『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
夏休みが終わった。
長かったようで短かった夏の日々が過ぎ、旭高校には再び生徒たちの声が戻ってきた。
二学期初日。
まだ残暑の厳しい朝。
校門へ続く坂道を、一人の青年が歩いていた。
金色の髪が朝日に照らされる。
高身長。
引き締まった身体。
そして、どこか人を惹きつける穏やかな笑み。
如月悠飛。
夏休みの途中で体調を崩し、入院していた彼だった。
「……やっぱり学校はいいな」
悠飛は校舎を見上げる。
「お兄ちゃん!」
後ろから声がした。
「ん?」
振り返る。
そこには妹の莉々華がいた。
一学年下の彼女は、兄の隣まで駆け寄る。
「おはよう!」
「おはよう、莉々華」
「今日から二学期だね!」
「ああ」
「体調は?」
「もう大丈夫」
「本当に?」
「本当だ」
「無理してない?」
「してないよ」
莉々華はじっと兄を見る。
「……」
「何だ?」
「お兄ちゃん、昔からそうだから」
「?」
「自分のことより、人のことを優先する」
「そんなことないぞ」
「ある」
即答だった。
「この前だって倒れたじゃん」
「それは……」
「だから、今日は私が監視する」
「学校は別だろ?」
「休み時間に見に行く!」
「やめてくれ」
悠飛が苦笑する。
莉々華も笑った。
「じゃあ約束!」
「何を?」
「無茶しない!」
「分かった」
「絶対だよ?」
「ああ」
その時。
「悠飛!」
聞き慣れた声がした。
「風太郎」
振り返ると、上杉風太郎が歩いてくる。
「おはよう」
「おはよう、風太郎」
風太郎は悠飛を上から下まで見る。
「……顔色は悪くないな」
「医者か、お前は」
「心配してるだけだ」
「ありがとう」
「別に」
風太郎は少し照れたように目を逸らした。
「ところで」
「ん?」
「今日は五つ子も来るぞ」
「それは楽しみだな」
「……」
風太郎が呆れたように息を吐く。
「本当にお前は鈍いな」
「またそれか」
「何でもない」
◇
教室。
二学期最初のホームルーム。
生徒たちは夏休みの思い出を話し合っている。
その中で。
「おはよう、悠飛くん」
一花が声をかけてきた。
「おはよう、一花」
「もう元気?」
「ああ」
「よかった」
一花は微笑む。
「夏休み中、結構心配したんだから」
「ありがとう」
「……」
一花は悠飛の顔をじっと見る。
「何だ?」
「ううん」
「?」
「やっぱり、学校にいる悠飛くんって格好いいなって」
「そうか?」
「うん」
一花は笑う。
「病院のパジャマ姿も悪くなかったけど」
「それは忘れてくれ」
「ふふっ」
その会話を。
少し離れたところから四葉が見ていた。
「……」
「四葉?」
一花が気づく。
「どうしたの?」
「な、何でもないです!」
「そう?」
「はい!」
四葉は笑う。
しかし。
胸の奥が。
少しだけざわついていた。
「一花って……」
「ん?」
「悠飛さんと仲良いですよね」
「そうかな?」
「そうですよ!」
「ふふ」
一花は四葉を見る。
「四葉も仲良いじゃん」
「私は……」
四葉は言葉を止める。
「……武道仲間ですから」
「それだけ?」
「……」
答えられなかった。
◇
昼休み。
五つ子と六華。
そして悠飛と風太郎。
いつものように机を囲んでいた。
「夏休み明けのテスト、来週だぞ」
風太郎が言う。
「ええっ!?」
四葉が叫ぶ。
「聞いてません!」
「今言った」
「そんなぁ!」
二乃が呆れる。
「相変わらずね」
三玖は静かに弁当を食べている。
五月は。
「テストですか……」
と真剣な顔。
一花は悠飛を見る。
「悠飛くんは余裕そうだね」
「まあ、勉強は嫌いじゃないから」
「ずるい」
「一花も勉強すればいい」
「女優には演技力が必要なの」
「学力も必要だろ」
「うっ」
一花が苦笑する。
「風太郎くんみたい」
「それ、褒めてる?」
「もちろん」
「ならいい」
風太郎が頷く。
すると。
六華が悠飛を見る。
「悠飛」
「ん?」
「今度の勉強会」
「うん」
「私も参加していい?」
「もちろん」
「じゃあ」
六華は笑う。
「また隣、座っていい?」
「いいぞ」
「……」
六華の頬が少し赤くなる。
一花がそれを見逃さない。
「六華ちゃん」
「何?」
「悠飛くんの隣、好きだね」
「……」
「違う?」
「違わない」
「おお」
四葉が驚く。
六華は悠飛を見る。
「だって」
「……」
「昔から、悠飛の隣は落ち着くから」
一瞬。
空気が止まった。
「昔から?」
悠飛が聞き返す。
「……」
六華は少し迷う。
「うん」
「俺たちが小さい頃の話か?」
「たぶん」
「たぶん?」
「まだ全部は思い出せないから」
「そっか」
悠飛は笑った。
「いつか思い出せるといいな」
「……うん」
◇
放課後。
武道場。
