『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
秋の夜。
五つ子が中野家を出て、安いアパートで暮らし始めてから数日が経った。
最初は戸惑いばかりだった。
狭い部屋。
少ない家具。
自分たちで作らなければならない食事。
洗濯。
掃除。
そして何より――。
「……お金、足りるかな」
テーブルの上に並べられた家計簿を見ながら、五月が唸った。
「大丈夫でしょ」
二乃が言う。
「私たちには悠飛がいるんだから」
「二乃、それは言い方が悪い」
一花が苦笑する。
「悠飛くんに頼り切るわけじゃないよ」
「分かってるわよ」
二乃は頬を膨らませる。
「でも、助けてくれるって言ってくれたじゃない」
その通りだった。
悠飛は五つ子の生活費について、両親に相談していた。
父・明馬はIT企業を経営している。
息子から事情を聞いた明馬は、迷うことなく援助を了承した。
「困っている友人を助ける。それだけだろ」
それが明馬の答えだった。
母・明美も美容院の仕事をしながら、
「無理をさせないようにしてあげなさい」
と悠飛に伝えていた。
そのため、五つ子たちは最低限の生活に困ることはなかった。
ただし。
「勉強は続けること」
それだけは、悠飛と風太郎から何度も言われている。
「……」
五月が教科書を見る。
「今日も勉強会ですか?」
「当然」
風太郎が答える。
「家を出たからといって、勉強まで捨てる理由にはならない」
「うっ……」
四葉が机に突っ伏す。
「風太郎くん、厳しいです」
「甘やかしても成績は上がらん」
「悠飛さんは?」
四葉が隣を見る。
悠飛は笑っていた。
「俺も勉強したほうがいいと思うぞ」
「悠飛さんまで!」
「ただし」
悠飛は続ける。
「今日は短めにする」
「本当ですか!?」
「ああ」
四葉の顔が明るくなる。
「やった!」
「その代わり、集中すること」
「はい!」
その様子を見ながら。
一花は微笑んだ。
「なんだか……」
「ん?」
「家庭教師が二人いるみたい」
風太郎が眉をひそめる。
「俺は家庭教師じゃない」
悠飛も笑う。
「俺たちは友達だろ」
「……」
その言葉に。
五つ子たちは顔を見合わせた。
家庭教師ではない。
親でもない。
教師でもない。
それでも。
自分たちの味方でいてくれる。
それが。
今の五人には嬉しかった。
◇
数日後。
問題が起きた。
「……え?」
一花がスマートフォンを見つめる。
「どうしたの?」
三玖が尋ねる。
「お父さんから」
「何て?」
「戻ってこいって」
二乃の顔が険しくなる。
「今さら?」
「うん」
五月が心配そうに言う。
「何かあったのでしょうか」
「たぶん」
一花は画面を見つめる。
『これ以上、君たちを好き勝手にはさせない』
短い文章。
だが。
五人には十分だった。
「……帰りたくない」
二乃が呟く。
「私も」
三玖も頷く。
四葉は俯く。
五月は黙っている。
一花がスマートフォンを伏せた。
「みんな」
「うん」
「私たちは五人で決めた」
「……」
「戻らない」
全員が頷いた。
◇
翌日。
学校。
五人はいつも通り登校した。
だが。
教室に入った瞬間。
何かがおかしいことに気づいた。
「……」
机の上に置かれた紙。
『中野姉妹、今日中に中野家へ戻ること』
「……」
二乃が紙を握り潰す。
「誰よ、こんなの」
「学校側からでしょうか?」
五月が言う。
「違うと思う」
一花が答える。
そのとき。
「中野」
声がした。
振り返ると。
マルオの秘書・江端が立っていた。
「少し話がある」
「……」
五人は顔を見合わせる。
「お父さんからですか?」
五月が聞く。
「そうだ」
江端は静かに言う。
「君たちには、今の生活を続ける資格がない」
「……!」
二乃が立ち上がる。
「何ですって?」
「落ち着きなさい」
「落ち着けるわけないでしょ!」
江端は五人を見つめる。
