『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
放課後。
旭高校の空き教室には、今日も机を寄せた即席の「勉強会場」ができていた。
黒板には風太郎が書いた今日の予定。
『数学――90分』
『英語――60分』
『国語――45分』
その横には、悠飛が付け加えた一文。
『休憩――ちゃんと取ること』
「……」
四葉が黒板を見上げる。
「悠飛さん、休憩をちゃんと予定に入れてくれてる!」
「当然だろ」
「さすが悠飛さん!」
「褒めるところ、そこなのか?」
風太郎が呆れた顔をする。
「勉強は長時間やればいいってものじゃない。集中力が落ちた状態で続けても効率が悪いからな」
悠飛が答える。
「風太郎の予定表は効率重視。俺はそこに全員が続けられるペースを加える。それだけだ」
「……なるほど」
五月が感心したように頷く。
「お二人は、本当に考え方が違いますね」
「そうだな」
風太郎が腕を組む。
「俺は数字を見る。悠飛は人を見る」
「人を見る?」
三玖が首を傾げる。
「成績だけじゃなく、集中力や性格、得意不得意まで見ているってこと」
風太郎が説明する。
「だから、同じ問題でも五人に違う教え方をする」
「……」
六華は悠飛を見る。
確かに。
悠飛は一人一人への接し方が違う。
四葉には、まず自信を持たせる。
三玖には、興味のある話題から理解させる。
五月には、知識をさらに深める。
二乃には、答えを与えず、自分で解けるように導く。
一花には、集中力が切れないように会話を挟む。
そして――。
「六華」
「え?」
突然、悠飛に呼ばれた。
「今日、少し眠そうだな」
「……!」
六華は目を見開いた。
「分かる?」
「目の動きが少し遅い」
「……」
風太郎が横から口を挟む。
「それだけじゃない」
「風太郎?」
「昨日よりノートを書く速度が遅い。しかも同じところを二度見している」
「……」
六華は唖然とした。
「二人とも……よく見てるね」
風太郎は当然のように言う。
「観察は分析の基本だ」
悠飛は笑った。
「俺はそこまで細かく考えてないけどな」
「じゃあ、どうして分かった?」
「何となく」
「……」
風太郎が黙る。
「それが一番腹立つんだよ」
「なんでだ?」
「お前の『何となく』が、妙に当たるからだ」
教室に笑い声が起こった。
◇
勉強会が始まる。
最初の科目は数学。
風太郎が問題を配る。
「昨日と同じ範囲だ。今日は少し難しくする」
「……」
五人の顔が一斉に曇った。
「そんな顔するな」
「だって難しいんですよね?」
四葉が言う。
「ああ」
「即答!」
「でも、昨日までの問題が解けていれば十分対応できる」
悠飛が続ける。
「一問目は全員解いてみよう。分からなかったら途中まででもいい」
「はい」
全員が問題に向き合う。
教室が静かになった。
鉛筆の音だけが響く。
悠飛は立ち上がり、全員の机を順番に見ていく。
風太郎も同じように答案を確認していた。
しかし。
二人の見方は明らかに違っていた。
風太郎は答案を見る。
正解か。
不正解か。
途中式。
計算ミス。
理解度。
一方、悠飛は生徒の顔を見る。
手の動き。
視線。
鉛筆を止めるタイミング。
問題文を読む速度。
そして――。
「……」
悠飛が二乃の机の前で止まった。
二乃は黙々と計算している。
「……」
悠飛は何も言わずに立ち去った。
次に三玖。
「……」
三玖は問題文を読んでいる。
だが、鉛筆が動いていない。
悠飛は三玖の机に近づいた。
「三玖」
「……うん」
「その問題、歴史の問題みたいに考えてみたら?」
「歴史?」
「条件を時系列で整理する感じ」
「……」
三玖は問題文をもう一度読む。
「……あ」
鉛筆が動き始めた。
「できそう」
「やってみろ」
「うん」
悠飛が離れる。
風太郎がその様子を見ていた。
「……」
「どうした?」
悠飛が聞く。
「いや」
風太郎は腕を組む。
「やっぱりお前は変だな」
「またか?」
「三玖が何で詰まってるか、答案を見る前に分かっただろ」
「表情で分かった」
「普通は分からん」
「そうか?」
「そうだ」
風太郎はため息をついた。
「お前の直感は、もはや特技の域を超えてる」
「褒めてる?」
「半分はな」
◇
その頃。
一花は問題を解いていた。
「……」
しかし。
数分経っても。
一花の手が止まっている。
悠飛が近づく。
「一花」
「ん?」
「眠い?」
「……ちょっとだけ」
「昨日遅くまで仕事?」
「うん」
一花は笑った。
「学校が終わった後に撮影があってね」
「大変だな」
「でも楽しいよ」
「ならいいけど」
悠飛は一花の机を指差した。
「今日は英語を先にやった方がいいかもしれない」
「どうして?」
「数学は集中力が必要だから」
「……」
一花は少し驚いた。
「私のこと、ちゃんと見てるんだね」
「勉強会だからな」
