『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
放課後。
旭高校の校舎には、部活動へ向かう生徒たちの声が響いていた。
いつもの空き教室では、今日も勉強会が終わろうとしている。
「今日はここまでだ」
風太郎が時計を見る。
「明日は英語の小テストがある。忘れるなよ」
「はーい!」
四葉が元気に返事をする。
一花は教材を鞄にしまい、三玖は歴史のノートを整理している。
五月は明日の予定を確認し、二乃は欠伸をしながら椅子から立ち上がった。
そして。
六華は窓の外を眺めていた。
「……雨」
窓ガラスに、小さな水滴が落ちている。
「降ってきたな」
悠飛も窓の外を見る。
「天気予報では夕方から雨だったらしい」
「傘、持ってきてない……」
六華が呟く。
「私も!」
四葉が手を挙げる。
「えっ?」
六華が振り返る。
「四葉も?」
「はい! 朝は晴れてたので!」
「私は持ってきたわよ」
二乃が折り畳み傘を取り出す。
一花と三玖、五月もそれぞれ傘を持っていた。
「六華ちゃん、どうする?」
一花が尋ねる。
「……駅までなら走れば何とか」
「風邪を引くぞ」
悠飛が言った。
「え?」
「俺、傘を持ってる」
悠飛が鞄から傘を取り出す。
「途中まで一緒に帰るか?」
六華は一瞬、固まった。
「……」
心臓が。
ドクン、と大きく鳴った。
「いいの?」
「ああ」
「……じゃあ」
六華は小さく笑った。
「お願い」
その様子を。
一花が見ていた。
「……ふふ」
四葉も気づいている。
「六華ちゃん、良かったですね!」
「え?」
「悠飛さんと一緒に帰れるじゃないですか!」
「ちょ、ちょっと四葉……!」
六華の頬が赤くなる。
悠飛は不思議そうに二人を見る。
「何か変か?」
「何でもありません!」
四葉が笑う。
一花は意味ありげな笑顔を浮かべた。
「気をつけて帰ってね」
「……うん」
六華は鞄を持った。
そして。
悠飛と二人で教室を出た。
◇
校門を出る。
雨は少しずつ強くなっていた。
悠飛が傘を開く。
「入れよ」
「うん」
六華は傘の中へ入る。
「……」
自然と距離が近くなる。
肩と肩の距離が近い。
雨音が二人の会話を包み込んでいた。
「寒くないか?」
「大丈夫」
「本当に?」
「うん」
六華は笑った。
「悠飛は?」
「俺も大丈夫」
「そう」
しばらく。
二人は無言で歩いた。
普段なら五つ子たちや風太郎がいる。
だから。
悠飛と二人きりになることは意外と少ない。
六華は横目で彼を見る。
金髪の髪。
端正な横顔。
高校生とは思えないほど落ち着いた雰囲気。
そして。
誰に対しても自然に手を差し伸べる優しさ。
「……」
六華の胸が熱くなる。
昔から。
そうだった。
◇
「ねえ、悠飛」
「ん?」
「少し聞いてもいい?」
「何でもどうぞ」
「私たちって……」
六華は言葉を選ぶ。
「昔、会ったことあるよね?」
悠飛の足が少しだけ止まった。
「……やっぱりそう思うか?」
「うん」
六華は頷く。
「五つ子のお姉ちゃんたちも、そういう話をすることがある」
「俺も、何となく覚えてる」
「何を?」
「小さい頃のこと」
悠飛は雨空を見上げる。
「五人の女の子と一緒に遊んだような記憶がある」
「五つ子?」
「多分な」
「……」
六華は少し迷った。
「私も……そこにいた?」
悠飛は六華を見る。
「分からない」
「……そっか」
六華は笑う。
けれど。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
「ごめん」
「何で謝るの?」
「いや……」
「悠飛が謝ることじゃないよ」
六華は笑った。
「私も覚えてないんだから」
「そうだな」
「でも」
六華は前を向く。
「いつか思い出せたらいいね」
「ああ」
「みんなで」
「そうだな」
◇
駅へ向かう道。
雨はさらに強くなってきた。
悠飛が傘を少し六華側へ傾ける。
「悠飛」
「ん?」
「傘」
「どうした?」
「そっち濡れてる」
悠飛の肩に雨粒がついている。
「六華の方が濡れたら困るだろ」
「でも……」
「俺は大丈夫」
六華は少し黙った。
「……優しいね」
「普通だろ」
「普通じゃないよ」
「そうか?」
「うん」
六華は小さく笑った。
「昔からそうだったのかな」
「さあ」
「きっとそうだと思う」
「何で?」
「なんとなく」
六華は悠飛を見上げる。
「私は、悠飛ってそういう人だと思うから」
「……」
悠飛は少し照れたように視線を逸らした。
「買いかぶりすぎだ」
「そうかな?」
「ああ」
「じゃあ、これから知っていく」
「え?」
「今の悠飛を」
六華は微笑んだ。
「昔の記憶がなくても」
「……」
「これから一緒に過ごしていけばいいんじゃない?」
悠飛はしばらく黙っていた。
やがて。
「そうだな」
そう答えた。
六華の胸が高鳴った。
◇
「そういえば」
悠飛が口を開く。
「六華は最近、勉強の調子がいいな」