「君たちの父親は心配している」
「だったら」
二乃は言い返す。
「私たちの話を聞いて!」
「……」
江端は黙る。
そのとき。
「江端さん」
悠飛が口を挟んだ。
「五人は自分たちで決めたんです」
「如月君」
「無理に連れ戻す必要はないと思います」
「……」
江端は悠飛を見る。
「君の家から援助を受けていることも聞いている」
「はい」
「君の家庭が裕福だからといって」
「分かっています」
悠飛は穏やかに答える。
「だからこそ、生活費だけを支えるつもりです」
「……」
「五人の人生まで、俺が決めるつもりはありません」
江端はしばらく黙った。
やがて。
「分かった」
そう言って去っていった。
五つ子たちは悠飛を見つめる。
「……ありがとう」
一花が言う。
「気にするな」
「悠飛くん」
「ん?」
「本当にありがとう」
「友達だから」
また。
その言葉。
一花の胸に響いた。
◇
しかし。
その日の放課後。
事態は急変した。
五人がアパートへ帰ると。
「……え?」
部屋の前に男たちが立っていた。
「誰?」
二乃が警戒する。
「中野さんたちですね」
男の一人が言う。
「お父様がお待ちです」
「帰りません」
二乃が即答する。
「それは困ります」
男が近づく。
「……!」
四葉が一歩下がる。
その瞬間。
「やめろ」
低い声が響いた。
「……!」
悠飛だった。
その隣には風太郎もいる。
「悠飛さん!」
四葉が駆け寄る。
「大丈夫か?」
「はい!」
悠飛は男たちを見る。
「五人に手を出すなら」
「……」
「俺が相手になる」
「如月さん」
男が言う。
「これは中野家の問題です」
「そうかもしれない」
悠飛は答える。
「でも」
「……」
「友達が嫌がっているのに、無理やり連れて行くのを黙って見ているつもりはない」
男たちは顔を見合わせた。
そこへ。
「悠飛!」
莉々華の声が聞こえた。
「……?」
悠飛が振り返る。
莉々華が走ってくる。
「お兄ちゃん!」
「莉々華?」
「お父さんから聞きました」
莉々華は五つ子を見る。
「この人たちを守ってるんですよね?」
「そうだけど」
莉々華は胸を張る。
「なら、私も手伝います!」
「莉々華……」
「お兄ちゃんは一人で全部背負いすぎです!」
その言葉に。
悠飛は苦笑した。
「ありがとう」
◇
結局。
男たちは引き下がった。
しかし。
五人の問題は終わらなかった。
「……」
夜。
五つ子はアパートの屋上にいた。
「どうする?」
一花が尋ねる。
「このままじゃ」
三玖が呟く。
「また来る」
「……」
四葉が空を見る。
「私たち」
「うん」
「何かを変えないといけないのかもしれません」
五月が頷く。
「そうですね」
二乃は拳を握る。
「でも」
「……?」
「五人一緒ってことだけは譲らない」
一花が笑う。
「当然」
◇
その翌日。
風太郎から提案があった。
「中野」
「何?」
「一度、父親と直接話したらどうだ」
「……」
「逃げ続けても解決しない」
五月が考える。
「でも……」
「俺も行く」
悠飛が言った。
「俺も」
風太郎が続く。
「二人とも……」
一花は驚いた。
悠飛が笑う。
「五人だけで戦う必要はない」
「……」
「俺たちも友達だから」
◇
中野家。
久しぶりに戻った五人。
玄関を開ける。
「……」
そこにはマルオがいた。
「帰ってきたか」
「……」
一花が前へ出る。
「お父さん」
「何だ」
「私たちは」
一花は五人を見た。
「この家に戻りたくない」
マルオの表情が変わる。
「理由は?」
二乃が答える。
「私たちのことを、何も聞いてくれないから」
三玖が続ける。
「勉強だけ見てる」
四葉。
「私たちは人形じゃありません」
五月。
「自分たちで考えて決めたいです」
そして。
一花が言った。
「五人一緒でいたい」
マルオは黙った。
長い沈黙。
やがて。
「……分かった」
「え?」
「好きにしなさい」
