マダラに語られた、血と硝煙に塗れた凄惨な世界の記憶。その重すぎる過去に魂を激しく揺さぶられながらも、リュックは涙を拭い、自らの不屈の「希望」を叫んで暗闇の奥へと駆け抜けていった。
マダラは赤漆の具足(ヨロイ)を静かに軋ませ、その黄金の髪の小娘が往く背中を、ほんの僅かに口角を緩めて追っていた。
二人が通路の最奥にたどり着いたその瞬間、蛍光マキナの青緑色の光が連動し、巨大なドーム状の円形空洞を一斉に照らし出した。
「……っ、あった……! これだよマダラ! これが親父の言ってた、大昔のすごいマキナだよっ!」
リュックが息を呑み、工具袋を鉄の床に放り出して駆け寄った先。
ドームの中心に鎮座していたのは、数千年の時を経てもなお、冷徹な漆黒の金属光沢を鈍く放ち続けている、外径数メートルもの巨大な球体状の古代機械――アルベド族の未来の悲願、シンを力ずくで叩き潰すための巨大兵器の開発・修復計画における、決定的な心臓部となる『古代のメインコア』であった。
その巨体を前にした瞬間、リュックの表情から、それまでの13歳らしい子供の甘えや騒がしさが消え失せ、張り詰めた緊張感がその横顔に宿った。
「よし……やるじゃん。何も分かんないけど……アタシの価値、ここでマダラに絶対に見せてあげるんだから……!」
リュックは両手に大きなスパナと精密なドライバーをがっしりと握り締め、複雑に剥き出しの基盤が入り組んだコアの正面へと、恐る恐る、しかし決意を込めて取り付いた。
マダラは少し離れた鉄パイプの影で腕を組んだまま、その小娘の行動を冷徹な漆黒の瞳でじっと見届けていた。
そこでマダラの眼に映ったのは、事前の知識に沿って淀みなく機械を操るような、器用な技術者の姿ではなかった。
リュックは、何百ページもある複雑なマキナの回路図など持っていなかった。アルベド族には、古代の超科学を最初から理解できるような知識など、影も形も存在しないのだ。
ただ海や砂漠から命懸けで拾い上げてきた正体不明の鉄屑を前に、「これはどう動くんだ?」「ここを弄ったらどうなる?」と、火花を浴び、時に部品の爆発で仲間を失いながらも、手探りで、泥臭く、何千回もの失敗を繰り返しながら少しずつ知識を身につけてきた――それこそが、アルベド族の真実だった。
「ええと……こっちの導線は青……ううん、緑かな? 前にドックで壊したやつは、ここを繋いだら爆発したから……じゃあ、こっちをバイパスすれば、きっと大丈夫なはず……っ!」
リュックの細い指先が、微かに震えていた。
数千年の眠りから目覚め、侵入者を感知したコアが、内部の防衛エネルギーを激しく明滅させ、不気味な高熱を放ち始める。一歩間違えれば、このドームごと大爆発を起こして一瞬で消し炭になるという極限の恐怖。何も知らない恐怖に押し潰されそうになりながらも、リュックは「スピラを平和にするんだ」という不屈の執念だけで、一箇所ずつ、手探りで未知の回路を外していく。
火花がバチバチと弾け、リュックの額から大粒の汗が流れ落ちる。彼女はその汗をぐっと拭い、何度も失敗の記憶を脳裏で手繰り寄せながら、必死にスパナを振るい続けた。
マダラは、その小娘の泥臭くも命懸けの足掻きを、静かに見据えていた。
(ふん……。知識があるわけではない。何も知らぬ状態から、失敗の爆発を恐れず、手探りで未知の理(ルール)を暴こうとするか)
マダラの胸の奥で、確かな器の鳴動が響いた。
もしこの少女が、最初からすべてを知っている天才であったなら、マダラはここまで心を動かされなかっただろう。
何も持たぬ弱者が、世界の不条理な檻を噛み破るために、暗闇の中で何度も傷つきながら、自らの手探りの経験だけで一歩一歩前へ進もうとしているその泥臭い執念。それは、かつて戦乱の世において、何も手本がない中で、一族の命を繋ぐために死体の山を踏み越え、独自の術を必死に手探りで編み出し続けてきた、うちはの戦士たちの気高い原点に、あまりにも深く、激しく重なっていた。