「それだけ?」
「それ以外に何かあるのか?」
「ふふ」
一花は笑う。
「秘密」
「?」
一花は再び問題集に向かった。
「じゃあ、頑張ろうかな」
「そうしてくれ」
悠飛が離れる。
一花はその背中を見つめる。
「……」
小さく呟いた。
「そういうところなんだよね」
好きになってしまった理由。
本人は。
きっと気づいていない。
◇
「四葉」
「はい!」
「その問題、答えは合ってる」
「本当ですか!」
「ただし」
「ただし?」
「途中式がめちゃくちゃだ」
「えっ」
四葉が答案を見る。
「……本当だ」
「答えが合っているのはすごい」
悠飛は笑う。
「でも、試験では途中式も丁寧に書こう」
「はい!」
「四葉は感覚で解く力が強い」
「感覚?」
「うん」
「それっていいことですか?」
「武器になる」
「!」
四葉の目が輝く。
「本当ですか?」
「ああ。ただし、感覚だけに頼ると難しい問題で止まる」
「……」
「だから、今は感覚に理屈を足しているところだ」
「なるほど!」
四葉は嬉しそうに頷いた。
「私、もっと頑張ります!」
「その調子」
「はい!」
少し離れたところから、そのやり取りを見ていた風太郎が呟く。
「……四葉には、ああいう教え方が合ってるな」
「だろ?」
悠飛が答える。
「お前も分かってきたじゃないか」
「誰のせいだと思ってる」
「良い影響だったってことだな」
「……調子に乗るな」
◇
五月の机。
問題集には、ほとんど赤ペンが入っていない。
「五月は安定してるな」
風太郎が言う。
「ありがとうございます」
「でも」
悠飛が続ける。
「正解しているからって、理解しているとは限らない」
「……」
五月が顔を上げる。
「どういう意味ですか?」
「解答を覚えているだけかもしれない」
「そんなことは――」
「じゃあ、この問題」
悠飛は別の紙に問題を書いた。
「数字と条件を少し変えてみた」
五月が解く。
「……」
「……」
「……」
五月の手が止まった。
「これは……」
「さっきと同じ考え方で解ける」
「……」
五月は考え込む。
やがて。
「分かりました」
答えを書く。
悠飛が確認する。
「正解」
「……!」
五月がほっと息を吐く。
「ありがとうございます」
「今のが大事なんだ」
「はい」
五月は頷く。
「覚えるだけではなく、使えるようにする」
「そう」
「……」
五月は少し笑った。
「悠飛さんは、本当に教えるのが上手ですね」
「ありがとう」
「将来、先生になったら――」
「五月」
風太郎が割って入った。
「こいつは先生になる予定はない」
「そうなんですか?」
「俺は――」
悠飛は少し考え。
「誰かに何かを教えること自体は好きだけど、教師になるかどうかは考えたことないな」
「そうですか」
五月は残念そうな顔をした。
「少しもったいない気がします」
「そうか?」
「はい」
その言葉を。
六華は黙って聞いていた。
◇
休憩時間。
「ふぅ……」
四葉が机に突っ伏した。
「疲れました!」
「まだ半分だぞ」
風太郎が言う。
「えぇ……」
「四葉」
悠飛が声をかける。
「休憩はちゃんと取れ」
「はい!」
「でも、休憩が終わったら戻る」
「分かってます!」
四葉が笑う。
一花は飲み物を飲みながら、風太郎に話しかけた。
「風太郎くん」
「何だ?」
「悠飛くんって、昔からあんな感じだったの?」
「どんな感じだ?」
「人のことをよく見てるところ」
風太郎は少し考えた。
「昔からだ」
「やっぱり?」
「ただ、昔は今ほど自覚的じゃなかった」
「……」
一花が悠飛を見る。
悠飛は六華と何か話している。
「じゃあ、風太郎くんは?」
「俺?」
「悠飛くんとは長い付き合いなんだよね」
「ああ」
「どうして友達になったの?」
風太郎は少し笑った。
「俺が困っていた時、こいつが何も聞かずに助けてきた」
「へえ」
「金持ちの息子なのに、妙に偉そうじゃなかった」
「それは確かに」
「むしろ、俺が遠慮していると怒る」
「悠飛くんらしいね」
風太郎は続けた。
「それからだな」
「……」
一花は微笑んだ。
「いい友達だね」
「ああ」
風太郎は悠飛を見る。
「俺にとっては、最高の友人だ」
◇
休憩が終わる。
再び勉強が始まった。
今度は英語。
風太郎が問題を配る。
「長文読解」
「……」
五人が嫌そうな顔をする。
「英語は苦手か?」
悠飛が聞く。
「ちょっと……」
四葉が手を上げる。
「私も」
二乃も。
「私も」
五月。
「私は読めますが、速度が……」
三玖。
「単語が……」
一花。
「私はまあまあ」
六華。
「私は普通かな」
悠飛は少し考える。
「じゃあ、全員同じやり方はやめよう」
風太郎が顔を上げる。
「何?」
「五人の弱点が違う」
「具体的には?」
「四葉は文章全体の意味を掴むのは早い。でも細かい単語を見落とす」
「……」
四葉が頷く。
