『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
夏休みも半ばを過ぎた頃。
如月悠飛が病院に運ばれてから、数日が経っていた。
幸いにも大事には至らず、医師からは「しばらく安静にしていれば問題ない」と言われている。
それでも、悠飛の周囲にいる人間たちは、以前とは少し変わっていた。
「悠飛、起きてるか?」
病室のドアが開く。
「風太郎か」
「そうだ」
上杉風太郎が入ってくる。
その手には、学校のプリントが入ったファイル。
「学校の分、持ってきた」
「ありがとう」
「ただし」
風太郎はファイルを渡しながら念を押す。
「勉強は禁止だ」
「……」
「何だ、その顔は」
「いや、せっかく持ってきたのに」
「これは読むためじゃない。確認するためだ」
「同じじゃないか?」
「違う」
風太郎は即答した。
「医者から安静にしろと言われてるだろ」
「分かってる」
「なら大人しくしてろ」
「はいはい」
悠飛は苦笑した。
最近の風太郎は、以前にも増して世話焼きになっていた。
「そういえば」
風太郎が椅子に座る。
「今日は他にも来るぞ」
「誰が?」
「……分からないのか?」
「?」
風太郎はため息をついた。
「お前、本当に鈍いな」
「何が?」
「何でもない」
風太郎が窓の外を見る。
その瞬間。
コンコン。
「失礼します!」
元気な声が聞こえた。
「……来たな」
風太郎が呟く。
ドアが開く。
「悠飛さん!」
四葉が入ってきた。
その後ろには、一花、二乃、三玖、五月。
そして六華。
「こんにちは」
一花が微笑む。
「また来たのか」
悠飛が笑う。
「もちろん」
一花は当然のように答えた。
「病人を放っておくわけにはいかないでしょ?」
「そうですよ!」
四葉も頷く。
「悠飛さんは私たちの大切な友達ですから!」
「……」
その言葉に。
悠飛は少しだけ目を細めた。
「大切な友達……か」
「はい!」
四葉は笑う。
だが。
一花はその言葉を聞いて。
ほんの少しだけ視線を逸らした。
六華も。
「……」
何かを考えているようだった。
◇
「今日は何を持ってきたんだ?」
悠飛が尋ねる。
「じゃーん!」
四葉が紙袋を掲げた。
「みんなで作ったお見舞いセットです!」
「お見舞いセット?」
「はい!」
袋の中から次々と物が出てくる。
「果物」
五月。
「お菓子」
二乃。
「お守り」
三玖。
「写真」
一花。
そして。
「これ」
六華が小さな箱を差し出した。
「開けていいか?」
「うん」
悠飛が箱を開ける。
中に入っていたのは。
シンプルな革製のブレスレットだった。
「……」
「退院したら使って」
「ありがとう」
悠飛は手に取る。
「これ、六華が?」
「うん」
「綺麗だな」
「……よかった」
六華は嬉しそうに笑う。
一花がそれを見て。
「へえ」
「何?」
「六華ちゃん、かなり気合入ってるね」
「……一花」
「ふふ」
「からかわないで」
「ごめんごめん」
だが。
一花の笑顔の奥には。
小さな嫉妬があった。
◇
「悠飛さん」
四葉がベッドの横に座る。
「何だ?」
「退院したら」
「うん」
「また武道、教えてください」
「いいぞ」
「本当ですか!?」
「もちろん」
四葉は嬉しそうに笑う。
「約束ですよ!」
「ああ」
「私、もっと強くなりたいです!」
「十分強いと思うけどな」
「まだまだです!」
四葉は拳を握る。
「悠飛さんみたいに、誰かを守れる人になりたいんです」
「……」
悠飛は四葉を見る。
「四葉」
「はい?」
「誰かを守るっていうのは、強くなるだけじゃない」
「……?」
「相手の気持ちを考えることも大事だ」
「……」
「それができる四葉なら、きっと大丈夫だ」
四葉はしばらく黙って。
「……ありがとうございます」
そして。
満面の笑顔を浮かべた。
「やっぱり悠飛さんは私のヒーローです!」
「ヒーロー?」
「はい!」
四葉の言葉に。
一花が少しだけ笑う。
「四葉らしいなぁ」
◇
「悠飛くん」
今度は一花。
「何だ?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
一花は少しだけ真剣な顔になる。
「悠飛くんにとって」
「うん」
「大切な人って、誰?」
病室が静かになる。
「……」
悠飛は考える。
「家族」
まず答えた。
「父さん、母さん、莉々華」
「うん」
「風太郎」
「……」
風太郎が少しだけ驚く。
「友達として大切だ」
「そう」
一花は頷く。
「じゃあ」
一花は五つ子を見る。
「私たちは?」
「もちろん大切だ」
「……」
一花の胸が少し高鳴った。
「友達として?」
「そうだな」
「……そっか」
一花は笑う。
だが。
その笑顔には。
どこか寂しさがあった。
◇
六華は黙っていた。
一花の質問。
そして。
悠飛の答え。
「大切な人」
その言葉が。
胸に残っている。
「六華?」
悠飛が声をかける。
「え?」
「どうした?」
「……何でもない」
六華は笑う。
「私も聞いていい?」
「ああ」
「悠飛にとって」
「うん」
「私たち七人の中で」
「……」
「一番大切なのは誰?」
一瞬。
全員が固まった。
「六華!」
四葉が驚く。
「何を聞いてるの!?」
「だって」
六華は悠飛を見る。
