『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』   作:夜幻

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第14話「一花の女優への道」

放課後。

 

いつもの勉強会が始まる少し前。

 

旭高校の廊下を、一人の少女が歩いていた。

 

中野一花。

 

普段なら五つ子たちと一緒に空き教室へ向かう時間だが、今日は少し違っていた。

 

スマートフォンを片手に、何度も画面を確認している。

 

「……」

 

そこには、芸能事務所から届いたメッセージ。

 

今日の放課後、オーディションを兼ねた打ち合わせがある。

 

一花が密かに続けている芸能活動。

 

まだ大きな役をもらったわけではない。

 

エキストラや小さな仕事。

 

それでも、一花にとっては大切な一歩だった。

 

「女優……か」

 

小さく呟く。

 

憧れだった。

 

テレビの向こう側にいる人たち。

 

映画のスクリーンで誰かの人生を演じる人たち。

 

自分もいつか、そんな場所へ行きたい。

 

そう思っていた。

 

けれど。

 

今は高校生。

 

勉強もある。

 

五つ子としての生活もある。

 

そして――。

 

「悠飛くん……」

 

自然と名前が出てきた。

 

一花は苦笑する。

 

「私、何考えてるんだろ」

 

恋。

 

勉強。

 

夢。

 

どれも大切だった。

 

だからこそ。

 

最近の一花は少しだけ悩んでいた。

 

 

「一花!」

 

教室の前で四葉が手を振っていた。

 

「遅いですよ!」

 

「ごめん、ごめん」

 

一花が笑顔を作る。

 

「ちょっと用事があって」

 

「芸能関係ですか?」

 

五月が尋ねる。

 

「うん」

 

「今日もですか?」

 

「そうなの」

 

一花は笑った。

 

「ちょっとだけ打ち合わせ」

 

「大変ですね」

 

「慣れてるから大丈夫」

 

「でも、勉強会は?」

 

三玖が心配そうに聞く。

 

「もちろん参加するよ」

 

一花は胸を張る。

 

「今日は最後までいる」

 

「良かった」

 

三玖がほっとした顔をする。

 

その時。

 

「一花」

 

悠飛が声をかけた。

 

「何?」

 

「無理してないか?」

 

「……」

 

一花の笑顔が一瞬だけ止まった。

 

「どうして?」

 

「今日はいつもより疲れて見える」

 

「……」

 

まただ。

 

悠飛は。

 

こういうところを見逃さない。

 

「大丈夫だよ」

 

一花は笑う。

 

「本当に?」

 

「うん」

 

「ならいいけど」

 

悠飛はそれ以上追及しなかった。

 

「じゃあ、勉強始めよう」

 

「うん」

 

一花は席についた。

 

しかし。

 

心臓は少しだけ速くなっていた。

 

 

「今日の数学はここまで」

 

風太郎が問題集を閉じる。

 

「次は英語」

 

「えー」

 

四葉が声を上げる。

 

「英語苦手です!」

 

「知ってる」

 

「ひどい!」

 

教室に笑い声が広がる。

 

一花も笑った。

 

いつもの時間。

 

いつもの仲間。

 

それだけで落ち着く。

 

だが。

 

一花の頭の片隅には、今日の打ち合わせが残っていた。

 

「……」

 

集中しなければ。

 

そう思えば思うほど。

 

時計が気になってしまう。

 

「一花」

 

悠飛の声。

 

「ん?」

 

「さっきから時計見てる」

 

「……!」

 

「予定があるなら、今日は早めに切り上げてもいいぞ」

 

「でも……」

 

「勉強会は明日もできる」

 

悠飛は穏やかに言う。

 

「夢の方は、今日しかないかもしれないだろ」

 

「……」

 

一花は目を見開いた。

 

「悠飛くん……」

 

「行ってこいよ」

 

「でも、みんなに迷惑が――」

 

「そんなことで迷惑だと思う奴はいない」

 

風太郎が言った。

 

「俺も同意見だ」

 

四葉も手を上げる。

 

「私もです!」

 

三玖が頷く。

 

「行ってきていいよ」

 

五月も微笑む。

 

「応援しています」

 

二乃は腕を組んだ。

 

「ちゃんと夢があるなら、そっちを優先しなさいよ」

 

「みんな……」

 

一花の胸が温かくなる。

 

「ありがとう」

 

