『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
秋の気配が少しずつ深まっていた。
旭高校の校庭では、日の出祭に向けた準備が始まり、放課後になるとあちこちから生徒たちの声が聞こえてくる。
そんな中、いつもの図書室では、今日も勉強会が行われていた。
「……ここが分からない」
一花が問題集を覗き込みながら首を傾げる。
「この公式を使えばいい」
悠飛が隣から説明する。
「こう?」
「そう。そのまま代入すればいい」
「……できた」
一花の顔がぱっと明るくなる。
「悠飛くん、教えるの上手だね」
「風太郎ほどじゃないけどな」
「いや、俺より説明が簡潔だから分かりやすい場合もある」
風太郎が向かい側から口を挟む。
「お前ら、もっと真面目にやれ」
「はーい」
一花が笑う。
その様子を。
少し離れた席から六華が見ていた。
「……」
六華は問題集に視線を戻す。
しかし。
どうしても気になってしまう。
一花と悠飛。
二人は最近、以前より距離が近い。
そして。
「悠飛さん!」
四葉が別の方向から声をかける。
「ここも教えてください!」
「どれ?」
「これです!」
四葉が椅子を持って近づいてくる。
「これはな――」
「なるほど!」
四葉が嬉しそうに笑う。
「分かりました!」
「よかったな」
「はい!」
その笑顔。
それを見た六華は。
小さく息を吐いた。
「……三人」
一花。
四葉。
そして自分。
「……」
いつの間にか。
悠飛を中心に。
三人の距離が変わり始めていた。
◇
「六華」
「……」
「六華?」
「え?」
気がつくと。
一花が目の前に立っていた。
「どうしたの?」
「何でもない」
「本当に?」
「うん」
一花は六華の顔を見る。
「……」
「何?」
「ちょっと考え事してたでしょ」
「……」
六華は苦笑する。
「よく見てるね」
「六華のことだから」
「従姉妹だから?」
「それもある」
一花は少しだけ笑う。
「でも」
「?」
「今はライバルだから」
「……」
六華も笑った。
「そうだったね」
「うん」
二人の間に。
以前とは違う空気が流れている。
険悪ではない。
けれど。
譲るつもりもない。
そんな微妙な距離。
そして。
「何話してるんだ?」
悠飛がやってくる。
「何でもないよ」
一花が笑う。
「六華と女の子同士の話」
「そうか」
「悠飛くんには秘密」
「了解」
悠飛は笑った。
六華も笑う。
しかし。
その笑顔の奥には。
それぞれの想いがあった。
◇
その日の帰り道。
四葉が悠飛の隣を歩いていた。
「悠飛さん!」
「ん?」
「今日はありがとうございました!」
「勉強のことか?」
「はい!」
四葉は嬉しそうに笑う。
「最近、少しずつ分かるようになってきました!」
「それは四葉が頑張ってるからだ」
「でも、悠飛さんたちが教えてくれるからですよ」
「なら、これからも頑張ろう」
「はい!」
二人の後ろ。
一花と六華が歩いていた。
「……」
一花が六華を見る。
「ねえ」
「何?」
「四葉って」
「うん」
「悠飛くんのこと、好きだよね」
六華は一瞬黙る。
「……そう思う」
「だよね」
「一花は?」
「私?」
一花は前を歩く悠飛を見る。
「もちろん」
迷いのない答えだった。
「私も好き」
「……」
六華は苦笑する。
「堂々と言うね」
「隠す理由もないから」
「強いな」
「六華だって」
「……」
六華は少しだけ笑う。
「私も負けない」
「うん」
一花も笑った。
「じゃあ、三人とも同じだね」
「……」
「悠飛くんが好き」
三人の距離は。
近づいている。
同時に。
複雑になっていた。
◇
翌日の放課後。
武道場。
「今日は四葉、来ないのか?」
悠飛が一人で準備をしている。
そこへ。
「来るよ」
一花が入ってきた。
「一花?」
「私が代わりに相手してあげようかな」
「武道、できるのか?」
「少しくらい」
「じゃあ、無理はするなよ」
「うん」
一花は道着に着替える。
そして。
悠飛と向き合った。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
開始。
一花は構える。
「……」
悠飛が動く。
「!」
一花は反応する。
だが。
次の瞬間。
「わっ!」
身体が崩れる。
悠飛が腕を支えた。
「大丈夫か?」
「……」
一花の顔が近い。
近すぎる。
「……」
二人とも固まった。
「一花?」
「……悠飛くん」
「……」
「その」
「うん」
「手、離してくれない?」
「あ」
悠飛が慌てて手を離す。
「悪い」
「ううん」
一花は顔を赤くしながら笑う。
「ありがとう」
「怪我がなくてよかった」
「……」
一花は胸に手を当てる。
心臓が。
ものすごい勢いで鳴っていた。
――近い。
――こんなの。
――意識しないほうが無理だよ。
「一花?」
「何?」
「顔、赤いぞ」
