『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
林間学校から戻って数日。
旭高校には、再びいつもの日常が戻っていた。
「おはようございます!」
朝の教室に、四葉の明るい声が響く。
「おはよう、四葉」
一花が手を振る。
「昨日の林間学校の写真、見せてよ」
「もちろんです!」
四葉はスマートフォンを取り出した。
そこには、湖の前で撮った写真やキャンプファイヤーの写真が大量に保存されている。
「これ、すごく綺麗!」
五月が覗き込む。
「キャンプファイヤーの写真もありますよ」
「見せて」
二乃も近づく。
三玖も無言で画面を見る。
六華は少し離れたところから写真を眺めていた。
その中には。
悠飛と六華がフォークダンスをしている写真もあった。
「……」
六華の頬が少し赤くなる。
一花が気づく。
「六華ちゃん」
「なに?」
「その写真、欲しい?」
「……」
「欲しいんだ」
「……少し」
一花は笑う。
「送ってあげる」
「ありがとう」
そんな穏やかな朝。
だが。
教室の反対側では。
「……」
上杉風太郎が一人、悠飛を見ていた。
「どうした?」
悠飛が聞く。
「お前」
「ん?」
「顔色悪くないか?」
「そうか?」
「ああ」
風太郎は眉を寄せる。
「昨日、ちゃんと寝たか?」
「四時間くらい」
「少なすぎるだろ」
「少し仕事があった」
悠飛は笑う。
高校生でありながら。
悠飛には、すでに莫大な資産がある。
父・明馬が経営するIT企業の手伝い。
母・明美が経営する美容院の経営相談。
そして。
自ら行っている投資。
さらに。
学校の勉強。
五つ子たちとの勉強会。
武道の稽古。
「……」
風太郎はため息をついた。
「お前、少し休め」
「分かってる」
「その台詞、信用できない」
「大丈夫だ」
悠飛は笑った。
「俺は丈夫だから」
風太郎は納得していなかった。
「……ならいいが」
◇
一時間目。
数学。
「それでは、この問題を――」
教師が黒板に問題を書く。
悠飛はいつものようにノートを開く。
しかし。
「……」
文字が少し滲んだ。
「……?」
悠飛は目を瞬かせる。
一度。
二度。
目を擦る。
「……」
頭が重い。
だが。
気にせず問題を解く。
答えはすぐに出た。
「……」
しかし。
ペンを持つ手に。
わずかな震えがあった。
後ろの席。
風太郎はそれを見逃さなかった。
「……」
◇
二時間目。
体育。
「今日は持久走だ!」
教師の声に。
クラスから悲鳴が上がる。
「ええっ!?」
「暑い!」
「マジかよ!」
四葉はむしろ嬉しそうだった。
「走るんですか!」
「お前は元気だな」
悠飛が笑う。
「悠飛さんも一緒に走りましょう!」
「ああ」
二人はグラウンドへ出た。
夏の日差し。
強い照り返し。
「水分補給は忘れるなよ」
風太郎が言う。
「分かってる」
「本当に?」
「大丈夫だ」
また。
その言葉。
スタート。
生徒たちが走り出す。
悠飛も。
いつも通り。
いや。
いつも以上の速度で走っていた。
「速い!」
四葉が驚く。
「さすが悠飛さん!」
「四葉も速いぞ」
「負けません!」
二人が並んで走る。
しかし。
数周したところで。
「……」
悠飛の呼吸が乱れた。
「悠飛さん?」
四葉が気づく。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
「顔色、悪いですよ?」
「少し暑いだけだ」
悠飛は速度を落とす。
だが。
その瞬間。
視界が大きく揺れた。
「……!」
足元が。
ふらつく。
「悠飛さん!」
四葉が腕を掴む。
「大丈夫ですか!?」
「……ああ」
悠飛は立ち直る。
「ちょっと眩暈がしただけだ」
「保健室行きましょう!」
「大丈夫だ」
「でも!」
「本当に大丈夫」
悠飛は笑った。
「心配するな」
四葉は納得していない。
「……」
少し離れたところから。
風太郎が見ていた。
その表情は。
明らかに険しかった。
◇
昼休み。
「悠飛」
風太郎が机の前に立つ。
「何だ?」
「保健室行け」
「平気だ」
「さっき倒れかけただろ」
「倒れてない」
「そういう問題じゃない」
風太郎は声を落とす。
「最近のお前、明らかにおかしい」
「……」
「寝不足」
「……」
「仕事のしすぎ」
「……」
「勉強会」
「……」
「武道」
「……」
「投資までやってる」
「……」
「全部やろうとするな」
悠飛は少し黙った。
「……風太郎」
