『うちはマダラは異界の理すらも踊らせる』   作:狂ってる団

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砂利の羽音、海上の邂逅

ディンゴやコンドル、あるいはウォータプリンといった、この世界の浅薄な魔物どもを文字通り塵に変えた後、俺は名もなき無人島の岩場に腰を掛け、静かに目を閉じていた。

 

周囲に漂う、幻光虫と呼ばれる霊的粒子。あるいは、己の体内に満ちるチャクラ。それらを呼吸とともに静かに循環させ、異世界の法に肉体を馴染ませる。ただそれだけの作業だが、俺の驚異的な戦闘センスは、刻一刻とこの大気と完璧な調和を遂げつつあった。

 

(ふん……馴染むほどに解る。この世界のエネルギーは妙に不安定だ。まるで、誰かの強い未練や呪いが空間に溶け込んでいるかのような、不快な濃密さだな)

 

脳の片隅にある、あの精神世界で噛み砕いた羽虫の不確かな記憶の澱。

どこかにいるという『従召喚士』の少女の姿、あるいは何かが動き出すのはまだ少し先なのだという、漠然とした予兆のような残像。それらが何を意味するのかは、未だ霧の向こうだ。俺はただ、この大気に満ちる不気味な気配が、その残像と無関係ではないことだけを、肌感覚で捉えていた。

 

ザザァ、ザザァ、と繰り返される生温かい波の音。

静寂。戦場の硝煙も、終末の光も、千手との血の臭いも、ここには一切存在しない。かつて忍界の頂点として、世界のすべてを敵に回して戦い抜いたこの俺が、このような名もなき無人島で波の音を聴いている。その奇妙な現実に対する自嘲の笑みが、フッと唇に浮かんでは消えた。

 

その時、閉じていた俺の耳が、微かな「音」を捉えた。

 

ザァー、と波を切り裂く音。

だがそれは、ただの波頭が砕ける音ではない。金属が規則的に軋む不自然な音、あるいは、内燃機関が燃料を爆発させて強制的に駆動力を生み出している、あからさまに人工的な爆発音だった。

 

俺はゆっくりと瞼を持ち上げ、長い黒髪を風に揺らしながら、水平線の彼方を見据えた。

 

青い海を滑るようにして、一隻の無骨な鉄の船が、この無人島に向かって確実に近づいてきていた。忍界の木造船とは異なる、重厚な鉄板を組み合わせた不恰好な船体。その動力は風でも水遁でもない。あからさまに人工的な『機械(マキナ)』によって無理やり動かされている、異質な構造物だった。船の甲板には、奇妙なガラスのゴーグルを着用し、一様に金髪をした人間たちの姿がいくつか見える。

 

「……向こうから情報を寄こしに来たか。丁度いい」

 

俺は立ち上がり、背中のうちはの団扇の重みを確かめると、波打ち際へとゆっくりと歩を進めた。

 

迫り来る鉄の船は、エボンの教えを拒絶し、スピラにおいて禁忌とされる機械を平然と操る異端の民――『アルベド族』のサルベージ船であった。数日前の悪天候で航路を大きく外れ、地図にないこの無人島を見つけ、一時的な錨地として、あるいは補給の足がかりとして近づいてきたのだ。

 

鉄の船体が浅瀬に乗り上げる手前で重々しい音を立てて停泊し、数人のアルベドの男たちが、これまた鉄でできたボートに乗り換えて、浜へと上陸してきた。彼らが手にするのは、細い鉄パイプを組み合わせたような、この世界特有の機械仕掛けの銃器だ。

 

彼らは砂浜に降り立ち、周囲を警戒するように銃を構えた。そして、正面から堂々と歩いてくる俺の姿を見るなり、全員が驚愕の表情を浮かべ、奇妙な言葉を大声で喚き散らし始めた。

 

「トミ、イノ……ヌハマヤシバエアミウド(おい、見ろ……砂浜に誰かいるぞ)」

 

「クミレトクヤマ!? ミマ、アハハヤッカコメツ、ユピラニミハババ……?(生存者か? いや、あんな格好の奴、スピラにいたか……?)」

 

銃口が、一斉に俺の胸元へと向けられる。何を言っているのか、さっぱり分からん。耳障りなカタカナの羅列のような怪言語。

先頭に立つ、一際体格のいい男が、独自のゴーグルを不快そうに指で直しながら、俺に向けてさらに未知の言葉を叩きつけてくる。その声には、明らかな警戒と威嚇の色が混じっていた。

 

「トノ、アハタ。ヨヨザハニシエル? ミマ、アハカガダハ、ドヨノヒハデバ?(おい、あんた。ここで何をしてる? 見ない顔だな、どこの人間だ?)」

 

