『うちはマダラは異界の理すらも踊らせる』   作:狂ってる団

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落日の砂海、家畜の見る夢

ホームの居住区を満たしていた機械の駆動音も、夜の帳(とばり)が下りる頃には静かな低音へと落ち着いていた。

昼間、天真爛漫にホームを案内し、マダラに認められようと息を巻いていた小娘――リュックは、旅の成果からか、食堂の長椅子で泥のように眠りにつき、アニキの手によって居住区の部屋へと運ばれていった。

そんな静寂が支配し始めたホームの最深部、頭領室。

むき出しの鉄パイプと、鈍く光る無数のモニターに囲まれたその部屋で、マダラは重厚な革椅子に深く腰掛け、腕を組んでいた。対面に座るのは、昼間の豪快な笑みを消し去り、鋭い頭領の眼光をぎらつかせた金髪の巨漢――シドである。

シドは机の上に置かれたスピラ共通の蒸留酒を無造作にグラスに注ぐと、それを一口で煽り、ふぅ、と重々しい息を吐き出した。

「……昼間はリュックの手前、大袈裟に歓迎してやったがな」

シドはグラスを小刻みに回しながら、低い、地を這うような声でマダラを見据えた。そこには民の命を背負う、アルベドの頭領としてのぶ骨な威厳が満ちていた。

「俺の眼は誤魔化せねえぞ。てめぇ、一体どこのどいつだ。……いや、それ以前に、てめぇは本当に『スピラ』の人間か?」

マダラは微動だにせず、その冷徹な漆黒の瞳でシドを見返した。

「ほう。何故そう思う」

「佇まいだよ」

シドはグラスを机にドンと置くと、マダラが纏う赤漆の具足を鋭く指差した。

「その鎧に刻まれてる無数の傷だ。エボンの僧兵が使う長槍の傷でもなけりゃ、ガードどもが大剣を振り回して付いた傷でもねえ。 それに、魔物の爪痕でもねえな。……地獄のような戦場を何度も、何年も潜り抜けてこなきゃ、そんな不気味な傷だらけの甲冑にはならねえ。何より、貴様から放たれてる空気の重さは、スピラのどんな流浪の武人とも根本的に違って不気味すぎるんだよ。まるで……本物の『亡霊』を目の前にしてるみたいだな」

シドのその鋭すぎる観察眼に、マダラは一瞬だけ目を見開いた後、フッと低く、愉しげな笑みを漏らした。

第四次忍界大戦という世界の終わりを駆け抜け、無数の修羅場をくぐり抜けてきた男の具足だ。スピラの武器では絶対に付かない爆痕や、死線を極めた者だけが纏う異質さを、この異世界の頭領はただの用心棒の格好として見過ごさなかった。

「ククク……。打てば響く、いい眼を持っているな、シド。その通りだ、俺はこの世界の人間ではない。お前たちの言う『スピラ』という狭い鳥籠のなかに、俺のいた故郷の歴史等存在せん」

マダラは腕を組んだまま、達観した余裕を崩さずに淡々と告げた。

「だが、安心しろ。俺はお前たちのその秘密を寺院に売り渡すほど狭量ではないと、昼間も言ったはずだ。今の俺はただの傭兵、この世界の歪みを見極めるための旅の途中だ」

シドはマダラのその底知れない器の大きさに、気圧されそうになるのをクソ度胸だけで堪え、再び酒を喉に流し込んだ。

「……フン、信じるしかねえってわけか。まあいい、エボンの教えをまやかしと笑う奴に、悪い奴はいねえ。――お前、昼間、地図を見てビサイドの噂に随分と反応してたな。リュックの従姉妹の、ユウナのことに」

「ああ。十年前、ブラスカという男が命と引き換えに『シン』を消し去り、三年間だけのナギ節を作った。……そして今、その娘が再び従召喚士の資格を得て、同じ生贄の道を歩もうとしていると聞いた」

マダラは冷徹に、世界の不条理なシステムを口にした。

「エボンの教えという名の檻に閉じこもり、定期的に召喚士という名の生贄を捧げることでしか維持できん世界。……身内をその螺旋に奪われてまで、お前たちは何故そこまで黙って耐えている」

