『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
放課後。
旭高校の校舎に、終業を告げるチャイムが響いた。
教室では、いつものように勉強会の準備が始まっている。
「今日は数学からだ」
風太郎が問題集を机に置く。
「昨日の範囲を復習してから、次に進む」
「はい!」
四葉が元気よく返事をした。
だが、その手には問題集ではなく、一枚の紙が握られていた。
「……四葉」
風太郎が眉を寄せる。
「何だ、それは」
「え?」
「今から勉強するんだぞ」
「もちろん分かってます!」
四葉は笑顔で答えた。
「でも、その前に少しだけ用事があるんです!」
「用事?」
一花が尋ねる。
「はい!」
四葉は紙を掲げる。
「武道場の使用許可です!」
「武道場?」
五月が首を傾げた。
「何をするんですか?」
四葉は嬉しそうに答えた。
「ちょっと体を動かそうと思いまして!」
二乃が呆れた顔をする。
「勉強会の前に?」
「はい!」
「疲れるだけじゃない」
「大丈夫です!」
四葉は胸を張った。
「体を動かしたほうが頭もスッキリします!」
その言葉に。
悠飛が笑った。
「確かに、それは一理ある」
「ですよね!」
四葉が振り向く。
「悠飛さんも一緒にどうですか?」
「俺?」
「はい!」
四葉の目が輝く。
「久しぶりに一緒にやりましょう!」
悠飛は少し考えた。
「……いいな」
「やった!」
四葉が両手を上げる。
風太郎はため息をついた。
「ただし三十分だけだ」
「分かりました!」
「その後は勉強会だからな」
「了解です!」
◇
体育館の奥。
普段は部活動で使われている武道場。
放課後の時間帯は、今日はたまたま空いていた。
木製の床。
壁際に並べられた道具。
窓から差し込む夕日。
四葉は道場に入ると、懐かしそうに辺りを見回した。
「なんだか久しぶりです」
「そうだな」
悠飛も道場を見渡す。
「高校に入ってからは、なかなか時間が取れなかったからな」
「ですよね」
四葉は道着の袖を整える。
「昔はもっと練習してましたよね」
「ああ」
「合気道も、中国武術も」
「よく覚えてるな」
「もちろんです!」
四葉は笑った。
「悠飛さんと一緒に練習したことは、忘れません」
「そうか」
悠飛は微笑む。
だが。
四葉の胸は少しだけ高鳴っていた。
二人だけ。
この武道場で。
昔と同じように。
そんな状況が。
四葉には少し特別に感じられていた。
◇
「まずは基本から」
悠飛が言う。
「はい!」
四葉が構える。
「肩に力が入りすぎてる」
「え?」
「もっと自然に」
「こうですか?」
「そう」
悠飛が四葉の姿勢を確認する。
「重心は少し下」
「はい」
「足は――」
「こう?」
「そうだ」
四葉は真剣に動きを直す。
「どうですか?」
「かなり良くなった」
「本当ですか?」
「ああ」
「やった!」
四葉が笑う。
その笑顔を見て。
悠飛も自然と笑った。
「相変わらずだな」
「何がですか?」
「飲み込みが早い」
「えへへ」
四葉は照れた。
「悠飛さんに教えてもらってますから!」
「それだけじゃない」
「?」
「四葉自身の努力だ」
「……」
四葉は少し黙った。
そして。
「ありがとうございます」
小さく頭を下げた。
◇
次は組み手。
「軽くやるぞ」
悠飛が言う。
「はい!」
四葉が構える。
「始め!」
四葉が一気に距離を詰める。
「えいっ!」
腕を取ろうとする。
悠飛は半歩下がる。
四葉の手が空を切った。
「まだまだ」
「むぅ!」
四葉が再び踏み込む。
今度は低い。
悠飛は身体を捌く。
四葉の勢いを利用して。
「わっ!」
四葉の身体が回転する。
しかし。
倒れる寸前。
悠飛が腕を支えた。
「大丈夫か?」
「……はい」
四葉は顔を上げる。
距離が近い。
「……」
「……」
二人の視線が重なる。
夕日が窓から差し込む。
四葉の頬が赤くなる。
「四葉?」
「は、はい!」
慌てて離れる。
「大丈夫です!」
「ならいい」
悠飛は何も気にしていない。
四葉だけが。
胸の鼓動を抑えられずにいた。
◇
「もう一回お願いします!」
「いいぞ」
再び構える。
今度は四葉も落ち着いている。
「……」
悠飛を見る。
強い。
速い。
けれど。
いつも優しい。
四葉にとって。
悠飛は昔からそういう人だった。
――昔。
まだ幼かった頃。
自分たちは。
どこかで会っていた。
五つ子たちと一緒に。
笑って。
遊んで。
走り回って。
けれど。
その記憶は。
ところどころ霞んでいる。
「……」
四葉は思う。
どうしてだろう。
悠飛さんを見ると。
初めて会ったような気がしない。
まるで。
ずっと昔から知っているような。
不思議な感覚。
「四葉」
「はい!」
