『うちはマダラは異界の理すらも踊らせる』   作:狂ってる団

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落日の砂海、不毛に咲く紅

ルカの沖合から数日、エボンの目を盗んで禁忌の航路をひた走ったアルベドの機械船は、ついに目的地である辺境の隔離島――ビーカネルへと到達していた。

 

眼前に広がっていたのは、見渡す限りの赤茶けた砂の世界。サヌビア砂漠だ。

ぎらぎらと照りつける太陽が地表の空気を歪ませ、地平線の彼方は陽炎となって揺らめいている。船は砂漠の入り江に身を隠すように錨を下ろし、マダラとリュック、あるいは案内役のジクを含めた数人の船員たちは、アルベドの本拠地(ホーム)を目指して、果てしない砂の海へと足を踏み入れた。

 

「う〜っ、やっぱりビーカネルは暑いよぉ……!」

リュックが額の汗をぐっと拭い、頭のゴーグルを位置を直しながら、それでも元気そうに砂を蹴って歩く。

俺は赤漆の具足を纏ったまま、息一つ乱さず、長い黒髪を砂漠の熱風に揺らして悠然と歩いていた。背中には「うちはの団扇」が静かにその威厳を湛えている。

 

「マダラってさ、本当にその重そうな鎧を着てて平気なわけ? アタシなんて、見てるだけで干からびそうだよ〜っ!」

リュックが顔を覗き込んできながら、感情豊かに捲し立ててきた。

 

「ふん……。この程度の熱量、大したことはない。かつて戦場で、数千の火遁の炎に囲まれた日々に比べれば、ただの生温かい陽光だ」

マダラは腕を組んだまま、静かに口角を上げて少女を見下ろした。現代人の魂の残渣がもたらす愛着、あるいはこの真っ直ぐな少女への無意識の「甘さ」が、マダラの声を自然と穏やかにさせている。

 

「まーたそーやって、アタシの知らない昔話ばっかりしてさ!」

リュックはぷっと頬を膨らませ、それでも砂漠の真ん中で俺の隣を歩くのが悪くないといった様子で、楽しそうに歩調を合わせていた。

 

だが、砂漠の静寂は、突如として足元からの不気味な鳴動によって打ち破られた。

 

ズズズ……ズズズズッ!!!

 

「うわっ!? な、なにこれ! 砂が、砂が沈んでくよ〜っ!」

リュックが悲鳴を上げ、マダラの具足の袖を必死に掴んだ。

見れば、マダラたちの数十メートル前方の砂地が急激に陥没し、巨大な蟻地獄のような大穴(流砂)を形成し始めていた。

 

ガルルルルォォォォッッッ!!!!!

 

地響きのような狂暴な咆哮とともに、砂を跳ね上げて姿を現したのは、サヌビア砂漠の絶対的な捕食者――大蛇とも大虫ともつかぬ異形の巨躯を持つ大物魔物『サンドウォーム』だった。人間の胴体など丸呑みにできるほどの巨大な顎が、ぬっと砂中から突き出される。

さらに最悪なことに、その咆哮に呼び寄せられるようにして、遥か上空の陽炎の向こうから、広大な翼を広げた砂漠の怪鳥『ズー』が、鋭い嘴をぎらつかせてマダラたちの頭上へと急降下してきた。

 

「うそでしょ!? サンドウォームだけじゃなくて、ズーまで一気に来るなんて最悪~!!」

リュックがポーチの爆弾を構えながら、その巨体の圧倒的な威圧感に、13歳としての本能的な恐怖で身を震わせる。ジクたちは銃を構えたまま、恐怖のあまりその場にへたり込んでいた。

 

「下がっていろ、小娘。傭兵を雇ったのだろう。ここは俺の『戦場』だ」

 

マダラはリュックの前に静かに歩み出た。

うちはの団扇を引き抜く必要も、莫大な忍術を放つ必要すらもない。

ルカの路地裏で僧兵どもを眠らせたように、この砂漠の暴獣どもにも、うちはの絶対的な理を叩き込む。

 

マダラはゆっくりと顔を上げ、迫り来る二体の魔物を冷徹に見据えた。

その切れ長の瞳が、一瞬にして妖しく、鮮烈な血の紅へと染まる。三つの巴の文様がクッキリと浮かび上がる「写輪眼」が、灼熱の陽光の中で冷酷に開眼した。

 

「……ッ!?」

 

急降下してきた怪鳥ズー、そして砂中から顎を突き出していたサンドウォーム。その二体の巨獣の動きが、俺の紅い瞳と視線が交錯したその一瞬で、完全に凍りついた。

 

「ガ、ル……ゥ……」

「キィ……ェ……」

 

狂暴だった咆哮が、瞬時に情けない掠れた声へと変わっていく。彼らの脳内には、うちはマダラの網膜から放たれた強烈な『幻術』が直接叩き込まれ、その精神のすべてを完全に掌握されていた。

傷一つ付けることもなく、彼らの凶暴な意志は一瞬にして書き換えられ、マダラの絶対的な命令に従う従順な『家畜』へと変貌したのだ。

 

「砂利が。貴様さっさと元の底へ還れ」

マダラが冷淡に言い放つと、大虫は自ら開けた大穴の中へと、まるで主の命令に平伏すようにして、静かに、無抵抗のまま砂の底へと消えていった。

 