「二乃は単語力はある。でも文章を全部正確に訳そうとして時間がかかる」
「なるほど」
「三玖は単語で止まる。五月は正確だけど慎重すぎる。一花は読めるけど集中力が問題」
「……」
一花が苦笑する。
「ばれてる」
「六華は?」
風太郎が尋ねる。
悠飛は六華を見る。
「六華は……」
「……」
少し考える。
「理解はできている。でも、自信がない」
「……!」
六華の表情が固まった。
「どうして?」
「答えを書く直前に一度迷うから」
「……」
図星だった。
「正解できる問題でも、自分の答えを疑っている」
悠飛は言った。
「だから、六華は知識より自信の方が課題だと思う」
六華は黙った。
「……そうかも」
小さく答える。
風太郎が腕を組む。
「なるほど」
「風太郎?」
「俺なら答案を見てから判断する」
「俺は答案を書く前を見る」
「……」
「どこで迷ってるかを見れば、答案を見る前でもある程度分かる」
「だから直感か」
「ああ」
悠飛が頷く。
「分析と直感」
風太郎が言う。
「相性がいいな」
「そうか?」
「俺が地図を作る。お前が道を選ぶ」
「いい例えだな」
「だろ?」
二人は笑った。
◇
勉強会も終盤。
六華は問題を解いていた。
しかし。
悠飛に言われた言葉が頭から離れない。
『自信がない』
確かにそうだった。
自分は。
何かを決める時。
いつも一歩引いてしまう。
五つ子の従姉妹。
五人と一緒に育った少女。
五人ほど目立つわけではない。
五人ほど積極的でもない。
だから。
昔から。
少し離れたところにいた。
それが自分の居場所だと思っていた。
けれど。
「……」
悠飛を見る。
彼は今。
四葉の質問に答えている。
「そこはこう考える」
「なるほど!」
「じゃあ、次は一人でやってみろ」
「はい!」
「……」
六華は思う。
自分も。
もっと前に出ていいのではないか。
もっと。
自分の気持ちに正直になっていいのではないか。
「……」
その時。
悠飛がこちらを見る。
「六華」
「はい」
「その問題、正解」
「……え?」
「自信持っていいぞ」
「……」
六華は答案を見る。
確かに。
正解だった。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
悠飛が笑う。
その瞬間。
六華の胸の奥で。
何かが決まった。
――私は。
――この人の隣に立ちたい。
従姉妹たちの後ろではなく。
誰かの影でもなく。
自分自身として。
◇
勉強会終了。
「今日も疲れましたー!」
四葉が伸びをする。
「でも、楽しかったです!」
「それなら良かった」
悠飛が笑う。
「明日もやるぞ」
「はい!」
「……」
五人が返事をする。
六華も。
「うん」
帰り道。
風太郎と悠飛が並んで歩く。
「なあ」
風太郎が言った。
「何だ?」
「今日の五人、どうだった?」
「昨日より良くなってる」
「そうか」
「少しずつだけどな」
「それなら十分だ」
風太郎は空を見る。
「成績はすぐには変わらない」
「ああ」
「でも、習慣が変われば成績も変わる」
「その通り」
「……」
風太郎は悠飛を見る。
「お前がいて助かってる」
「友達だからな」
「そういうところだ」
「何が?」
「……何でもない」
風太郎は笑った。
◇
その少し後ろ。
一花。
四葉。
六華。
三人が並んで歩いている。
「今日も頑張ったね」
一花が言う。
「はい!」
四葉が答える。
「六華は?」
「うん」
六華は笑った。
「今日は少しだけ、自信が持てた気がする」
「それなら良かった」
一花が微笑む。
四葉も頷く。
「私も悠飛さんに言われて、もっと頑張ろうって思いました!」
「……」
六華は二人を見る。
一花。
四葉。
そして自分。
まだ誰も。
自分の想いを口にしていない。
けれど。
それぞれの心の中には。
少しずつ。
同じ一人の少年の存在が大きくなっていた。
「……ねえ」
一花が言う。
「何?」
四葉と六華が振り向く。
「これからも、ずっと一緒に勉強会できたらいいね」
「はい!」
「うん」
三人は笑った。
その先頭では。
悠飛と風太郎が歩いている。
風太郎は、五人の成績表を頭の中で整理していた。
「次は英語を重点的に……」
一方。
悠飛は振り返った。
「……」
六人の少女たちを見る。
そして。
なぜか胸の奥に、温かなものを感じた。
理由は分からない。
ただ。
「この時間、ずっと続けばいいな」
そんな直感だけが。
悠飛の胸に残った。
風太郎の「分析」。
悠飛の「直感」。
二人の異なる才能は。
やがて。
五つ子たちの人生を大きく変えていくことになる。
そしてその中心には。
まだ誰も気づいていない。
幼い頃から続く、不思議な縁があった。
忘れていた記憶。
失われた約束。
そして。
いつか再び思い出すことになる――。
「あの日」の記憶が。
静かに。
彼らの青春の奥底で。
目を覚まし始めていた。