『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
秋が深まり始めた頃。
中野家では、いつもとは違う重苦しい空気が漂っていた。
「……」
夕食のテーブル。
一花、二乃、三玖、四葉、五月。
五つ子が揃っている。
だが。
誰も口を開こうとはしなかった。
原因は。
テーブルの中央に置かれた一枚の書類だった。
「全国模試の結果か……」
二乃が嫌そうに呟く。
「……」
五月は順位表を見つめた。
「今回も……」
三玖が小さく呟く。
「厳しい」
四葉は困ったように笑う。
「で、でも!」
「四葉」
二乃が遮る。
「無理に明るくしなくていいわ」
「……」
四葉は黙る。
そして。
一花が書類を裏返した。
「問題は成績だけじゃないよ」
「……」
「お父さん」
一花の声が低くなる。
「最近、私たちに何も言わなくなった」
「忙しいんでしょう」
五月が答える。
「病院もありますし」
「それだけかな」
一花が呟く。
そのとき。
玄関の扉が開いた。
「……」
五人が顔を上げる。
帰ってきたのは。
中野マルオだった。
「君たち」
マルオはいつものように感情を表に出さない。
「成績表を見せなさい」
「……」
五人は黙る。
「また悪かったようだな」
「……」
「家庭教師をつける必要がある」
二乃が眉をひそめる。
「またその話?」
「当然だ」
「でも」
「二乃」
マルオが遮る。
「君たちは勉強をしなければならない」
「……」
「将来のためだ」
その言葉。
五人の心に重くのしかかった。
◇
その夜。
五人は同じ部屋に集まっていた。
「……」
二乃がベッドに座る。
「もう嫌」
「二乃……」
五月が声をかける。
「私たち、ずっとこうじゃない」
一花が黙って聞いている。
「勉強しろ」
「成績を上げろ」
「家庭教師をつける」
「……」
二乃は拳を握る。
「私たちの気持ちなんて、誰も聞いてくれない」
「……」
三玖が呟く。
「分かる」
「三玖?」
「私も」
三玖は俯く。
「最近……息苦しい」
四葉も黙って頷いた。
「……」
五月は五人を見る。
「でも」
「五月」
一花が優しく呼ぶ。
「私たちは五人で一緒」
「……」
「だから」
一花は立ち上がった。
「少しだけ、離れよう」
「え?」
四人が一花を見る。
「この家から」
「……!」
五月が目を見開く。
「家出?」
二乃が呟く。
一花は頷いた。
「うん」
「でも……」
四葉が困惑する。
「お父さんが心配するんじゃ」
「心配してくれるかな」
一花の言葉に。
誰も反論できなかった。
◇
翌朝。
五人は荷物をまとめていた。
「必要最低限だけ」
一花が言う。
「分かった」
三玖が頷く。
「これくらいなら」
四葉がリュックを背負う。
「大丈夫です!」
二乃は服を詰め込む。
「こんな家、出てやるんだから」
五月は最後まで迷っていた。
「本当に……いいのでしょうか」
一花が五月の肩に手を置く。
「五月」
「はい」
「私たち五人で決めたことだよ」
「……」
五月は頷いた。
「分かりました」
五人は。
手を繋ぐ。
「せーの」
「「「「「行こう」」」」」
◇
一方。
旭高校。
悠飛は風太郎と昼休みを過ごしていた。
「中野たち」
風太郎が突然言う。
「最近、少し変だ」
「どうした?」
「勉強会にも集中できてない」
「……」
悠飛も思い当たる節があった。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
最近。
全員がどこか疲れている。
「何かあったのか?」
「分からん」
風太郎はため息をつく。
「俺たちに言わないからな」
「……」
その日の放課後。
五人が。
学校に来なかった。
「……」
悠飛はスマートフォンを見る。
連絡もない。
「風太郎」
「ああ」
「何かおかしい」
「俺もそう思う」
◇
夕方。
悠飛のスマートフォンが鳴った。
相手は。
四葉だった。
「四葉?」
『……』
「どうした?」
返事がない。
「四葉?」
『悠飛さん……』
ようやく声が聞こえた。
だが。
いつもの明るさがない。
「今、どこにいる?」
『……言えません』
「何かあったのか?」
『……』
「四葉」
『ごめんなさい』
電話が切れた。
「……」
悠飛は眉を寄せる。
その直後。
風太郎から電話が入った。
「悠飛」
「どうした?」
『中野家に行った』
「うん」
『五人ともいない』
「……!」
『家出したらしい』
「……分かった」
悠飛は立ち上がった。
「探そう」
『ああ』
◇
その頃。
五人は。
駅から少し離れた場所にある小さなアパートの前にいた。
「……ここ?」
