『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
放課後。
旭高校の空き教室。
今日も勉強会が始まろうとしていた。
机を並べる音。
参考書を開く音。
窓の外から聞こえる運動部の掛け声。
そんな、いつもの光景。
「よし。今日は英語からだ」
風太郎が黒板に問題を書き始める。
「昨日の範囲から確認するぞ」
「はい!」
四葉が元気よく手を挙げた。
その隣では一花が教科書を開いている。
三玖は英単語帳。
五月はノート。
そして六華は静かに問題集を開いていた。
「……」
一方。
悠飛は自分の席に座りながら、今日の教材を確認していた。
その時。
「お兄ちゃん!」
教室の扉が開いた。
全員が振り返る。
「莉々華?」
そこに立っていたのは、如月莉々華だった。
「こんにちは」
「どうした?」
「お母さんから頼まれたものを届けに来たの」
莉々華は袋を掲げる。
「お兄ちゃんの忘れ物」
「ああ」
悠飛が受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
莉々華は笑った。
そして。
そのまま帰るのかと思われた。
ところが。
「……」
莉々華は五つ子たちを見る。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
そして。
六華。
「……」
じっと見つめる。
「?」
一花が首を傾げる。
「どうしたの?」
「別に」
莉々華は答える。
だが。
その顔には。
何かを決意したような表情が浮かんでいた。
◇
「莉々華も勉強していくか?」
悠飛が尋ねる。
「うん」
「じゃあ座ればいい」
「ありがとう、お兄ちゃん」
莉々華は悠飛の隣に座った。
それを見た瞬間。
一花が少しだけ目を細めた。
四葉は笑顔。
六華は静かに二人を見る。
「……」
莉々華は気づいている。
だからこそ。
あえて悠飛の隣に座った。
昨日。
五つ子たちと話した。
その時に思った。
一花。
四葉。
六華。
みんな悠飛のことが好き。
なら。
自分も。
妹として兄を守らなければならない。
「……」
莉々華はノートを開く。
だが。
勉強どころではない。
隣にいる兄を見る。
いつもの悠飛。
優しい兄。
頼れる兄。
昔から自分を守ってくれた兄。
「……」
誰にも渡したくない。
そんな気持ちが。
少しだけ。
莉々華の中に芽生えていた。
◇
「じゃあ、この問題」
風太郎が黒板を指す。
「一花」
「私?」
「答えてみろ」
一花が立ち上がる。
「えっと……」
答えを書く。
「正解」
「やった」
一花が座る。
「最近、調子いいな」
「悠飛くんのおかげかな」
一花が悠飛を見る。
「そうか?」
「うん」
一花は笑う。
「勉強だけじゃなくて、いろいろ教えてくれるから」
「そういう意味では、俺も助かってる」
風太郎が言う。
「悠飛が直感で問題の本質を掴むからな」
「風太郎は分析が得意」
悠飛が言う。
「俺は感覚的に考える」
「だから相性がいい」
風太郎が頷く。
「お前が直感で見つけた答えを、俺が理屈にする」
「それで五つ子たちに教える」
「そういうことだ」
莉々華は二人を見る。
「……」
兄と風太郎。
この二人も。
とても仲がいい。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「風太郎さんって、お兄ちゃんの親友?」
「ああ」
「じゃあ、私より仲良し?」
「何を張り合ってるんだ」
悠飛が苦笑する。
風太郎も呆れる。
「妹に勝とうとは思わん」
「……」
莉々華は少し嬉しそうに笑った。
◇
休憩時間。
「はい」
一花が悠飛に飲み物を渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「私もあります!」
四葉も飲み物を差し出す。
「俺、一人で二本も飲まないぞ」
「えっ」
四葉が困る。
その横から六華が小さな袋を出す。
「じゃあ、これ」
「?」
「チョコレート」
「ありがとう」
悠飛が受け取る。
その光景を。
莉々華は黙って見ていた。
「……」
一花。
四葉。
六華。
みんな。
兄に何かを渡している。
「……」
莉々華の頬が膨らむ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「はい」
莉々華もお菓子を渡す。
「俺に?」
「うん」
「ありがとう」
「……」
悠飛が嬉しそうに笑う。
莉々華は満足した。
「やっぱりお兄ちゃんには私からが一番」
「何だそれ」
「何でもない」
一花が笑う。
「莉々華ちゃん、可愛いね」
「そうですか?」
「うん」
「でも」
莉々華は一花を見る。
「お兄ちゃんは渡しませんから」
「……」
空気が止まった。
「え?」
四葉が目を丸くする。
六華も驚いた。
悠飛だけが。
「……莉々華?」
首を傾げている。
「何を言ってるんだ?」
「何でもない!」
莉々華は顔を赤くする。
一花はしばらく黙っていた。
そして。
「ふふ」
笑った。
「そういうことか」
「何ですか?」
「いや」
一花は優しく微笑む。
「妹として、お兄ちゃんが大好きなんだね」
「……」
莉々華は黙る。
「うん」
そして。
小さく頷いた。
「大好き」
◇
四葉が笑う。
