『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』   作:夜幻

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第34話「六華の決意」

二学期の放課後。

 

旭高校の廊下には、部活動へ向かう生徒たちの声が響いていた。

 

そんな喧騒から少し離れた場所にある階段の踊り場で、一人の少女が窓の外を眺めていた。

 

中野六華。

 

五つ子の従姉妹であり、悠飛たちと同じ学年、同じ学校に通うクラスメイト。

 

そして――。

 

彼女だけが、五つ子たちとは少し違う距離から、悠飛を見つめ続けてきた少女だった。

 

「……」

 

六華は手すりに手を置き、夕焼けに染まる校庭を見つめる。

 

頭の中に浮かぶのは、先日の光景だった。

 

泣いている四葉。

 

その四葉に寄り添う悠飛。

 

「……」

 

胸の奥が、チクリと痛む。

 

「嫉妬……してるんだ」

 

六華は小さく呟いた。

 

自分でも驚いていた。

 

四葉に対して怒っているわけではない。

 

むしろ、四葉が悠飛に支えてもらえたことには安心している。

 

それでも。

 

悠飛が自分ではない誰かに優しくする姿を見ると、心がざわつく。

 

「……嫌だな」

 

六華は苦笑した。

 

「私、こんなに独占欲が強かったんだ」

 

しかし。

 

その感情から逃げるつもりはなかった。

 

むしろ。

 

六華の中で、一つの決意が固まり始めていた。

 

「……もう、遠くから見ているだけじゃ駄目」

 

二十年前。

 

幼い六華は、五つ子たちと一緒に悠飛と遊んでいた。

 

当時のことは、今では断片的にしか思い出せない。

 

一花たちも。

 

悠飛も。

 

六華自身も。

 

記憶の大部分を忘れている。

 

それでも。

 

不思議と悠飛だけは、心の奥に残っていた。

 

笑顔。

 

優しい声。

 

誰かを守ろうとする姿。

 

そして。

 

幼い自分が、少し離れた場所から眺めていた背中。

 

「……私は」

 

六華は胸元に手を当てる。

 

「ずっと、あの背中を見てた」

 

五つ子たちは、悠飛と直接話すことが多かった。

 

一花は冗談を言い。

 

四葉は一緒に武道を楽しみ。

 

二乃や三玖、五月も、それぞれ悠飛と距離を縮めていった。

 

けれど。

 

六華は少し違った。

 

いつも一歩後ろ。

 

一歩離れた場所。

 

「だからこそ……」

 

六華は目を細めた。

 

「私だけが知ってる悠飛も、いる」

 

もちろん。

 

今の悠飛を誰より知っているわけではない。

 

それでも。

 

彼が無理をして笑うとき。

 

誰かを優先して自分を後回しにするとき。

 

ほんの少し寂しそうな顔をするとき。

 

六華には、何となく分かる。

 

「……なら」

 

六華は顔を上げた。

 

「私も、ちゃんと向き合わなきゃ」

 

 

「六華?」

 

突然、後ろから声がした。

 

「……!」

 

振り返る。

 

そこには一花が立っていた。

 

「こんなところにいたんだ」

 

「一花……」

 

「何してるの?」

 

「少し考え事」

 

「ふーん」

 

一花は六華の隣に並ぶ。

 

「悠飛くんのこと?」

 

「……」

 

六華は黙った。

 

それだけで答えは十分だった。

 

一花が苦笑する。

 

「やっぱり」

 

「一花こそ」

 

「え?」

 

「最近、悠飛のことをよく見てる」

 

「……」

 

今度は一花が黙る番だった。

 

「気づいてた?」

 

「もちろん」

 

六華は淡々と答える。

 

「従姉妹だから」

 

「……そうだね」

 

二人はしばらく黙って夕焼けを見た。

 

やがて。

 

一花が口を開く。

 

「六華」

 

「何?」

 

「悠飛くんのこと、好き?」

 

「……」

 

六華は答える。

 

「好き」

 

迷いのない声だった。

 

一花は少し驚いた。

 

「即答なんだ」

 

「今までは言えなかった」

 

「どうして?」

 

「怖かったから」

 

「怖い?」

 

「うん」

 

六華は視線を落とす。

 

「五つ子のお姉ちゃんたちと同じ人を好きになるのが」

 

「……」

 

「私は従姉妹だから」

 

「……うん」

 

「お姉ちゃんたちには、私よりずっと長い時間がある」

 

「でも」

 

一花が言う。

 

