『うちはマダラは異界の理すらも踊らせる』   作:狂ってる団

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鉄の揺り籠、対価の理

写輪眼の催眠幻術によって完全なる『家畜』と化した怪鳥ズーの広大な翼が、サヌビア砂漠の熱風を大きく捉えて滑空する。

 

灼熱の砂海を遥か眼下に見下ろしながら、サヌビア砂漠の地平線の向こうから、崖をくり抜いて造られた巨大な鉄の建造物がその姿を現し始めた。エボン寺院に「機械を使う異端」として迫害されている彼らにとって、それは世界から隠された絶対の聖域であり本拠地――『ホーム』であった。

 

「マダラ! あそこ! あそこがアタシたちのホームだよっ!」

ズーのふかふかとした羽毛にしがみついたリュックが、黄金の髪の束を風に激しく揺らしながら、身振りを交えて元気いっぱいに叫んだ。

マダラは巨鳥の背の上で腕を組んだまま、微動だにせず、白壁と複雑に入り組んだ鉄のパイプで構成されたその要塞を冷徹に見下ろしていた。

 

「ジク! ワミブ、ドフネミマンシロフヨル!(合図、防衛班に報告!)」

リュックが共通語からアルベド語に戻り、必死の形相で後ろのジクに鋭く指示を飛ばす。

背後でガタガタと震えていたジクは、必死に懐からアルベド特有の信号弾(機械)を取り出すと、ホームの対空砲座に向けて信管を引き抜いた。ひゅるるる、と赤い光が砂漠の空へ打ち上がる。

 

「よしっ、これで大丈夫だよ! マダラ、あそこの一番おっきい広場(ドック)におろして!」

 

「ふん……了解した」

マダラが脳内でズーの精神に無言の意思を伝えると、巨鳥は素直に鳴き声を上げ、ホームの中央に広がる巨大な鉄板のランディングドックへと、荒々しくも精密な速度で急降下を開始した。

 

その頃、ホームの中央ドックでは、突如として上空から舞い降りてくる『砂漠の天災(ズー)』の質量に対し、数十人のアルベドの警備兵たちが色めき立ち、機械の銃や長槍を構えて完全な戦闘態勢に入っていた。

 

「おい、信号弾は上がったが、本当にズーが着陸してくるぞ!?」

「ありえん、魔物が防衛班の合図に従うわけが……!」

 

騒然とするアルベドの船民たちの真ん中を割るようにして、一際巨体で、豪快に髭を蓄えた金髪の男がドカドカと激しい足音を立てて前に進み出た。アルベドの頭領であり、リュックの父親――シドである。

シドは独自の大きなゴーグルをいかつい顔に引っ掛け、腰に巨大なレンチのような工具を差したまま、迫り来る巨鳥を睨みつけていた。

 

バサァァァッッッ!!!

 

激しい砂煙と、周囲のマキナを狂わせんばかりの風圧を巻き起こし、ズーが鉄板のドックへと見事に着陸した。

警備兵たちが一斉に銃口を向けるなか、その巨鳥の背中からひょいと軽やかに飛び降りたのは、黄金の髪をなびかせたシドの最愛の娘だった。

 

「ただいまっ!親父!」

 

「リュックっ!? てめぇ、一体どういうことだぁ! 何故魔物の背中から出てくる、おまけにその不気味な男はなんだ!!」

シドは目玉が飛び出さんばかりに驚愕し、地鳴りのような大声を張り上げてリュックの肩をがっしりと掴んだ。ドック全体の警備兵たちも、あまりの異常事態に誰もが声を失い、銃口を向けたまま硬直している。

 

リュックのすぐ後ろ、ズーの頭上から、一人の男が悠然と地へと舞い降りた。

赤漆の禍々しい具足。夜の深淵を切り取ったかのような、腰まで届く長い黒髪。あるいは背中にある、不気味な白黒の団扇。

マダラが鉄板を踏み締めたその一歩だけで、周囲の幻光虫が一斉に弾け飛び、ドックの空気が一瞬にして底冷えのするような強烈な重圧に包まれた。張り詰めた殺気がドック中に吹き荒れ、訓練されたアルベドの警備兵たちの指が、本能的な恐怖で一斉にガタガタと震え始める。

 

だが、頭領たるシドだけは、その絶対的な威圧感の前に退くことはなかった。シドは娘を背中に庇うようにして毅然と一歩前に進み出ると、マダラの漆黒の瞳を正面からクソ度胸だけで睨みつけ、いかつい顔を限界まで歪めて声を震わせながらも吼えた。

 

「おい、大男。ジクから流れてきた噂は聞いてるぞ。ルカで僧兵を昏睡させ、俺たちの船を脅して乗っ取ったそうじゃねえか。……リュック、そいつに何か酷い目に遭わされてないだろうな!?」

 

