『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
二学期が始まってから、しばらく経った。
旭高校の校舎には、少しずつ秋の気配が近づいていた。
窓から吹き込む風が、夏休み前よりもほんの少し冷たい。
しかし、教室の中は相変わらず賑やかだった。
「悠飛さん!」
朝の教室。
四葉が勢いよく悠飛の席へ駆け寄ってきた。
「おはようございます!」
「おはよう、四葉」
「今日も元気ですね!」
「四葉ほどじゃないけどな」
「えへへ!」
四葉は嬉しそうに笑う。
その笑顔は、夏休み前と何も変わらない。
明るく。
元気で。
誰に対しても分け隔てなく接する。
けれど。
その笑顔の奥には。
誰にも言えない秘密があった。
「そういえば」
悠飛が言う。
「最近、武道場に来る回数が減ったな」
「……!」
四葉の表情が一瞬だけ固まる。
「そ、そうですか?」
「ああ」
「ちょっとだけ忙しくて」
「部活か?」
「はい!」
四葉は笑う。
「いろいろ手伝いがありまして!」
「そうか」
悠飛はそれ以上追及しなかった。
「無理するなよ」
「はい!」
四葉は笑顔で答える。
――けれど。
胸の奥では。
「……」
四葉は拳を握っていた。
◇
昼休み。
中庭。
五つ子と六華、そして悠飛たちはいつものように集まっていた。
「四葉」
二乃が弁当を食べながら言う。
「最近、忙しすぎじゃない?」
「そうかな?」
「そうよ」
一花も頷く。
「放課後になるとすぐいなくなるし」
「陸上部?」
三玖が聞く。
「うん」
「……」
六華は四葉を見る。
「四葉」
「なに?」
「最近、ちゃんと寝てる?」
「寝てるよ!」
「本当に?」
「本当!」
四葉は笑う。
「大丈夫、大丈夫!」
その笑顔を見て。
悠飛は少しだけ眉を寄せた。
「……」
何かがおかしい。
以前の四葉なら。
もっと自然に笑っていた。
今の笑顔は。
どこか無理をしているように見える。
「四葉」
「はい?」
「何かあったら言ってくれ」
「……」
四葉は一瞬だけ目を見開く。
「ありがとうございます!」
「別に礼はいらない」
「でも」
四葉は笑う。
「悠飛さんが心配してくれるの、嬉しいです」
「そうか」
「はい!」
四葉は笑顔で答えた。
しかし。
その直後。
四葉のスマートフォンが震えた。
「……!」
画面を見る。
メッセージ。
『今日の放課後、体育館裏に来てください』
四葉の顔から。
一瞬だけ笑顔が消えた。
「四葉?」
悠飛が呼ぶ。
「……!」
「どうした?」
「な、何でもありません!」
四葉はスマートフォンを隠す。
「ちょっと用事を思い出しました!」
「用事?」
「はい!」
四葉は立ち上がる。
「先に教室へ戻りますね!」
「おい」
悠飛が呼び止める。
「無理するなよ」
「……」
四葉は振り返る。
そして。
いつもの笑顔。
「はい!」
そのまま走っていった。
「……」
悠飛はその背中を見つめる。
「何か隠してるな」
風太郎が呟いた。
「やっぱりそう思うか?」
「ああ」
「……」
悠飛は立ち上がった。
「少し気になる」
「追うのか?」
「いや」
悠飛は首を振る。
「四葉が自分から話してくれるまで待つ」
風太郎は頷いた。
「それでいい」
◇
放課後。
体育館裏。
四葉は一人で立っていた。
「……」
夕方の風が吹く。
「どうして……」
四葉は俯く。
「こんなことになったんだろう」
そこへ。
「四葉」
声がする。
「……!」
振り返る。
陸上部の部長、江場だった。
「来てくれたんだね」
「はい」
「大会が近い」
江場は真剣な顔をしている。
「君には出てもらいたい」
「……」
「君の運動能力は、うちの部でも貴重だ」
「でも……」
「勉強会があるから?」
「……はい」
四葉は俯く。