「何だ」
「俺がやらなきゃいけないんだ」
「何を?」
「家のことも」
「お前の親父も母親も健在だろ」
「そうじゃない」
悠飛は窓の外を見る。
「俺は恵まれてる」
「……」
「だからこそ」
「……」
「努力を止めたくない」
風太郎は黙る。
「俺の人生は」
悠飛は続ける。
「俺だけのものじゃないからな」
「……」
「明馬さんも、明美さんも」
「……」
「莉々華も」
「……」
「そして」
悠飛は教室の向こうを見る。
五つ子たち。
六華。
四葉が笑っている。
「みんなの力になりたい」
風太郎はため息をついた。
「……馬鹿だな、お前」
「よく言われる」
「褒めてない」
「知ってる」
二人は少し笑った。
だが。
風太郎の心配は消えなかった。
◇
放課後。
勉強会。
いつものように如月家へ集まる。
「今日も頑張りましょう!」
四葉が声を上げる。
「おー!」
二乃。
三玖。
五月。
六華。
一花。
全員が席につく。
「今日は数学から」
悠飛が問題を配る。
「分からないところがあれば聞いてくれ」
「はい!」
勉強会が始まる。
最初は順調だった。
一花が問題を解く。
三玖も。
五月も。
六華も。
四葉も。
だが。
「……」
悠飛は少しずつ。
顔色が悪くなっていった。
「悠飛」
風太郎が気づく。
「休め」
「大丈夫」
「またそれか」
「本当に――」
その瞬間。
悠飛の手から。
ペンが落ちた。
カラン。
「……」
全員が振り向く。
「悠飛?」
一花が声をかける。
「……」
悠飛は立ち上がろうとした。
しかし。
「……あれ?」
身体が動かない。
「悠飛さん?」
四葉が立つ。
「大丈夫ですか?」
「……」
視界が暗くなる。
音が遠くなる。
「……」
そして。
悠飛の身体が。
ゆっくり前へ傾いた。
「悠飛!」
風太郎が叫ぶ。
「危ない!」
四葉も手を伸ばす。
だが。
間に合わない。
悠飛は。
そのまま。
床へ倒れた。
「悠飛さん!!」
◇
一瞬。
部屋が静まり返った。
「……」
誰も動けない。
「悠飛!」
風太郎が駆け寄る。
「おい!」
肩を支える。
「悠飛、聞こえるか!?」
「……」
返事がない。
「悠飛!」
四葉が泣きそうな顔で叫ぶ。
「起きてください!」
一花も駆け寄る。
「悠飛くん!」
二乃。
三玖。
五月。
六華。
全員が集まる。
「救急車!」
風太郎が言う。
「すぐに!」
五月がスマートフォンを取り出す。
「私が連絡します!」
「頼む!」
風太郎は悠飛の状態を確認する。
「……」
呼吸はある。
意識がない。
「大丈夫だ」
風太郎は自分に言い聞かせる。
「大丈夫……」
しかし。
手は震えていた。
◇
「悠飛……」
四葉がその場に座り込む。
「お願い……」
涙が頬を伝う。
「起きてください……」
一花も。
唇を噛んでいる。
「こんなの……」
六華は。
ただ悠飛を見つめていた。
「……」
怖い。
今まで。
悠飛はいつも強かった。
何でもできた。
勉強も。
武道も。
仕事も。
誰かが困れば。
必ず助けてくれた。
そんな悠飛が。
今。
目を閉じている。
「……」
六華の目から。
涙が落ちる。
「悠飛……」
◇
救急車が到着した。
救急隊員が入ってくる。
「倒れたのは?」
風太郎が答える。
「友人です。高校生です」
「意識は?」
「ありません」
「呼吸は?」
「あります」
隊員たちが処置を始める。
「担架を」
「はい」
悠飛が運ばれていく。
四葉が追いかけようとする。
「私も!」
しかし。
教師が止める。
「四葉、落ち着いて」
「でも!」
「病院には家族が向かう」
「……」
四葉は泣きながら。
悠飛を見送った。
「……悠飛さん」
◇
病院。
如月家の両親もすぐに駆けつけた。
「悠飛!」
父・明馬。
「どうして……」
母・明美。
妹・莉々華も。
「お兄ちゃん……」
三人とも不安そうな顔をしていた。
医師が説明する。
「現時点では、過労と睡眠不足、それに強い暑さが重なったことによる失神の可能性が高いです」
「……」
明馬が息を吐く。
「大事には?」
「現段階では生命に関わる状態ではありません」
明美は胸を撫で下ろす。
「よかった……」
莉々華は涙を拭う。
「お兄ちゃん……」
◇
病室。
悠飛は眠っていた。
点滴。
静かな機械音。
「……」
その横で。
風太郎が椅子に座っている。
「馬鹿野郎」
小さく呟く。
「無茶しすぎなんだよ」
そこへ。
「風太郎くん」
明美が声をかける。
「はい」
「ありがとう」