「私たちも、全部覚えてるわけじゃない」

 

「……」

 

「幼い頃のこと」

 

一花は遠くを見る。

 

「私も、悠飛くんのことをちゃんと覚えてない」

 

「私も」

 

六華が答える。

 

「だけど」

 

六華は拳を握った。

 

「だからこそ、これから作る思い出は誰にも奪えない」

 

一花は六華を見る。

 

「……六華」

 

「私、決めた」

 

「何を?」

 

「もう遠慮しない」

 

六華はまっすぐ前を見る。

 

「悠飛に好きだって思ってもらえるように頑張る」

 

一花は少しだけ笑った。

 

「そっか」

 

「うん」

 

「じゃあ……ライバルだね」

 

「そうだね」

 

二人の視線が交差する。

 

険悪な空気はない。

 

むしろ。

 

不思議と清々しかった。

 

「一花」

 

「何?」

 

「私、負けないから」

 

「ふふ」

 

一花は笑う。

 

「私も」

 

そして二人は。

 

それぞれの道へ歩き出した。

 

 

その日の帰り道。

 

六華は一人で歩いていた。

 

スマートフォンを取り出す。

 

悠飛とのメッセージ履歴。

 

『明日の勉強会、数学やるぞ』

 

『了解』

 

たったそれだけのやり取り。

 

それでも。

 

六華は少し笑った。

 

「……明日」

 

明日こそ。

 

少しだけ踏み込もう。

 

そんなことを考えていた。

 

すると。

 

「六華!」

 

後ろから声がする。

 

「……?」

 

振り返る。

 

悠飛だった。

 

「悠飛?」

 

「一人で帰ってたのか」

 

「うん」

 

「駅まで一緒に行こう」

 

「……!」

 

胸が高鳴る。

 

「いいの?」

 

「もちろん」

 

悠飛は当たり前のように答えた。

 

二人は並んで歩き始めた。

 

「今日はどうした?」

 

「何が?」

 

「何となく、いつもと雰囲気が違う」

 

「……分かる?」

 

「ああ」

 

「悠飛はそういうところ鋭いよね」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

六華は笑う。

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

「悠飛は」

 

「うん」

 

「昔のこと、少しずつ思い出してるんだよね?」

 

「ああ」

 

「どんなことを思い出したの?」

 

「七人で遊んでいたこと」

 

「……」

 

「小さな公園とか」

 

「……」

 

「夏祭りとか」

 

「……」

 

「誰かが泣いてたこともあった気がする」

 

六華の足が止まりそうになる。

 

「誰かが?」

 

「ああ」

 

「……誰?」

 

「分からない」

 

悠飛は苦笑する。

 

「顔が思い出せないんだ」

 

「そう……」

 

六華は前を向く。

 

胸が少し痛い。

 

「悠飛」

 

「ん?」

 

「もし」

 

六華は慎重に言葉を選ぶ。

 

「昔の記憶が全部戻ったら」

 

「うん」

 

「今の私たちって、変わると思う?」

 

「……」

 

悠飛は考え込む。

 

「分からない」

 

「そっか」

 

「でも」

 

悠飛は続けた。

 

「変わったとしても」

 

「……」

 

「今まで一緒に過ごした時間まで消えるわけじゃない」

 

六華は目を見開く。

 

「……そうだね」

 

「だから、俺は今を大事にしたい」

 

「……」

 

六華は笑った。

 

「悠飛らしい」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

六華は心の中で決めた。

 

――やっぱり、この人が好き。

 

過去の記憶がどうであろうと。

 

未来がどうなろうと。

 

今ここにいる悠飛を好きになった。

 

それだけは変わらない。

 

 

駅前。

 

「じゃあ、また明日」

 

悠飛が言う。

 

「うん」

 

六華は一度立ち止まった。

 

「悠飛」

 

「ん?」

 

「明日の勉強会」

 

「うん」

 

「終わったら……少し時間ある?」

 

「あると思う」

 

「じゃあ」

 

六華は少し緊張しながら笑った。

 

「一緒に帰らない?」

 

「もちろん」

 

「……ありがとう」

 

六華は笑う。

 

「じゃあ、また明日」

 

「ああ」

 

悠飛と別れる。

 

その背中を見ながら。

 

六華は胸に手を当てた。

 

「……よし」

 

これまで。

 

遠くから見つめているだけだった。

 

けれど。

 

もう違う。

 

「私は」

 

六華は小さく呟く。

 

「悠飛の隣に行く」

 

 

