『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
土曜日の昼下がり。
如月家の広い邸宅には、珍しく穏やかな時間が流れていた。
父・明馬は会社の仕事で外出。
母・明美も経営する美容院へ向かっている。
そして家に残っているのは――。
「暇……」
リビングのソファに寝転がった一人の少女。
如月莉々華。
悠飛の一つ下の妹である。
「お兄ちゃんも学校……」
莉々華はクッションを抱えたまま、天井を見上げた。
「友達と勉強会なんて、つまんない」
兄の悠飛は高校生になってから、何かと忙しい。
勉強。
武道。
友人たちとの付き合い。
そして最近では、五つ子や従姉妹の六華たちと一緒に勉強会をしている。
莉々華としては、少々面白くない。
「……」
兄が誰かと楽しそうにしている。
それだけで、妹としては複雑だった。
「別に心配してるわけじゃないし」
誰も聞いていないのに言い訳する。
その時。
スマートフォンが鳴った。
「ん?」
母からのメッセージだった。
『莉々華、帰りに駅前の商店街で買い物をお願いしてもいい?』
「えー……」
莉々華は面倒そうに画面を見る。
しかし。
『お兄ちゃんの好きなケーキも買ってきてね』
「……!」
一瞬で起き上がった。
「それなら行く!」
兄の好物。
それは重要である。
莉々華は財布を持つと、すぐに家を出た。
◇
駅前の商店街。
休日ということもあり、人通りは多い。
莉々華は買い物袋を片手に歩いていた。
「えっと……次はケーキ屋さん」
その途中。
向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。
「四葉、そんなに買って大丈夫なの?」
「大丈夫です!」
「絶対食べきれないでしょ」
「食べられます!」
「三玖も手伝って」
「うん」
「私も手伝うよ」
「ありがとう、一花」
莉々華は足を止めた。
「……あれ?」
見覚えがある。
いや。
見覚えがありすぎる。
「中野……五つ子?」
そこにいたのは。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
五人の少女。
そして。
その少し後ろには。
「六華ちゃんもいる」
五つ子の従姉妹。
中野六華。
莉々華は思わず目を丸くした。
「なんで全員ここに?」
すると。
四葉が莉々華に気づいた。
「あっ!」
「え?」
四葉が大きく手を振る。
「莉々華ちゃん!」
「……」
莉々華は一瞬迷った。
だが。
無視するわけにもいかない。
「こんにちは」
「こんにちは!」
四葉が駆け寄ってくる。
「偶然ですね!」
「そうね」
莉々華は答える。
その後ろから。
一花が笑顔で近づいてくる。
「こんにちは、莉々華ちゃん」
「こんにちは、一花さん」
「さん付けなんだ」
「お兄ちゃんの友達だから」
「なるほど」
一花が笑う。
二乃も莉々華を見る。
「悠飛の妹って、こうして見ると本当に似てるわね」
「どこが?」
「目元とか」
「そう?」
三玖も小さく頷く。
「雰囲気も似てる」
「……」
莉々華は少し嬉しくなった。
兄に似ている。
それは莉々華にとって、褒め言葉だった。
◇
「ところで」
五月が買い物袋を見る。
「今日はお買い物ですか?」
「うん」
莉々華は袋を持ち上げる。
「母に頼まれたの」
「偉いですね」
「別に普通よ」
「でも」
四葉が笑う。
「お兄さんのためのものも入ってます?」
「……」
莉々華が固まった。
「どうして分かったの?」
「顔に書いてあります!」
「書いてない!」
五人が笑う。
莉々華は少しむっとした。
「お兄ちゃんの好きなものだから買ってるだけ」
「ふふ」
一花が笑う。
「お兄ちゃん大好きなんだね」
「……!」
「違う!」
即答だった。
「ブラコンじゃないから!」
六華が静かに呟く。
「誰もブラコンとは言ってないけど」
「……」
莉々華は六華を見る。
「六華さん」
「何?」
「そういうところ、結構意地悪ですね」
「ごめん」
六華は笑った。
◇
その後。
莉々華たちは近くのカフェに入ることになった。
「私たち、ちょっと休憩してから帰るところだったんです」
四葉が説明する。
「莉々華ちゃんも一緒にどうですか?」
「いいの?」
「もちろん!」
莉々華は席についた。
向かいには一花。
隣には四葉。
その隣に六華。
五つ子たちに囲まれる形になった。
「……」
莉々華は少し緊張する。
何しろ。
兄が普段一緒にいる女の子たちだ。
少し気になっていた。
「ねえ」
一花が口を開く。
「悠飛って、家ではどんな感じ?」
「え?」
「学校だとすごくしっかりしてるから」
「家でも普通ですよ」
莉々華は答える。
「……ただ」
「ただ?」
「妹には甘い」
「へえ」
一花の目が輝く。
「例えば?」
「私が欲しいものがあったら、だいたい買ってくれる」
「優しい」
四葉が頷く。
「あと」
莉々華は続ける。
「料理もできます」
「えっ!?」
五つ子全員が反応した。
「悠飛が?」
「はい」
「料理するの?」
「しますよ」
「何作れるの?」
「結構いろいろ」
莉々華は少し得意げになる。
「オムライスとか、パスタとか」
「……」
一花が何かを考えている。
「今度食べてみたいな」
「私も!」
四葉が手を上げる。
「俺の兄を何だと思ってるの?」
莉々華が呆れる。
