が!」
「ガルム2より1、あの機体、引きます!」
「ブラント曹長、お願いします。ガルム3は、上から援護を!」
「了解!」
ブラントがJ型を寄せ、動けなくなった機体の腕を掴んで、岩陰へ引きずり込んだ。マリーナの射撃が、守備側の砲手を押さえ込む。
それで、持ちこたえた。守備側の砲火が、目に見えて細くなっていく。正面の戦車が燃え、陣地が一つずつ沈黙していった。
最後の砲声が消えたのは、日が頭上に昇る頃だった。
それでも、機体が守備線を崩しただけでは、土地は取れない。人が残っているかぎり、そこは敵の土地のままだ。
後方から、幌を張った輸送車の列が、土煙を上げて滑り込んできた。停まりきる前に幌が跳ね上がり、荷台から歩兵が次々と飛び降りる。小銃を構え、二人一組で塹壕へ走った。J型の足元を、小さな影がいくつも駆け抜けていく。
「ガルム1より各機。歩兵が入ります。足元と射線に注意してください」
「ガルム2、了解。踏まないよう、足を止めます」
「ガルム3、塹壕の端に、まだ動いている人がいます! ……あ、手を挙げました。降りてきます!」
塹壕から、両手を挙げた守備兵が一列になって出てきた。歩兵が銃口を向けたまま集め、武器を取り上げていく。続けて、管理棟の扉が蹴り開けられ、数人が中へ駆け込んだ。通信室、倉庫、採掘機械の操作室。一つずつ、しらみ潰しに回っていく。
やがて、管理棟の屋根の上に、ジオンの旗が広がった。風を受けて、重たく揺れた。
「採掘場、確保! 繰り返す、採掘場、確保!」
誰かの声が、通信の全域に響いた。続いて、歓声が、雑音を押し流した。
J型の足を止め、息を吐く。モニターを見ると、赤い文字は、一つも出ていなかった。
「ガルム1、損傷なし。ガルム2、3、損傷と残弾を」
「ガルム2、損傷なし。残弾、まだあります」
「ガルム3、損傷なし。……中尉、守れて、よかったです」
「守ったのではなく、取ったんです。ガルム3は、よくやりました」
そう返してから、少し間を置いた。降下から三日。ほとんど戦闘らしい戦闘もないまま来て、昨日の空と、今日の地上で、ようやく戦争の形が見えた気がした。
掘り返された巨大な窪地の底で、採掘機械が、持ち主が変わったことも知らずに、静かに止まっていた。
「各隊へ。その場で待機。大佐殿が着くまで、現状を維持せよ」
通信の声は、それだけを告げて、途切れた。
「大佐殿、ですか」
「中尉殿、自分たちは、まだ降りてから三日ですが」
「待ちましょう。ガルム1より各機、待機。弾薬と燃料を確認してください」
東の空を見上げた。昨日、三つの点が消えていった方角だった。今は、何もない。ただ青く、高い空が広がっていた。
あの空の下で、あの一機は、今、何を考えているのだろうか。そんなことを、思った。
今後とも本作をよろしくお願いいたします。
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