俺は一歩も動かず、ただ冷ややかに彼らを見下ろした。その瞳は未だ黒い。だが、放たれる気配は、男たちの狂暴な言葉を完全に凍りつかせるに十分だった。

 

「質問をしているのは俺だ、砂利ども」

 

低く、硬質な声が砂浜に響く。

だが、俺の発した言葉――このスピラにおける共通語と呼ばれる言葉は、アルベドの男たちにはただの『理解不能な異国の怪言語』としてしか届いていなかった。男たちは一瞬だけ、怪訝そうに、そして不気味なものを見るかのように互いに顔を見合わせた。

 

「ハハンバ ソミヌマ……? ヌハマヤシミウヤヌオソソダぎカアナン(何だこいつは……? 砂浜にいる奴の言葉が分からん)」

 

「ボソオシンデンアカアナン、マハレロ!(どこの人間か分からん、離れろ!)」

 

彼らには俺の言葉が1ミリも伝わっていない。それは、奴らの瞳の奥にある混濁した困惑の色を見れば明白だった。この世界において、ほとんどのアルベド族は外部の人間が使う共通語など知らぬまま、己の民の殻に閉じこもって生きているのだ。

 

言葉の通じぬ異世界の地。あるいは、目の前には意思の疎通を完全に拒絶された多数の砂利。だが、うちはマダラにはそんな小細工は関係ない。言葉など通じなくとも、この世界には、あらゆる生命体に共通して通用する『絶対的な言語』が存在する。

 

――すなわち、圧倒的な「恐怖」と「実力差」だ。

 

機械の銃を構える男たちの手が、恐怖でガタガタと震え始める。俺がただそこに立っているだけで、彼らの本能が最大級の警鐘を鳴らし、命の危機を訴えているのだ。目の前にいるのは、ただの人間ではない。何か、巨大な天災そのものが、男の皮を被って眼前に佇んでいるかのような、圧倒的な存在の質量。

 

俺はフッと冷酷に鼻で笑った。

 

「その玩具を俺に向けるな。不愉快だ」

 

視線を僅かに、本当に僅かに鋭くしただけだった。

それだけで、上陸してきたアルベドの男たちは、まるで目に見えない巨人に首をがっしりと締め上げられたかのように、その場にどさりと膝をつき、砂を掴みながら激しく喘ぎ始めた。喉の奥からヒュー、ヒューと苦しげな音が漏れる。殺気だけで人を完全に支配する――それが、かつて数万の忍の軍勢を一人で絶望させた男の格だ。

 

「サヌテセルエ! サヌテセルエ!(助けてくれ! 助けてくれ!)」

 

先頭の男は、涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにしながら声にならない悲鳴を上げ、必死に海に浮かぶ自身の鉄の船(マキナ)を指差した。言葉の意味など、俺には分からん。だが、その怯えきった態度と、船を指差す必死の手つきを見れば、奴らが「あの鉄の箱へ案内するから命だけは助けてくれ」と乞うていることなど、明白だった。

 

「ふん。最初からそうしていればいい」

 

俺は腕を組んだまま、ひれ伏す男たちの間を悠然と通り抜け、ボートへと足をかけた。

 

無人島の浅瀬に停泊したアルベドの機械船。その頑丈な鉄の甲板へと、俺は上陸してきた男たちを先導させる形で静かに乗り込んだ。

 

鉄の錆びた匂いと、内燃機関が吐き出す不快な油の臭いが鼻腔を強く突く。

甲板に残っていた他の船員たちは、戻ってきた仲間たちの異常な怯えようと、その後ろに立つ俺の姿を見て、一斉に血相を変えた。彼らはすぐさま、手にする機械の銃器をガチャガチャと音を立てて構え、俺に向けて硬直した。

 

「ハ、ハハンバ ソミヌマ……!?(な、なんだこいつは……!?)」

 

「ダセコオバ! サヌテセルエ!(化け物だ! 助けてくれ!)」

 

怯える船員たちが、俺の全く知らない奇妙な言語の羅列を、狂ったように互いに叫び合う。

「ハハンバ」「ダセコオバ」――最後の「ン」という響き以外は完全に別の文字に置き換わった、この民独自の完全な怪言語。当然だ、俺がこの異世界の言葉など知るはずがない。

 

(……チッ。何をブツブツと喚いている。やはり、言葉が全く通じんな)

 

俺は一歩、重々しく鉄の甲板を静かに踏み締めた。意思の疎通を最初から拒絶するかのような、その怪言語の不快な羽音に、俺の眉間が僅かに険しくなる。ただ一歩進んだその動作だけで、構えられていた銃口が一斉に跳ね上がった。

 

男たちは、互いに目配せをしながら、恐怖を打ち消すようにさらに声を荒げる。

 

「トヤネマ ハハンバ……? ドソサナ シヤギッタ!?(お前は何だ……? どこから来やがった!?)」

 