翌日。

 

放課後の図書室。

 

勉強会が始まる。

 

「今日は数学だ」

 

風太郎が問題集を開く。

 

「うえぇ……」

 

四葉が嫌そうな声を出す。

 

「昨日も数学だったじゃん」

 

一花が言う。

 

「苦手分野を潰すには必要だ」

 

風太郎は即答する。

 

「風太郎、厳しいな」

 

悠飛が笑う。

 

「お前が甘いんだ」

 

「そうかな」

 

「そうだ」

 

そんな二人の会話を聞きながら。

 

六華は問題集を開く。

 

だが。

 

視線は時々。

 

悠飛へ向いていた。

 

「……」

 

悠飛が問題を解く姿。

 

真剣な表情。

 

時折、四葉や一花に教えている。

 

誰かが分からなければ、丁寧に説明する。

 

それを見て。

 

六華は微笑んだ。

 

――やっぱり。

 

好き。

 

そして。

 

今日。

 

決めたことを実行する。

 

 

勉強会が終わった。

 

「お疲れ」

 

風太郎たちが帰っていく。

 

六華は悠飛のところへ向かった。

 

「悠飛」

 

「ん?」

 

「帰ろう」

 

「ああ」

 

二人は図書室を出る。

 

夕方の校舎。

 

並んで歩く。

 

「……」

 

六華は緊張していた。

 

何を話そう。

 

どう切り出そう。

 

頭の中で何度も考える。

 

けれど。

 

「六華」

 

「ん?」

 

「今日、何かあった?」

 

「……」

 

「さっきから静かだから」

 

「……ふふ」

 

六華は笑った。

 

「やっぱり悠飛には敵わないな」

 

「何が?」

 

「何でもない」

 

そして。

 

六華は決意する。

 

「ねえ、悠飛」

 

「うん」

 

「今度の休日」

 

「休日?」

 

「一緒に出かけない?」

 

悠飛は少し考えた。

 

「いいぞ」

 

「……!」

 

六華の顔が明るくなる。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「どこに行きたい?」

 

「六華が決めていい」

 

「……」

 

六華は少し考える。

 

そして。

 

「じゃあ」

 

笑った。

 

「子供の頃に行った場所に行きたい」

 

「……」

 

悠飛の表情が変わった。

 

「子供の頃?」

 

「うん」

 

「何となく」

 

六華は胸に手を当てる。

 

「そこなら、何か思い出せそうな気がするから」

 

悠飛は頷いた。

 

「分かった」

 

「ありがとう」

 

「楽しみにしてる」

 

「私も」

 

二人は歩いていく。

 

その後ろ姿を。

 

校舎の窓から見ている少女がいた。

 

「……」

 

一花だった。

 

さらに少し離れた場所には。

 

四葉もいた。

 

「……六華ちゃん」

 

二人とも。

 

何も言わなかった。

 

ただ。

 

悠飛の隣へ進み始めた六華を見つめていた。

 

 

その夜。

 

六華は自分の部屋で、一枚の古い写真を机の上に置いた。

 

そこには。

 

幼い五つ子。

 

幼い六華。

 

そして。

 

一人の少年。

 

如月悠飛。

 

七人が笑っている。

 

「……」

 

六華は写真を指でなぞる。

 

「覚えてる」

 

全部ではない。

 

でも。

 

少しだけ。

 

幼い日の記憶が蘇る。

 

『六華ちゃんも一緒に遊ぼう!』

 

『うん』

 

『悠飛くん、こっち!』

 

『待って!』

 

『みんなで行こう!』

 

笑い声。

 

夕焼け。

 

小さな手。

 

そして。

 

幼い悠飛が。

 

六華に差し出した手。

 

『大丈夫だよ』

 

『……うん』

 

六華の目から。

 

涙が一粒落ちた。

 

「……悠飛」

 

写真を胸に抱く。

 

「私」

 

「もう、逃げない」

 

誰かに譲るつもりもない。

 

五つ子の従姉妹だからと。

 

一歩引くつもりもない。

 

「一花にも」

 

「四葉にも」

 

「負けない」

 

そして。

 

六華は笑った。

 

「いつかちゃんと伝える」

 

――好き。

 

その一言を。

 

自分の言葉で。

 

悠飛本人に。

 

その決意が。

 

六華の胸に灯った。

 

二十年間。

 

胸の奥で眠っていた恋心が。

 

今。

 

ようやく。

 

少女自身の手で。

 

未来へ向かって歩き始めた。

 

 

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