『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
翌日の放課後。
旭高校の図書室には、普段とは少し違った空気が流れていた。
窓から差し込む夕日。
静かな室内。
本棚の間を抜ける春の風。
そして――。
「……本当に来たんだ」
中野二乃が、少し意外そうに呟いた。
「約束したからな」
答えたのは如月悠飛だった。
その隣には上杉風太郎が座っている。
向かいには、一花、二乃、三玖、四葉、五月。
そして――。
「私もいるけど」
中野六華が椅子を引いて座った。
「もちろん六華も参加だ」
悠飛が笑う。
「同じクラスなんだから、一緒に勉強した方がいいだろ?」
「……そうね」
六華は小さく笑った。
昨日決まった勉強会。
五つ子と六華。
そして悠飛と風太郎。
七人で始める最初の勉強会だった。
「それじゃあ、始めるぞ」
風太郎が教科書を開く。
「今日は数学と英語を中心にやる」
「うげぇ……」
四葉が机に突っ伏した。
「勉強ですか……」
「当たり前だ」
「遊びじゃないんですか?」
「誰が遊びだと言った」
「悠飛くん!」
四葉が助けを求めるように悠飛を見る。
「俺も勉強するぞ」
「そんなぁ!」
「四葉」
悠飛は笑いながら言う。
「昨日の小テスト、結構できてたじゃないか」
「え?」
「採点前だから確定じゃないけど、途中式を見る限り悪くない」
「本当ですか?」
「ああ」
四葉の顔が明るくなる。
「じゃあ頑張ります!」
「単純ね」
二乃が呆れたように笑う。
「でも、そういうところが四葉らしい」
一花も微笑む。
三玖は教科書を開きながら、悠飛を見る。
「……教え方、上手」
「そうか?」
「うん」
五月も頷く。
「説明が分かりやすいです」
「それならよかった」
風太郎が横から口を挟む。
「悠飛は人に説明する時、相手の理解度に合わせて話し方を変えるからな」
「へえ」
一花が興味深そうに悠飛を見る。
「じゃあ、風太郎くんは?」
「俺は普通に説明する」
「それはそれで風太郎らしいね」
「どういう意味だ」
図書室に小さな笑いが起きた。
そんな光景を見ながら、六華は静かに微笑んでいた。
しかし。
その胸の奥には、昨日から消えない疑問があった。
――如月悠飛。
その名前。
その顔。
その声。
どうしてこんなにも懐かしいのだろう。
六華は教科書へ視線を戻す。
けれど。
文字が頭に入ってこない。
「……」
「六華?」
突然、悠飛に声をかけられた。
「え?」
「さっきから同じところを見てるぞ」
「……あ」
六華は慌てて教科書を見る。
「ごめん。ちょっと考え事してた」
「分からないところか?」
「ううん」
六華は首を横に振る。
「そういうわけじゃない」
「ならいいけど」
悠飛はそれ以上追及しなかった。
その優しさに、六華の胸が少しだけ高鳴る。
「……ありがとう」
「ん?」
「何でもない」
六華は笑った。
◇
勉強会が始まって一時間。
風太郎は五つ子それぞれの答案を確認していた。
「……なるほど」
「どう?」
一花が尋ねる。
「全員、苦手分野が違う」
「やっぱり?」
「一花は国語系は強いが数学が弱い」
「うっ……」
「二乃は暗記系が強い」
「当然でしょ」
「三玖は歴史に関してはかなり優秀」
「……好きだから」
「四葉は――」
「はい!」
四葉が元気よく手を挙げる。
「私です!」
「お前は、まず授業中に寝ないことから始めろ」
「ひどい!」
「事実だ」
「悠飛くん!」
「俺も風太郎と同意見」
「悠飛くんまで!」
一同が笑う。
五月はそんな二人を見て微笑んだ。
「悠飛さんと上杉くんは、本当に息が合っていますね」
「そうだな」
悠飛が答える。
「長く一緒にいるからな」
「高校からですか?」
「そうだ」
五月は少し考える。
「それなのに、ずいぶん昔からの友人のように見えます」