「気になるから」
「……」
一花も。
三玖も。
二乃も。
五月も。
答えを待っている。
悠飛は少し考えた。
そして。
「比べられない」
「……」
「みんな大切だから」
「……」
六華の胸に。
温かいものが広がった。
「そっか」
「うん」
「……なら、いい」
◇
だが。
その日の帰り。
六華は一人で病院の廊下を歩いていた。
「……」
一花と四葉が少し前を歩いている。
「一花」
「ん?」
「……悠飛って」
「うん?」
「優しすぎるよね」
「そうだね」
「誰にでも」
「……」
一花は少し笑う。
「だから困るんだよね」
「え?」
「優しいから」
一花は振り返る。
「好きになっちゃう」
「……」
四葉の顔が赤くなる。
「一花……」
「ふふ」
「……」
少し離れた場所で。
六華はその会話を聞いていた。
「……」
胸が痛む。
だが。
もう逃げない。
「私だって」
小さく呟く。
「好き」
◇
その頃。
病室では。
悠飛と風太郎が二人きりになっていた。
「なあ、風太郎」
「何だ?」
「一花に聞かれた」
「何を?」
「大切な人は誰かって」
「……」
風太郎は少し黙る。
「それで?」
「家族と友達」
「まあ、そう答えるだろうな」
「何か変か?」
「……いや」
風太郎は悠飛を見る。
「お前らしい」
「そうか?」
「ああ」
「風太郎」
「何だ」
「お前は?」
「俺?」
「大切な人」
「……」
風太郎は窓を見る。
「家族だ」
「らいはか」
「ああ」
少し考えて。
「それと」
「?」
「……お前もだ」
「……」
悠飛が笑う。
「なんだ」
「気持ち悪いか?」
「いや」
悠飛は手を差し出した。
「俺もだ」
風太郎はその手を握る。
「……友達だからな」
「ああ」
◇
その夜。
如月家。
悠飛が退院したのは翌日の午後だった。
「お兄ちゃん!」
玄関に莉々華が走ってくる。
「おかえり!」
「ただいま」
「もう!」
莉々華は悠飛の腕を掴む。
「心配したんだから!」
「悪かった」
「もう倒れない?」
「ああ」
「絶対?」
「絶対」
莉々華はじっと兄を見る。
「……」
そして。
「なら許す!」
抱きついた。
「おいおい」
「お兄ちゃん不足だったんだから!」
「はいはい」
明美が笑う。
「莉々華ったら」
明馬も笑っている。
「元気になってよかったな、悠飛」
「父さん、母さん」
「しばらく仕事は禁止よ」
「え?」
「禁止」
明美が笑顔で言う。
「……」
悠飛は諦めた。
「分かった」
◇
その日の夕方。
庭。
悠飛は一人で空を見上げていた。
「……」
そこへ。
「悠飛」
風太郎。
「また来たのか」
「友達だからな」
「そっか」
「それと」
風太郎は手に持った袋を渡す。
「これ」
「何だ?」
「みんなから」
悠飛が袋を開ける。
そこには。
五つ子。
六華。
そして風太郎からのメッセージカード。
『無理をするな』
『ちゃんと寝ろ』
『また一緒に勉強しよう』
『また遊ぼう』
それぞれの言葉が書かれていた。
「……」
悠飛はカードを眺める。
「みんな」
風太郎が言う。
「お前が思ってる以上に、お前のことを大切に思ってる」
「……」
「だから」
風太郎は肩を叩く。
「これからは一人で全部背負うな」
悠飛は空を見る。
夏の青空。
「分かった」
◇
その頃。
同じ空の下。
一花は自分の部屋で写真を見ていた。
林間学校。
キャンプファイヤー。
悠飛の笑顔。
「……」
四葉は。
ベッドの上で。
「また武道したいな……」
と呟いていた。
三玖は。
もらった写真を眺め。
二乃は。
「次は私が一番近くに……」
と小さく呟く。
五月は。
「健康管理について、もう少し勉強しましょう」
とノートを開いている。
そして。
六華は。
窓辺に座っていた。
「……」
悠飛に渡したブレスレット。
ちゃんと身につけてもらえるだろうか。
そう思うだけで。
胸が高鳴る。
「悠飛」
六華は夜空に向かって呟いた。
「私にとって」
「あなたは」
「もう……」
「ただの幼馴染じゃない」
その言葉を口にした瞬間。
六華は頬を赤くした。
「……何言ってるんだろ、私」
◇
翌朝。
悠飛は学校へ向かう。
玄関を出たところで。
「悠飛!」
声がした。
振り返る。
四葉。
一花。
二乃。
三玖。
五月。
六華。
そして。
風太郎。
「おはよう!」
「おはようございます!」
「おはよう」
「……おはよう」
「おはようございます」
「おはよう、悠飛」
「おはよう」
七人の声が重なる。
悠飛は笑った。
「行こうか」
「はい!」
七人が歩き出す。
その光景を。
少し離れた場所から。
莉々華が見ていた。
「……」
兄の隣に。
女の子が六人。
「お兄ちゃん……」
莉々華の頬が膨らむ。
「ライバル、多すぎない?」
それでも。
最後には笑った。
「まあ」
「お兄ちゃんが幸せなら、いいけど」
夏の朝。
七人の影が。
長く伸びていく。
まだ誰も知らない。
この先。
日の出祭で。
悠飛が一人の少女を守るために身を投げ出し。
右眼の光を失うことになる未来を。
そして。
その事件が。
一花。
四葉。
六華。
三人の悠飛への想いを。
決定的なものへ変えていくことを。
今はまだ。
ただ。
「大切な人」と呼べる存在が。
少しずつ増えていく。
そんな。
穏やかな夏の日だった。