「お願いします!」
四葉が深く頭を下げる。
「こちらこそ」
悠飛も構える。
「今日は何をする?」
「合気道がいいです!」
「分かった」
二人は向かい合う。
四葉が手を伸ばす。
悠飛はその手首を取り。
力を使わず。
身体の軸だけを崩す。
「わっ!」
四葉の身体が軽く回る。
「っと!」
悠飛が支える。
「大丈夫か?」
「はい!」
四葉は笑った。
「やっぱり凄いです!」
「四葉も上達してる」
「本当ですか?」
「ああ」
「えへへ」
四葉は嬉しそうに笑う。
そして。
「悠飛さん」
「何だ?」
「私」
「うん」
「もっと強くなります」
「どうして?」
四葉は真っ直ぐ悠飛を見る。
「誰かを守れる人になりたいから」
「……」
悠飛は少しだけ目を細めた。
「四葉ならなれる」
「本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ!」
四葉は拳を握る。
「頑張ります!」
その笑顔を見ながら。
悠飛は思った。
四葉は。
いつも明るい。
いつも人を助ける。
でも。
その笑顔の奥には。
誰にも見せない何かがある。
「四葉」
「はい?」
「何か悩みがあったら言えよ」
「……」
四葉は一瞬驚いた。
「どうして?」
「何となく」
「……」
四葉は笑う。
「ありがとうございます」
そして。
「その時は、お願いします」
「ああ」
◇
同じ頃。
校舎の廊下。
一花は一人で歩いていた。
「……」
窓の外を見る。
武道場から。
四葉と悠飛の声が聞こえる。
「……」
一花は微笑んだ。
「四葉」
小さく呟く。
「楽しそうだね」
だが。
その胸には。
小さな痛みがあった。
「私も」
一花は胸元に手を当てる。
「悠飛くんと、もっと一緒にいたい」
夏休み前までは。
ただの友達だった。
いや。
少し気になる男の子。
その程度だった。
けれど。
病院で悠飛の顔を見たとき。
一花は気づいてしまった。
自分が。
悠飛を失うことを。
想像したくないほど。
大切に思っていることに。
「……好きなのかな」
一花は小さく呟いた。
そして。
「だったら」
口元に笑みを浮かべる。
「女優らしく、ちゃんと勝負しないとね」
◇
その日の帰り道。
悠飛と六華は並んで歩いていた。
「今日は楽しかった」
六華が言う。
「そうだな」
「二学期も」
「うん」
「いっぱい思い出作ろう」
「ああ」
しばらく歩く。
「悠飛」
「ん?」
「覚えてる?」
「何を?」
「昔」
六華は空を見上げる。
「私たちが小さい頃」
「……」
「七人で遊んでたこと」
悠飛は考える。
「少しだけ」
「どんな記憶?」
「庭」
「庭?」
「ああ」
「何をしてた?」
「……」
悠飛は目を閉じる。
「誰かが泣いてた」
「……」
「それを俺が慰めてた」
六華の心臓が跳ねる。
「誰が泣いてた?」
「分からない」
「……」
「でも」
悠飛は笑う。
「その子の手を握ってた気がする」
「……」
六華は自分の手を見る。
「そうなんだ」
「うん」
「じゃあ」
六華は少しだけ勇気を出す。
「今度は私が」
「?」
「悠飛の手を握ってあげる」
「……」
悠飛は笑った。
「頼む」
六華は。
そっと手を差し出す。
悠飛も手を重ねる。
「……」
二人はそのまま歩く。
夕暮れの道。
長く伸びる二人の影。
六華は。
握った手に少しだけ力を込めた。
「……」
この手を。
いつか。
離したくない。
そんな想いが。
少しずつ。
確かな恋へと変わっていく。
◇
翌日。
職員室。
一人の教師が資料を整理していた。
「……日の出祭まで、あと二か月か」
秋に開催される旭高校最大のイベント。
日の出祭。
各クラスの出し物。
講演会。
部活動の発表。
そして。
今年は特別講師を招く予定になっていた。
「特別講師……無堂仁之介先生」
教師は資料を見る。
「全国を回る教育講演家か」
その名前が。
まだ。
悠飛たちの物語と結びついていることを。
誰も知らない。
やがて。
その男は。
五つ子の前に姿を現す。
そして。
五月の人生を大きく揺さぶる。
しかし。
その未来を知る者は。
まだ誰もいなかった。
今は。
二学期が始まったばかり。
恋心が芽吹き。
友情が深まり。
忘れていた幼い日の記憶が。
少しずつ蘇り始める。
そして。
悠飛を中心に。
一花。
四葉。
六華。
三人の想いも。
静かに。
動き始めていた。
「二学期も、よろしくな」
夕暮れの校舎で。
悠飛は仲間たちにそう笑いかけた。
その笑顔を見つめながら。
一花は思う。
――この人を、もっと知りたい。
四葉は思う。
――ずっと、この人の隣にいたい。
六華は思う。
――今度こそ、私の想いを伝えたい。
それぞれの恋心は。
まだ名前を持ったばかり。
だが。
秋の訪れとともに。
その想いは。
少しずつ、大きくなっていく。