『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』   作:夜幻

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第32話「一花、悠飛を意識する」

二学期が始まって一週間。

 

夏の暑さはまだ残っているものの、朝夕にはわずかな涼しさを感じるようになっていた。

 

旭高校の校舎にも、夏休み前とは少し違った空気が流れている。

 

文化祭――日の出祭に向けた準備が、少しずつ始まっていたからだ。

 

そんなある日の昼休み。

 

「悠飛くん」

 

教室の窓際で昼食を取っていた悠飛に、一花が声をかけた。

 

「ん?」

 

「ちょっといい?」

 

「もちろん」

 

悠飛は箸を置く。

 

一花は自然な笑顔を浮かべながら、悠飛の前の席に腰を下ろした。

 

「最近、体調どう?」

 

「もう完全に大丈夫」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「無理してない?」

 

「してないよ」

 

「……」

 

一花は悠飛の顔をじっと見る。

 

「何だ?」

 

「ううん」

 

一花は笑った。

 

「ただ、確認したかっただけ」

 

「心配してくれてありがとう」

 

「どういたしまして」

 

そう言いながら、一花は自分の胸に手を当てた。

 

――まただ。

 

悠飛に「ありがとう」と言われただけなのに。

 

胸が少しだけ高鳴る。

 

以前なら、こんなことはなかった。

 

同級生の男子。

 

幼馴染だったらしい少年。

 

それくらいに思っていた。

 

ところが。

 

夏休みの一件以来。

 

悠飛が笑うだけで。

 

悠飛が名前を呼ぶだけで。

 

妙に意識してしまう。

 

「……一花?」

 

「え?」

 

「顔、赤くないか?」

 

「!」

 

一花は慌てて顔を背けた。

 

「暑いから!」

 

「まだ暑いからな」

 

「そうそう!」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

一花は笑う。

 

しかし心の中では。

 

――危ない。

 

と呟いていた。

 

「……」

 

一花は横目で悠飛を見る。

 

金色の髪。

 

整った顔立ち。

 

高い身長。

 

細身ながら鍛えられた身体。

 

そして。

 

誰かが困っていれば、自然に手を差し伸べる優しさ。

 

「……」

 

改めて見ると。

 

本当に格好いい。

 

「……悠飛くんって」

 

「ん?」

 

「昔から、こんな感じだった?」

 

「こんな感じ?」

 

「優しいっていうか……」

 

一花は少し考える。

 

「頼りになるっていうか」

 

「どうだろうな」

 

「自覚ないんだ」

 

「ないな」

 

「ふふっ」

 

一花は笑った。

 

「そこも悠飛くんらしいね」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

一花は頬杖をつく。

 

「そういうところ、好きだな」

 

「……」

 

悠飛が固まる。

 

「……え?」

 

「……」

 

一花も固まった。

 

「……」

 

「……」

 

数秒。

 

二人の間に沈黙が落ちる。

 

「……今」

 

悠飛が口を開く。

 

「何て?」

 

「え?」

 

「好きって」

 

「……」

 

一花の顔が一気に赤くなる。

 

「聞き間違い!」

 

「そうか?」

 

「そう!」

 

一花は勢いよく立ち上がった。

 

「じゃあ、またね!」

 

「お、おう」

 

一花は逃げるように教室を出ていった。

 

廊下を曲がったところで。

 

「……」

 

壁に背中を預ける。

 

「……何やってるの、私」

 

顔が熱い。

 

「好きって……」

 

自分でも驚いていた。

 

口から自然に出てしまった。

 

「……」

 

一花は目を閉じる。

 

そして。

 

小さく笑った。

 

「本当に……好きなのかな」

 

 

放課後。

 

一花は芸能事務所の仕事へ向かう予定だった。

 

だが。

 

今日は少し時間がある。

 

「……」

 

校門を出る前。

 

一花はスマートフォンを見た。

 

悠飛からメッセージが届いている。

 

『今日は勉強会あるけど、一花は来る?』

 

「……」

 

たったそれだけ。

 

なのに。

 

胸が高鳴る。

 

『行く』

 

入力。

 

送信。

 

すぐに返信が来た。

 

『了解。待ってる』

 

「……」

 

一花はスマートフォンを胸元に抱えた。

 

「……待ってる、か」

 

頬が緩む。

 

「私、単純だなぁ」

 

 

夕方。

 

いつもの勉強会。

 

図書室。

 

悠飛。

 

風太郎。

 

一花。

 

四葉。

 

二乃。

 

三玖。

 

五月。

 

そして六華。

 

八人が集まっていた。

 

「今日は英語からだ」

 

風太郎が言う。

 

「嫌だぁ……」

 

