『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
朝。
旭高校の二年生の教室には、新学期特有のざわめきが広がっていた。
昨日、黒薔薇女学院から五つ子が転校してきたことで、校内は朝からその話題で持ちきりだった。
「なあ、聞いたか?」
「何を?」
「昨日の転校生。五つ子なんだってよ」
「しかも全員美人!」
「黒薔薇女学院から来たんだろ?」
男子生徒たちが好き勝手に盛り上がっている。
その少し離れた席で、如月悠飛は頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。
「……朝から元気だな」
「お前も他人事じゃないだろ」
隣の席から声がする。
上杉風太郎だった。
「俺が?」
「昨日、五つ子の一人と隣の席だっただろ」
「ああ、四葉か」
悠飛が答える。
「四葉……ね」
風太郎が何かを考えるように呟いた。
「どうした?」
「いや。昨日の五人を見ていて思ったんだが」
「何を?」
「全員、同じ顔なのに性格がまるで違う」
「五つ子だからな」
「そういう意味じゃない」
風太郎は真剣だった。
「人間関係を築くなら、それぞれを別人として見なければならない」
「……相変わらず真面目だな」
「当たり前だ」
風太郎は机の上に一冊のノートを置いた。
そこには、昨日のうちにまとめた五つ子の情報が書かれている。
「一花。二乃。三玖。四葉。五月」
名前と特徴。
「よく調べたな」
「最低限だ」
「それを昨日一晩で?」
「そうだ」
悠飛は苦笑する。
「風太郎らしい」
「なんだ、その言い方は」
「褒めてるんだよ」
「そうか」
風太郎は少しだけ満足そうに頷いた。
その時。
「おはようございまーす!」
元気な声が教室に響いた。
四葉が入ってくる。
「おはよう、四葉」
悠飛が声をかける。
「おはようございます、悠飛くん!」
四葉は笑顔で近づいてくる。
その後ろから、一花、二乃、三玖、五月も入ってきた。
「おはよう」
一花が微笑む。
「おはよう、悠飛」
二乃は少し素っ気ない。
「……おはよう」
三玖は小さく頭を下げる。
「おはようございます」
五月は丁寧に挨拶する。
「おはよう」
悠飛も五人に挨拶を返した。
すると四葉が風太郎を見る。
「昨日も悠飛くんと一緒にいましたよね?」
「ああ」
「上杉くんも悠飛くんのお友達なんですか?」
「そうだ」
風太郎が答える。
「高校に入ってから知り合った友人だ」
「へえ!」
四葉が目を輝かせる。
「じゃあ、悠飛くんのことをよく知ってるんですね!」
「……まあ、それなりにな」
「じゃあ、悠飛くんって昔どんな子だったんですか?」
「昔?」
悠飛が首を傾げる。
風太郎も考える。
「俺と悠飛が知り合ったのは高校に入ってからだ」
「そうなんですね」
四葉が少し残念そうな顔をした。
「じゃあ、昔の悠飛くんは知らないんだ……」
「何か気になるのか?」
風太郎が尋ねる。
「えっと……」
四葉は少し考えてから笑う。
「昨日から、なんとなく懐かしい感じがするんです」
「……」
悠飛は黙った。
昨日からずっと感じている。
自分も同じだった。
五つ子と六華。
彼女たちを見ていると、幼い頃の記憶が刺激される。
だが、決定的なところだけが思い出せない。
「悠飛」
風太郎が声をかける。
「何だ?」
「お前もそう思ってるのか?」
「……ああ」
悠飛は素直に答えた。
「俺も、昔どこかで会った気がする」
一花たちが顔を見合わせる。
「やっぱり?」
一花が言った。
「私たちも同じなんだよね」
「何か変な感じよね」
二乃が腕を組む。
三玖も頷く。
「……懐かしい」
五月も同意した。
「偶然にしては不思議ですね」
風太郎は五人と悠飛を交互に見る。
「まあ、幼い頃に会っていた可能性はあるだろう」
「風太郎、そう思う?」
「可能性の話だ」
「なるほど」
悠飛は笑った。
「じゃあ、そのうち思い出すかもな」
四葉が笑顔になる。
「はい!」
その瞬間。
教室の扉が開いた。
「おはようございます」
六華が入ってきた。
五つ子の従姉妹。
そして――昨日、悠飛を見つめていた少女。
六華は悠飛を見る。
「……おはよう」