「悠飛さんたちとの勉強会も大切なんです」
「勉強会?」
「はい」
「成績を上げるためか」
「それもあります」
四葉は笑う。
「みんなで頑張るのが楽しいんです」
「……」
江場はため息をつく。
「なら、両方やればいい」
「え?」
「大会まで時間はある」
「でも……」
「四葉」
江場は真剣に言った。
「君ならできる」
四葉は黙った。
「……」
その言葉は。
四葉にとって。
嬉しいものだった。
誰かに期待される。
必要とされる。
それは。
自分が求めていたものでもあった。
「……分かりました」
四葉は頷いた。
「大会までなら」
「本当か?」
「はい!」
江場が笑う。
「ありがとう!」
四葉も笑った。
だが。
その帰り道。
四葉は一人になる。
「……」
夕焼け。
長く伸びる影。
「私……」
四葉は呟く。
「何をしてるんだろう」
陸上。
勉強。
五人で過ごす時間。
悠飛との武道。
全部大切。
全部手放したくない。
だから。
誰にも弱音を吐けない。
「……」
四葉は胸元に手を当てた。
「だって」
「みんなが笑ってるなら」
「私は、それでいいから」
それが。
四葉の秘密だった。
◇
翌日。
放課後の武道場。
悠飛は一人で待っていた。
「……」
時計を見る。
いつもなら。
四葉が来る時間。
だが。
今日は来ない。
「……」
しばらく待つ。
それでも来ない。
そこへ。
「悠飛」
六華がやってきた。
「六華」
「まだ待ってたの?」
「ああ」
「四葉?」
「そう」
六華は少し考える。
「今日は陸上部じゃない?」
「そうか」
「大会が近いみたい」
「……」
悠飛は納得した。
「なるほど」
「悠飛」
「ん?」
「四葉のこと、心配?」
「もちろん」
六華は少しだけ笑う。
「優しいね」
「友達だからな」
「……」
その言葉に。
六華は少しだけ胸が痛んだ。
「……そうだね」
◇
その夜。
四葉は自室で。
ベッドに倒れ込んでいた。
「疲れたぁ……」
スマートフォンを見る。
メッセージ。
『今日は武道場に来なかったな。無理するなよ。』
悠飛からだった。
「……」
四葉は画面を見つめる。
胸が温かくなる。
「……悠飛さん」
返信する。
『ごめんなさい! 大会が近いので、少し忙しくて!』
すぐに返事が来た。
『そうか。頑張れ。でも無理はするな。』
「……」
四葉はスマートフォンを胸に抱く。
「……ずるいです」
目を閉じる。
「そんなこと言われたら……」
涙が一粒。
頬を伝う。
「もっと好きになっちゃうじゃないですか……」
四葉は。
誰にも聞こえない声で呟いた。
「私」
「悠飛さんのこと……」
「大好きです」
けれど。
それを。
本人に伝えるつもりはなかった。
なぜなら。
四葉には。
もう一つ。
誰にも話していない秘密があったからだ。
◇
数日後。
放課後。
風太郎が悠飛の隣を歩いていた。
「四葉のことだが」
「うん」
「少し調べた」
「調べた?」
「あいつ、陸上部の手伝いをしてる」
「やっぱりか」
「しかも」
風太郎は眉を寄せる。
「かなり無理をしてる」
「……」
「成績も少し落ち始めてる」
「そうか」
悠飛は黙る。
「本人は大丈夫と言ってる」
風太郎が続ける。
「だが、あれは大丈夫じゃない」
「……」
悠飛は足を止めた。
「風太郎」
「何だ?」
「俺」
「うん」
「四葉に聞いてみる」
「無理に聞き出すなよ」
「分かってる」
◇
翌日の放課後。
校舎裏。
四葉が一人でいた。
「四葉」
「……!」
振り返る。
悠飛。
「悠飛さん?」
「少し話さないか?」
「はい!」
二人は並んで歩き始めた。
「最近」
悠飛が口を開く。
「忙しいな」
「……」
「陸上部」
「はい」
「勉強会」
「はい」
「武道」
「……」
四葉は笑う。
「大丈夫ですよ!」
「本当に?」
「はい!」