四葉が机に突っ伏す。

 

「昨日も言っただろ」

 

「でも英語は難しいです!」

 

「だから勉強するんだ」

 

「うぅ……」

 

一花はそんな二人を見ながら笑っていた。

 

「風太郎くんも相変わらずだね」

 

「何がだ?」

 

「真面目」

 

「当然だ」

 

「悠飛くんとは正反対」

 

「俺だって真面目だぞ」

 

悠飛が反論する。

 

「本当?」

 

「本当」

 

「ふふっ」

 

一花は笑う。

 

「じゃあ問題」

 

「何?」

 

「私が今考えてること、当ててみて」

 

「……」

 

悠飛は一花を見る。

 

「勉強したくない?」

 

「正解!」

 

一花は笑った。

 

「どうして分かったの?」

 

「顔に出てた」

 

「もう」

 

一花は頬を膨らませる。

 

その光景を見ていた六華は。

 

「……」

 

静かにシャーペンを握り直した。

 

四葉も。

 

「……」

 

二人を見ている。

 

一花と悠飛。

 

自然に会話する。

 

自然に笑う。

 

まるで。

 

二人だけの空間があるようだった。

 

「……」

 

四葉の胸が少しだけ痛む。

 

しかし。

 

「四葉?」

 

悠飛の声で我に返った。

 

「はい!」

 

「問題、解けたか?」

 

「え?」

 

机を見る。

 

「……」

 

真っ白。

 

「……まだです!」

 

「じゃあ一緒にやるか」

 

「お願いします!」

 

四葉は笑った。

 

――大丈夫。

 

自分は自分。

 

そう思おうとした。

 

 

一花の隣では。

 

三玖が静かに問題を解いていた。

 

「……」

 

ふと。

 

三玖が一花を見る。

 

「一花」

 

「ん?」

 

「最近」

 

「うん?」

 

「悠飛のこと、よく見てる」

 

「……」

 

一花の手が止まる。

 

「そう?」

 

「うん」

 

「気のせいじゃない?」

 

「違うと思う」

 

三玖は淡々と言う。

 

「一花、悠飛のこと好き?」

 

「……」

 

一花は答えなかった。

 

「……」

 

三玖もそれ以上は聞かなかった。

 

ただ。

 

一花の耳が赤くなっていることを見て。

 

すべてを察した。

 

 

勉強会が終わった。

 

「じゃあ、また明日」

 

風太郎が荷物をまとめる。

 

「お疲れ様」

 

悠飛も立ち上がる。

 

「一花は仕事だろ?」

 

「うん」

 

「送ろうか?」

 

「え?」

 

一花は驚いた。

 

「いいの?」

 

「途中までなら」

 

「……」

 

胸が。

 

ドクン。

 

と鳴った。

 

「じゃあ」

 

一花は笑う。

 

「お願いしようかな」

 

「分かった」

 

二人で図書室を出る。

 

その後ろ姿を。

 

四葉と六華が見ていた。

 

「……」

 

六華は何も言わない。

 

四葉も。

 

「……」

 

ただ二人を見送った。

 

 

夕暮れの街。

 

一花と悠飛は並んで歩いていた。

 

「こうやって二人で帰るの、久しぶりだね」

 

「そうだな」

 

「昔もあったのかな?」

 

「たぶん」

 

「覚えてないんだ」

 

「ああ」

 

悠飛は苦笑する。

 

「最近、少しずつ思い出してるけどな」

 

「どんなこと?」

 

「七人で遊んでたこととか」

 

「七人……」

 

一花は空を見上げる。

 

「私たち五人と、悠飛くんと六華ちゃん」

 

「そう」

 

「なんだか不思議」

 

「何が?」

 

「今こうして一緒にいること」

 

一花は笑う。

 

「昔の私たちは、何も知らなかったのに」

 

「そうだな」

 

「でも」

 

一花は足を止めた。

 

「今は知ってる」

 

「何を?」

 

「悠飛くんが優しいこと」

 

「……」

 

「悠飛くんが強いこと」

 

「……」

 

「悠飛くんが、誰かを守るためなら自分を犠牲にすること」

 

一花の表情が曇る。

 

「……だから怖い」

 

「一花?」

 

「また悠飛くんが傷つくんじゃないかって」

 

「大丈夫だ」

 

悠飛は笑った。

 

「もう無茶しない」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「約束?」

 

「約束」

 

一花は安心したように笑う。

 

そして。

 

「……悠飛くん」

 

「ん?」

 

「私ね」

 

「うん」

 

「最近、悠飛くんのことを考えることが増えたの」

 

「……」

 

「朝起きた時とか」

 

「うん」

 

「学校にいる時とか」

 