カチリ、カチリ――シュゥゥゥゥン……。
リュックの手探りの足掻きが、ついに古代のセキュリティの回路を完全に捉えた。
重厚な金属のロックが内側から解き放たれる音が、静寂のドームに響き渡る。巨大な漆黒の球体から、淡い、しかしどこまでも神秘的な琥珀色の光を放つ『マキナのコア』が、傷一つない完璧な状態で、見事に中から引き揚げられた。
「やった……! やったよマダラ! アタシ、本当に引き揚げられたよ!!」
リュックはずっしりと重い琥珀色のコアを両手で大事そうに抱えながら、煤で汚れた顔のまま、これ以上ないほど誇らしげに胸を張り、最高の笑顔をマダラへと向けた。
「見たでしょ! 何も分かんなくたって、アタシたちアルベドは、こうやって何度も手探りで、機械の力を手に入れてきたんだから!」
マダラは腕を組んだまま、ゆっくりと、その琥珀色の光に照らされた小娘の前へと歩み進めた。
赤漆の具足が鉄の床に重々しく響く。マダラは上から、じっと、その不屈の活気を燃え上がらせる少女を見下ろした。魂の奥底にある現代人の愛着の残渣が、マダラの佇まいに、どこまでも温厚な大人の余裕を与えていた。マダラはフッと、その可能性を面白がるように、口角を上げた。
「知識もなく、何も知らぬ状態から手探りで理を暴き、この黒い鉄塊を無傷で切り離してみせるか。……ふん、お前たちのその無謀な執念、ただの騒がしい砂利と切り捨てるには、少々惜しい器だな」
マダラは腕を解くことなく、ただ組んだまま、冷淡に、しかし確かな眼差しで少女を見下ろし続けた。
「う、う〜っ……!」
リュックは抱えたコアをぎゅっと抱き締めながら、頬をぷっと膨らませてマダラを睨みつけた。
「これだけやっても、まだ小娘(砂利)扱いなんだ! 本当に、本当にマダラは厳しくない!? 普通の人なら、アタシのこのスパナ捌きを見たら見惚れちゃうレベルなんだからねっ!」
「俺はお前たちの言う『普通の人間』ではないと言ったはずだ、小娘。このうちはマダラ、そう簡単に名前を呼んで認めてやるほど安っぽい男ではないぞ」
マダラは不敵に、傲然と言い放った。その絶対的な『格』の壁は、どれだけ距離が縮まろうとも、容易く超えられるものではなかった。
だが、リュックの瞳から、不屈の光が消えることはなかった。彼女は悔しそうに足を踏み鳴らしつつも、その渦巻きの瞳をぎらぎらと燃え上がらせ、ひまわりのような勝気な笑顔を全面的に咲かせた。
「分かったよ! だったらアタシ、絶対に諦めないんだからね! 次の仕事でも、その次の仕事でも、もっともっとアタシたちの機械の凄さを見せて、マダラの度肝を抜いてやるからね! そうして、絶対に、絶対にマダラに『リュック』って呼ばせてみせるんだからっ!」
「ふん……。その意気込みだけは買ってやる。だが、本番はこれからだ。その琥珀色の心臓が、本当にお前たちの言う『巨大な機械』の血肉となり、エボンの檻を噛み破るかどうか……。それまでは、お前はただの小娘(砂利)だ」
マダラは背中のうちはの団扇の重みを確かめ、踵を返して遺跡の出口へと悠然と歩き出した。だが、その背中には、かつてないほどに穏やかで愉しげな色が浮かんでいた。
リュックはコアを大事そうに工具袋へと仕舞い込み、弾むような活気ある足取りで、マダラの赤漆の背中を追いかけて暗闇の通路を走り出した。
「今に見てなよ、マダラ! 絶対に名前で呼ばせるからねーっ!」
マダラは前を向いて歩きながらも、背後から迫るその騒がしくも気高い砂利の足音を、ほんの僅かに目を細めて、どこまでも愉しげに聞き届けていた。