「え?」
「風太郎も褒めてた」
「……そうなんだ」
「努力してるんだろ?」
「うん」
六華は頷く。
「悠飛に言われたから」
「俺?」
「前に言ってくれたでしょう」
『自信を持て』
「……」
「ずっと覚えてる」
六華は少し恥ずかしそうに笑った。
「私ね」
「うん」
「昔から、お姉ちゃんたちと比べられるのが嫌だった」
「……」
「五つ子って、それだけで目立つから」
六華は五つ子たちを思い浮かべる。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
「みんな綺麗で、個性があって」
「六華だって十分個性的だろ」
「そう?」
「ああ」
「どこが?」
悠飛は少し考える。
「自分で考えて、自分で決めるところ」
「……」
「俺はそこ、いいと思う」
六華は目を伏せた。
「……ありがとう」
声が少し震えていた。
「どうした?」
「何でもない」
六華は笑う。
「ちょっと嬉しかっただけ」
◇
駅が見えてきた。
二人の時間は。
もうすぐ終わる。
六華は少しだけ寂しくなった。
「ねえ」
「ん?」
「もう少し歩かない?」
悠飛は時計を見る。
「いいけど、雨だぞ?」
「分かってる」
「風邪引くぞ」
「じゃあ……駅の中で少し」
「それならいいな」
二人は駅へ入った。
人の流れを避けながら。
改札前のベンチへ向かう。
六華は座った。
悠飛も隣に座る。
「……」
雨音が遠く聞こえる。
「何だか変な感じ」
六華が呟いた。
「何が?」
「こうして二人でいるの」
「そうか?」
「うん」
六華は笑う。
「学校ではいつもみんな一緒だから」
「確かにな」
「でも今日は……」
「二人きりだな」
その言葉だけで。
六華の顔が熱くなる。
「……そうだね」
◇
「悠飛」
「ん?」
「私ね」
六華は勇気を出す。
「ずっと言いたかったことがある」
「何?」
「……」
言える?
今なら。
二人きり。
邪魔する人はいない。
「私は――」
その瞬間。
スマートフォンが鳴った。
「……!」
六華が驚く。
画面を見る。
一花からのメッセージだった。
『六華、ちゃんと帰れてる?』
「……」
六華は苦笑する。
「お姉ちゃん……」
悠飛が笑う。
「心配してるんだな」
「うん」
「返信してやれよ」
「そうだね」
六華は返信する。
そして。
再び悠飛を見る。
「……」
さっき言えなかった。
けれど。
焦る必要はない。
「いつか」
六華は心の中で呟いた。
「いつか、ちゃんと伝える」
自分の気持ちを。
◇
やがて雨が弱くなった。
「そろそろ帰るか」
「うん」
二人は立ち上がる。
駅の出口で。
悠飛が傘を開く。
「六華」
「なに?」
「明日の勉強会、忘れるなよ」
「忘れないよ」
「それと」
「?」
「英語の宿題」
「……」
六華が固まる。
「やってない?」
「……半分」
「半分か」
「今夜やる」
「ならよし」
悠飛は笑った。
「頑張れ」
「うん」
六華は笑う。
「悠飛もね」
「俺は大丈夫」
「そういうところがずるい」
「またそれか?」
「ふふ」
六華は笑った。
「じゃあ、また明日」
「ああ。また明日」
二人は別々の方向へ歩き始める。
六華は何度も振り返りそうになる。
けれど。
我慢した。
◇
帰宅した六華は。
部屋に入るなりベッドへ倒れ込んだ。
「……」
顔が熱い。
「どうしよう……」
今日一日のことを思い出す。
傘の中。
隣を歩いた時間。
昔の記憶。
自分のことを認めてくれた言葉。
そして。
駅で言いかけた言葉。
「……好き」
小さく呟く。
誰にも聞かれない声。
「悠飛が好き」
六華は胸元を押さえる。
ずっと。
五つ子の姉妹たちの隣にいた。
いつも少し離れた場所から。
彼女たちの青春を見ていた。
けれど。
もう。
傍観者ではいたくない。
「私は……」
六華は窓の外を見る。
雨上がりの夜空。
「私のやり方で、悠飛の隣に行く」
決意は静かだった。
だが。
確かなものだった。
◇
翌朝。
旭高校。
教室に入ると。
「おはよう、六華」
悠飛がいつものように声をかけた。
「……!」
六華の頬が赤くなる。
「お、おはよう」
「どうした?」
「何でもない!」
「そうか?」
「うん!」
悠飛は首を傾げる。
そこへ。
一花がやってきた。
「おはよう」
「おはよう、一花」
「六華、昨日は楽しかった?」
「……!」
「え?」
悠飛が一花を見る。
「何の話だ?」
「ふふ」
一花は意味ありげに笑う。
「秘密」
「?」
六華は慌てて一花の袖を掴む。
「お姉ちゃん!」
「何?」
「何でもないから!」
「はいはい」
一花は笑った。
そして。
少し離れたところから。
四葉が二人を見ていた。
「……」
四葉の胸に。
ほんの少しだけ。
小さな違和感が生まれる。
六華も。
一花も。
悠飛を見ている。
そして。
自分も。
「……」
四葉は笑顔を浮かべた。
まだ。
誰にも言わない。
けれど。
三人の恋は。
少しずつ。
同じ場所へ向かい始めていた。