『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
翌日の放課後。
旭高校の教室には、いつもの勉強会の準備が整っていた。
机を寄せ、五つ子と六華、そして悠飛と風太郎が集まっている。
「今日は数学からだ」
風太郎が問題集を開く。
「えぇー……」
四葉が露骨に嫌そうな顔をする。
「昨日は武道で頑張ったんだから、今日は休みでもいいんじゃないですか?」
「駄目だ」
「そんなぁ!」
「昨日の武道と勉強は別問題だ」
「うぅ……」
四葉が机に突っ伏す。
その隣で、一花が笑う。
「四葉、頑張ろうよ」
「一花はいいですよね。数学得意そうですし」
「私も得意じゃないよ?」
「絶対嘘です!」
そんな二人のやり取りを見ながら、六華は静かにノートを開いていた。
「……」
いつも通り。
何も変わらない放課後。
五つ子と一緒にいて。
悠飛と一緒に勉強をして。
笑って。
話して。
それだけの時間。
なのに。
六華の胸には、昨日から消えない小さな違和感があった。
「……」
無意識に、悠飛を見る。
悠飛は風太郎と問題を確認している。
「この問題、解き方を変えた方が分かりやすいな」
「確かに」
「風太郎、ここをこうすれば――」
「なるほど」
二人は自然に会話している。
その姿を見て。
六華はまた、胸の奥がざわついた。
「……何なの?」
自分でも分からない。
昨日、四葉と悠飛が武道場で一緒に練習していた時にも感じた。
一花が悠飛を見つめていた時にも。
自分の中に、何か引っかかるものがあった。
それは嫉妬なのか。
寂しさなのか。
それとも――。
「六華?」
「……え?」
顔を上げると、五月がこちらを見ていた。
「どうしました?」
「何でもない」
「そうですか?」
「うん」
六華は微笑んだ。
「ちょっと考え事してただけ」
五月は少し心配そうに見つめたが、それ以上は聞かなかった。
「何かあったら言ってくださいね」
「ありがとう、五月」
その優しさに、六華は少しだけ笑う。
「うん」
しかし。
胸の違和感は消えなかった。
◇
勉強会が始まって一時間。
「よし、休憩」
風太郎が言った。
「やった!」
四葉が顔を上げる。
「お菓子ありますよ!」
「お前は勉強より休憩の方が元気だな」
「休憩も大事です!」
「否定はしないが……」
一花が笑う。
「四葉らしいよ」
二乃が鞄から飲み物を取り出す。
「はい、これ」
「ありがとう、二乃!」
三玖は参考書を眺めながら呟いた。
「もう少しで、この問題終わる」
五月は黙々とノートを整理している。
そんな中。
悠飛が立ち上がった。
「飲み物買ってくるけど、何かいる?」
「私は紅茶!」
「私は炭酸!」
「私は……」
五人が次々に注文する。
六華も口を開こうとした。
だが。
「……」
一瞬、迷った。
「六華は?」
悠飛がこちらを見る。
「え?」
「何かいる?」
「……ううん」
六華は首を振った。
「私は大丈夫」
「そうか?」
「うん」
「分かった」
悠飛は教室を出ていった。
「……」
その背中を見送る。
なぜか。
言ってしまえばよかったと思った。
自分も飲み物が欲しい。
そんな些細なことなのに。
「……」
六華は自分の手を見つめた。
どうして。
こんな小さなことで胸が苦しくなるのだろう。
◇
「六華」
一花が隣に座った。
「何?」
「最近、何か変じゃない?」
「……」
六華の心臓が跳ねる。
「そう?」
「うん」
一花は六華の顔を覗き込む。
「昨日も今日も、ちょっとぼーっとしてる」
「……」
「何か悩み事?」
「悩みってほどじゃないよ」
