『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
夏休み初日。
蝉の声が、朝から街中に響いていた。
強い日差しが照りつける中、如月家の大きな門の前に、一人の少女が立っていた。
「暑い……」
中野五月は額の汗をハンカチで拭う。
「でも……」
視線を上げる。
目の前にあるのは、都内でも有数の広さを誇る如月家の邸宅。
高校生の住む家としては、あまりにも立派だった。
「ここで夏休みの勉強会ですか……」
五月が呟いた瞬間。
「五月!」
明るい声が飛んできた。
「四葉!」
「おはようございます!」
四葉が手を振りながら駆けてくる。
その後ろから、一花、二乃、三玖、六華もやってきた。
「おはよう」
一花が笑う。
「今日も暑いね」
「暑すぎるわよ」
二乃が髪を整える。
「朝から汗をかくなんて最悪」
「……」
三玖は日傘を差している。
「冷たいもの、食べたい」
「私もです!」
五月が反応する。
「勉強会の前に何か食べませんか?」
「五月、勉強する気ある?」
二乃が呆れる。
「もちろんあります!」
「じゃあ何で食べる話になるのよ」
「頭を使うには糖分が必要です」
「理屈は合ってるけど……」
一花が笑った。
そんな五つ子たちの後ろで。
六華が静かに笑っていた。
「相変わらずだね」
「六華ちゃんも慣れてきたね」
四葉が言う。
「うん」
六華は頷いた。
「この騒がしさも、嫌いじゃない」
「でしょ?」
四葉が嬉しそうに笑った。
◇
門が開く。
「お待たせ」
如月悠飛が姿を現した。
白いシャツに黒いパンツ。
夏らしい軽装。
まだ高校生だというのに、立っているだけで妙な存在感がある。
「悠飛さん!」
四葉が手を振る。
「おはよう」
「おはようございます!」
一花も挨拶する。
「おはよう、悠飛くん」
「おはよう」
二乃、三玖、五月、六華も続く。
「おはよう」
「おはようございます」
「……おはよう」
「おはよう、悠飛」
そして。
「お兄ちゃん!」
最後に莉々華が玄関から顔を出した。
「おはよう」
「おはようございます!」
「みんな揃ったな」
悠飛は時計を見る。
「風太郎は?」
「もう来てるぞ」
後ろから声がした。
「お前ら、朝から元気すぎる」
上杉風太郎が玄関から出てくる。
「風太郎!」
四葉が笑う。
「今日もよろしくお願いします!」
「勉強するならな」
「もちろんです!」
風太郎はため息をついた。
「その返事をどこまで信用していいものか……」
◇
「では」
リビング。
大きなテーブルに全員が座る。
黒板代わりのホワイトボード。
参考書。
ノート。
筆記用具。
冷たい麦茶。
準備は万全だった。
悠飛がホワイトボードの前に立つ。
「夏休み初日だからって、遊びだけにはしない」
「えー」
四葉が声を上げる。
「勉強も遊びも両方やる」
「それなら賛成です!」
「現金だな」
風太郎が呆れる。
悠飛は笑う。
「午前中は勉強」
「午後は?」
一花が尋ねる。
「自由時間」
「本当?」
「ああ」
「やった!」
四葉が喜ぶ。
「ただし」
悠飛が人差し指を立てる。
「午前中に決めた課題を終わらせること」
「はい!」
五人が返事をする。
六華も頷いた。
「分かった」
◇
最初の科目は数学。
「今日は二次関数」
風太郎が問題を書いていく。
「夏休み中に、この分野を完全に理解する」
「……」
二乃の顔が曇った。
「数学……」
「苦手?」
悠飛が聞く。
「嫌いなの」
「同じことだろ」
「違うわよ」
二乃が反論する。
「嫌いだから苦手なの」
「なら」
悠飛は問題を一枚渡した。
「嫌いじゃなくなるところまでやろう」
「簡単に言うわね」
「簡単だ」
「……」
「一問ずつやればいい」
二乃は問題を見る。
「……分かった」
ペンを握る。
◇
三十分後。
「できた」
二乃が顔を上げる。
「正解」
悠飛が答える。
「……本当に?」
「本当」
「やった……」