そして。

 

悠飛を見る。

 

「……悠飛くん」

 

「ん?」

 

「どうしてそんなこと言えるの?」

 

「何が?」

 

「夢のこと」

 

悠飛は少し考えた。

 

「俺も、自分でやりたいと思ったことを途中で諦めるのは嫌だから」

 

「……」

 

「一花が本気なら、応援する」

 

その言葉は。

 

何気ないものだった。

 

けれど。

 

一花には、とても大きく響いた。

 

「……そっか」

 

一花は笑った。

 

今度の笑顔は。

 

作ったものではなかった。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「おう」

 

「頑張ってください!」

 

四葉が手を振る。

 

一花は教室を出た。

 

 

芸能事務所。

 

一花は指定された部屋の前に立っていた。

 

「……」

 

深呼吸。

 

ドアを開ける。

 

「失礼します」

 

「来たね、一花ちゃん」

 

待っていたのは。

 

芸能プロダクションの社長、織田だった。

 

「今日は急に呼んで悪かったね」

 

「いえ」

 

「実は、ある作品のオーディションがある」

 

「オーディション……」

 

「役は大きくない。だが、君には可能性がある」

 

一花は真剣な顔になる。

 

「どんな役ですか?」

 

「高校生の女の子」

 

「……」

 

「普通の女の子だ」

 

一花は少し考える。

 

「私に演じられるでしょうか」

 

織田は笑った。

 

「君ならできる」

 

「どうして?」

 

「君は人の目をよく見ている」

 

「……」

 

「相手が何を求めているのか。何を言ってほしいのか。そういうものを自然に感じ取れる」

 

それは。

 

悠飛にも言われたことがある。

 

『人をよく見てる』

 

「……」

 

一花は少し笑った。

 

「分かりました」

 

「やるか?」

 

「はい」

 

即答だった。

 

「やります」

 

 

台本を渡される。

 

一花はページを開いた。

 

そこには。

 

一人の少女が、好きな人に別れを告げる場面が書かれていた。

 

「……」

 

胸が締め付けられる。

 

台詞を読む。

 

「好きだった」

 

一花の声が変わる。

 

普段の明るい声ではない。

 

少女の声。

 

「ずっと好きだった。でも……」

 

目線。

 

表情。

 

呼吸。

 

一花は役に入り込んでいく。

 

「あなたが幸せになるなら、それでいい」

 

言い終わった瞬間。

 

部屋が静かになった。

 

織田が目を細める。

 

「……なるほど」

 

「どうでした?」

 

「いい」

 

織田は笑う。

 

「かなりいい」

 

一花はほっとする。

 

「本当ですか?」

 

「ああ」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし」

 

「はい」

 

「君には一つ問題がある」

 

「問題?」

 

「自分の本心を隠しすぎる」

 

「……」

 

一花は黙った。

 

「演技では、それが武器になる」

 

織田は続ける。

 

「でも、女優として成長するなら、自分自身の感情も知らなければならない」

 

「自分の感情……」

 

「喜びも、怒りも、悲しみも、嫉妬も」

 

「……」

 

一花の脳裏に。

 

悠飛の姿が浮かんだ。

 

四葉と話している。

 

六華と話している。

 

自分に笑いかける。

 

そのたびに。

 

嬉しい。

 

でも。

 

少しだけ。

 

他の誰かに向ける笑顔が気になる。

 

「……」

 

これも。

 

演技に使えるのだろうか。

 

 

夜。

 

勉強会はすでに終わっていた。

 

一花が学校へ戻ると。

 

校門の前に人影があった。

 

「……?」

 

「おかえり」

 

「悠飛くん?」

 

悠飛が立っていた。

 

「どうしてここに?」

 

「忘れ物を取りに来た」

 

「あ……」

 

一花は少し安心した。

 

「そうなんだ」

 

「オーディション、どうだった?」

 

「……」

 

一花は笑った。

 

「受けてきたよ」

 

「どうだった?」

 

「褒められた」

 

「それは良かった」

 

「うん」

 

一花は歩き始める。

 

悠飛も並んで歩く。

 

「役をもらえるかもしれない」

 

「すごいじゃないか」

 

「まだ決まってないけどね」

 

「それでも一歩前進だ」

 

「……」

 

一花は横目で悠飛を見る。

 

「悠飛くん」

 