「じゃあ、何?」
六華は答えられなかった。
「……分からない」
「分からない?」
「うん」
六華は小さく息を吐く。
「私自身、何が気になってるのか分からないの」
「……」
一花は何も言わない。
六華は続けた。
「昨日、四葉と悠飛が武道してたでしょ?」
「うん」
「二人とも楽しそうだった」
「そうだったね」
「それを見てたら……」
言葉が詰まる。
「……嫌だった?」
一花が尋ねる。
「分からない」
六華は俯く。
「四葉が悪いわけじゃない。悠飛も悪くない。むしろ二人が一緒にいるのは自然だと思う」
「うん」
「なのに……」
六華は胸元を握る。
「胸の奥が、変にざわざわする」
一花はしばらく黙っていた。
そして。
「六華」
「何?」
「それって、もしかして――」
「……」
「悠飛くんのことが気になってるんじゃない?」
「……!」
六華の目が見開かれる。
「私が?」
「うん」
「違う」
反射的に否定した。
「……」
でも。
その声は。
自分でも驚くほど弱かった。
一花は何も言わない。
「……違うはず」
六華は呟く。
「だって、私たちは従姉妹で……」
「それは関係ないんじゃない?」
「……」
「好きになるのに、理由なんて必要ないと思うよ」
六華は黙り込んだ。
◇
その日の帰り道。
六華は一人で歩いていた。
「……」
夕暮れの空。
赤く染まる街。
その景色を見ていると。
ふと。
昔の記憶が蘇った。
――小さな公園。
――幼い五つ子。
――そして悠飛。
「六華!」
誰かが呼ぶ。
振り返る。
幼い悠飛が笑っている。
「一緒に遊ぼう!」
「私も?」
「もちろん」
「でも……」
「五つ子と一緒じゃなくていいの?」
「みんなで遊べばいいだろ?」
「……」
小さな六華は。
少しだけ嬉しそうに笑っていた。
「うん!」
――。
「……!」
六華は立ち止まった。
「今の……」
頭の中に浮かんだ映像。
ずっと忘れていた記憶。
「……」
もう一度。
目を閉じる。
すると。
また別の光景が浮かぶ。
雨の日。
傘を持っていなかった六華。
そこへ。
幼い悠飛が走ってくる。
「六華!」
「悠飛……?」
「これ使って」
「でも悠飛は?」
「俺は走ればいいから」
「そんなの駄目!」
「大丈夫!」
「……」
悠飛は笑っていた。
「じゃあ、一緒に入ろう」
「……うん」
二人で一つの傘に入る。
肩が触れる。
幼い六華は恥ずかしそうに笑っていた。
「……」
六華は目を開けた。
胸が高鳴っている。
「忘れてた……」
どうして。
こんな大切な記憶を。
「……」
そして。
もう一つ。
忘れられない言葉。
『大きくなったら、また一緒に遊ぼう』
幼い悠飛が言った言葉。
六華は胸に手を当てる。
「……約束」
その言葉だけは。
なぜか鮮明に残っていた。
◇
翌日。
教室。
「おはよう」
悠飛が入ってくる。
「おはようございます」
六華が答える。
「……」
悠飛は一瞬、六華を見る。
「どうした?」
「え?」
「昨日から、少し元気ない気がする」
「……」
六華は驚いた。
「分かるの?」
「分かるよ」
「どうして?」
「友達だから」
「……」
その言葉が。
胸に刺さった。
嬉しい。
でも。
それだけでは足りない。
「悠飛」
「ん?」
「私たちって……」
六華は言いかける。
「昔から、友達だったのかな?」
「……」
悠飛は少し考える。
「たぶん」
「たぶん?」
「ああ」
「覚えてない?」
「全部はな」
「私も」
六華は苦笑した。
「でも、昨日少し思い出した」
「何を?」
「昔、一緒に雨宿りしたこと」
悠飛の目が少し大きくなる。
「……あ」
「覚えてる?」