二乃は少し嬉しそうに笑った。
一花が横から覗く。
「二乃、嬉しそう」
「うるさい」
「ふふ」
「笑わないで」
「ごめんごめん」
二乃は再び問題集を見る。
だが。
その口元には。
小さな笑みが残っていた。
◇
一方。
四葉は。
「……」
問題集を前に固まっていた。
「四葉」
「はい!」
「どうした?」
「分かりません!」
即答だった。
風太郎が額を押さえる。
「まだ問題文を読んだだけだろ」
「読んでも分かりません!」
「まず読め」
「はい!」
四葉は問題文を読む。
「……」
「どうだ?」
「やっぱり分かりません!」
「……」
悠飛が隣に座る。
「四葉」
「はい」
「この問題、最初から全部理解しようとしなくていい」
「?」
「何を求めている問題なのか」
「答え?」
「そう」
悠飛は問題文の一部分を指差した。
「ここ」
「……」
「『最大値を求めよ』って書いてあるだろ」
「あ」
「なら、まず最大値を出すために必要なことだけ考える」
「なるほど……」
四葉の目が輝く。
「分かりました!」
「じゃあ解いてみろ」
「はい!」
四葉はペンを走らせる。
「……」
しばらくして。
「できました!」
「正解」
「やった!」
四葉が両手を上げる。
「悠飛さん、すごいです!」
「四葉が頑張ったからだ」
「でも、教えてくれました!」
「なら次も自分で解けるな」
「はい!」
その様子を見ていた一花が。
「……」
少しだけ羨ましそうな顔をした。
◇
「一花」
「え?」
「次、お前」
「私?」
「英語」
「うん」
一花は問題集を開く。
「……」
「この文章を訳してみろ」
「えっと……」
一花が英文を読む。
「これは……」
「焦らなくていい」
悠飛が言う。
「分からない単語があっても、全部止まる必要はない」
「うん」
一花は少し考える。
「……こういう意味?」
「正解」
「やった」
一花は笑う。
「最近、英語が少し楽しくなってきた」
「それはいいことだ」
「悠飛くんのおかげだね」
「俺だけじゃない。風太郎の説明もある」
「でも」
一花は悠飛を見る。
「悠飛くんがいると、頑張ろうって思える」
「……」
悠飛は少し照れた。
「そうか」
一花はそんな悠飛を見て。
小さく笑った。
◇
昼前。
「休憩!」
四葉が宣言した。
「まだ休憩時間じゃない」
風太郎が言う。
「でも暑いです!」
「それは関係ない」
「関係あります!」
「ない」
「悠飛さん!」
「……」
悠飛は時計を見る。
「五分休憩にするか」
「やった!」
四葉が喜ぶ。
「お前、四葉に甘くないか?」
風太郎が言う。
「休憩は必要だろ」
「まあな」
その時。
莉々華が冷蔵庫から何かを取り出した。
「はい」
「?」
一人ずつに渡す。
「アイス」
「わあ!」
四葉が目を輝かせる。
「ありがとう、莉々華ちゃん!」
「どういたしまして」
一花も受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
六華も。
「ありがとう」
「はい」
莉々華は笑った。
そして。
悠飛にも。
「お兄ちゃん」
「ありがとう」
「どういたしまして」
悠飛がアイスを食べる。
「美味いな」
「でしょう?」
莉々華は嬉しそうだった。
◇
「……」
六華がその様子を見ていた。
莉々華は。
本当に悠飛のことが好きなのだ。
もちろん。
兄妹として。
だが。
その距離感は。
自分たちよりずっと近い。
「……」
六華は少しだけ胸が痛くなった。
そんな六華を。
一花が見ていた。
「六華」
「え?」
「どうしたの?」
「何でもない」
「そう?」
「うん」
一花はそれ以上聞かなかった。
ただ。
少しだけ優しく笑った。
◇
午後。
勉強会は一旦終了した。
「よし」
悠飛が言う。
「ここからは自由時間」
「やったー!」
四葉が立ち上がる。
「何して遊びます?」
「庭が広いから、そこで何かできるぞ」
悠飛が言う。
「じゃあ!」
四葉が拳を握る。
「武道!」
