『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
冬の朝。
旭高校の校舎は、吐く息が白くなるほど冷え込んでいた。
それでも、教室の中にはいつもとは違う熱気があった。
期末試験の答案が返却される日。
そして――五つ子にとっては、これまでとは意味が違う一日だった。
「……」
一花は自分の机に座り、答案が配られるのを待っている。
二乃は腕を組みながら窓の外を見ていた。
三玖は落ち着かない様子で問題集を閉じる。
四葉は机の上で指を組み、祈るような格好をしていた。
五月は背筋を伸ばし、教師のほうをじっと見ている。
「……緊張します」
五月が小さく呟いた。
「何よ、五月。今さら緊張しても仕方ないでしょ」
二乃が言う。
「ですが……」
「大丈夫だよ」
一花が笑った。
「みんな、ちゃんと勉強したんだから」
「そうです!」
四葉が勢いよく顔を上げる。
「私、過去最高に勉強しました!」
三玖が頷く。
「四葉は、本当に頑張ってた」
「三玖もです!」
「……うん」
五人の間に、以前にはなかった空気があった。
試験前。
誰か一人だけが勉強するのではなく、全員が互いに支え合った。
分からないところがあれば教え合った。
そして何より――
悠飛と風太郎が、最後まで付き合ってくれた。
「……」
一花はふと教室の後ろを見る。
そこには悠飛と風太郎がいた。
悠飛はいつも通り穏やかな表情。
風太郎は腕を組んでいる。
「……悠飛くん」
一花が小さく笑った。
すると悠飛が気づく。
「どうした?」
「ううん。何でもない」
一花は首を横に振った。
その隣では四葉も悠飛を見ている。
「……」
そして六華も。
三人の視線が、一瞬だけ交差する。
「……」
「……」
「……」
誰も何も言わない。
けれど、それぞれの胸には同じ人への想いがあった。
◇
「それでは、答案を返す」
教師が教卓の上に答案を並べる。
教室が静まり返った。
一人ずつ名前が呼ばれる。
「中野一花」
「はい」
一花が立ち上がる。
答案を受け取る。
「……」
点数を見る。
「……!」
思わず目を見開いた。
「どうだった?」
四葉が小声で聞く。
一花は答案を伏せたまま。
「……赤点じゃない」
「本当ですか!?」
四葉の声が少し大きくなる。
「静かに」
二乃が注意する。
一花は笑った。
「うん。大丈夫」
次に。
「中野二乃」
「はい」
二乃が答案を受け取る。
「……」
じっと見る。
そして。
「……ふっ」
小さく笑った。
「どう?」
一花が聞く。
「余裕」
「よかったね」
「当然よ」
二乃は強がる。
だが。
答案を握る手は、ほんの少し震えていた。
自分でも分かっている。
今回は頑張った。
だからこそ、嬉しかった。
「中野三玖」
「はい」
三玖が答案を受け取る。
「……」
じっと見る。
そして。
小さく拳を握った。
「……やった」
「三玖!」
四葉が嬉しそうにする。
「赤点じゃない」
「うん」
三玖の表情は、いつもよりずっと明るかった。
「頑張ってよかった」
「うん!」
◇
「中野四葉」
「はいっ!」
勢いよく立ち上がる四葉。
答案を受け取る。
席へ戻る。
「……」
恐る恐る答案を開く。
「……」
数秒。
「……」
そして。
「やったぁぁぁぁぁっ!」
教室中に声が響いた。
「四葉!」
五月が慌てる。
「全員、見てください!」
「声が大きい!」
二乃が頭を抱える。
四葉は答案を掲げる。
「赤点ありません!」
「よかったね」
一花が笑う。
「はい!」
四葉は満面の笑みだった。
その笑顔を見て。
悠飛も微笑む。
「よく頑張ったな、四葉」
「!」
四葉の顔が一気に赤くなる。
「は、はい!」
「……」
一花がその様子を見て、少しだけ笑う。
六華も静かに見守っていた。
◇
「中野五月」
「はい」
最後に五月。
答案を受け取る。
そして。
「……」
点数を確認する。
「……」
五月は何度も見直した。
「五月?」