そしてマダラは、その場に静かに翼を畳んで着地した怪鳥ズーを見据え、不敵に口角を上げた。

「ホームまで歩くのは遠いな。丁度いい、この鳥を足にするぞ」

 

「ちょっと待ってよマダラぁぁぁっっ!? まさかそのズーに乗る気!? 嘘でしょ、魔物の背中に乗って砂漠を飛ぶなんて、絶対にありえないってば〜っ!!」

リュックが顔を真っ赤にし、手振りを交えながら目をこれ以上ないほど見開いて俺に詰め寄ってきた。

「っていうかさ、今のなにっ!? 魔法じゃないよね!? 魔石も使わないで、呪文も唱えないで、ただ眼を赤くしただけであの大きな魔物が大人しくなっちゃうなんて本当におかしいじゃん! その紅い眼、一体なんなのさ〜っ!?」

 

「写輪眼だ。お前たちの言う魔法や召喚術とは根本が違う」

俺はフッと大人の余裕を湛えた笑みを浮かべ、詰め寄るリュックの襟元を片手でひょいと、子猫でもつまみ上げるようにして持ち上げると、ズーの巨大な背中の上へと平然と飛び乗った。

「貴様らもさっさと乗れ。落ちるなよ」

 

「わ、わわっ! ちょっと、引っ張らないでよ〜っ!」

リュックは赤くなりながらも、ズーのふかふかとした羽毛に必死にしがみつく。ジクたちも腰を抜かしながら、マダラの無言の威圧に逆らえず、半泣きの顔で巨鳥の背へと這い上がってきた。

 

「往け」

俺が脳内でズーに命令を下すると、巨鳥は力強くその広大な翼を羽ばたかせ、サヌビア砂漠の熱風を切り裂いて大空へと舞い上がった。

 

「うわあああっ! 本当に飛んだぁぁぁっ!」

最初は怖がって目を瞑っていたリュックだったが、いざ風を切って砂海を見下ろすと、すぐにいつもの天真爛漫さを爆発させ、渦巻きの瞳をぎらぎらと輝かせた。

「すごーい! 砂漠が小さく見えるよ! 歩くより全然早いし、これならすぐホームに着いちゃうよ! マダラのその眼、本当に便利だよね!!」

 

「便利、か。砂利の言うことはいつも軽いな」

俺はズーの背の上で腕を組んだまま、背後で羽毛にしがみつくリュックへ視線を向けた。

「これは俺の一族――うちは一族の血脈にのみ宿る『瞳術(どうじゅつ)』だ。ただ魔物を操るだけの幻術ではない。この眼はな、相手のあらゆる俊敏な動きや呼吸を完全に見切り、放たれた術を一瞬で看破する『洞察の眼』。そして敵の技をそのまま己のものへと映し出す『眼』でもある」

 

「へえぇ……相手の技を真似したり、動きを全部見抜けちゃうんだ……!」

リュックは風に黄金の髪をなびかせながら、驚愕を通り越して感心したように声を上げた。

「じゃあさ、さっきの海の戦いで、魔物の攻撃をひょいって避けて団扇で粉砕しちゃったのも、その眼のおかげだったってわけ?」

 

「ふん、勘違いするな」

俺は不敵に口角を上げた。その顔には、絶対的な強者としての傲然たる誇りが満ちていた。

「眼の力はあくまで敵の軌道を『見切る』ための補助に過ぎん。奴を一撃で消し炭にしたのは、この俺自身が戦場で極限まで鍛え上げてきた、純粋な『体術の速度』と『肉体の剛力』だ。眼の力に頼らずとも、あの程度の砂利、ただの肉体のスペックだけで叩き潰すなど造作もない」

 

「えええええっっ!? 見切るだけじゃなくて、あんた自身の身体能力も化け物クラスってわけ!? 冗談きついよ!」

リュックはこれ以上ないほど目を丸くして戦慄し、完全にマダラの底知れないスケールの大きさに腰を抜かしていた。

「ただでさえ眼の力が反則なのに、本体までそんなに強いなんて……。アタシたちの自慢の機械(マキナ)の動きだって見破られた上に、力ずくで壊されちゃうじゃん!」

 

「ククク……お前たちの鉄の玩具の構造など、この眼と俺の経験にかかれば容易く見抜ける。……だが、そう怯えるな、お前たちのその意志を踏みにじるほど俺は狭量ではない。悪いようにはせんと言ったはずだ」

 

「もーっ、やっぱりマダラはスケールが違いすぎるよぉ! でも……おかげで助かったよ、あんがとね!」

リュックは少し生意気に鼻を鳴らしつつも、ひまわりのような明るい笑顔を全面的に咲かせ、ズーの背の上で楽しそうに足をぶらつかせ始めた。

 

眼下に広がる赤茶けた砂の絨毯。

(エボンの教えという名の檻を拒絶し、砂漠の最果てに秘密の聖域を作って抗うアルベド族。そして、その背の上を魔物を操って往く……。悪くない余興だ)

 

うちはマダラは、アルベドの少女リュックと共に、写輪眼で従えた巨鳥を駆って禁忌の空を往き、アルベドの本拠地『ホーム』へと向かって、静かに、確実に加速していくのだった。

 

 

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