「もーっ、親父落ち着いてってば!」

リュックはすかさず二人の間に割って入り、身振りを交えて親父を制した。

「マダラはアタシたちの船の『用心棒(傭兵)』になってくれたんだよ! さっきも砂漠でサンドウォームとズーに襲われたのを、マダラがその紅い眼の力と、化け物みたいな強さで全部助けてくれたんだから!」

 

「ヨレマ、リュック オ アシソバ!!(俺はリュックの兄貴だ!!)」

 

シドが言葉を失ったその瞬間、ドックの陰から、これまた金髪を激しく逆立てた、テンションの異常に高い青年が怒鳴りながら飛び出してきた。リュックの実の兄――アニキである。アニキはマダラの胸元に突っ込んでいくような勢いで、下手クソな共通語とアルベド語を混ぜこぜにしながら、腕をぶんぶんと振り回して大騒ぎを始めた。

 

「リュック シ セオバヌア!?(リュックに手を出すか!?)ヨ、ヨレマ……ッ!(お、俺は……ッ!)」

 

「もーっ、アニキも朝からうるさーい!!」

リュックがアニキの頭をパコンと叩いて制止する。

「マダラは敵じゃないって親父も言ったじゃん! アタシに変なこと何もしてないってば!」

 

マダラはアニキのその騒がしい突っかかりを、鬱陶しそうにするどころか、フッと目を細めて穏やかに見守っていた。親父のシド、兄のアニキ、解せぬ世界。異端と迫害されながらも、互いを命懸けで守り合い、泥臭く生きているひとつの『家族』。その確かな絆の光景は、かつてマダラが最も愛し、そして失ってしまった「うちはの家族」との眩しい日々の記憶を、胸の奥底で静かに優しく刺激していた。

 

マダラは腕を組んだまま、シドのクソ度胸を試すように、その冷徹な漆黒の瞳を細めた。

「安心しろ、俺はうちはマダラだ。そこらの俗物(砂利)のように、他人の秘密をエボンのまやかしに売り渡すような真似はせん。しばらくはお前たちの砂利払いに付き合ってやる」

 

マダラの言葉の奥にある、暴力を伴わない圧倒的な「王の格」、あるいは自分たちの過酷な境遇への深い達観を感じ取り、シドはがっしりと握っていたレンチの手をゆっくりと緩めた。

「……がはははっ! いい器じゃねえか! いいだろう、リュックが信じた男だ、俺も貴様をアルベドの客、傭兵として歓迎してやる! 俺は次の会議があるからな、リュック、マダラにホームを案内してやれ!」

シドはそう言い残し、アニキの首根っこを掴んでドックの奥へと豪快に去っていった。

 

「はーい! 任せてよ親父!」

リュックは全面的に笑顔を咲かせると、マダラの具足の裾をきゅっと引っ張った。

「ほらマダラ、こっちこっち! アタシたちのホーム、すっごく面白いんだから!」

 

リュックの先導で歩くホームの内部は、外の灼熱の砂漠とは打って変わって、冷徹な金属と幾重にも張り巡らされた電子回路の光に満ちていた。

「ここが居住区で、あっちが食堂! でね、こっちの通路を進むとさ……」

リュックは手振りを交えながら案内を続け、フッと不敵な笑みを浮かべてマダラを振り返った。

 

「さっき砂漠でさ、マダラに『認められる価値を証明しろ』って言われたじゃん? だからアタシ、このホームでアタシたちの凄さをいっぱい見せて、絶対にマダラに『リュック』って呼ばせてあげるんだからね!」

リュックは腰に手を当て、負けず嫌いな天真爛漫さを爆発させて鼻を鳴らした。前話でのあの眼の解説をめぐる約束を、彼女はしっかりと胸に刻み、マダラに認められたい一心で張り切っているのだ。

 

マダラは腕を組んだまま、その少女の不屈の活気を、やはり心のどこかで面白がりながら、静かにその後を追った。

「フン……。口の減らない小娘だ。その言葉、お前の器次第だな」

 

「――で、ここがアタシたちの自慢の機械(マキナ)の整備場!」

案内された扉が開いた先には、巨大なクレーンや、見たこともない複雑な構造の精密機械が所狭しと並んでいた。マダラはその異世界の技術を冷徹に観察し、その合理的な構造に僅かに目を細めた。

 

「ふむ……。ただの鉄の玩具かと思ったが、これほどの精緻な絡繰を独自に組み上げるとはな。お前たちの執念、砂利と侮るには少々惜しいな」

 

「でしょ〜っ!」

リュックは誇らしげに胸を張り、ひまわりのような笑顔を輝かせた。そのまま、彼女は腰のポーチからずっしりと重い革財布を取り出すと、それをマダラの手へと手渡してきた。チャリン、と硬質な金属音が響く。

 

「はい、これ! ルカのドックからここまでの『船の護衛代』! アタシたちのサルベージ船を無事にホームまでガードしてくれた、傭兵マダラへの報酬だよっ! これ、スピラ共通のギルだから、どこの街でもちゃんと使えるからね!」

