『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
夏休みも二週目に入った。
朝から太陽が照りつけ、街はすっかり夏の色に染まっている。
如月家の庭では蝉が鳴き、窓を開ければ熱気が一気に入り込んでくる。
「暑い……」
中野六華は、如月家へ向かう道を歩きながら小さく呟いた。
手には参考書の入った鞄。
今日は午前中から恒例の勉強会だ。
もちろん。
一花、二乃、三玖、四葉、五月も来る。
そして。
悠飛もいる。
「……」
六華はそこで、ふと足を止めた。
「私……」
自分でも気づかないうちに。
少しだけ笑っていた。
「楽しみにしてるんだ」
幼い頃から。
六華にとって悠飛は特別な存在だった。
五つ子の従姉妹として、いつも五つ子たちの少し後ろにいた。
五人の輪の中に入りながらも。
どこか一歩引いて。
その中心にいる悠飛を見ていた。
そして。
二十年近く経った今。
忘れていた幼い日の記憶が少しずつ蘇ってきたことで。
六華は改めて気づいた。
自分がずっと。
悠飛を特別に思っていたことを。
「……」
けれど。
最近。
少し困ったことがある。
「一花……」
六華は小さく呟いた。
「四葉……」
どちらも。
悠飛との距離が近い。
一花は悠飛に素直に好意を示すようになってきた。
四葉は昔からの武道仲間として、悠飛と自然に接している。
そして。
六華自身も。
悠飛のことが好きだ。
だからこそ。
胸の奥に。
小さな感情が生まれてしまう。
「……嫉妬、かな」
六華は苦笑した。
「嫌な子だな、私」
それでも。
足は自然と。
如月家へ向かっていた。
◇
「おはようございます!」
玄関を開けると。
四葉の声が響いた。
「おはよう」
悠飛が出迎える。
「六華、おはよう」
「おはよう、悠飛」
その瞬間。
六華の顔が自然と明るくなる。
「今日は早いな」
「うん」
「一番乗りだ」
「……」
六華は少し嬉しくなった。
「一番……」
「どうした?」
「何でもない」
六華は笑う。
すると。
「おはよう、六華ちゃん!」
一花がやってきた。
「おはよう、一花」
「今日は早かったんだね」
「うん」
「私たちも今来たところ」
その後ろから。
二乃。
三玖。
五月。
四葉。
そして風太郎。
全員が揃った。
「じゃあ始めるか」
悠飛が言う。
「はい!」
四葉が元気に答えた。
◇
午前中。
勉強会は順調だった。
「六華」
悠飛がノートを見る。
「この問題、惜しい」
「え?」
「ここ」
悠飛が指を差す。
「符号が逆になってる」
「……本当だ」
「計算そのものは合ってる」
「そっか」
「だから落ち着けば解ける」
「うん」
悠飛が笑う。
「よく頑張ってる」
「……」
六華の頬が少し赤くなる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
その光景を。
一花が見ていた。
「……」
そして。
四葉も。
「六華ちゃん、嬉しそうですね」
「そう?」
一花が笑う。
「うん」
「……」
六華は聞こえていないふりをした。
だが。
胸は。
少しだけ高鳴っていた。
◇
昼休み。
「お昼にしましょう!」
四葉が宣言する。
「今日はお弁当を作ってきました!」
「本当?」
一花が驚く。
「はい!」
四葉が弁当箱を開く。
「みんなの分もあります!」
「え?」
五月が目を輝かせる。
「いただいていいんですか?」
「もちろん!」
「四葉、料理できるようになったんだ」
二乃が驚く。
「少しずつですよ」
四葉が笑う。
悠飛も弁当を受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
「美味しそうだ」
「えへへ」
四葉は嬉しそうだった。
「悠飛さんの好きそうなものも入れてあります!」
「俺の?」
「はい!」
六華は。
「……」
その言葉を聞いて。
ほんの少し。
胸がざわついた。
「……」
一花も。
「へえ」
意味ありげに四葉を見る。
「四葉、詳しいね」
「え?」
「悠飛くんの好きなもの」
「昔から一緒にいたからです!」
四葉は何気なく答える。
「……」
六華は箸を持ったまま。
黙っていた。
◇
昼食後。
「少し散歩してくる」
悠飛が立ち上がった。
「私も行きます!」
四葉がすぐに立つ。
「……」
六華の手が止まった。
「……」
「六華ちゃん?」
一花が声をかける。
「どうしたの?」
「何でもない」
「そう?」
「うん」
悠飛と四葉は庭へ出ていった。
窓越しに。
二人の姿が見える。
四葉が何か話している。
悠飛が笑う。
四葉も笑う。
「……」
六華は。
その光景から目を逸らした。
「……嫌だな」
小さな声。
一花には聞こえなかった。
◇
庭。
「悠飛さん!」
「ん?」
「今日は暑いですね!」
「ああ」