「……」

 

「仕事中とか」

 

「……」

 

「寝る前とか」

 

一花は苦笑する。

 

「ちょっと困ってる」

 

「何で?」

 

「だって」

 

一花は悠飛を見る。

 

「考えるたびに、ドキドキするから」

 

「……」

 

悠飛は言葉を失う。

 

一花も。

 

自分が何を言っているのか分からなくなっていた。

 

「……」

 

しばらく沈黙。

 

やがて。

 

一花が笑う。

 

「なんてね」

 

「……一花」

 

「本気にした?」

 

「いや……」

 

悠飛は困ったように笑う。

 

「ちょっと驚いた」

 

「ふふ」

 

一花は歩き出す。

 

「じゃあね、悠飛くん」

 

「仕事、頑張れよ」

 

「うん」

 

数歩進んで。

 

一花は振り返る。

 

「悠飛くん!」

 

「ん?」

 

「……また一緒に帰ろうね」

 

「ああ」

 

一花は満足そうに笑った。

 

そして。

 

今度こそ歩き出す。

 

 

駅へ向かう途中。

 

一花は一人になった。

 

「……」

 

胸元に手を当てる。

 

ドキドキしている。

 

「……やっぱり」

 

一花は笑った。

 

「私、悠飛くんのこと好きなんだ」

 

もう。

 

誤魔化すことはできない。

 

女優として。

 

何人もの役を演じてきた。

 

恋する少女も。

 

大人の女性も。

 

誰かを愛する人も。

 

でも。

 

今感じているこの気持ちは。

 

演技ではない。

 

「……」

 

一花はスマートフォンを取り出す。

 

悠飛とのメッセージ画面。

 

『また一緒に帰ろう』

 

一花はその文字を見つめる。

 

「……」

 

そして。

 

小さく呟いた。

 

「私、本気になっちゃったかも」

 

 

一方。

 

旭高校の校門付近。

 

悠飛は一人で立っていた。

 

「……」

 

風太郎が隣に来る。

 

「どうした?」

 

「いや」

 

悠飛は一花が去っていった方向を見る。

 

「一花、今日は少し変だったな」

 

「……」

 

風太郎は悠飛を見る。

 

「お前、本当に鈍いな」

 

「またそれか」

 

「まあいい」

 

風太郎はため息をつく。

 

「そのうち分かる」

 

「何が?」

 

「自分で考えろ」

 

「……?」

 

風太郎は歩き出す。

 

「帰るぞ」

 

「ああ」

 

悠飛も後を追う。

 

だが。

 

その胸の奥には。

 

一花の言葉が残っていた。

 

――考えるたびに、ドキドキする。

 

悠飛には。

 

その意味がまだ完全には分からない。

 

けれど。

 

一花がいつもと違う目で自分を見ていたことだけは。

 

なぜか。

 

強く印象に残っていた。

 

 

その夜。

 

一花は自宅の部屋で台本を開いていた。

 

「……」

 

台本には恋愛シーン。

 

主人公の女性が。

 

好きな男性に想いを伝える場面。

 

普段なら。

 

すぐに役へ入り込める。

 

しかし。

 

今日は違った。

 

「……」

 

台詞を読んだ瞬間。

 

悠飛の顔が浮かぶ。

 

「……もう」

 

一花は台本を閉じる。

 

「悠飛くんのせいだよ」

 

誰もいない部屋。

 

一花は笑う。

 

「私、女優なのに」

 

そして。

 

窓の外を見る。

 

「恋する役より」

 

小さく呟く。

 

「本当の恋のほうが、ずっと難しいんだね」

 

その頃。

 

悠飛も自宅の自室で。

 

昼間の出来事を思い返していた。

 

「……一花」

 

一花の笑顔。

 

一花の声。

 

一花の言葉。

 

「……」

 

そして。

 

幼い頃の記憶が。

 

また一瞬だけ蘇る。

 

小さな女の子。

 

泣いている。

 

その子の手を握る幼い自分。

 

「大丈夫」

 

自分がそう言っている。

 

そして。

 

その少女が笑う。

 

「ありがとう、悠飛くん」

 

「……」

 

悠飛は目を開けた。

 

「誰だ……?」

 

まだ。

 

その顔は思い出せない。

 

けれど。

 

確かに感じる。

 

懐かしさ。

 

温かさ。

 

そして。

 

大切な何か。

 

二学期が始まったばかりの夏の終わり。

 

一人の少女が。

 

自分の胸に芽生えた恋を認めた。

 

それは。

 

中野一花が。

 

如月悠飛という一人の男を。

 

「気になる男の子」から。

 

「大切な人」へと変えた。

 

恋心だった。

 

 

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