『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
二学期が始まって一週間。
夏の暑さはまだ残っているものの、朝夕にはわずかな涼しさを感じるようになっていた。
旭高校の校舎にも、夏休み前とは少し違った空気が流れている。
文化祭――日の出祭に向けた準備が、少しずつ始まっていたからだ。
そんなある日の昼休み。
「悠飛くん」
教室の窓際で昼食を取っていた悠飛に、一花が声をかけた。
「ん?」
「ちょっといい?」
「もちろん」
悠飛は箸を置く。
一花は自然な笑顔を浮かべながら、悠飛の前の席に腰を下ろした。
「最近、体調どう?」
「もう完全に大丈夫」
「本当に?」
「ああ」
「無理してない?」
「してないよ」
「……」
一花は悠飛の顔をじっと見る。
「何だ?」
「ううん」
一花は笑った。
「ただ、確認したかっただけ」
「心配してくれてありがとう」
「どういたしまして」
そう言いながら、一花は自分の胸に手を当てた。
――まただ。
悠飛に「ありがとう」と言われただけなのに。
胸が少しだけ高鳴る。
以前なら、こんなことはなかった。
同級生の男子。
幼馴染だったらしい少年。
それくらいに思っていた。
ところが。
夏休みの一件以来。
悠飛が笑うだけで。
悠飛が名前を呼ぶだけで。
妙に意識してしまう。
「……一花?」
「え?」
「顔、赤くないか?」
「!」
一花は慌てて顔を背けた。
「暑いから!」
「まだ暑いからな」
「そうそう!」
「大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫」
一花は笑う。
しかし心の中では。
――危ない。
と呟いていた。
「……」
一花は横目で悠飛を見る。
金色の髪。
整った顔立ち。
高い身長。
細身ながら鍛えられた身体。
そして。
誰かが困っていれば、自然に手を差し伸べる優しさ。
「……」
改めて見ると。
本当に格好いい。
「……悠飛くんって」
「ん?」
「昔から、こんな感じだった?」
「こんな感じ?」
「優しいっていうか……」
一花は少し考える。
「頼りになるっていうか」
「どうだろうな」
「自覚ないんだ」
「ないな」
「ふふっ」
一花は笑った。
「そこも悠飛くんらしいね」
「そうか?」
「うん」
一花は頬杖をつく。
「そういうところ、好きだな」
「……」
悠飛が固まる。
「……え?」
「……」
一花も固まった。
「……」
「……」
数秒。
二人の間に沈黙が落ちる。
「……今」
悠飛が口を開く。
「何て?」
「え?」
「好きって」
「……」
一花の顔が一気に赤くなる。
「聞き間違い!」
「そうか?」
「そう!」
一花は勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、またね!」
「お、おう」
一花は逃げるように教室を出ていった。
廊下を曲がったところで。
「……」
壁に背中を預ける。
「……何やってるの、私」
顔が熱い。
「好きって……」
自分でも驚いていた。
口から自然に出てしまった。
「……」
一花は目を閉じる。
そして。
小さく笑った。
「本当に……好きなのかな」
◇
放課後。
一花は芸能事務所の仕事へ向かう予定だった。
だが。
今日は少し時間がある。
「……」
校門を出る前。
一花はスマートフォンを見た。
悠飛からメッセージが届いている。
『今日は勉強会あるけど、一花は来る?』
「……」
たったそれだけ。
なのに。
胸が高鳴る。
『行く』
入力。
送信。
すぐに返信が来た。
『了解。待ってる』
「……」
一花はスマートフォンを胸元に抱えた。