五人は驚く。
「ただし」
マルオは続ける。
「勉強を捨てることだけは許さない」
「……」
五月が頷く。
「分かりました」
◇
帰り道。
五人は並んで歩いていた。
「……」
誰も口を開かない。
すると。
悠飛が言った。
「これで少しは落ち着いたな」
「うん」
一花が答える。
「ありがとう」
「だから気にするなって」
「でも」
一花は笑う。
「ありがとう」
四葉も続く。
「ありがとうございました!」
三玖も。
「ありがとう」
二乃も。
「……まあ、感謝してあげる」
五月も。
「本当にありがとうございます」
悠飛は笑った。
「五人とも」
「何?」
「困ったときは言ってくれ」
「……」
「一人で抱え込むな」
その言葉を聞いて。
四葉の胸が温かくなる。
◇
その夜。
六華が悠飛の家を訪れた。
「悠飛」
「六華?」
「今日は大変だったね」
「ああ」
「五つ子たち、大丈夫?」
「うん」
六華は安心したように笑う。
「よかった」
「六華も心配してたのか?」
「もちろん」
少し沈黙。
「……悠飛」
「ん?」
「私も」
「……」
「困ったときは頼ってね」
「分かった」
「約束」
「ああ」
六華は笑った。
そして。
心の中で思う。
――私も。
――悠飛の支えになりたい。
◇
その翌週。
五つ子たちの生活は少しずつ落ち着いていった。
勉強会も続いている。
成績も。
少しずつ。
上向き始めていた。
「よし!」
風太郎が答案を並べる。
「前回より全員上がっている」
「本当ですか!」
四葉が喜ぶ。
「やった!」
五月も嬉しそうに笑う。
三玖も小さく頷く。
「努力は無駄じゃない」
二乃も。
「まあ、当然でしょ」
一花は悠飛を見る。
「ありがとう」
「みんなが頑張った結果だ」
「……」
一花は笑った。
その光景を見て。
悠飛も笑う。
これで。
全てが上手くいった。
――そう思っていた。
だが。
この頃。
五つ子たちの中では。
別の問題が芽生え始めていた。
「……」
一花。
「……」
四葉。
そして。
六華。
三人の恋心。
まだ誰も。
悠飛には告げていない。
しかし。
「……」
一花は悠飛を見る。
「……」
四葉も見る。
「……」
六華も見る。
三人の視線が交差する。
そして。
三人とも。
静かに笑った。
誰も譲る気はない。
◇
その日の帰り道。
七人は久しぶりに一緒に歩いていた。
悠飛。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
六華。
幼い頃と同じ。
七人。
だが。
全員の心は。
あの頃とは違う。
友情。
家族。
恋。
様々な感情が入り混じっている。
ふと。
悠飛が立ち止まった。
「……」
「悠飛?」
六華が声をかける。
「何か思い出した」
「え?」
悠飛は頭を押さえる。
「昔……」
「……」
「七人で」
「……」
「こうやって歩いた気がする」
五つ子たちが顔を見合わせる。
「私も」
四葉が呟く。
「……なんとなく」
一花も。
「私も」
六華も頷く。
「……私も」
その瞬間。
悠飛の脳裏に。
一瞬だけ。
幼い少女たちの笑顔が浮かんだ。
そして。
一人の少女が。
悠飛の手を握っている。
「……誰だ?」
その顔だけが。
どうしても思い出せない。
けれど。
確かに。
大切な存在だった。
「……」
悠飛は空を見上げる。
「いつか」
「……?」
「全部思い出せるかな」
一花が笑う。
「きっと」
四葉も。
「思い出せますよ!」
六華も。
「そのときまで」
「……」
「今の思い出を増やしていこう」
悠飛は笑った。
「ああ」
七人は再び歩き出す。
その背中を夕日が照らしていた。
――七人の幼馴染。
忘れていた過去。
今、築いている現在。
そして。
まだ誰にも分からない未来。
この「七つのさよなら」は。
過去の関係に別れを告げるためのものではない。
むしろ。
新しい関係へ進むための。
最初の一歩だった。