「おはよう、六華」
「……」
六華の表情が少しだけ柔らかくなる。
「名前、覚えてたんだ」
「昨日聞いたからな」
「そう」
六華は小さく笑った。
しかし。
その笑顔には、五つ子たちとは少し違う何かがあった。
「六華も悠飛くんと昔会ったことがあると思う?」
四葉が尋ねる。
六華は少し迷ってから答える。
「……うん」
「やっぱり?」
「たぶん」
六華は悠飛を見る。
「私も、昔の記憶が少しだけある」
「どんな記憶?」
「公園」
「公園?」
「うん」
六華は目を細める。
「小さい頃、誰かと遊んでた」
「誰?」
「……分からない」
それだけ言うと、六華は自分の席へ向かった。
悠飛はその背中を見つめた。
そして、ふと気づく。
「風太郎」
「なんだ」
「俺たちって、いつから友達だったっけ?」
「……何だ、急に」
「いや」
悠飛は笑う。
「昔のことを考えてたら、なんとなく」
風太郎は少し考えた。
「一年の春だ」
「そうだったな」
「入学式の翌日だった」
「覚えてる」
「お前、俺が教室で一人で勉強しているところに話しかけてきた」
「そうだっけ?」
「そうだ」
風太郎は淡々と答える。
「お前が勝手に俺のノートを覗いてきた」
「悪かった」
「そして言った」
風太郎は当時を思い出すように目を細める。
「『その解き方、遠回りじゃないか?』」
悠飛は苦笑した。
「言ったな」
「腹が立った」
「それは悪かったって」
「だが」
風太郎は少しだけ笑った。
「お前の言っていたことが正しかった」
悠飛も笑った。
「それで友達になったんだよな」
「ああ」
二人の間には、長い言葉は必要なかった。
◇
一年生の春。
入学して間もない頃。
教室に残って、一人で勉強をしていた風太郎。
そこへ悠飛がやって来た。
「何してるんだ?」
「勉強だ」
「見れば分かる」
「なら聞くな」
「冷たいな」
悠飛は風太郎の隣に座った。
「数学?」
「そうだ」
「ここ」
悠飛が問題集を指差す。
「この公式、別の方法でも解けるぞ」
「……」
風太郎が顔を上げた。
「何?」
「お前、数学得意なのか?」
「普通」
「普通の奴はこんな解き方を知らない」
「そうか?」
風太郎は悠飛の説明を聞いた。
そして。
「……確かに、こっちの方が速い」
「だろ?」
「お前、頭いいんだな」
「風太郎ほどじゃない」
「俺と比べるな」
「じゃあ友達になろう」
「……話が飛びすぎだ」
「嫌か?」
「……別に」
それが二人の始まりだった。
それから二人は、自然と一緒にいるようになった。
勉強するときも。
昼休みも。
放課後も。
風太郎が勉強を教え。
悠飛が別の解法を見つける。
互いに競い。
互いに認める。
そんな関係だった。
◇
「お前ら、本当に仲いいんだね」
一花が二人を見て言った。
「まあな」
悠飛が答える。
「俺たちは親友だから」
「親友……」
一花が微笑む。
「なんだか、羨ましいな」
「一花?」
「ううん。なんでもない」
一花は笑った。
その時、教師が教室に入ってきた。
「席につけー!」
生徒たちが一斉に席へ戻る。
「今日は数学の小テストをするぞ」
「えっ!」
四葉が固まった。
「聞いてません!」
「昨日、予告しただろ」
「昨日は転校初日でそれどころじゃありませんでした!」
「言い訳するな」
四葉が机に突っ伏す。
「終わった……」
隣の悠飛が笑う。
「そんなに難しくないよ」
「本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ、悠飛くん助けてください!」
「テスト中は無理だ」
「ですよねー!」
四葉が笑う。
風太郎が小声で言う。
「お前、教えてやれ」
「今から?」
「お前ならできる」
「分かった」
小テストが始まった。
教室が静かになる。
四葉は真剣な顔で問題を見る。
そして。
「……」
少しずつ答えを書いていく。
悠飛は自分の問題を解きながら、ちらりと四葉を見る。
「……」
四葉が困っている。
悠飛は何も言わない。
自分で考えさせる。
やがて四葉が顔を上げた。
「……できた」
小さく呟いた。
テスト終了。
教師が答案を集める。
「採点して返すから待ってろ」
◇
昼休み。
悠飛と風太郎は屋上へ向かっていた。