一花が声をかける。
「……大丈夫です」
五月は顔を上げた。
「私も、赤点を回避しました」
「やった!」
四葉が五月の手を握る。
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます、四葉」
五月も嬉しそうに笑う。
こうして。
五つ子全員。
赤点回避。
それは。
彼女たちにとって大きな一歩だった。
◇
昼休み。
五人は屋上へ向かった。
悠飛と風太郎も一緒だ。
六華も加わっている。
「いやぁ……」
四葉が空を見上げる。
「本当に全員赤点回避ですよ!」
「だから何度も言わなくても分かる」
二乃が呆れる。
「でも嬉しいじゃないですか!」
「まあ……」
二乃も答案を見る。
「悪くない結果だったし」
三玖が言う。
「前回より全員上がってる」
五月も頷く。
「はい」
一花は答案を眺めながら。
「なんだか、不思議な感じ」
「何が?」
悠飛が聞く。
「最初の頃は、テストなんて嫌で嫌で仕方なかったのに」
「……」
「今は、次はもっと上を目指そうって思える」
悠飛は笑った。
「それは大きな成長だな」
「悠飛くんのおかげだよ」
「俺だけじゃない」
悠飛は風太郎を見る。
「風太郎が一番頑張ってた」
「俺は当然のことをしただけだ」
風太郎はそっけなく答える。
「それに」
風太郎は五人を見る。
「お前らが自分で努力したからだ」
「……」
五人は黙った。
風太郎は続ける。
「俺たちが問題を解いたわけじゃない」
「自分でペンを持って、自分で考えて、自分で答案を書いた」
「だから今回の結果は、お前らのものだ」
四葉の目が輝く。
「風太郎くん……」
「何だ」
「ちょっと格好いいです!」
「うるさい」
悠飛が笑った。
「素直じゃないな」
「お前まで言うな」
◇
昼休みが終わる。
五人は教室へ戻った。
すると。
「おーい、悠飛」
男子生徒が声をかけてきた。
「何?」
「お前、中野姉妹の勉強見てるんだろ?」
「まあ」
「すげえな。五人とも赤点回避って」
「風太郎も一緒にやってるから」
「いやいや。それでも大したもんだ」
その会話を聞いていた四葉が嬉しそうに笑う。
「悠飛さん!」
「ん?」
「次はもっと上を目指しましょう!」
「もちろん」
「私、次は平均点超えます!」
「いい目標だ」
「はい!」
そのやり取りを見ていた一花は。
「……」
胸の奥が温かくなる。
以前の四葉なら。
「赤点を取らない」
それだけで精一杯だった。
今は。
「平均点を超える」
そんな目標を自分から口にしている。
それは。
五人全員がそうだった。
◇
放課後。
いつもの勉強会は、今日は休みになった。
試験が終わったばかりだからだ。
「今日は勉強しない!」
四葉が宣言する。
「珍しいな」
悠飛が笑う。
「たまには遊びたいです!」
「そうね」
一花も頷く。
「久しぶりにみんなでどこか行かない?」
二乃が考える。
「じゃあ、駅前の店にでも行く?」
「賛成」
三玖が答える。
五月は少し迷って。
「……甘いものが食べたいです」
「五月らしい」
六華が笑う。
「じゃあ決まり」
悠飛が言った。
「今日はみんなで遊ぼう」
「はい!」
◇
駅前の商店街。
久しぶりに勉強から解放された五つ子は、楽しそうに歩いていた。
一花はショーウインドウを眺め。
「この服、可愛い」
二乃はアクセサリーを見る。
「こっちのほうが一花に似合いそう」
「本当?」
三玖は本屋の前で足を止める。
「……」
悠飛が気づく。
「三玖、行かなくていいの?」
「行きたい」
「じゃあ行こう」
「うん」
四葉はスポーツ用品店。
「見てください!」
「何?」
「新しいシューズです!」
「買うの?」
「欲しいです!」
五月は。
「私はあちらのケーキ屋さんが……」
「やっぱり」
六華が笑う。
「食べる?」
「はい!」
「じゃあ行こう」
自然と。
それぞれの興味に合わせて。
みんなで歩いていく。
◇
夕方。
ケーキ店。
全員が席につく。