「……待ってる、か」
頬が緩む。
「私、単純だなぁ」
◇
夕方。
いつもの勉強会。
図書室。
悠飛。
風太郎。
一花。
四葉。
二乃。
三玖。
五月。
そして六華。
八人が集まっていた。
「今日は英語からだ」
風太郎が言う。
「嫌だぁ……」
四葉が机に突っ伏す。
「昨日も言っただろ」
「でも英語は難しいです!」
「だから勉強するんだ」
「うぅ……」
一花はそんな二人を見ながら笑っていた。
「風太郎くんも相変わらずだね」
「何がだ?」
「真面目」
「当然だ」
「悠飛くんとは正反対」
「俺だって真面目だぞ」
悠飛が反論する。
「本当?」
「本当」
「ふふっ」
一花は笑う。
「じゃあ問題」
「何?」
「私が今考えてること、当ててみて」
「……」
悠飛は一花を見る。
「勉強したくない?」
「正解!」
一花は笑った。
「どうして分かったの?」
「顔に出てた」
「もう」
一花は頬を膨らませる。
その光景を見ていた六華は。
「……」
静かにシャーペンを握り直した。
四葉も。
「……」
二人を見ている。
一花と悠飛。
自然に会話する。
自然に笑う。
まるで。
二人だけの空間があるようだった。
「……」
四葉の胸が少しだけ痛む。
しかし。
「四葉?」
悠飛の声で我に返った。
「はい!」
「問題、解けたか?」
「え?」
机を見る。
「……」
真っ白。
「……まだです!」
「じゃあ一緒にやるか」
「お願いします!」
四葉は笑った。
――大丈夫。
自分は自分。
そう思おうとした。
◇
一花の隣では。
三玖が静かに問題を解いていた。
「……」
ふと。
三玖が一花を見る。
「一花」
「ん?」
「最近」
「うん?」
「悠飛のこと、よく見てる」
「……」
一花の手が止まる。
「そう?」
「うん」
「気のせいじゃない?」
「違うと思う」
三玖は淡々と言う。
「一花、悠飛のこと好き?」
「……」
一花は答えなかった。
「……」
三玖もそれ以上は聞かなかった。
ただ。
一花の耳が赤くなっていることを見て。
すべてを察した。
◇
勉強会が終わった。
「じゃあ、また明日」
風太郎が荷物をまとめる。
「お疲れ様」
悠飛も立ち上がる。
「一花は仕事だろ?」
「うん」
「送ろうか?」
「え?」
一花は驚いた。
「いいの?」
「途中までなら」
「……」
胸が。
ドクン。
と鳴った。
「じゃあ」
一花は笑う。
「お願いしようかな」
「分かった」
二人で図書室を出る。
その後ろ姿を。
四葉と六華が見ていた。
「……」
六華は何も言わない。
四葉も。
「……」
ただ二人を見送った。
◇
夕暮れの街。
一花と悠飛は並んで歩いていた。
「こうやって二人で帰るの、久しぶりだね」
「そうだな」
「昔もあったのかな?」
「たぶん」
「覚えてないんだ」
「ああ」
悠飛は苦笑する。
「最近、少しずつ思い出してるけどな」
「どんなこと?」
「七人で遊んでたこととか」
「七人……」
一花は空を見上げる。
「私たち五人と、悠飛くんと六華ちゃん」
「そう」
「なんだか不思議」
「何が?」
「今こうして一緒にいること」
一花は笑う。
「昔の私たちは、何も知らなかったのに」
「そうだな」
「でも」
一花は足を止めた。
「今は知ってる」
「何を?」
「悠飛くんが優しいこと」
「……」
「悠飛くんが強いこと」
「……」
「悠飛くんが、誰かを守るためなら自分を犠牲にすること」
一花の表情が曇る。
「……だから怖い」
「一花?」
「また悠飛くんが傷つくんじゃないかって」
「大丈夫だ」
悠飛は笑った。
「もう無茶しない」
「本当に?」
「ああ」
「約束?」
「約束」
一花は安心したように笑う。
そして。
「……悠飛くん」