「集中」
「す、すみません!」
「どうした?」
「ちょっと昔のことを思い出してました」
「昔?」
「はい」
四葉は笑った。
「悠飛さんと、昔会ったことがあるような気がして」
悠飛も少し考える。
「俺もだ」
「え?」
「五つ子のみんなと一緒にいたような記憶がある」
「やっぱり!」
四葉の顔が明るくなる。
「でも、はっきり思い出せない」
「そうだな」
二人は顔を見合わせた。
「……不思議ですね」
「ああ」
◇
その時。
武道場の扉が開いた。
「四葉!」
「え?」
一花だった。
その後ろに二乃、三玖、五月、六華、風太郎もいる。
「もう三十分経ってるぞ」
風太郎が時計を見る。
「えっ!」
四葉が驚く。
「そんなに!?」
「お前が夢中になっていただけだ」
「すみません!」
一花が笑う。
「楽しそうだったね」
「はい!」
四葉が嬉しそうに答える。
「悠飛さんと久しぶりに練習できました!」
六華は二人を見る。
「……」
何となく。
四葉の顔がいつもより嬉しそうに見えた。
そして。
胸の奥が少しだけざわつく。
「……」
六華はその感情を隠すように笑った。
◇
帰り道。
四葉は悠飛と並んで歩いていた。
「今日はありがとうございました!」
「こちらこそ」
「楽しかったです!」
「俺もだ」
「またやりましょう!」
「ああ」
四葉は嬉しそうに笑う。
「約束ですよ?」
「約束だ」
「絶対ですよ!」
「分かった」
夕暮れの道。
二人の影が長く伸びる。
四葉はふと。
空を見上げた。
「悠飛さん」
「ん?」
「私、昔のことを思い出したいです」
「幼い頃の?」
「はい」
四葉は頷く。
「五人で一緒にいた頃のこと」
「俺もだ」
「きっと、何か大切なことがあったんですよ」
「そうかもしれないな」
「いつか思い出せるでしょうか?」
悠飛は少しだけ笑った。
「焦らなくてもいい」
「……」
「記憶は無理に掘り起こすものじゃない」
「はい」
「それより」
「?」
「今の時間を大切にすればいい」
四葉は目を丸くした。
そして。
「……はい!」
満面の笑みを浮かべた。
「そうですね!」
◇
その夜。
四葉は自分の部屋で一人。
ベッドに寝転びながら。
今日のことを思い出していた。
武道場。
悠飛。
組み手。
そして。
『約束だ』
「……」
四葉は枕に顔を埋める。
「悠飛さん……」
胸がドキドキする。
「……好き」
小さな声。
誰にも聞かれない。
だからこそ。
四葉は素直になれた。
「昔から……なのかな」
幼い頃の記憶は曖昧だ。
けれど。
悠飛を見ていると。
なぜか安心する。
まるで。
ずっと昔から。
彼の背中を追いかけてきたような。
そんな気がする。
◇
一方。
悠飛は自宅へ戻っていた。
広いリビング。
父・明馬は仕事の資料を眺め。
母・明美は仕事の予定を確認している。
妹の莉々華はソファに座っていた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「今日、誰と帰ってきたの?」
「四葉」
「……」
莉々華の表情が固まる。
「中野四葉?」
「ああ」
「二人で?」
「武道の練習をしてた」
「……」
莉々華はじっと悠飛を見る。
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「女の子と二人きりで武道?」
「そうだけど」
「……」
「どうした?」
「なんでもない」
莉々華はそっぽを向いた。
「ふーん」
明美が笑う。
「莉々華、焼きもち?」
「違う!」
明馬も笑う。
「青春だな」
「お父さんまで!」
悠飛は苦笑する。
「何の話だ?」
「お兄ちゃんには関係ない!」
「そうか」
悠飛は笑った。
その夜。
家族の笑い声が響いた。
◇
翌日の勉強会。
「では、昨日の復習から」
風太郎が黒板に問題を書く。
「四葉」
「はい!」
「この問題を解いてみろ」
「えっと……」
四葉が問題を見る。
「……」
少し考える。
そして。
「これです!」
正解。
「正解だ」
「やった!」
一花が拍手。
「最近、本当に伸びてるね」
「武道をやったから頭が良くなったのかも!」
「そんなわけないだろ」
風太郎が即答する。
「えぇ!?」
教室が笑いに包まれる。
悠飛も笑った。
四葉はその笑顔を見て。
また胸が温かくなる。
――もっと強くなりたい。
――もっと勉強も頑張りたい。
――もっと悠飛さんの隣にいたい。
そんな気持ちが。
少しずつ。
四葉の中で形になっていく。
そして。
この日を境に。
四葉は放課後の武道場へ通うようになった。
もちろん。
悠飛と一緒に練習するために。
それが二人にとって。
かけがえのない時間になっていくことを。
この時の二人は。
まだ知らなかった。