『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
夏休み三日目。
朝から強い日差しが照りつけていた。
蝉の鳴き声が窓の外から響き、如月家の広い庭では、夏の暑さに負けじとセミたちが大合唱をしている。
そんな中。
「……」
中野一花は、自宅のベッドの上で一人、スマートフォンを見つめていた。
画面に表示されているのは、芸能事務所から届いたメッセージ。
『次回オーディションについて、至急相談したいことがあります』
一花はしばらく画面を眺めた。
そして。
「……来た」
小さく呟く。
最近、一花は女優を目指していた。
まだ本格的な活動をしているわけではない。
学校生活の合間に、演技のレッスンを受けたり、オーディションを受けたり。
少しずつ夢に近づいている。
だが。
今回のオーディションは違った。
今までより大きな舞台。
合格すれば、女優への道が一気に開ける。
当然。
失敗すれば、それだけ大きな挫折になる。
「……怖いな」
一花はスマートフォンを胸元に置いた。
「私、本当にできるのかな」
いつもの明るい笑顔はない。
一人の少女として。
一花は不安を感じていた。
しかし。
「……やる」
一花は立ち上がる。
「やるって決めたんだから」
鏡の前に立つ。
髪を整える。
そして。
笑顔を作った。
「よし」
だが。
その笑顔は。
いつもの一花の笑顔とは少し違っていた。
◇
昼。
如月家。
今日も勉強会が行われていた。
「英語、終了」
悠飛が時計を見る。
「次は国語」
「はい!」
五月が答える。
四葉は問題集を開き。
三玖はノートを整理。
二乃は英単語を確認。
六華は数学の問題を解いている。
そして。
一花は。
「……」
どこか上の空だった。
「一花」
悠飛が呼ぶ。
「ん?」
「さっきから集中できてない」
「……」
一花は少し驚いた。
「分かる?」
「分かる」
「さすがだね」
一花は笑う。
「でも大丈夫」
「本当に?」
「うん」
一花は笑顔を作った。
「ちょっと寝不足なだけ」
悠飛は一花を見る。
「……」
明らかに何か隠している。
だが。
無理に聞き出すことはしなかった。
「分かった」
「ありがとう」
一花はホッとした。
しかし。
風太郎は黙って一花を見ていた。
「……」
「風太郎?」
一花が聞く。
「いや」
風太郎は首を振った。
「何でもない」
◇
昼休み。
一花は庭に出た。
ベンチに座り。
スマートフォンを確認する。
『明日の午後、オーディションの最終確認を行います』
「明日……」
一花は息を吐く。
その時。
「一花」
「!」
振り返る。
悠飛が立っていた。
「こんなところにいたのか」
「うん」
「暑いぞ」
「分かってる」
一花は笑った。
「でも、少し一人になりたかった」
悠飛は隣に座る。
「何かあった?」
「……」
一花はしばらく黙る。
「悠飛くん」
「ん?」
「私」
「うん」
「女優になりたい」
「知ってる」
「……」
一花は少し笑った。
「そうだった」
「前にも聞いた」
「でも」
一花は膝の上で手を握る。
「本当にできるのかなって」
「何が?」
「女優」
「……」
「私、五つ子の一人で」
「うん」
「成績だって特別いいわけじゃないし」
「それは努力すればいい」
「うん」
「演技は?」
「まだまだ」
「なら練習すればいい」
「……簡単に言うね」
一花が苦笑する。
「でも」
悠飛は真っ直ぐ一花を見る。
「一花が本気なら」
「……」
「俺は応援する」
一花の目が少し見開かれた。
「本当に?」
「ああ」
「どんなに大きな舞台でも?」
「関係ない」
「失敗しても?」
「失敗したら、次を考えればいい」
「……」
一花は俯いた。
「悠飛くんって」
「ん?」
「ずるいね」
「何が?」
「そんなこと言われたら」
一花は笑う。
「頑張るしかなくなるじゃん」
「なら頑張ればいい」
「……うん」
一花は顔を上げた。
その瞳には。
さっきまでの迷いが消えていた。
◇
午後。
勉強会再開。
「一花」
悠飛が言う。
「今日は早めに切り上げていいぞ」
「え?」
「オーディションがあるんだろ?」
一花は驚いた。
「知ってたの?」
「さっき聞いた」
「……そっか」
風太郎が口を挟む。
「勉強は逃げない」
「風太郎まで?」
「本気でやるなら、両立できるようにすればいい」
一花は二人を見た。
そして。
「ありがとう」
と笑った。
◇
その日の夕方。
一花は芸能事務所へ向かった。
「失礼します」
「一花ちゃん」
担当者が手を振る。
「来てくれてありがとう」
「こちらこそ」
「今回のオーディションだけど」
資料を渡される。
「かなり大きな役です」
「……」
一花は資料を見る。
「主演候補?」
「そう」
「私が?」
「もちろん」