「四葉」
悠飛は足を止めた。
「俺は」
「……」
「四葉が無理してるように見える」
「……」
四葉の笑顔が消えた。
「……そんなこと」
「あるだろ」
「……」
「俺には分かる」
「どうして……」
「四葉だから」
「……」
「友達だから」
その言葉。
四葉の胸に刺さる。
「……」
「話したくないなら、無理に話さなくていい」
悠飛は続ける。
「でも」
「……」
「一人で抱える必要もない」
四葉の目に涙が浮かぶ。
「……悠飛さん」
「うん」
「私」
「……」
「みんなが笑っててくれれば、それでいいんです」
「……」
「だから」
四葉は笑おうとする。
「私が頑張れば――」
「違う」
悠飛が静かに遮る。
「四葉」
「……」
「四葉だって笑っていいんだ」
「……!」
「自分だけ我慢する必要なんてない」
四葉は俯く。
涙が落ちる。
「……」
「四葉」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていい」
「……」
「泣いていい」
その言葉を聞いた瞬間。
四葉は。
悠飛の胸に顔を埋めた。
「……うっ」
「……」
「悠飛さん……」
「うん」
「私……」
「うん」
「疲れました……」
悠飛は何も言わず。
ただ。
四葉の背中に手を添えた。
「……」
しばらく。
四葉は泣いた。
◇
やがて。
四葉は涙を拭いた。
「すみません」
「だから謝るなって」
「……はい」
「少し休め」
「でも……」
「俺も手伝う」
「え?」
「勉強も」
「……」
「武道も」
「……」
「必要なら陸上部のことも相談に乗る」
「……」
「一人で全部やる必要はない」
四葉は。
泣きながら笑った。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「悠飛さん」
「ん?」
「やっぱり」
「……」
「私のヒーローです」
悠飛は苦笑する。
「それ、まだ言ってるのか」
「はい」
「まあいいけど」
「えへへ」
四葉は笑った。
その笑顔は。
久しぶりに。
本当の笑顔だった。
◇
少し離れた廊下。
一花が立っていた。
偶然。
二人を見かけたのだ。
「……」
四葉が泣いている。
悠飛が優しく寄り添っている。
その光景を見て。
一花は胸に手を当てた。
「……」
嫉妬。
最初に浮かんだのは。
その感情だった。
けれど。
すぐに。
「……四葉」
心配する気持ちに変わる。
そして。
悠飛を見る。
「やっぱり」
一花は小さく笑った。
「優しいんだね」
だから。
好きになった。
その事実を。
もう否定することはできない。
◇
一方。
六華も。
偶然、その場を遠くから見ていた。
「……」
四葉が泣いて。
悠飛が支えている。
「……」
六華は胸元に手を当てる。
嫉妬。
悔しさ。
それでも。
「……四葉」
心の中で呟く。
「よかったね」
そして。
「悠飛」
六華は笑った。
「やっぱり、優しいね」
六華は歩き出した。
まだ。
恋の行方は分からない。
一花も。
四葉も。
六華も。
それぞれが悠飛への想いを胸に秘めている。
そして。
四葉には。
誰にも言えない過去があった。
幼い頃。
七人で遊んだ日々。
忘れてしまった記憶。
そして。
悠飛だけが。
まだ思い出せない。
四葉は知っている。
いつか。
その記憶が戻ったとき。
悠飛との関係が。
今とは大きく変わるかもしれないことを。
だから。
四葉はまだ言えない。
「昔から好きだった」
ということを。
ただ。
今日。
一つだけ。
変わった。
四葉は。
もう一人で頑張らない。
悠飛が。
「一人で抱える必要はない」
そう言ってくれたから。
夕暮れの校舎。
四葉は空を見上げる。
「……悠飛さん」
そして。
胸の奥で。
もう一度だけ。
呟いた。
「大好きです」