「ん?」
「私ね」
「うん」
「最近、悠飛くんのことを考えることが増えたの」
「……」
「朝起きた時とか」
「うん」
「学校にいる時とか」
「……」
「仕事中とか」
「……」
「寝る前とか」
一花は苦笑する。
「ちょっと困ってる」
「何で?」
「だって」
一花は悠飛を見る。
「考えるたびに、ドキドキするから」
「……」
悠飛は言葉を失う。
一花も。
自分が何を言っているのか分からなくなっていた。
「……」
しばらく沈黙。
やがて。
一花が笑う。
「なんてね」
「……一花」
「本気にした?」
「いや……」
悠飛は困ったように笑う。
「ちょっと驚いた」
「ふふ」
一花は歩き出す。
「じゃあね、悠飛くん」
「仕事、頑張れよ」
「うん」
数歩進んで。
一花は振り返る。
「悠飛くん!」
「ん?」
「……また一緒に帰ろうね」
「ああ」
一花は満足そうに笑った。
そして。
今度こそ歩き出す。
◇
駅へ向かう途中。
一花は一人になった。
「……」
胸元に手を当てる。
ドキドキしている。
「……やっぱり」
一花は笑った。
「私、悠飛くんのこと好きなんだ」
もう。
誤魔化すことはできない。
女優として。
何人もの役を演じてきた。
恋する少女も。
大人の女性も。
誰かを愛する人も。
でも。
今感じているこの気持ちは。
演技ではない。
「……」
一花はスマートフォンを取り出す。
悠飛とのメッセージ画面。
『また一緒に帰ろう』
一花はその文字を見つめる。
「……」
そして。
小さく呟いた。
「私、本気になっちゃったかも」
◇
一方。
旭高校の校門付近。
悠飛は一人で立っていた。
「……」
風太郎が隣に来る。
「どうした?」
「いや」
悠飛は一花が去っていった方向を見る。
「一花、今日は少し変だったな」
「……」
風太郎は悠飛を見る。
「お前、本当に鈍いな」
「またそれか」
「まあいい」
風太郎はため息をつく。
「そのうち分かる」
「何が?」
「自分で考えろ」
「……?」
風太郎は歩き出す。
「帰るぞ」
「ああ」
悠飛も後を追う。
だが。
その胸の奥には。
一花の言葉が残っていた。
――考えるたびに、ドキドキする。
悠飛には。
その意味がまだ完全には分からない。
けれど。
一花がいつもと違う目で自分を見ていたことだけは。
なぜか。
強く印象に残っていた。
◇
その夜。
一花は自宅の部屋で台本を開いていた。
「……」
台本には恋愛シーン。
主人公の女性が。
好きな男性に想いを伝える場面。
普段なら。
すぐに役へ入り込める。
しかし。
今日は違った。
「……」
台詞を読んだ瞬間。
悠飛の顔が浮かぶ。
「……もう」
一花は台本を閉じる。
「悠飛くんのせいだよ」
誰もいない部屋。
一花は笑う。
「私、女優なのに」
そして。
窓の外を見る。
「恋する役より」
小さく呟く。
「本当の恋のほうが、ずっと難しいんだね」
その頃。
悠飛も自宅の自室で。
昼間の出来事を思い返していた。
「……一花」
一花の笑顔。
一花の声。
一花の言葉。
「……」
そして。
幼い頃の記憶が。
また一瞬だけ蘇る。
小さな女の子。
泣いている。
その子の手を握る幼い自分。
「大丈夫」
自分がそう言っている。
そして。
その少女が笑う。
「ありがとう、悠飛くん」
「……」
悠飛は目を開けた。
「誰だ……?」
まだ。
その顔は思い出せない。
けれど。
確かに感じる。
懐かしさ。
温かさ。
そして。
大切な何か。
二学期が始まったばかりの夏の終わり。
一人の少女が。
自分の胸に芽生えた恋を認めた。
それは。
中野一花が。
如月悠飛という一人の男を。
「気になる男の子」から。
「大切な人」へと変えた。
恋心だった。