「マハレロ! フチソヘ!(離れろ! 撃ち殺せ!)」

 

何を言っているのかは微塵も理解できない。だが、彼らが俺に向けている明確な「戦意」と「根源的な恐怖」、精度を欠いた引き金にかけられた指の細かな震え――それだけで、彼らが次に何をしようとしているかなど、俺の眼を欺くことはできない。

 

「俺の前でその意味不明な羽音を使うな。不快だ」

 

冷徹な一言とともに、組んだ腕を解くこともせず、体内のチャクラを僅かに、本当に肉眼では見えぬほどの極小の密度で周囲に放射した。

 

ドッ、と鉄の甲板が微かに鳴動し、船全体に目に見えない強烈な「重圧」が吹き荒れる。銃を構えていたアルベドの男たちは、言葉が通じる通じないの次元ではなく、まるで胸元を巨大な鉄槌で正面から殴られたかのように息を詰め、その場に一斉に崩れ落ちて武器を取り落とした。わざわざ大術を使う価値もない砂利どもだが、威圧するだけでこれだ。あまりの密度の殺気に、数人はその場で気絶し、白目を剥いて倒れ込んだ。

 

彼らは這いつくばりながら、互いに顔を見合わせて絶望の声を漏らす。

 

「ハ、ハギハラミ……(な、情けない……)」

 

「ヨエマ ダテコオバ、シボソマ ラアナフハ(これは化け物だ、二度とは逆らうな)」

 

甲板にひれ伏し、激しい吐き気と戦うように喘ぐ砂利どもを、俺は冷酷に見下ろした。

言葉の通じぬ世界、共通語すら通じぬ砂利ども。意思が通じずとも、力があれば人間などいくらでも動かせる。だが、船の動かし方や、この世界の正確な情報を引き出すには、流言に頼るだけでは少々効率が悪い。

 

そう考えていた時だった。

 

「あ……あ、う……」

 

操舵室の陰から、他の船員よりも少し若い、小柄なアルベドの男が、全身をガタガタと震わせながら這い出てきた。その男は、マダラの放つ圧倒的な殺気に圧し潰されそうになりながらも、必死に手を合わせ、涙を流しながら声を絞り出した。

 

「お、おねがい……ころ、さ、ないで……くだ、さい……!」

 

「……ほう」

 

俺は僅かに眉を動かした。その拙く、カタコトではあるが、紛れもなく俺の理解できる言葉――共通語だった。他のアルベドの砂利どもが驚愕の表情でその若い男を見つめる中、俺はそいつの前にゆっくりと歩み寄り、冷酷な漆黒の瞳で見下ろした。

 

「お前、その言葉が分かるのか」

 

「ル、ルカの、みなとで……すこし、おぼえた……! おれ、すこし、しゃべれる……! だから、おねがい……!」

 

若い男は鉄の甲板に何度も頭を叩きつけ、必死に命乞いをする。他の船員たちは、若い男がマダラと「通じ合っている」ことだけを察し、固唾を飲んで救いを求めるようにその背中を見つめていた。

 

「いいだろう。ならばお前が、この船の砂利どもとの『繋ぎ役』になれ」

 

俺は腕を組み、淡々と命令を下した。

 

「この船を動かせ。行き先は、お前が言ったその『ルカ』という場所だ。あの操舵室の砂利どもに、俺の言葉を翻訳して伝えろ。的外れな動きをすれば、船ごと塵にする」

 

若い男は「ひぃっ」と短い悲鳴を上げたが、すぐに必死の形相で頷くと、操舵室の船長たちに向かって、今度は流暢なアルベド語で叫び散らした。

 

「ソテマ ダセコオバノ ミフドホリニ セバネマ フゴサセ! ルカエ フゴサセッ!!(この化け物の言う通りに船を動かせ! ルカへ動かせッ!!)」

 

その必死の仲介によって、船員たちはもはや逆らう気力すら無くし、這いつくばりながら操舵室のレバーを掴み、エンジンを限界まで吹かした。

やがて、船の底から再び不快な金属音と爆発音が響き、鉄の船体がゆっくりと無人島を離れ、青い海へと滑り出し始めた。

 

激しい海風が、俺の赤漆の具足と黒髪をバチバチと叩く。

 

(絶対的な暴力である『シン』に怯え、エボンの教えというまやかしに縋る多数の人間。あるいは、その教えを破って鉄の塊を操る、このアルベドという言葉の通じぬ異端の砂利ども……)

 

水平線の彼方を見つめながら、俺は脳内でスピラの歪な構造を静かに組み立てていく。

少し共通語が話せる砂利を手に入れた。これで、この世界が抱える欺瞞の螺旋を暴くための足がかりはできた。

 

「ククク……エボンの理、世界の宿命か。この俺を、どれほど楽しませてくれるか……見極めてやる」

 

 

 

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