「……」
風太郎が呆れた。
「お前、本当に武道好きだな」
「はい!」
四葉は満面の笑顔。
「悠飛さんとやりたいです!」
「俺は構わない」
「じゃあ決まり!」
◇
庭。
広い芝生。
その一角には簡易的なトレーニングスペースがあった。
「久しぶりですね」
四葉が構える。
「そうだな」
悠飛も構える。
「今日は何を?」
「軽く合気道」
「お願いします!」
四葉が踏み込む。
悠飛が受け流す。
「そこ」
「はい!」
「力を入れすぎるな」
「……」
四葉がもう一度。
「こうですか?」
「そう」
「できた!」
「上手い」
四葉が嬉しそうに笑う。
「悠飛さんに褒めてもらえると嬉しいです!」
「ならもっと上手くなれ」
「はい!」
その光景を。
一花、六華、莉々華たちが見ている。
「四葉、楽しそう」
一花が言う。
「うん」
六華も頷く。
莉々華は腕を組む。
「……」
「莉々華ちゃん?」
「何でもないです」
だが。
その顔には。
また少しだけ。
兄を取られたくないという気持ちが浮かんでいた。
◇
夕方。
全員で夕食を食べることになった。
如月家の広いダイニング。
料理が並ぶ。
「いただきます!」
四葉が真っ先に箸を取る。
「食べるの早いな」
風太郎が言う。
「勉強したからお腹空いたんです!」
「それは分かる」
一花が笑う。
「今日は結構頑張ったもんね」
「はい!」
食事をしながら。
今日の勉強の話。
昔の思い出。
夏休みの予定。
話題は尽きない。
「そういえば」
五月が言う。
「夏休みに旅行とかしませんか?」
「いいですね!」
四葉が賛成する。
「海!」
「山もいい」
三玖。
「温泉も……」
「全部行けばいいんじゃない?」
一花が笑う。
「そんなに時間ある?」
二乃が言う。
悠飛は笑った。
「夏休みは長い」
「じゃあ」
六華が言う。
「みんなで思い出を作ろう」
「賛成!」
四葉が笑う。
◇
その夜。
帰り道。
六華は悠飛の隣を歩いていた。
「今日は楽しかった」
「ああ」
「勉強も」
「数学、少し分かるようになっただろ?」
「うん」
六華は笑う。
「悠飛に教えてもらったから」
「俺じゃなくても風太郎に聞けば教えてくれるぞ」
「……」
六華は少し黙る。
「私は」
「ん?」
「悠飛に教えてもらいたい」
「そうか」
「うん」
六華は前を向いた。
「昔も」
「?」
「昔も、悠飛が私たちに色々教えてくれた」
「……」
悠飛も少しずつ思い出していた。
幼い頃。
七人で遊んだ日々。
一緒に笑った。
一緒に泣いた。
そして。
誰かが困った時には。
みんなで助けた。
「……」
悠飛は空を見る。
夏の夜空。
星が見える。
「昔のこと」
「うん」
「もっと思い出したいな」
「私も」
二人は歩く。
その少し後ろ。
一花が二人を見ていた。
「……」
そして。
四葉も。
「六華ちゃん、悠飛さんと仲良しですね」
「そうだね」
一花は笑う。
「幼馴染だから」
だが。
その声には。
ほんの少しだけ。
複雑な響きがあった。
◇
その頃。
如月家では。
莉々華が兄の部屋を覗いていた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「今日も楽しかった?」
「ああ」
「……」
「どうした?」
「別に」
莉々華は少し考える。
そして。
「夏休み」
「うん」
「いっぱい一緒にいてね」
悠飛は笑った。
「もちろん」
「約束」
「約束だ」
莉々華は安心したように笑う。
「おやすみ」
「ああ。おやすみ」
扉が閉まる。
悠飛は机に向かう。
そして。
昼間のノートを開いた。
幼い頃の七人。
『いつまでもなかよし』
「……」
悠飛は微笑んだ。
この夏。
勉強だけではない。
友情も。
思い出も。
そして。
淡い恋心も。
少しずつ深まっていく。
まだ誰も。
この夏が後の人生にまで残るほど大切な時間になるとは知らない。
だが。
確かに。
七人の絆は。
一歩ずつ。
強くなっていた。