『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
五月中旬。
黒薔薇女学院から旭高校へ転校してきてから、一か月近くが経過していた。
最初は戸惑いばかりだった五つ子たちも、少しずつ新しい環境に慣れ始めていた。
そして放課後。
いつもの空き教室。
「よし」
風太郎が答案用紙を机に並べた。
「今日は確認テストの結果を返す」
その言葉に。
五つ子たちの顔が一斉に強張る。
「うっ……」
「来た……」
「怖い……」
四葉、三玖、二乃がそれぞれ違う反応を見せる。
一花は苦笑し、五月は静かに背筋を伸ばした。
六華も少し緊張した表情を浮かべている。
悠飛は後ろの机に腰掛けながら笑った。
「そんなに緊張することか?」
「しますよ!」
四葉が即答した。
「点数を見る時は、いつだって緊張します!」
「それは正しい反応だな」
風太郎が頷く。
「だが今回は安心しろ」
「え?」
「全員、前回より上がっている」
教室が静まり返った。
「……え?」
一花が目を瞬かせる。
「本当に?」
「ああ」
風太郎は答案を配り始めた。
「まず一花」
「はい」
答案を受け取った一花が目を見開く。
「えっ」
「どうした?」
悠飛が聞く。
「前より十八点上がってる」
「おお」
「すごいじゃないか」
一花は自分の答案を見つめた。
「本当に上がってる……」
どこか信じられない表情だった。
続いて。
「二乃」
「はいはい」
受け取った二乃が固まる。
「……」
「どうした?」
「二十点」
「ん?」
「二十点も上がってるんだけど」
「それは良かったな」
悠飛が笑う。
二乃は答案を見つめたまま呟く。
「勉強会って本当に効果あるのね……」
「だから言っただろ」
風太郎が答えた。
「積み重ねは裏切らない」
次は三玖。
「三玖」
「うん」
答案を見る。
「……」
「どうだ?」
「歴史、八十五点」
「おお」
悠飛が拍手する。
「すごいな」
三玖は少しだけ照れた。
「……嬉しい」
その笑顔はとても柔らかかった。
続いて五月。
「五月」
「はい」
五月は落ち着いた様子で答案を見る。
しかし。
次の瞬間。
「……!」
珍しく驚いた顔になった。
「どうした?」
「英語が九十点です」
「おめでとう」
悠飛が笑う。
五月は答案を見つめた。
「初めてです……」
「努力の成果だな」
五月は静かに頷いた。
「はい」
最後は――。
「四葉」
「は、はい!」
まるで裁判の判決を待つ被告人のような顔で前へ出る。
風太郎が答案を渡した。
「……」
四葉が固まる。
「……」
さらに固まる。
「……」
そして。
「やったぁぁぁぁぁぁ!!」
教室中に叫び声が響いた。
「赤点じゃない!」
「おお」
悠飛が笑う。
「よく頑張ったな」
「悠飛さん!」
四葉の目が潤む。
「私、やりました!」
「見れば分かる」
「本当にやりました!」
「二回言わなくても分かる」
教室が笑いに包まれた。
◇
勉強会が始まった頃。
五つ子たちの成績は壊滅的だった。
勉強習慣そのものがなかった。
授業内容も理解できていなかった。
だが。
今は違う。
毎日の積み重ね。
放課後の勉強会。
風太郎の分析。
悠飛の指導。
そして何より。
本人たちの努力。
それらが少しずつ結果になり始めていた。
「やっぱり数字になると嬉しいな」
一花が言った。
「うん」
三玖も頷く。
「勉強、前より楽しい」
「私もです」
五月が続く。
二乃は答案を眺めながら呟く。
「認めるしかないわね」
「何を?」
悠飛が聞く。
「私たち、ちゃんと成長してる」
「そうだな」
「悔しいけど」
「悔しいのか?」
「少しね」
二乃は笑った。
「最初はどうせ無理だと思ってたから」
「なるほど」
悠飛も笑う。
「じゃあ次はもっと上を目指そう」
「……」
二乃は少しだけ目を細めた。
「本当に欲張りね」
「そうか?」
「そうよ」
しかし。
その表情はどこか楽しそうだった。
◇
「さて」
風太郎が黒板の前に立つ。
「ここで現状分析だ」
「出た」
悠飛が苦笑する。
「分析好きだな」
「当然だ」
風太郎はチョークを持つ。
「一花は集中力の波が大きい」
「うっ」
「二乃は感情で勉強するタイプ」