その言葉に、シドは拳を激しく握りしめ、机の上の鉄板がガタガタと音を立てて震えた。彼の顔には、消せることのない深い憎しみと哀しみが乱れ飛んでいた。

「耐えてるわけがねえだろっ!!」

シドは声を荒げ、限界まで目を血走らせて吼えた。

「……俺の愛する妹が、エボンの召喚士だったブラスカの野郎の元へ嫁ぐって言った時、俺は死ぬ気で猛反対した! アルベドの頭領として、エボンの奴らなんかに妹を渡せるかってな! だが妹は、俺の反対を押し切ってあいつの元へ行った。……なのに、その結果がどうだ! ユウナがまだ幼い頃に、妹はシンに襲われて理不尽に殺されちまったんだ!」

シドのぶ厚い胸が、激しい怒りと悔しさで大きく上下する。

「最愛の妻をシンに殺されたブラスカの野郎は、その絶望からシンを倒す決意を固めて旅に出た。だがな、俺があいつに一番腹が立ってんのは、その後の行動だ! あいつは、残されたまだ幼いユウナを一人きりにして、自分の娘を放ったらかしにしておいて、エボンのクソみたいな教えに従って自分だけシンを倒した英雄として死んじまいやがったんだ! エボンのクソ連中はさ、あいつを偉大な大召喚士だ、スピラの希望だって勝手に祭り上げて拝んでるが、俺からすりゃふざけんじゃねえって話だ! 家族を放り出して手に入れた数年のまやかしの平和なんて、反吐が出る! そして今度は、その娘であるユウナまで、同じ生贄の道へ引きずり込もうとしてやがる!」

シドは空になったグラスを限界まで握りしめた。

「だから俺たちアルベドは、エボンの教えを真っ向から拒絶して、機械(マキナ)を拾い集めてる! 誰かの犠牲に縋る世界なんて絶対に間違ってる! いつか、世界中の度肝を抜くような『巨大な機械』を、俺たちの手で完全に組み上げて、エボンの教えなんてなくてもシンを力ずくで叩き潰せるってことを、スピラ中に証明してやるんだよ!」

それは、まだ形を成していない、アルベド族の遠い悲願への、血を吐くような不屈の誓いだった。

マダラはそのシドの叫びを、ただ静かに、大人の余裕をもって聞き届けていた。

一族を、家族を、最愛の弟イズナを戦乱の中で死なせないために、千手と血の海を泳ぎ、それでも平和のために柱間と共に誰もが笑って暮らせる理想の里を作ろうとしていた、若き日の己の魂。

そして、現代人の記憶の残渣がもたらす、リュックという少女への微かな甘さ。

その全てが、この理不尽な世界で家族を守るために牙を剥く、シドという男の器に最高に熱く重なっていた。

「……ふん。己の力で檻を噛み破り、身内を守るための悲願か。悪くない」

マダラは不敵に、しかし非常に愉しげに口角を上げた。その声音には、シドの張り詰めた心を無言で包み込むような、底知れない温厚さが宿っていた。

「いいだろう、シド。しばらくは俺をお前たちの傭兵として、その玩具(機械)の近くに置いておくがいい。お前たちがその大きな夢で、世界の理(ルール)をどう書き換えていくのか、この俺の眼でじっくりと見守ってやる」

シドはマダラの言葉の奥にある、計り知れない王の格を感じ取り、ふぅ、と静かに肩の力を抜いた。彼は再びいかつい顔をニカッと歪めると、豪快な大笑いを夜の頭領室に響かせた。

「... がはははっ! うちはマダラ! てめぇが味方なら、アルベドの未来も案外捨てたもんじゃねえ! よし、明日からはリュックのやつに、もっと危険な遺跡のサルベージを頼むとするか! しっかりあの小娘のガードをしてくれよ、うちはマダラ!」

「ふん……。ただの砂利払いだ。そう焦るな」

マダラは不敵に笑い、静かに立ち上がって部屋を後にした。

 

 

 

 

 

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