『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
林間学校、二日目の夜。
山の夜は、都会よりもずっと静かだった。
昼間は蝉の声や生徒たちの笑い声で賑やかだった森も、日が沈むと一気に表情を変える。
遠くで虫の鳴く音。
木々の間を抜ける風。
そして、校庭代わりの広場の中央に組まれた巨大な薪。
「おお……!」
四葉の目が輝いた。
「すごいです!」
「昼間とは別の場所みたい」
一花も感嘆の声を漏らす。
「これがキャンプファイヤー……」
五月は眼鏡を押し上げながら炎を見つめる。
三玖は少し離れた場所から静かに眺めていた。
「綺麗……」
二乃は腕を組みながら。
「まあ、悪くないわね」
「二乃、さっきから楽しそうですよ」
五月に指摘され。
「そ、そんなことないわよ!」
二乃は顔を逸らした。
六華はそんな五つ子を眺めながら微笑んでいた。
そして。
少し離れた場所。
「……」
如月悠飛は夜空を見上げていた。
満天の星。
都会ではなかなか見ることのできない星空だ。
「悠飛」
声をかけてきたのは風太郎だった。
「どうした?」
「いや」
風太郎は空を見る。
「星、綺麗だな」
「ああ」
「お前、こういうの興味なさそうなのに」
「失礼だな」
「悪かった」
二人は並んで夜空を見上げた。
「……なあ、悠飛」
「ん?」
「俺たち」
「?」
「高校生活、結構楽しんでるな」
悠飛は少し考えた。
そして。
「そうだな」
笑った。
「思ってたよりずっと」
◇
午後八時。
キャンプファイヤー開始。
教師が中央へ進み、点火用の松明を掲げる。
「それでは、林間学校恒例のキャンプファイヤーを始めます!」
生徒たちから歓声が上がった。
「それ!」
教師が薪へ火を移す。
最初は小さな炎。
しかし。
乾いた薪に火が燃え移り。
瞬く間に大きな炎へと変わっていく。
「うわぁ……!」
四葉が歓声を上げた。
炎が夜空を照らす。
赤い光が生徒たちの顔を照らす。
一花の瞳にも。
二乃の瞳にも。
三玖の瞳にも。
四葉の瞳にも。
五月の瞳にも。
六華の瞳にも。
そして。
悠飛の瞳にも。
炎が映っていた。
「綺麗ですね」
五月が呟く。
「うん」
六華も頷いた。
「なんだか……」
「ん?」
一花が見る。
「特別な夜って感じがする」
「分かる」
一花は笑った。
◇
キャンプファイヤーでは、いくつかのレクリエーションが行われた。
歌。
ゲーム。
クラスごとの出し物。
そして。
最後の目玉。
「それでは最後に!」
教師が声を張り上げる。
「男女ペアで行うフォークダンスです!」
「えっ!?」
四葉が驚く。
「フォークダンスですか!?」
「四葉、声大きい」
二乃が呆れる。
「だって楽しそうじゃないですか!」
「……まあ」
二乃も少しだけ興味がありそうだった。
一花は悠飛を見る。
「悠飛くん」
「ん?」
「踊れる?」
「一応」
「意外」
「武道やってたからな」
「関係あるの?」
「足運びなら似てる」
「ふふ」
一花は笑った。
その横で。
六華は黙っていた。
「……」
悠飛と踊る。
そんなことを考えただけで。
心臓が跳ねる。
だが。
「……」
周囲には女子も男子もたくさんいる。
誰が誰と組むのか。
まだ決まっていない。
「どうしよう……」
六華が小さく呟く。
その時。
「六華」
悠飛が声をかけた。
「え?」
「一緒に踊るか?」
「……!」
六華の時間が止まった。
「私と?」
「ああ」
「……」
胸が。
ドクン。
と大きく鳴った。
「……うん」
六華は笑う。
「お願いします」
◇
音楽が始まる。
生徒たちが輪になる。
悠飛と六華も、その中に入る。
「緊張してる?」
悠飛が聞く。
「少し」
「大丈夫だ」
「悠飛は?」
「俺?」
「緊張しないの?」
「しないな」
「……ずるい」
「何が?」
「私だけドキドキしてるみたい」
「……」
悠飛は少し驚いた。
「そうなのか?」
「……」
六華は顔を赤くする。
「忘れて」
「無理だな」
「もう……」