「どういう意味よ」
「やる気がある時は強い」
「それは否定できない」
「三玖は興味がある科目が強い」
「うん」
「五月は安定」
「ありがとうございます」
「四葉は」
全員が四葉を見る。
「伸びしろの塊」
「やったー!」
「褒めてないぞ」
「えぇ!?」
教室が再び笑いに包まれる。
風太郎は続ける。
「六華」
「はい」
「最近かなり良くなっている」
「本当?」
「ああ」
風太郎が頷く。
「以前より迷いが減った」
六華は少し驚いた。
「……」
その理由は分かっている。
あの日。
悠飛に言われた。
『自信を持て』
その一言。
たったそれだけだった。
だが。
六華にとっては大きかった。
「……」
自然と視線が悠飛へ向く。
悠飛は気づかない。
風太郎だけが、その様子を見ていた。
「……」
何となく察している。
しかし今は何も言わない。
◇
勉強会後半。
英語の長文読解。
「よし」
悠飛が言う。
「今日は競争しよう」
「競争?」
一花が聞く。
「ああ」
「何をするんですか?」
四葉が身を乗り出す。
「制限時間内に解く」
「うわぁ」
「ただし」
悠飛は笑う。
「勝った人にはジュースを奢る」
「やります!」
四葉が即答した。
「早いな」
「負けません!」
結果。
優勝は五月だった。
「やりました」
「おめでとう」
悠飛が拍手する。
二位は三玖。
三位は六華。
そして。
最下位は四葉。
「うぅ……」
「まあ、そう落ち込むな」
「でも負けました」
「前より正答率は上がってる」
「本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ頑張ります!」
「その意気だ」
四葉は単純だった。
だが。
その素直さが成長の速さにも繋がっていた。
◇
帰り道。
夕焼けが街を赤く染めていた。
「今日は楽しかったね」
一花が言う。
「うん」
三玖が頷く。
「テストも良かった」
「皆さん頑張りましたから」
五月が微笑む。
二乃も満更ではない顔をしている。
少し後ろ。
六華は悠飛の隣を歩いていた。
「悠飛」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「勉強」
「俺だけじゃない」
悠飛は答える。
「風太郎もいるし、みんな頑張ってる」
「それでも」
六華は小さく笑う。
「ありがとう」
「……」
悠飛も笑った。
「どういたしまして」
それだけ。
それだけなのに。
六華の胸は温かくなる。
「……」
好き。
その気持ちは日に日に大きくなっていた。
◇
一方。
少し前を歩く一花。
その隣には四葉。
「ねえ四葉」
「はい?」
「最近、楽しい?」
「楽しいです!」
即答だった。
「勉強も?」
「もちろん!」
「それだけ?」
「?」
四葉は首を傾げる。
一花は少しだけ笑った。
「何でもない」
「?」
四葉は不思議そうだった。
しかし。
一花には分かっていた。
四葉もまた。
悠飛を見る目が少しずつ変わっている。
そして。
自分も。
六華も。
「……」
三人とも。
同じ人を見ている。
まだ誰も口にはしない。
けれど。
その気持ちは確実に育っていた。
◇
帰宅後。
風太郎はノートを開いていた。
そこには五つ子と六華の成績推移が記されている。
「順調だな」
呟く。
その時。
電話が鳴った。
相手は悠飛だった。
『どうだ?』
「予定より良い」
『だろ?』
「だが油断はできない」
『もちろん』
風太郎は笑った。
「中間試験はこれからだからな」
『ああ』
「本番はまだ先だ」
『でも、きっと大丈夫だろ』
風太郎は少し考える。
そして。
珍しく即答した。
「……ああ」
『お』
「今のあいつらなら大丈夫だ」
『そうだな』
電話が切れる。
風太郎は窓の外を見る。
夜空が広がっていた。
最初は不安だった。
五つ子たちが本当に変われるのか。
だが。
今なら信じられる。
努力は確実に実を結び始めている。
そして。
誰よりもそれを信じている男がいる。
如月悠飛。
分析では測れない直感を持つ友人。
その存在が。
少しずつ皆を前へ進ませていた。
そして――。
近づいていた。
最初の大きな試練。
旭高校、中間試験の日が。