一花は息を呑んだ。
「でも」
担当者が続ける。
「相手はプロばかり。経験者も多い」
「……」
「生半可な気持ちでは通らない」
一花は資料を握る。
「分かっています」
「怖くない?」
「……」
一瞬。
悠飛の言葉を思い出す。
『一花が本気なら、俺は応援する』
一花は笑った。
「怖いです」
担当者が驚く。
「でも」
「……」
「やります」
「本気?」
「はい」
一花は真っ直ぐ前を向いた。
「私、本気で女優になりたいんです」
◇
その夜。
如月家。
一花が帰ってきた。
「おかえり」
悠飛が玄関で迎える。
「ただいま」
「どうだった?」
「……」
一花は笑う。
「受けてきた」
「そうか」
「明日、最終審査」
「頑張れ」
「うん」
一花は少し黙る。
「ねえ」
「ん?」
「明日」
「?」
「もし私が緊張してたら」
「うん」
「笑わせてくれる?」
悠飛は笑った。
「任せろ」
「ふふ」
一花も笑う。
「じゃあ」
「?」
「明日、私の本気を見てて」
「ああ」
悠飛は頷いた。
「見てる」
◇
翌日。
オーディション会場。
大勢の候補者。
一花は控室で深呼吸していた。
「……」
心臓が速い。
手が震える。
「大丈夫」
自分に言い聞かせる。
「私はできる」
名前を呼ばれた。
「中野一花さん」
「はい!」
立ち上がる。
◇
舞台。
照明。
審査員。
一花は中央に立った。
「それでは、始めてください」
一花は目を閉じる。
そして。
役に入り込んだ。
さっきまでの不安な少女は消えた。
そこにいたのは。
一人の女優。
悲しみ。
怒り。
喜び。
愛情。
すべてを表情と声だけで表現する。
審査員たちの顔が変わっていく。
演技が終わる。
静寂。
そして。
「……素晴らしい」
誰かが呟いた。
一花は深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
◇
数時間後。
一花は如月家へ戻った。
玄関を開ける。
「おかえり」
悠飛が待っていた。
「……」
一花は何も言わない。
そして。
「受かった」
「……!」
悠飛の顔が明るくなる。
「本当か?」
「うん」
一花は笑った。
「次の作品に出ることになった」
「おめでとう」
「ありがとう」
一花は嬉しそうに笑う。
「私」
「ん?」
「やっと一歩進めた気がする」
「一歩どころじゃない」
悠飛が言う。
「大きな一歩だ」
「……」
一花の目が潤む。
「悠飛くん」
「ん?」
「私ね」
一花は少し照れながら。
「今日、演技してる時」
「うん」
「悠飛くんのこと思い出した」
「俺?」
「うん」
「どうして?」
「応援してくれたから」
一花は笑う。
「だから、絶対に負けたくないって思った」
「誰に?」
「自分に」
「……」
悠飛は笑った。
「それなら」
「?」
「次も勝てるな」
一花も笑った。
「うん」
◇
その夜。
一花は五つ子たちに報告した。
「ええっ!?」
四葉が飛び跳ねる。
「一花、合格したんですか!?」
「うん」
「すごい!」
五月が笑顔になる。
「おめでとうございます!」
三玖も。
「一花ならできると思ってた」
二乃は。
「……当然でしょ」
「二乃?」
「私の姉なんだから」
二乃は照れながら顔を逸らした。
「おめでとう」
「ありがとう」
六華も笑う。
「一花」
「ん?」
「夢に近づいたね」
「うん」
「これからもっと忙しくなるね」
「そうかも」
一花はみんなを見る。
「でも」
「?」
「この時間は大切にしたい」
悠飛を見る。
「勉強会も」
四葉を見る。
「みんなとの時間も」
六華を見る。
「昔の思い出も」
そして。
「全部」
一花は笑った。
「大切にしたい」
◇
その帰り道。
一花と悠飛は二人で歩いていた。
夏の夜。
街灯が二人の影を照らしている。
「ねえ、悠飛くん」
「ん?」
「私」
「うん」
「もっと頑張るね」
「知ってる」
「女優として有名になって」
「うん」
「いつか」
一花は立ち止まった。
「悠飛くんが私を見て」
「……」
「『一花はすごい』って思ってくれるくらい」
悠飛は笑った。
「今でも十分すごいと思ってる」
「……」
一花の顔が赤くなる。
「そういうところ」
「ん?」
「本当にずるい」
「またそれか」
「だって」
一花は笑う。
「もっと好きになっちゃうじゃん」
「……」
一瞬。
二人の間に静寂が落ちる。
一花は少し恥ずかしそうに笑った。
「今のは忘れて」
「無理だな」
「もう!」
一花は先に歩き出す。
「置いてくよ」
「ああ」
悠飛も歩き出した。
その背中を見ながら。
一花は胸に手を当てる。
ドキドキしている。
女優への夢。
そして。
悠飛への想い。
どちらも。
一花にとって。
本気だった。
夏の夜空に。
蝉の声が響く。
青春の季節は。
まだ始まったばかりだった。