音楽に合わせて。
二人は歩く。
一歩。
二歩。
回転。
そして。
手を繋ぐ。
「……!」
六華の頬が熱くなる。
悠飛の手。
大きくて。
温かい。
幼い頃。
何度も握ったはずなのに。
今は。
まったく違う感覚だった。
「六華」
「なに?」
「足元」
「え?」
「危ない」
「わっ!」
六華が足を滑らせる。
悠飛がすぐに支えた。
「大丈夫か?」
「……うん」
「怪我は?」
「ない」
「よかった」
六華は悠飛の腕に支えられたまま。
しばらく動けなかった。
「……」
近い。
悠飛の顔が。
すぐ目の前にある。
「六華?」
「……!」
六華は慌てて離れる。
「ご、ごめん!」
「大丈夫」
「……」
心臓が。
壊れそうだった。
◇
少し離れた場所。
一花はその光景を見ていた。
「……」
そして。
四葉も。
「六華ちゃん、悠飛さんと踊ってますね!」
「うん」
「楽しそうです!」
「……そうだね」
一花は笑った。
だが。
胸の奥には。
小さな嫉妬があった。
「私も……」
そう思った瞬間。
一花は苦笑する。
「本当に欲張りだな、私」
一花は自分でも驚くほど。
悠飛への想いが強くなっていることを自覚していた。
女優への夢。
そして。
恋。
どちらも。
諦めたくない。
◇
曲が終わる。
生徒たちから拍手が起こる。
六華は悠飛から離れる。
「ありがとう」
「こちらこそ」
「楽しかった」
「俺も」
六華は嬉しそうに笑う。
「……」
その笑顔を見て。
悠飛はふと。
昔の記憶を思い出した。
小さな女の子。
自分の手を握って。
笑っている。
『悠飛くん!』
「……」
頭の奥が。
少し痛む。
「悠飛?」
六華が心配そうに見る。
「大丈夫?」
「ああ」
悠飛は額に手を当てる。
「昔のことを少し思い出した」
「……!」
六華の胸が高鳴る。
「何を?」
「まだ断片的だけど」
悠飛は目を閉じる。
「小さい頃」
「うん」
「俺たち」
「……」
「一緒に踊ったことがあった気がする」
六華の目が潤む。
「……あったよ」
「本当に?」
「うん」
「そうか」
悠飛は笑った。
「やっぱり」
六華は胸元に手を当てる。
「覚えてくれてたんだ……」
「全部じゃない」
「それでも」
六華は笑った。
「嬉しい」
◇
その頃。
キャンプファイヤーの周囲では。
別のイベントが始まっていた。
「伝説のキャンプファイヤー」
誰かが言った。
「知ってる?」
「何それ?」
「このキャンプファイヤーで手を繋いだ二人は――」
一花が聞き耳を立てる。
「結ばれるんだって」
「へえ」
二乃が興味を示す。
「そんな伝説あるの?」
「学校では有名らしい」
三玖が呟く。
「……」
四葉は悠飛を見る。
六華も。
一花も。
三人の視線が。
偶然。
交差する。
「……」
「……」
「……」
その瞬間。
三人とも。
少しだけ気まずくなった。
二乃がそれに気づく。
「……何よ、この空気」
五月も首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「何でもない!」
一花と四葉と六華。
三人の声が重なった。
◇
その後。
自由時間。
生徒たちはそれぞれ友達と話していた。
悠飛は風太郎と少し離れた場所に座っていた。
「お前」
風太郎が言う。
「何だ?」
「さっきから女子に囲まれてるな」
「そうか?」
「自覚なしか」
「友達だからな」
「……」
風太郎は頭を抱えた。
「お前、本当にそういうところだぞ」
「何が?」
「何でもない」
「そうか」
二人は炎を見る。
「風太郎」
「ん?」
「楽しいか?」
「……まあな」
「ならよかった」
「お前もな」
「ああ」
◇
その時。
「悠飛さん!」
四葉が走ってきた。
「どうした?」
「少しお話ししませんか?」
「いいぞ」
四葉が隣に座る。
「今日は楽しいですね!」
「ああ」
「林間学校って、もっと疲れるものだと思ってました」
「まあ、まだ二日目だ」
「……」
「どうした?」
四葉が悠飛を見る。
「私」
「うん」
「高校生活って」