「私も悠飛さんのこと、大好きですよ!」
「四葉まで何言ってるの!?」
莉々華が振り返る。
「え?」
四葉はきょとんとしている。
「だって好きですから!」
「……」
莉々華は固まった。
「……」
六華も静かに口を開く。
「私も」
「六華さんまで……」
「悠飛のこと、大切に思ってる」
「……」
莉々華は三人を見る。
一花も。
四葉も。
六華も。
逃げるつもりはない。
むしろ。
正面から向き合っている。
「……」
莉々華は思った。
この人たちは。
本気なんだ。
ただの憧れじゃない。
兄のことを。
本当に大切に思っている。
◇
「莉々華」
悠飛が声をかける。
「何?」
「さっきから何を張り合ってるんだ?」
「……」
「俺はどこにも行かないぞ」
「……」
莉々華は黙った。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「約束して」
「何を?」
「ずっと私のお兄ちゃんでいて」
悠飛は一瞬驚いた。
そして。
優しく笑った。
「当たり前だろ」
「……」
「俺はずっと莉々華の兄だ」
「……うん」
莉々華は笑った。
「約束だからね」
「ああ」
◇
その様子を見て。
一花は少しだけ微笑んだ。
「莉々華ちゃん」
「はい?」
「安心して」
「……?」
「私たちは悠飛くんを奪おうとは思ってないよ」
「え?」
一花は続ける。
「でも」
一花の目が少しだけ真剣になる。
「好きになる気持ちは、止められないから」
「……」
莉々華は一花を見る。
「私も負けません」
四葉が笑顔で宣言する。
「私も」
六華も頷く。
「……」
莉々華は三人を見た。
そして。
「分かりました」
「莉々華?」
「じゃあ」
莉々華は胸を張った。
「正々堂々ですね」
一花が笑う。
「うん」
四葉が拳を握る。
「はい!」
六華も微笑む。
「もちろん」
三人と一人。
四人の間に。
不思議な空気が生まれた。
敵ではない。
けれど。
譲るつもりもない。
そんな関係。
◇
風太郎はその光景を見て。
深いため息をついた。
「……」
「どうした、風太郎?」
悠飛が尋ねる。
「いや」
風太郎は頭を抱える。
「お前、本当に大変だな」
「何が?」
「何でもない」
「?」
風太郎は悠飛を見る。
本人だけが。
まったく分かっていない。
「……鈍感にもほどがある」
「何の話だ?」
「気にするな」
◇
勉強会が再開する。
「じゃあ、次は数学」
風太郎が問題を出す。
五つ子たちが一斉に問題集を見る。
莉々華も勉強を始めた。
しばらくして。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「ここ分からない」
「どれ?」
悠飛が莉々華のノートを見る。
「これはな――」
丁寧に教える。
莉々華は真剣に聞く。
その姿を見ながら。
一花は微笑んだ。
四葉も。
六華も。
三人とも。
悠飛のことを見ている。
優しい兄。
頼れる友人。
そして。
それぞれが恋する相手。
そんな悠飛を中心に。
少しずつ。
人間関係が変わり始めていた。
◇
勉強会が終わる。
「今日はここまで」
風太郎が言った。
「お疲れ様」
「お疲れさまでした!」
四葉が伸びをする。
一花たちも帰り支度を始める。
莉々華は悠飛の鞄を持った。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「帰ろう」
「ああ」
「一緒に帰る」
「分かった」
莉々華が嬉しそうに笑う。
「じゃあな」
悠飛が五つ子たちに手を振る。
「また明日!」
四葉が手を振る。
「またね」
一花も。
六華も小さく手を振る。
「また明日」
二人が教室を出ていく。
その背中を。
三人が見送る。
◇
校門。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何だ?」
「今日ね」
「うん」
「ちょっと楽しかった」
「何が?」
「みんなと話したこと」
「そうか」
「うん」
莉々華は兄の腕に軽く抱きつく。
「やっぱり、お兄ちゃんの友達っていい人たちだね」
「ああ」
「でも」
莉々華は笑った。
「お兄ちゃんは渡しません!」
「またそれか」
悠飛は苦笑する。
「俺は物じゃないぞ」
「分かってる」
莉々華は笑う。
「でも、妹として言っておきたいの」
「何を?」
「お兄ちゃんの一番近くにいるのは、私だから」
悠飛は少し驚いた。
そして。
「そうだな」
「……!」
「莉々華は俺の大切な妹だから」
「……」
莉々華の顔が一気に赤くなる。
「……もう」
「何だ?」
「そういうところ!」
「?」
「何でもない!」
莉々華は兄の腕を抱いたまま歩き出す。
夕暮れの道。
二人の影が並んで伸びていく。
その背中を。
遠くから。
六華が見ていた。
「……」
そして。
一花と四葉も。
「莉々華ちゃん、強敵だね」
一花が笑う。
「はい!」
四葉が頷く。
「でも、負けません!」
六華も静かに笑う。
「私も」
四人の想いは。
それぞれ違う。
妹として。
友人として。
そして。
恋する女性として。
けれど。
誰もが。
如月悠飛という一人の少年を。
大切に想っている。
まだ高校生の今。
その想いが。
二十年後の未来で。
どんな形へ変わっていくのか。
それを知る者は。
まだ誰もいなかった。