「便利な人?」
三玖が呟いた。
「三玖!?」
「冗談」
三玖が微笑む。
◇
「じゃあ」
今度は莉々華が聞いた。
「皆さんは、お兄ちゃんのどこが好きなんですか?」
「……」
空気が止まった。
「え?」
一花が固まる。
四葉も。
六華も。
二乃と三玖と五月まで。
全員が黙る。
莉々華は首を傾げた。
「どうしたの?」
「い、いや……」
一花が笑顔を作る。
「急に核心を突くね」
「だって」
莉々華は不思議そうにする。
「みんな、お兄ちゃんのこと気になってるでしょう?」
「……」
図星。
一花が苦笑する。
「莉々華ちゃん、鋭いね」
「妹だから」
「なるほど」
一花は少し考える。
「私は……」
「一花?」
「悠飛くんって、人のことをちゃんと見てるから」
「……」
「一緒にいると安心する」
一花は少し照れた。
四葉も続く。
「私は、強いところ!」
「武道?」
「はい!」
四葉は嬉しそうに笑う。
「でも、それだけじゃありません」
「じゃあ?」
「優しいところです」
四葉は迷わなかった。
「困っている人がいたら、絶対助けてくれる」
「なるほど」
莉々華は頷く。
そして。
六華を見る。
「六華さんは?」
「私?」
「はい」
六華は少し黙った。
「……」
そして。
静かに答える。
「自分らしくいられるところ」
「?」
「悠飛の前だと、無理して誰かと比べなくていい気がする」
莉々華は六華を見る。
「……」
その言葉には。
一花や四葉とは少し違う。
長い時間をかけて育てたような想いが感じられた。
◇
「じゃあ」
莉々華は笑った。
「三人とも、お兄ちゃんが好きなんですね」
「……」
一花。
四葉。
六華。
三人が顔を見合わせる。
そして。
「そうみたい」
一花が笑った。
「私たち、ライバルなのかな?」
四葉が少し困った顔をする。
「でも、仲良くしたいです!」
六華も頷く。
「うん」
莉々華はその様子を眺めた。
不思議だった。
もっと険悪になると思っていた。
だが。
三人とも。
どこか楽しそうだった。
「……」
莉々華は思った。
兄は。
きっと。
この人たちに大切にされている。
それが。
妹としては少し嬉しかった。
◇
カフェを出る。
「今日は楽しかったです!」
四葉が手を振る。
「また遊ぼうね」
一花も笑う。
「うん」
莉々華も笑顔になる。
「皆さん、ありがとうございました」
「こちらこそ」
五月が頭を下げる。
二乃も手を振る。
三玖も静かに頷く。
六華は莉々華に近づいた。
「莉々華」
「はい?」
「悠飛によろしく」
「分かった」
少し考えて。
莉々華は笑った。
「でも」
「?」
「私もお兄ちゃんのこと、大好きだから」
六華は少し驚いた。
そして。
「……うん」
笑った。
◇
帰宅した莉々華。
リビングでは悠飛が本を読んでいた。
「おかえり」
「ただいま」
莉々華は買い物袋を置く。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「今日、中野さんたちに会った」
「五つ子?」
「うん」
悠飛は少し驚く。
「偶然だな」
「一緒にお茶した」
「そうか」
「いろいろ聞いた」
「何を?」
莉々華は兄を見る。
「お兄ちゃんのこと」
「……」
悠飛の手が止まった。
「俺の?」
「うん」
「何を聞いたんだ?」
莉々華はニヤリと笑う。
「秘密」
「なんだそれ」
「そのうち教える」
悠飛は苦笑する。
「変なこと聞いてないだろうな?」
「さあ?」
「莉々華」
「ふふ」
莉々華は逃げるように自分の部屋へ向かう。
その途中。
「そうそう!」
振り返る。
「みんな、お兄ちゃんのこと好きみたいだよ」
「……」
悠飛が固まった。
「じゃあね!」
莉々華は階段を駆け上がっていく。
「おい、莉々華!」
返事はない。
悠飛は一人、リビングに取り残された。
「……」
そして。
「……何で俺に言うんだ」
苦笑する。
◇
その夜。
莉々華はベッドの上でスマートフォンを眺めていた。
今日の出来事を思い出す。
一花。
四葉。
六華。
三人の表情。
三人の言葉。
「……」
兄が好かれている。
それは。
妹として少し複雑だ。
けれど。
悪い気はしなかった。
「お兄ちゃん」
莉々華は小さく笑う。
「ちゃんと大切にしなよ」
自分に言い聞かせるように。
そして。
一花たちとの距離も。
今日を境に少しずつ近づいていく。
これまで。
「兄の友達」
だった五つ子たち。
だが。
今日からは。
「お兄ちゃんを好きな女の子たち」
として。
莉々華の中にも特別な存在になった。
◇
翌週。
勉強会。
「お兄ちゃん!」
莉々華が教室に入ってきた。
「莉々華?」
悠飛が振り返る。
「どうした?」
「差し入れ」
莉々華が袋を渡す。
「皆さんの分もあります」
「ありがとう」
一花たちが嬉しそうに受け取る。
「莉々華ちゃん、ありがとう!」
四葉が笑う。
「この前は楽しかったです!」
「私も」
莉々華は笑った。
そして。
悠飛の隣に座る。
「今日も勉強頑張ってね」
「おう」
「私も少し見ていこうかな」
「いいけど、勉強するのか?」
「もちろん」
莉々華は胸を張った。
その光景を見て。
一花、四葉、六華の三人は。
それぞれ違う表情を浮かべていた。
しかし。
共通していたことが一つ。
――悠飛の周りには。
――また一人。
大切な女の子が増えた。
そんな予感だった。