「……武道場が暑いだけ」
「そうか?」
「そう!」
一花は笑う。
◇
その光景を。
武道場の入口から見ている人影があった。
「……」
四葉。
そして。
その後ろに六華。
「……」
二人とも何も言わない。
四葉は少しだけ笑った。
「一花お姉ちゃん、楽しそうですね」
「……」
六華は答えない。
四葉が横を見る。
「六華ちゃん?」
「何でもない」
「……」
四葉は少し考える。
「六華ちゃん」
「うん?」
「私たち」
「……」
「悠飛さんのこと、好きなんですよね」
六華は驚いた。
「……四葉」
「私、分かります」
四葉は笑った。
「だって」
胸に手を当てる。
「私も同じだから」
「……」
「でも」
四葉は続ける。
「お姉ちゃんたちも六華ちゃんも、大切です」
六華は目を伏せる。
「……優しいね」
「そうですか?」
「うん」
「でも」
四葉の表情が少し変わった。
「恋だけは」
「……」
「譲れません」
六華は目を見開く。
そして。
ふっと笑った。
「私も」
「……」
「譲るつもりはないよ」
二人は。
静かに笑い合った。
◇
武道場から一花が出てくる。
「二人とも、どうしたの?」
「何でもありません!」
四葉が答える。
六華も頷く。
「うん」
「そう?」
一花は首を傾げる。
「じゃあ帰ろうか」
「はい!」
三人は並んで歩き始める。
少し先には悠飛がいる。
「……」
三人の視線が。
同時に悠飛へ向く。
そして。
三人とも。
同時に笑った。
「……」
その様子を。
少し離れたところから見ていた風太郎は。
「……」
ため息をついた。
「面倒なことになってきたな」
隣にいた五月が首を傾げる。
「何がですか?」
「いや」
風太郎は悠飛を見る。
「本人だけが気づいてない」
「……?」
五月には意味が分からなかった。
◇
数日後。
日の出祭の準備が本格化した。
教室では。
「うちのクラス、何やる?」
「喫茶店!」
「演劇!」
「お化け屋敷!」
様々な意見が飛び交う。
一花は女優としての経験を活かして演劇を推し。
四葉はクラス全体が参加できる企画を提案。
六華は予算とスケジュールを計算。
そして。
悠飛は。
「……」
黒板に書かれた案を見ながら考えていた。
「これなら全部組み合わせられる」
「本当に?」
一花が聞く。
「ああ」
「さすが悠飛くん」
四葉も笑う。
「すごいです!」
六華は資料を見る。
「……計算も合ってる」
「まあな」
「本当に何でもできるんだね」
「そんなことない」
悠飛は苦笑する。
「できないこともある」
「例えば?」
一花が聞く。
「料理」
「え?」
「全然できない」
「ふふっ」
一花が笑う。
「意外」
「俺も意外です!」
四葉も笑う。
「六華は?」
「私は……」
六華は考える。
「悠飛の料理、ちょっと食べてみたい」
「やめたほうがいい」
「そんなに?」
「ああ」
三人が笑う。
その瞬間。
悠飛も笑った。
「……」
三人の胸が。
同時に高鳴った。
◇
放課後。
教室には悠飛と三人だけが残っていた。
「今日、遅くなったな」
「そうだね」
一花が言う。
「でも楽しかった」
四葉も頷く。
「はい!」
六華は窓の外を見る。
「夕焼け、綺麗」
「本当だ」
悠飛も窓を見る。
四人で。
同じ景色を見る。
「……」
一花は思った。
――こういう時間が好き。
四葉は思った。
――ずっと続けばいいのに。
六華は思った。
――この時間を、私が大切にしたい。
三人の想いは。
それぞれ違う。
けれど。
向いている先は同じだった。
「悠飛」
一花が呼ぶ。
「ん?」
「今度の日曜日」
「うん」
「一緒に出かけない?」
悠飛が答える前に。
「私も行きたいです!」
四葉が手を挙げた。
「え?」
一花が驚く。
「私も」
六華も続いた。
「……」
悠飛は三人を見る。
「じゃあ」
「……」
「四人で行くか」
三人の顔が。
同時に明るくなる。
「うん!」
「はい!」
「楽しみ」
◇
その夜。
一花はベッドに寝転びながら。
スマートフォンを見る。
『日曜日、四人で出かける』
その予定だけで。
胸が高鳴る。
「……」
四葉も。
自分の部屋で笑っていた。
「楽しみだなぁ」
六華も。
予定を書き込んだ手帳を眺めている。
「……」
そして。
三人とも。
同じことを考えていた。
――もっと近づきたい。
――もっと悠飛を知りたい。
――もっと自分を知ってもらいたい。
まだ。
誰も告白していない。
まだ。
誰も答えを求めていない。
それでも。
三人の距離は。
確実に近づいていた。
友情なのか。
恋なのか。
ライバル心なのか。
それとも。
その全部なのか。
誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは。
如月悠飛を中心に。
中野一花。
中野四葉。
中野六華。
三人の少女の運命が。
少しずつ。
同じ場所へ向かい始めていたことだった。