「少しだけ」
悠飛は頭を押さえる。
「傘……」
「そう」
「俺が六華に傘を貸そうとした」
「一緒に入ったの」
「ああ」
二人は顔を見合わせる。
そして。
自然と笑った。
「懐かしいな」
「うん」
「また思い出せるかもしれない」
「そうだね」
◇
その会話を。
少し離れた場所から四葉が見ていた。
「……」
一花も。
「……」
そして。
風太郎も。
「……」
風太郎は二人の様子を見ていた。
「悠飛」
「ん?」
「お前、昔のこと少しずつ思い出してるのか?」
「そうみたいだな」
「五つ子もか?」
「たぶん」
「六華も?」
「うん」
風太郎は少し考える。
「なら、記憶が戻れば何か分かるかもな」
「何が?」
「さあ」
風太郎は肩をすくめた。
「俺にも分からん」
「変な奴だな」
「お前にだけは言われたくない」
二人が笑う。
その様子を見て。
六華も笑った。
――昔も。
――今も。
悠飛の隣には。
自然と笑顔が生まれる。
それが。
六華には何よりも嬉しかった。
◇
昼休み。
六華は一人で屋上にいた。
風に髪が揺れる。
「……」
胸に手を当てる。
昨日からずっと考えていた。
一花に言われた言葉。
『悠飛くんのことが気になってるんじゃない?』
「……」
否定できなかった。
むしろ。
考えれば考えるほど。
答えは一つに近づいていく。
「私……」
六華は空を見上げる。
「悠飛のこと……」
言葉にするのが怖い。
でも。
その気持ちは。
もう隠せない。
「……好きなのかな」
風が吹く。
髪が揺れる。
六華は目を閉じた。
思い出す。
幼い頃。
一緒に遊んだこと。
雨の日。
傘を分け合ったこと。
転んだ時に手を差し伸べてくれたこと。
そして。
昨日。
四葉と悠飛が楽しそうに武道をしていた姿。
一花が悠飛に笑いかける姿。
そのたびに。
胸が苦しくなった。
「……」
六華は小さく笑う。
「そっか」
ようやく。
自分の気持ちが分かった。
「私は……悠飛が好きなんだ」
それは。
恋だった。
◇
しかし。
六華はまだ誰にも告げない。
一花にも。
四葉にも。
悠飛にも。
「……」
なぜなら。
自分にはまだ。
確かめたいことがあったから。
幼い頃。
悠飛と五つ子と自分が。
どんな関係だったのか。
そして。
どうして自分たちは。
大切な記憶を忘れてしまったのか。
「……」
六華は静かに拳を握る。
「知りたい」
あの頃。
悠飛が自分に向けていた感情。
それを。
今の自分は知りたい。
ただの友達だったのか。
それとも――。
「……」
六華は頬を赤くする。
「まさか、ね」
まだ分からない。
だからこそ。
焦らない。
今は。
胸に秘めておく。
◇
放課後。
勉強会が始まる。
「今日は数学の続きだ」
風太郎が言う。
「はい!」
四葉が元気に返事する。
一花も席につく。
六華もノートを開く。
悠飛が笑う。
「じゃあ、始めよう」
「うん」
六華は頷く。
昨日までと。
何も変わらない。
けれど。
六華の中では。
すべてが変わっていた。
悠飛の声。
悠飛の笑顔。
悠飛が問題を解く姿。
その一つ一つが。
以前とは違って見える。
「……」
六華はそっと笑う。
今はまだ。
言わない。
でも。
いつか。
自分の気持ちを。
真正面から伝えたい。
その時まで。
「……」
六華は胸の中で呟いた。
――悠飛。
――私、あなたのことが好き。
その想いを胸に秘めたまま。
六華はいつものように。
悠飛の隣で勉強を始めた。
そして。
この小さな違和感こそが。
二十年後。
大人になった六華が悠飛に向ける。
誰よりも強く、真っ直ぐな恋心の原点となるのだった。