「よく言われる」
風太郎が答えた。
「こいつとは、妙に気が合うんだ」
「風太郎とは考え方が似てる部分があるからな」
「……似ている?」
二乃が首を傾げる。
「二人とも真面目ってこと?」
「違う」
風太郎が即答する。
「悠飛は俺より適当だ」
「おい」
「事実だ」
「まあ、否定はしないけど」
悠飛が笑う。
「でも、俺は風太郎のそういうところが好きだよ」
「……急に何を言っている」
「友達としてだ」
「分かってる」
風太郎はため息をついた。
一花がクスクス笑う。
「男同士の友情っていいね」
「一花、変な言い方をするな」
二乃が突っ込む。
「ふふ」
◇
その頃。
六華は一人で数学の問題を解いていた。
「……」
計算。
途中式。
答え。
一つずつ進めていく。
「……できた」
顔を上げる。
悠飛がこちらを見ていた。
「正解」
「え?」
「今の問題」
悠飛は笑う。
「ちゃんと合ってる」
「見てたの?」
「偶然な」
「……そう」
六華は少しだけ嬉しくなる。
「六華は結構できるな」
「ありがとう」
「五つ子の中ではどうなんだ?」
「私?」
六華は少し考える。
「平均くらいかな」
「謙遜だな」
「そうでもないよ」
六華は笑った。
「私は、お姉ちゃんたちみたいに目立つタイプじゃないから」
「目立つ必要なんてないだろ」
悠飛がさらりと言った。
「六華は六華なんだから」
「……」
六華の手が止まる。
「どうした?」
「……ううん」
六華は顔を伏せた。
「そういうところ」
「何が?」
「昔から変わってない気がする」
「……」
今度は悠飛が黙った。
「やっぱり」
六華が顔を上げる。
「悠飛もそう思う?」
「……ああ」
二人は見つめ合う。
「俺たち、昔会ってたのかもしれないな」
「うん」
六華は小さく頷く。
「絶対に」
◇
勉強会が終わる。
「今日はここまでだ」
風太郎が時計を見る。
「明日もやるぞ」
「えぇ……」
四葉が露骨に嫌そうな顔をする。
「何だその顔は」
「毎日ですか?」
「毎日だ」
「鬼!」
「成績を上げたいなら当然だ」
「悠飛くん!」
「風太郎に賛成」
「悠飛くんまで!」
一花たちが笑う。
その中で六華は静かに荷物をまとめていた。
「六華」
「何?」
「一緒に帰るか?」
悠飛が声をかける。
「……いいの?」
「ああ」
「じゃあ、お願い」
六華の表情が明るくなる。
それを見た四葉が「あっ」と声を上げた。
「六華、悠飛くんと帰るんですか?」
「うん」
「じゃあ、私も!」
「四葉」
一花が笑う。
「邪魔しちゃダメだよ」
「えっ?」
四葉が目を丸くする。
「邪魔?」
「そういう意味じゃないけどね」
一花は意味ありげに笑った。
六華は少し頬を赤くする。
「一花……」
「何?」
「からかわないで」
「はいはい」
一花は笑った。
◇
学校を出る。
悠飛と六華。
二人だけの帰り道。
夕焼けが二人を照らしていた。
「……静かだね」
六華が言う。
「そうだな」
「五つ子と一緒だと、いつも騒がしいから」
「確かに」
悠飛は笑う。
「でも、あれが五人のいいところだと思う」
「うん」
少し歩く。
「悠飛」
「ん?」
「聞いていい?」
「何でも」
六華は少し迷った。
「私たち、本当に昔会ってたと思う?」
悠飛はすぐには答えなかった。
「……思う」
「どうして?」
「感覚かな」
「感覚?」
「ああ」
悠飛は空を見る。
「理屈じゃ説明できないけど、六華を見ていると懐かしいんだ」
「……私も」
「だから、いつか思い出せると思う」
六華は微笑んだ。
「そうだね」
二人は歩き続ける。
すると。
「悠飛!」
前方から声がした。
「お兄ちゃん!」
今度は少女の声。
悠飛が顔を上げる。
「莉々華?」
走ってきたのは、如月莉々華だった。
悠飛の一つ下の学年。