 

マダラが財布を検めると、中にはエボン僧兵の財布と同じ、スピラ共通のギルがしっかりと詰まっていた。

「ふん……。約束通り、取り引きは成立したというわけか。確かに受け取ったぞ、小娘」

 

「うん! マダラが本当に強くて助かったよ! ……あ、そうだ。マダラ、この世界の仕組みが知りたいって言ってたよね?」

リュックは整備場の大きな鉄の机へと歩み寄り、そこに一枚の古びた、しかし精緻に描かれた大きな羊皮紙の巻物を広げた。スピラ全土の地図だった。

 

「ほら、これを見てよ! これがアタシたちのいるスピラだよ!」

リュックは小さな人差し指で、地図の様々な場所をトントンと叩きながら解説を始めた。

 

「アタシたちが今いるのは、この真ん中より少し左にある大きな島――ここ、ビーカネル島ね! で、マダラと最初に出会ったのが、この右側にある大きな港町、大都市の『ルカ』だよ」

 

マダラは腕を組んだまま、その地図を冷徹な漆黒の瞳でじっと凝視した。脳裏にあるあの羽虫の記憶の残骸、あるいはどこかにいるという『従召喚士の少女』の残像が、リュックの示す地図の地形と、鮮明に結びついていく。

 

「リュック。……この、最南端にある辺境の小さな孤島。これは何処だ」

マダラが地図の最下部、ぽつんと離れた小さな島を指差した。

 

「え? そこ? そこは『ビサイド島』だよ」

リュックは不思議そうに首を傾げたが、すぐにその表情を少し切なげに曇らせた。

「すっごく田舎の、のんびりした辺境の島なんだけど……。あ、そういえばさっきルカのカフェで、商人の人たちが噂してたよね。ビサイドの寺院に、新しく『従召喚士』になった女の子が現れたって」

 

マダラが何も言わずに先を促すと、リュックは胸元でぎゅっと拳を握りしめ、言葉を絞り出すように続けた。

 

「あのね、その子……アタシの従姉妹(いとこ)のユウナんなんだよ。実際に会ったことはないんだけどね……十年前のナギ節を作った大召喚士ブラスカ様の娘さん。……親父が言うにはブラスカ様の奥さんが親父の実の妹らしいんだ。縁は切ってるらしいんだけどね。エボンの奴らはさ、偉大な召喚士の血筋だ、スピラの希望だって勝手に祭り上げてるけど……アタシ、ユウナんが生贄にされるのなんて、絶対に嫌なんだよっ!」

 

『従姉妹のユウナ』。

その言葉がリュックの口から出た瞬間、マダラの脳裏のパズルが、完全に一つの『確信』へと変わった。

二年後に世界を旅立ち、欺瞞の螺旋の生贄となるはずのあの器。それはリュックにとって、このアルベドの一族にとって、何よりも大切な「血肉の家族」だったのだ。

 

世界を敵に回してでも、その小さな命を、家族の未来を守るために抗おうとする少女の真っ直ぐな姿。

かつての熱かった己の記憶と、現代人の好意が混ざり合い、マダラは腕を組んだまま、静かに水平線の先にある世界へと、その鋭い眼差しを向けた。

 

「なるほどな。世界が仕組んだおままごとの最初のピース、その場所がそこか」

マダラは不敵に、そして非常に愉しげに口角を上げた。

 

「ちょっとマダラ、また難しそうな顔してさぁ、何をごちゃごちゃ言ってるのよ?」

リュックが地図の上で身を乗り出して覗き込んでくる。

 

「いや……。小娘、お前たちのその鉄の玩具(機械)の使い道、そしてこのスピラという檻の底の浅いまやかしをすべて暴くための、最初の目的地が決まっただけだ」

マダラは背中のうちはの団扇の重みを確かめ、悠然と言い放った。

「行くぞ、小娘。しばらくはお前たちのサルベージ(砂利払い)に傭兵として付き合ってやるが、いずれ俺の足は、その最南端の島へと向かうことになる。お前がただの砂利か、それとも名で呼ぶに値する器か、その旅路のなかでじっくりと見極めてやろう」

 

「やったぁ! じゃあそれまでは、アタシたちの用心棒じゃん! 今に見てな、ビーカネルにいる間に、絶対にマダラに『リュック』って呼ばせてあげるんだからね!」

リュックは全面的に明るい笑顔を爆発させ、弾むような足取りで次の作戦の準備へと走り出した。

 

うちはマダラは、アルベドの少女リュックからスピラの地図を得て、世界の構造と次なる標的を確実にその手の中に捉え始める。世界の欺瞞を、エボンのシステムを根底から噛み砕くための『新たなる乱舞』が、砂海の聖域『ホーム』の熱気の裏側から、静かに、確実に加速していくのだった。

 

 

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