二乃が聞く。
「うん」
一花が頷く。
「しばらくここで暮らす」
三玖が周囲を見る。
「思ったより……」
「狭いね」
四葉が言う。
五月は苦笑した。
「でも」
「……」
「五人一緒です」
その言葉に。
全員が笑った。
「そうね」
一花が頷く。
「五人一緒なら」
「何とかなる」
二乃も笑う。
「ここから始めよう」
◇
しかし。
同じ頃。
悠飛と風太郎は。
五人の居場所を探していた。
「どこだ……」
風太郎が焦る。
悠飛は冷静だった。
「五人の性格から考える」
「何か分かるか?」
「豪華な場所には行かない」
「確かに」
「そして」
悠飛は考える。
「五人で一緒にいられる場所」
「……」
風太郎の目が見開かれる。
「そうか」
「思い当たった?」
「ああ」
風太郎はスマートフォンを取り出す。
「前に五人が話していた場所がある」
「どこだ?」
「……」
風太郎が告げる。
「俺たちが勉強会をしている近くのアパートだ」
「……行こう」
◇
夜。
アパート。
五人は小さな部屋に集まっていた。
「布団、どうする?」
四葉が聞く。
「五人なら何とかなるでしょ」
二乃が答える。
「料理は?」
三玖が聞く。
「私がやる」
五月が手を挙げる。
「……」
一花は笑う。
「じゃあ決まり」
その瞬間。
インターホンが鳴った。
「……?」
五人が顔を見合わせる。
「誰?」
二乃が立ち上がる。
インターホンがもう一度鳴る。
「……」
一花が恐る恐る扉を開ける。
「こんばんは」
「……!」
そこに立っていたのは。
悠飛だった。
「悠飛……」
一花が呟く。
後ろには。
風太郎もいる。
「五人とも」
風太郎が言う。
「心配したぞ」
「……」
五月が俯く。
四葉も。
三玖も。
二乃も。
一花も。
誰も言葉が出ない。
悠飛は怒らなかった。
「……無事でよかった」
それだけだった。
「悠飛さん……」
四葉の目に涙が浮かぶ。
「怒らないんですか?」
「怒る理由がない」
「でも」
「家出したことについては、ちゃんと話し合う必要がある」
悠飛は穏やかに言う。
「だけど」
「……」
「五人が無事だったことが一番大事だ」
その言葉に。
五人の胸が温かくなる。
◇
「私たち」
一花が話し始めた。
「もう少し、自分たちでやってみたかった」
「……」
「お父さんに何を言っても」
「勉強しろ」
「将来のためだ」
「そればかり」
二乃が続ける。
「だから出たの」
悠飛は頷く。
「分かった」
「……」
「なら」
悠飛は言う。
「ここで生活するなら」
「……」
「俺たちも協力する」
風太郎が驚く。
「悠飛?」
「家賃や生活費は?」
「そこは俺の家から援助できる」
「……!」
五人が驚く。
「もちろん」
悠飛は続ける。
「ただし」
「……?」
「勉強は続ける」
風太郎が頷く。
「俺も手伝う」
「家庭教師として?」
二乃が尋ねる。
「違う」
悠飛が答える。
「友達として」
五人が顔を上げた。
「家庭教師じゃない」
悠飛は笑った。
「友達として、一緒に勉強する」
「……」
五月が目を潤ませる。
「ありがとうございます」
◇
その夜。
五人は。
新しい部屋で眠る準備をしていた。
「ねえ」
一花が言う。
「今日」
「何?」
二乃が聞く。
「悠飛くんが来てくれてよかったね」
「……」
三玖が頷く。
「うん」
四葉も笑う。
「悠飛さんは優しいです」
五月も頷く。
「本当に」
そして。
誰も気づいていなかった。
この家出が。
五人と悠飛の関係を。
大きく変えていくことを。
五人は。
自分たちの力で生活することを学ぶ。
悠飛と風太郎は。
家庭教師ではなく友人として。
彼女たちを支えていく。
そして。
一花。
四葉。
六華。
三人の恋心も。
少しずつ。
その距離を縮めていく。
◇
翌朝。
悠飛は自宅へ戻った。
「お兄ちゃん」
玄関で待っていたのは。
妹の莉々華だった。
「お帰りなさい」
「ああ」
「どこ行ってたんですか?」
「中野たちのところ」
「……」
莉々華の表情が変わる。
「五つ子?」
「そう」
「またですか?」
「またって」
「お兄ちゃん、最近あの人たちの話ばかりです」
「そうか?」
「そうです!」
莉々華は頬を膨らませる。
「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんですからね!」
「分かってる」
悠飛は苦笑した。
「心配するな」
「……本当ですか?」
「ああ」
莉々華は少し安心する。
だが。
彼女もまだ知らない。
これから始まる。
五つ子との新しい生活。
そして。
悠飛を巡る。
三人の恋の行方を。
秋の夜は。
静かに更けていった。