兄である悠飛を慕う、いわゆるブラザーコンプレックス気味の妹だ。
「お疲れさま、お兄ちゃん!」
「どうした?」
「お迎え!」
「別に一人で帰れるぞ」
「知ってる」
莉々華は胸を張る。
「でも、お兄ちゃんと帰りたいから」
「そうか」
悠飛は苦笑する。
六華は二人を見つめていた。
「妹さん?」
「そう。莉々華」
悠飛が紹介する。
「こちらは中野六華。同じクラス」
「中野六華です。よろしく」
六華が頭を下げる。
莉々華も笑顔で挨拶する。
「如月莉々華です。お兄ちゃんがお世話になってます」
「こちらこそ」
「……」
莉々華は六華をじっと見る。
「何?」
「いえ」
莉々華は悠飛の腕に抱きついた。
「お兄ちゃんは昔から人気者なんですね」
「何だよ急に」
「だって」
莉々華は六華を見る。
「お兄ちゃんと一緒に帰ってる女の子なんて珍しいから」
「友達だよ」
悠飛が答える。
「そうですか?」
莉々華は意味深に笑った。
「まあ、いいですけど」
六華は少し困ったように笑った。
「莉々華ちゃんは、お兄さんが大好きなんだね」
「はい!」
即答。
「大好きです!」
「……」
悠飛が頭を抱える。
「少しは隠せ」
「嫌です」
「即答するな」
「だって本当のことですから」
六華は思わず笑った。
「仲がいいね」
「まあな」
悠飛も笑う。
その光景を見て。
六華の中に、また一つ記憶が浮かんだ。
幼い自分。
幼い五つ子。
そして。
幼い悠飛。
『俺の妹、莉々華っていうんだ』
『よろしく!』
『よろしく……』
『みんなで遊ぼう!』
「……」
六華が立ち止まる。
「六華?」
悠飛が振り返る。
「どうした?」
「今……」
六華は胸元を押さえる。
「少し思い出した」
「何を?」
「昔」
六華の目に驚きが浮かぶ。
「悠飛の妹……」
「莉々華?」
「うん」
莉々華も驚く。
「私?」
「小さい頃に会ったことがある」
「……本当ですか?」
莉々華が悠飛を見る。
「俺も分からない」
悠飛は首を傾げる。
「でも、ありそうだな」
「……」
三人は顔を見合わせた。
◇
その夜。
六華は自宅の部屋で、古いアルバムを開いていた。
ページをめくる。
幼少期の写真。
五つ子。
家族。
そして。
一枚。
六華の指が止まる。
「……」
そこには。
幼い五つ子と六華。
そして、一人の少年。
金色の髪。
笑顔。
「……悠飛」
写真の中の少年。
間違いない。
如月悠飛だった。
その隣には幼い莉々華もいる。
「……本当に」
六華の胸が高鳴る。
「私たち、幼馴染だったんだ」
だが。
どうして今まで忘れていたのか。
そこだけは分からない。
◇
同じ頃。
如月家。
悠飛の部屋。
悠飛もまた、古いアルバムを開いていた。
「……」
写真を見る。
そこには幼い自分。
五つ子。
六華。
そして莉々華。
「……やっぱり」
悠飛は呟いた。
「俺たちは、昔から知り合いだった」
ページをめくる。
すると。
一枚だけ、写真の端が破れている。
「……誰だ?」
そこには、もう一人の人物がいたようだった。
悠飛は眉をひそめる。
「この写真……」
記憶の奥底に、何かがある。
しかし。
思い出せない。
その時。
部屋の扉が開いた。
「お兄ちゃん」
莉々華だった。
「まだ起きてたの?」
「ああ」
「何見てるの?」
「昔のアルバム」
莉々華が隣に座る。
「……懐かしい」
「覚えてるか?」
「少しだけ」
莉々華は写真を見る。
「六華ちゃんたち、昔から一緒だったんだね」
「ああ」
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私たち、またみんなで仲良くなれるかな?」
悠飛は少し考える。
そして。
「きっとなれる」
「……うん」
莉々華は笑った。
◇
翌日。
学校。
朝の教室。
五つ子と六華が集まっていた。
「ねえ」
一花が言う。