「ん?」

 

「私、女優になれるかな?」

 

悠飛はすぐには答えなかった。

 

「なれるかどうかは、俺には分からない」

 

「……」

 

一花は少しだけ寂しそうな顔をする。

 

だが。

 

悠飛は続けた。

 

「でも、なりたいって思って努力してるなら、俺は応援する」

 

「……」

 

「才能があるかどうかは、やってみなきゃ分からない」

 

「うん」

 

「途中で失敗するかもしれない」

 

「うん」

 

「それでも続けるなら、いつか形になると思う」

 

一花は立ち止まった。

 

「……悠飛くん」

 

「何?」

 

「そういうところ」

 

「?」

 

「本当にずるい」

 

「何が?」

 

「何でもない」

 

一花は笑った。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

その夜。

 

一花は自宅の部屋で台本を開いていた。

 

ベッドに腰掛け。

 

何度も台詞を読む。

 

「……」

 

そして。

 

ふと。

 

鏡を見る。

 

そこに映っているのは。

 

一人の少女。

 

五つ子の長女。

 

高校生。

 

そして。

 

女優を目指す少女。

 

「私は……」

 

一花は呟く。

 

「どうなりたいんだろう」

 

綺麗になりたい。

 

有名になりたい。

 

演技が上手くなりたい。

 

誰かの心を動かす女優になりたい。

 

そして――。

 

「悠飛くんに……」

 

そこで言葉を止める。

 

頬が赤くなる。

 

「……もう」

 

一花は鏡から目を逸らした。

 

「私、何考えてるの」

 

だが。

 

その気持ちは。

 

確かに存在していた。

 

 

翌日。

 

放課後。

 

一花はいつもの教室へ向かった。

 

「おはよう」

 

「おはようございます!」

 

四葉が元気に返事をする。

 

「昨日どうでした?」

 

「楽しかったよ」

 

「良かった!」

 

「オーディションは?」

 

五月が聞く。

 

「結果はまだ」

 

「受かってるといいね」

 

三玖が言う。

 

「うん」

 

二乃も言った。

 

「一花なら大丈夫でしょ」

 

「二乃……」

 

「なによ」

 

「優しいね」

 

「うるさい」

 

一花は笑った。

 

その時。

 

悠飛が入ってくる。

 

「おはよう」

 

「おはよう、悠飛くん」

 

「一花」

 

「ん?」

 

「昨日のことだけど」

 

「うん」

 

「夢があるなら、堂々としてればいい」

 

「……」

 

一花は微笑む。

 

「分かった」

 

そして。

 

一花は胸を張った。

 

「私、女優になる」

 

その言葉は。

 

今までよりずっと強かった。

 

「私は、自分の夢を諦めない」

 

四葉が拍手する。

 

「頑張ってください!」

 

三玖も。

 

「応援する」

 

五月も。

 

「私もです」

 

二乃も。

 

「当然でしょ」

 

六華も。

 

「……うん」

 

風太郎は静かに笑った。

 

「なら、勉強も忘れるなよ」

 

「もちろん」

 

一花は答える。

 

「女優も、勉強も、どっちも頑張る」

 

悠飛は笑った。

 

「それでいい」

 

一花はその笑顔を見つめる。

 

――この人に。

 

――いつか。

 

――自分の演技を見てもらいたい。

 

そう思った。

 

それが。

 

一花にとって新しい目標になった。

 

 

数週間後。

 

一花のもとへ。

 

一本の電話が入る。

 

「……はい」

 

聞こえてきた言葉。

 

「オーディションの結果ですが――」

 

一花は息を呑む。

 

「……はい」

 

そして。

 

その顔に。

 

満面の笑みが広がった。

 

「ありがとうございます!」

 

電話を切る。

 

一花はベッドの上で飛び跳ねた。

 

「やった……!」

 

小さな役。

 

けれど。

 

初めて正式にもらった役だった。

 

「私……」

 

一花は胸に手を当てる。

 

「女優への一歩を踏み出したんだ」

 

そして。

 

真っ先に伝えたいと思った相手の名前を。

 

自然に口にした。

 

「悠飛くんに……報告しなきゃ」

 

恋する少女として。

 

そして。

 

夢を追いかける女優として。

 

中野一花の青春は。

 

ここから少しずつ。

 

大きく動き始めていくのだった。

 

 

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