「なあ、悠飛」
「何だ?」
「昨日の五つ子のことだが」
「うん」
「少し気になる」
「俺も」
「勉強会を開くか」
「……」
悠飛が風太郎を見る。
「家庭教師でもするつもりか?」
「いや」
風太郎は首を振った。
「俺たちが家庭教師になる必要はない」
「そうだな」
「だが、友人として勉強を教えるくらいならできる」
悠飛は笑った。
「いいんじゃないか?」
「お前も参加するか?」
「もちろん」
「なら決まりだ」
「風太郎」
「何だ?」
「五つ子だけじゃなく、六華も誘おう」
「……ああ」
「同じクラスなんだから、一緒に勉強した方がいい」
「分かった」
二人は頷いた。
この何気ない決定が。
後に七人の関係を大きく変えていくことになる。
◇
放課後。
五つ子と六華が教室に残っていた。
「それで、話って何?」
二乃が尋ねる。
悠飛が答える。
「勉強会をしないか?」
「勉強会?」
一花が首を傾げる。
「風太郎と俺で、分からないところを教える」
「へえ」
「もちろん、参加するかどうかは自由だ」
「私は参加します!」
五月が即答した。
「私も!」
四葉が手を挙げる。
三玖も頷く。
「……参加する」
一花は笑う。
「面白そう」
二乃だけが腕を組んだ。
「別に、あんたたちに教えてもらわなくても――」
「二乃」
一花が肩を叩く。
「一緒にやろうよ」
「……分かったわよ」
六華も頷いた。
「私も参加する」
「決まりだな」
風太郎が言った。
「明日の放課後、図書室に集合」
「はい!」
四葉が元気よく返事をする。
◇
その日の帰り道。
悠飛と風太郎は並んで歩いていた。
「風太郎」
「なんだ」
「五つ子たち、面白いな」
「そうだな」
「それに……」
悠飛が空を見上げる。
「六華も」
「……」
風太郎は横目で悠飛を見る。
「何だ?」
「いや」
「言えよ」
「お前、六華を気にしてるのか?」
悠飛は一瞬黙った。
「……分からない」
「そうか」
「でも」
悠飛は笑った。
「昔から知っているような気がするんだ」
風太郎も空を見上げる。
「五つ子も同じことを言っていたな」
「ああ」
「なら、いつか分かるだろ」
「そうだな」
二人は歩き続ける。
夕焼けが街を赤く染める。
その時。
悠飛の脳裏に、また一瞬だけ幼い日の光景が浮かんだ。
公園。
六人の少女。
そして、自分。
「悠飛!」
誰かが笑っている。
「早く!」
「待って!」
「約束だからね!」
「……約束?」
悠飛が呟く。
隣の風太郎が振り返る。
「何か言ったか?」
「いや」
悠飛は首を振った。
「なんでもない」
だが。
その夜。
悠飛は夢を見た。
幼い自分と。
五人の少女。
そして一人の少女。
七人で笑っている夢。
最後に。
一人の少女が小指を差し出す。
「大人になっても、みんなで会おうね」
幼い悠飛が笑う。
「うん。約束!」
そして――。
夢はそこで途切れた。
◇
翌朝。
悠飛が学校へ向かうと、校門前に四葉が立っていた。
「おはようございます、悠飛くん!」
「おはよう、四葉」
「今日の勉強会、楽しみですね!」
「ああ」
四葉が笑う。
「私、頑張って成績上げます!」
「その意気だ」
「悠飛くんも教えてくださいね!」
「もちろん」
少し離れた場所では、六華が二人を見ていた。
「……」
その胸の奥で、昨日からずっと同じ感情が渦巻いている。
懐かしい。
嬉しい。
そして――。
少しだけ、悔しい。
「……私も」
六華は小さく呟く。
「負けないから」
誰に対してなのか。
まだ自分でも分からない。
けれど。
この日から。
悠飛と風太郎。
五つ子と六華。
七人の距離は、少しずつ近づいていく。
勉強会。
友情。
青春。
そして恋。
まだ誰も知らない。
この何気ない日常が。
やがて日の出祭へと繋がり。
悠飛の人生を永遠に変える事件が起きることを。
右眼の光を失い、「独眼竜」と呼ばれる未来が待っていることを。
そして――。
20年後。
再び七人が集まることになることを。
今はまだ。
ただの高校生。
ただの友人。
ただの幼馴染。
そんな関係だった。
けれど。
運命は、確実に動き始めていた。
――次回。
「五つ子の従姉妹・中野六華」
忘れていた幼い日の記憶が、少しずつ輪郭を取り戻していく。