「昨日、六華と悠飛くんが一緒に帰ったんだって?」
「……うん」
「どうだった?」
「普通だよ」
「本当に?」
「本当」
二乃がニヤニヤする。
「顔赤いわよ」
「赤くない」
「赤い」
三玖も頷く。
「……赤い」
「三玖まで……」
四葉は楽しそうに笑う。
「六華、悠飛くんのこと好きなの?」
「……」
六華は答えない。
「え?」
四葉が首を傾げる。
「六華?」
六華は少しだけ悠飛を見る。
そして。
「……まだ分からない」
そう答えた。
けれど。
その胸の奥では。
一つだけ確かなものがあった。
昔から知っている。
昔から大切だった。
そして。
今も気になる。
如月悠飛。
六華にとって、彼はただのクラスメイトではなかった。
まだ思い出せない記憶の中で。
確かに繋がっている。
◇
一方。
悠飛と風太郎は教室の後方で話していた。
「昨日、六華と帰ったんだってな」
「……何で知ってる?」
「四葉から聞いた」
「情報が早いな」
「五つ子だからな」
風太郎はため息をつく。
「それより」
「何だ?」
「アルバムのことだ」
悠飛の表情が変わる。
「……ああ」
「何か思い出したか?」
「俺たちは確実に昔会っていた」
「そうか」
「五つ子と六華だけじゃない」
「他にもいるのか?」
悠飛は首を横に振る。
「分からない」
風太郎はしばらく黙った。
「無理に思い出す必要はない」
「……」
「記憶ってのは、必要な時に戻ってくるものだ」
悠飛は風太郎を見る。
「風太郎」
「何だ」
「ありがとう」
「礼を言われるようなことはしてない」
「それでも」
悠飛は笑う。
「俺は、お前と友達になれてよかったと思ってる」
「……そうか」
風太郎もわずかに笑った。
「俺もだ」
二人の友情。
それは、この先どんな出来事が起きても揺らがない。
やがて風太郎は、悠飛の絶対的な参謀として。
悠飛の人生を支える存在になっていく。
そして悠飛もまた。
風太郎にとって、かけがえのない親友になる。
まだ高校二年生の今。
そんな未来を知る者は誰もいない。
◇
放課後。
最初の本格的な勉強会が始まった。
六華も五つ子も、昨日より積極的だった。
「ここ、分からない」
一花。
「この問題、もう一度説明して」
二乃。
「……ここ」
三玖。
「悠飛くん、これ合ってますか?」
四葉。
「この公式について質問があります」
五月。
そして。
「悠飛」
六華。
「これで合ってる?」
「合ってる」
「よかった」
風太郎が全体を見渡す。
「なるほど」
「どうした?」
悠飛が尋ねる。
「お前、教えるのも上手いな」
「そうか?」
「ああ」
風太郎は五つ子の答案を見る。
「この調子なら、成績は少しずつ上がる」
「ならよかった」
悠飛は笑う。
そして。
五つ子と六華も笑っている。
まだ始まったばかりの関係。
まだ名前を呼ぶだけで少し照れる距離。
まだ誰も、自分の気持ちを理解していない。
けれど。
その日。
七人の間には、確かな絆が生まれ始めていた。
幼い頃に失われた記憶。
再び始まった友情。
そして。
まだ誰にも言えない恋心。
一花。
四葉。
六華。
三人の想いは、これから少しずつ形を変えていく。
その中心にいる少年――如月悠飛は。
まだ、そのことを知らない。
ただ一つ。
悠飛自身も感じていた。
――この六人を、守りたい。
それがなぜなのか。
今の悠飛には、まだ分からなかった。
だが。
遠い昔。
幼い悠飛は、確かに同じことを言っていた。
『俺がみんなを守る!』
その約束が。
いつか大きな代償を伴って果たされることになる。
右眼の光を失う、その日まで。
そして。
その事件を境に。
五月の悠飛への想いが、大きく変わることになる。
しかし――。
それは、まだ先の話。
今はただ。
七人の幼馴染が。
失われた記憶を取り戻しながら。
もう一度、青春を始めたばかりだった。