「……」
「悠飛を助けてくれて」
「俺は何もしてません」
「それでも」
明美は微笑む。
「友達がそばにいてくれることは、大きな支えになるから」
風太郎は悠飛を見る。
「……」
「これからも」
明美が言う。
「息子の友達でいてあげて」
「もちろんです」
風太郎は即答した。
「一生」
◇
数時間後。
「……」
悠飛が目を開けた。
「ここ……」
「病院だ」
「風太郎?」
「ああ」
悠飛は周囲を見る。
「……みんなは?」
「心配してる」
「五つ子たちは?」
「帰した」
「そうか……」
「まず自分の心配をしろ」
「悪かった」
「謝る相手が違う」
「……」
悠飛は苦笑する。
「父さんと母さんか」
「それもある」
風太郎は少し黙る。
「四葉」
「……」
「ずっと泣いてたぞ」
悠飛の表情が変わる。
「そうか……」
「一花も」
「……」
「六華も」
「……」
悠飛は天井を見る。
「……心配かけたな」
「当たり前だ」
「風太郎」
「何だ」
「ありがとう」
「礼はいい」
「でも」
「……」
「ありがとう」
風太郎は少しだけ笑った。
「なら、もう倒れるな」
「ああ」
「約束だ」
「約束する」
◇
翌日。
病院。
「悠飛!」
病室の扉が開く。
四葉だった。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ」
「……」
四葉はベッドの横まで来る。
「……よかった」
そして。
悠飛の手を握った。
「本当に……よかったです」
「心配かけたな」
「……はい」
四葉の目に涙が浮かぶ。
「すごく心配しました」
「ごめん」
「謝らないでください」
「……」
「ただ」
四葉は笑う。
「もう無茶しないでください」
「ああ」
「約束です」
「約束する」
◇
続いて。
一花。
二乃。
三玖。
五月。
六華。
五人が病室へ入ってきた。
「悠飛くん」
一花が言う。
「本当に大丈夫?」
「ああ」
「よかった……」
二乃は腕を組む。
「心配させるんじゃないわよ」
「悪かった」
三玖は小さく。
「無理しすぎ」
「……ああ」
五月は真剣な顔。
「健康管理も大切です」
「肝に銘じる」
そして。
六華。
「……」
悠飛を見る。
何も言わない。
ただ。
ベッドの横まで歩いてくる。
「六華?」
「……」
六華の目に涙が浮かんでいた。
「……怖かった」
「……」
「本当に」
悠飛は何も言えない。
「悠飛がいなくなったらどうしようって」
「……」
「私」
六華は拳を握る。
「まだ何も伝えてないのに」
「……」
その言葉に。
一花が静かに目を伏せた。
四葉も。
少しだけ六華を見る。
だが。
誰も何も言わなかった。
悠飛は。
「六華」
「……何?」
「俺はここにいる」
「……うん」
「だから大丈夫だ」
六華は涙を拭う。
「……約束?」
「ああ」
「絶対?」
「絶対だ」
六華は。
ようやく笑った。
「……分かった」
◇
その日の夕方。
悠飛は一人。
病室の窓から夕焼けを見ていた。
「……」
今回のことで。
自分が無理をしていたことを。
初めて実感した。
何でもできる。
そう思っていた。
学問も。
武術も。
投資も。
人を助けることも。
しかし。
身体だけは。
一つしかない。
「……」
ドアが開く。
「悠飛」
風太郎だった。
「どうした?」
「これ」
風太郎が一枚の紙を渡す。
「何だ?」
「勉強会の予定表」
「……」
そこには。
『しばらく休止』
と書かれていた。
「俺が決めた」
「風太郎」
「異論は?」
「……ない」
「よし」
風太郎は笑う。
「退院したら、まず休め」
「ああ」
「それから」
「?」
「友達として遊ぼう」
悠飛は笑った。
「それ、いいな」
◇
窓の外。
夕日が沈んでいく。
悠飛は目を閉じる。
幼い日の記憶。
五つ子。
六華。
そして。
自分。
七人で笑っている。
「……」
いつか。
全部思い出すのだろうか。
その答えは。
まだ分からない。
ただ。
一つだけ。
分かったことがある。
自分を心配してくれる人がいる。
自分を必要としてくれる人がいる。
だからこそ。
これからは。
一人で背負わない。
「……ありがとう」
誰に向けた言葉なのか。
悠飛自身にも分からなかった。
けれど。
その夜。
悠飛は久しぶりに。
深い眠りについた。
そして。
この出来事を境に。
悠飛と五つ子。
六華。
風太郎。
七人の関係は。
少しずつ。
「友達」という言葉だけでは収まらないほど。
深くなっていくのだった。