『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
翌日の午後。
如月悠飛は、病院の個室で窓の外を眺めていた。
昨日の騒ぎが嘘のように、今日は静かだった。
ベッド脇の机には、水の入ったペットボトルと、母・明美が持ってきた果物。
そして、風太郎が置いていった大量の参考書。
「……」
悠飛は参考書を手に取る。
「風太郎……」
表紙をめくる。
そこには付箋が大量に貼られていた。
『退院するまで勉強禁止』
「……」
悠飛は苦笑する。
「本当に俺のことを何だと思ってるんだ」
しかし。
その付箋を剥がす気にはなれなかった。
昨日。
自分が倒れたとき。
みんながどれだけ心配していたのか。
悠飛にも分かっていた。
特に。
四葉の泣きそうな顔。
一花の震える声。
そして。
六華の涙。
思い出すだけで胸が痛む。
「……無茶はするな、か」
風太郎の言葉が蘇る。
「分かってるよ」
そう呟いた。
その時。
コンコン。
病室のドアがノックされた。
「はい」
返事をすると。
「失礼します!」
聞き慣れた声がした。
「……?」
ドアが開く。
「悠飛さん!」
最初に入ってきたのは四葉。
その後ろから。
一花。
二乃。
三玖。
五月。
そして。
六華。
「……」
悠飛は目を丸くした。
「みんな……」
「お見舞いです!」
四葉が元気よく言った。
「昨日は本当に心配しましたから!」
「……悪かったな」
「謝らないでください!」
四葉は頬を膨らませる。
「今日は元気そうなので安心しました!」
「ありがとう」
「はい!」
四葉は満面の笑みを浮かべた。
◇
「それにしても」
一花がベッド脇へ歩いてくる。
「悠飛くんが病院のベッドにいるって、なんだか不思議」
「俺だって好きで入院してるわけじゃない」
「ふふっ」
一花は笑う。
「でも、ちょっと安心した」
「何が?」
「こうして普通に話せるから」
一花の声は、いつもの軽い調子より少しだけ優しかった。
「昨日は……」
一花は言葉を止める。
「本当に怖かったんだよ」
「……」
「悠飛くん、全然動かないんだもん」
一花は笑おうとする。
けれど。
その笑顔は少し震えていた。
「私、結構強いほうだと思ってたんだけどな」
「一花……」
「悠飛くんが倒れた瞬間」
一花は胸元に手を当てる。
「心臓が止まるかと思った」
悠飛は黙って聞いていた。
「だから」
一花は微笑む。
「ちゃんと元気になってね」
「ああ」
「約束だよ?」
「約束する」
「よし」
一花は満足そうに笑った。
◇
「はい!」
次に二乃が紙袋を差し出した。
「これは?」
「お見舞いの品」
悠飛が中を見る。
「……菓子?」
「そう」
「こんなに?」
「みんなで食べればいいでしょ」
二乃はそっぽを向く。
「一人で全部食べたら怒るからね」
「分かった」
「あと」
二乃は指を一本立てる。
「無茶しない」
「ああ」
「ちゃんと寝る」
「分かった」
「食事もちゃんと取る」
「……」
「何よ」
「母さんみたいだな」
「なっ……!」
二乃の顔が赤くなる。
「そ、そんなこと言ってないで、ちゃんと守りなさい!」
「分かった」
「本当に?」
「ああ」
二乃は少し安心したように。
「ならいいわ」
◇
三玖は小さな紙袋を取り出した。
「これ」
「俺に?」
「うん」
悠飛が受け取る。
中には。
小さなお守りが入っていた。
「……」
「病気平癒のお守り」
「ありがとう」
「昨日、買った」
「昨日?」
「悠飛が倒れたあと」
三玖は俯く。
「……」
「三玖」
「何?」
「嬉しいよ」
「……そう」
三玖は小さく笑う。
「ならよかった」
「大事にする」
「うん」
◇
五月は少し大きな袋を抱えていた。
「悠飛さん」
「何だ?」
「こちらを」
「……」
中には。
栄養補給用の食品。
「……」
悠飛が苦笑する。
「これ全部?」
「はい」
「多くないか?」
「病院の食事だけでは足りないかと思いまして」
「いや、病院食で十分だと思うぞ」
「でも!」
五月は真剣な顔をする。
「健康管理は大切です」
「……」
「昨日、倒れたのですから」
「ごもっとも」
「分かればいいのです」
五月は満足そうに頷く。
一花が笑う。
「五月ちゃん、お母さんみたい」
「なっ……!」
五月も少し赤くなる。
「私はただ心配しているだけです!」
◇
そして。
最後に。
六華がベッドの前に立った。
「……」
「六華?」
「……」
六華は悠飛を見る。
昨日。
涙を流した。
今日は。
笑おうとしていた。
「元気そう」
「ああ」
「よかった」
「来てくれてありがとう」
「……うん」
六華は椅子に座った。
「昨日」
「ん?」
「帰ってから、眠れなかった」
「……」