「?」
「こんなに楽しいものだったんですね」
「……」
「昔は、勉強も苦手で」
「今は違う」
「はい!」
四葉は笑う。
「悠飛さんや風太郎くんと勉強して」
「うん」
「みんなと一緒に頑張って」
「うん」
「少しずつ、自分が変わってる気がします」
「それは四葉自身の努力だ」
「でも」
四葉は悠飛を見る。
「悠飛さんがいてくれたからです」
「……」
「だから」
四葉は笑う。
「これからも、ずっと友達でいてくださいね」
悠飛は微笑んだ。
「ああ」
「約束ですよ?」
「約束だ」
四葉は嬉しそうに笑った。
◇
少し離れた場所。
六華は二人を見ていた。
「……」
また。
胸が少し痛む。
でも。
今度は逃げなかった。
「私は」
六華は自分に言い聞かせる。
「私のやり方でいい」
その時。
一花が隣に来た。
「また見てた?」
「……うん」
「嫉妬?」
「少し」
「私も」
一花は苦笑した。
「でも」
「?」
「負けたくないよね」
六華は一花を見る。
「……うん」
「じゃあ」
一花が手を差し出す。
「恋のライバルってことで」
「……ふふ」
六華はその手を握る。
「望むところ」
二人は笑った。
◇
そして。
キャンプファイヤーが終わる。
巨大な炎が少しずつ小さくなる。
赤い火の粉が夜空へ舞い上がる。
「終わっちゃいましたね」
四葉が寂しそうに言う。
「またやればいい」
悠飛が答える。
「高校生活はまだ終わらない」
「そうですね!」
四葉が笑う。
一花も。
六華も。
五つ子たちも。
それぞれ笑顔を浮かべる。
◇
宿泊施設へ戻る道。
悠飛は夜空を見上げた。
「……」
不思議だった。
今日。
六華と手を繋いだ瞬間。
幼い日の記憶が蘇った。
小さな手。
小さな笑顔。
そして。
『また遊ぼうね!』
誰の声だったのか。
まだ思い出せない。
「……」
だが。
その記憶が。
とても大切なものだったことだけは分かる。
「悠飛」
風太郎が呼ぶ。
「ん?」
「帰るぞ」
「ああ」
二人は歩き出す。
◇
その夜。
六華は布団の中で眠れずにいた。
「……」
右手を見る。
今日。
悠飛と握った手。
まだ感触が残っているような気がする。
「……馬鹿みたい」
六華は枕に顔を埋める。
「たった一度、手を繋いだだけなのに」
それでも。
嬉しかった。
とても。
「……」
幼い日の記憶。
少しずつ戻ってきた。
自分。
五つ子。
悠飛。
七人で遊んだ日々。
「悠飛」
六華は目を閉じる。
「今度は」
「私が、あなたの隣にいたい」
その言葉は。
誰にも聞こえない。
小さな独白だった。
◇
翌朝。
林間学校最終日。
帰りのバスが出発する。
四葉は疲れて眠っている。
一花も。
二乃も。
三玖も。
五月も。
六華も。
そして。
悠飛は窓の外を見る。
山々が遠ざかっていく。
「楽しかったな」
風太郎が呟く。
「ああ」
「また行きたいか?」
「みんなでなら」
「……そうだな」
バスの後方から。
寝言が聞こえた。
「悠飛さん……」
四葉だった。
悠飛は苦笑する。
「寝言まで俺か」
風太郎が笑う。
「お前、相当好かれてるな」
「友達だからだろ」
「……」
風太郎は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ笑った。
◇
林間学校。
それは。
ただの学校行事ではなかった。
悠飛と五つ子。
六華。
そして風太郎。
彼らの距離を。
ほんの少し縮めた三日間。
そして。
キャンプファイヤーの夜。
それぞれの胸に。
新しい想いが灯った。
一花は。
女優として。
そして一人の少女として。
悠飛を想う。
四葉は。
笑顔の大切さを知り。
悠飛との絆を深める。
六華は。
自分の嫉妬と向き合いながら。
悠飛への恋を決意する。
そして悠飛は。
まだ知らない。
幼い頃から続いていた七人の絆が。
やがて。
彼の人生を大きく変えることを。
燃え上がったキャンプファイヤーの炎は。
消えた。
しかし。
彼らの胸に灯った想いの火は。
まだ。
消えることなく燃え続けていた。