「夏休みって感じがします!」
「そうだな」
「海にも行きたいですね」
「みんなで行くか?」
「はい!」
四葉は笑う。
「絶対楽しいです!」
「四葉は海でも走り回りそうだな」
「もちろんです!」
二人の会話は。
いつものものだった。
幼馴染だから。
昔から一緒だったから。
何の違和感もない。
それなのに。
「……」
窓の向こう。
六華は二人を見ていた。
そして。
胸の奥が。
ちくりと痛んだ。
「……私」
六華は目を伏せる。
「何を考えてるんだろう」
四葉は悪くない。
悠飛も悪くない。
二人が仲良くするのは当然だ。
それなのに。
「……嫉妬してる」
認めた瞬間。
胸が苦しくなった。
◇
「六華」
一花が隣に座った。
「……」
「大丈夫?」
「うん」
「嘘」
「……」
六華は一花を見る。
「一花には分かる?」
「何となく」
一花は苦笑する。
「私も似たようなこと考えてるから」
「……」
六華が目を見開く。
「一花も?」
「うん」
「悠飛くんのこと」
「……」
六華は答えられない。
一花は続ける。
「だから」
「?」
「六華ちゃんだけじゃないよ」
「……」
「私も嫉妬する」
一花は少し笑った。
「四葉に対しても」
「一花……」
「でも」
一花は窓を見る。
「四葉は大切な妹だから」
「……」
「嫌いになれない」
六華も頷く。
「私も」
「うん」
「四葉のことは好き」
「そうだよね」
「でも」
六華は胸に手を当てる。
「悠飛のことも好き」
「……」
一花が微笑む。
「じゃあ」
「?」
「堂々としてればいいじゃん」
「……」
「好きなら」
一花は六華の肩を軽く叩いた。
「好きって気持ちは、悪いものじゃないよ」
六華は。
少しだけ目を潤ませた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
◇
午後。
勉強会再開。
六華はいつも通り。
いや。
いつも以上に集中した。
「……」
数学。
一問。
二問。
三問。
悠飛が答案を見る。
「正解」
「……!」
六華の顔が明るくなる。
「本当?」
「ああ」
「やった」
「かなり伸びてきたな」
「悠飛が教えてくれたから」
「六華自身の努力だ」
「……」
六華は笑う。
「それでも」
「ん?」
「教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
その瞬間。
六華は決めた。
もう。
嫉妬しているだけでは嫌だ。
「……」
悠飛を見る。
「私も」
「?」
「もっと頑張る」
「何を?」
「全部」
「全部?」
「勉強も」
「うん」
「昔の記憶を取り戻すことも」
「うん」
そして。
「悠飛の隣にいることも」
「……」
悠飛は少し驚いた。
だが。
六華は笑った。
「幼馴染だから」
「そうだな」
悠飛も笑う。
「これからもよろしく」
「うん」
◇
夕方。
帰る時間。
六華は玄関で靴を履いていた。
「六華」
悠飛が呼ぶ。
「ん?」
「今日はありがとう」
「何が?」
「勉強会に来てくれて」
「こちらこそ」
六華は笑った。
「楽しかった」
「それならよかった」
少し沈黙。
六華は勇気を出す。
「悠飛」
「ん?」
「明日も」
「うん」
「私、早く来てもいい?」
「もちろん」
「……」
六華は嬉しそうに笑う。
「じゃあ」
「また明日」
「うん」
「また明日、悠飛」
◇
帰り道。
一人になった六華は。
夕焼けを見上げた。
「……」
今日。
初めて。
自分の嫉妬を認めた。
苦しかった。
嫌だった。
でも。
それ以上に。
悠飛の隣にいたいと思った。
「私」
六華は小さく笑う。
「もっと強くならなきゃ」
誰かを押し退けるためではない。
一花や四葉を傷つけるためでもない。
自分の気持ちを。
自分自身で大切にするために。
「……」
幼い日の記憶。
七人で遊んだ日。
悠飛と交わした約束。
そして。
今。
高校生になった自分。
「いつか」
六華は呟いた。
「ちゃんと伝えたい」
――悠飛が好き。
その言葉を。
いつか。
本人に。
◇
一方。
如月家。
「悠飛さん!」
四葉が声をかける。
「何だ?」
「明日も勉強会ですよね?」
「ああ」
「じゃあ、また一緒に頑張りましょう!」
「そうだな」
「約束です!」
「ああ」
その会話を。
少し離れたところで。
一花が聞いていた。
「……」
一花は笑う。
「本当に」
「みんな、悠飛くんのこと好きなんだね」
そして。
一花自身も。
胸に手を当てる。
「私もだけど」
夏の夕暮れ。
それぞれの胸に芽生えた想いは。
まだ小さなものだった。
けれど。
その小さな嫉妬も。
淡い恋心も。
やがて。
大きな運命へと繋がっていく。
六華はまだ知らない。
そして。
悠飛もまだ知らない。
この夏の日々が。
彼らの関係を。
少しずつ変えていくことを。