「ずっと考えてた」
「何を?」
「悠飛が倒れたときのこと」
六華は自分の手を見る。
「もし」
「……」
「もし、悠飛が目を覚まさなかったらって」
「六華」
「……ごめん」
六華は首を振る。
「怖かったんだ」
悠飛は黙っている。
「私」
六華は顔を上げた。
「悠飛が思ってるより、悠飛のことを大切に思ってる」
「……」
「だから」
少しだけ。
声が震える。
「自分の身体を大切にして」
悠飛は微笑んだ。
「分かった」
「約束して」
「ああ」
「絶対」
「絶対だ」
六華はようやく笑った。
「……ありがとう」
◇
その時。
病室の外から声が聞こえた。
「おい、悠飛」
「風太郎?」
ドアが開く。
風太郎が入ってきた。
そして。
「……」
五つ子+六華を見て。
「多いな」
「お見舞いです!」
四葉が答える。
「そうか」
風太郎は悠飛を見る。
「大人気だな」
「からかうな」
「事実だ」
一花が笑う。
「風太郎くんも心配してたもんね」
「……」
「昨日からずっと」
「一花」
「はいはい」
風太郎はため息をつく。
「俺はただ友人として――」
「友人?」
二乃が反応する。
「そうだ」
「悠飛とは友達なの?」
「そうだ」
「……」
二乃は悠飛を見る。
「いい友達ね」
「だろ?」
悠飛が笑う。
「自慢の友達だ」
風太郎は少し照れたように目を逸らした。
「……馬鹿」
◇
しばらくすると。
病室の雰囲気はすっかり明るくなっていた。
「悠飛さん!」
四葉がスマートフォンを取り出す。
「林間学校の写真、一緒に見ませんか?」
「いいぞ」
「これです!」
画面には。
キャンプファイヤー。
集合写真。
そして。
フォークダンス。
「……」
六華の写真が映った。
悠飛と六華が手を繋いでいる。
「……」
六華の顔が赤くなる。
一花がニヤニヤする。
「六華ちゃん、顔赤いよ」
「赤くない」
「赤いよ」
「一花……」
四葉も笑う。
「六華ちゃん、嬉しそうでしたもんね!」
「四葉まで……」
悠飛は写真を見る。
「そういえば」
「何?」
六華が聞く。
「この写真」
「うん」
「どこか懐かしい気がする」
六華の表情が変わる。
「……」
「昔も」
悠飛は写真を見ながら呟く。
「こうして手を繋いだことがあったような」
「……あったよ」
六華が答える。
「え?」
「小さい頃」
六華は優しく笑った。
「私たち」
「……」
「一緒に遊んでた」
一花たちも黙る。
「そうだったな」
悠飛は頭を押さえる。
「でも、まだ思い出せない」
「無理に思い出さなくてもいいよ」
一花が言った。
「え?」
「今、一緒にいればいいじゃん」
「……」
一花の言葉に。
悠飛は少し驚いた。
「そうだな」
◇
その後。
面会時間が終わりに近づく。
「じゃあ、帰ります」
五月が言う。
「悠飛さん」
「ん?」
「明日は来ません」
「そうなのか?」
「はい」
「どうして?」
「学校がありますから」
「……」
「でも」
五月は微笑む。
「退院したら、また勉強会をしましょう」
「もちろん」
四葉も手を挙げる。
「私も!」
一花。
「私もね」
三玖。
「……私も」
二乃。
「当然でしょ」
六華。
「私も」
「みんな……」
悠飛は笑う。
「ありがとう」
◇
病室を出る直前。
六華だけが残った。
「……」
「六華?」
「悠飛」
「ん?」
「最後に一つだけ」
「何だ?」
六華は。
少し恥ずかしそうに。
「……また、二人で帰ろうね」
悠飛は一瞬考える。
林間学校の帰り道。
幼い頃の記憶。
そして。
昨日の涙。
「もちろん」
「……うん」
六華は笑った。
「約束」
「約束だ」
◇
病室の扉が閉まる。
悠飛は一人になる。
「……」
静かな病室。
しかし。
昨日までとは違う。
胸の中に。
温かいものが残っていた。
友達。
幼馴染。
家族。
そして。
まだ名前のつかない感情。
「……」
悠飛は目を閉じる。
すると。
また。
幼い日の光景が浮かんだ。
小さな自分。
五人の少女。
そして。
一人の少女。
六華。
七人で笑っている。
「また遊ぼうね!」
誰かが言った。
「うん!」
幼い悠飛が答える。
そこで。
記憶は途切れた。
「……」
悠飛は目を開ける。
「七人……」
どうして。
今まで忘れていたのだろう。
その答えは。
まだ分からない。
ただ。
悠飛は確信していた。
自分と五つ子。
そして六華。
この七人の間には。
まだ何か。
大切な過去が眠っている。
そして。
その過去は。
これから始まる青春の日々の中で。
少しずつ。
彼らの前に姿を現していくことになる。
病室の窓から。
夏の夕日が差し込む。
悠飛はその光を見つめながら。
小さく呟いた。
「……早く退院しないとな」
その顔には。
いつもの穏やかな笑顔が戻っていた。