「いただきます!」
五月が一番早くフォークを入れる。
「相変わらずだな」
風太郎が呆れる。
「食べ物は大切です」
「そういう問題か?」
一花が笑う。
「でも今日は頑張ったご褒美だよ」
「そうですよ!」
四葉が頷く。
「全員赤点回避記念です!」
「何その記念」
二乃が笑う。
「いいじゃない」
六華が言う。
「私も賛成」
「じゃあ」
悠飛がグラスを持ち上げる。
「全員赤点回避、おめでとう」
「おめでとう!」
みんなが声を合わせる。
小さな祝杯。
それは。
高校生活の中の。
ささやかな思い出になった。
◇
店を出た後。
空はすっかり暗くなっていた。
「今日は楽しかったです!」
四葉が言う。
「うん」
三玖も頷く。
「またこういう日があるといい」
一花は悠飛を見る。
「……うん」
六華も。
「またみんなで来よう」
悠飛は笑った。
「約束」
「はい!」
◇
その夜。
中野家。
五人はリビングに集まっていた。
「ねえ」
一花が言う。
「何?」
二乃が返す。
「私たち、最初よりずっと変わったよね」
「そうね」
「勉強も」
三玖が言う。
「人間関係も」
四葉。
「考え方も」
五月。
五人は顔を見合わせる。
そして。
一花が言った。
「これからも、みんな一緒だね」
「当たり前でしょ」
二乃が答える。
「うん」
三玖も頷く。
「もちろんです」
五月。
「はい!」
四葉。
六華も微笑む。
「私もいるよ」
「六華も家族みたいなものだからね」
一花が言う。
六華は少し驚き。
「……ありがとう」
その言葉が。
胸に響いた。
◇
同じ頃。
上杉家。
風太郎は答案を机に置いていた。
らいはが覗き込む。
「お兄ちゃん、どうだった?」
「普通」
「普通って?」
「五人全員、赤点回避」
「すごい!」
らいはが笑う。
「お兄ちゃん頑張ったんだね」
「……俺じゃない」
「またそれ?」
らいはが笑う。
「お兄ちゃん、最近変わったよ」
「何が」
「楽しそう」
風太郎は黙る。
そして。
少しだけ笑った。
「……そうかもな」
◇
そして。
如月家。
「お兄ちゃん!」
莉々華が悠飛の部屋に飛び込んでくる。
「どうした?」
「五つ子さんたち、全員赤点回避したんですよね!」
「ああ」
「すごいです!」
「みんな頑張ったからな」
「お兄ちゃんも!」
「俺?」
「はい!」
莉々華は胸を張る。
「お兄ちゃんが頑張ったからです!」
悠飛は苦笑する。
「俺は手伝っただけ」
「それでもです!」
「ありがとう」
莉々華は満足そうに笑った。
「……でも」
悠飛が言う。
「次はもっと大変だ」
「三年生?」
「ああ」
「進路もありますもんね」
「そうだな」
莉々華は少しだけ寂しそうな顔をした。
「高校生活も、あと一年なんですね」
「……」
悠飛も窓の外を見る。
「早いな」
◇
翌朝。
学校へ向かう道。
悠飛と風太郎が並んで歩く。
「三年生か」
風太郎が言う。
「まだ少し先だけどな」
「それでも、あっという間だ」
「ああ」
二人の前には。
一花。
四葉。
六華。
三人が歩いている。
一花が振り返る。
「悠飛くん!」
「ん?」
「早く!」
四葉も手を振る。
「置いていきますよ!」
六華は笑っている。
悠飛と風太郎は顔を見合わせる。
「行くか」
「そうだな」
二人は歩き出す。
◇
今回の期末試験。
五つ子全員、赤点回避。
それは数字だけを見れば。
小さな出来事かもしれない。
しかし。
彼女たちにとっては。
大きな意味を持っていた。
最初は。
勉強から逃げていた。
自分の苦手なものから目を背けていた。
けれど。
今は違う。
自分たちで努力する。
分からなければ聞く。
失敗したらやり直す。
そして。
少しずつ前へ進む。
悠飛と風太郎との友情。
五つ子同士の絆。
六華との関係。
そして。
一花、四葉、六華の胸に芽生えた恋心。
すべてが。
少しずつ変化していた。
そして。
冬はさらに深まっていく。
高校二年生の終わりが近づいていた。
その先に待つのは――
高校三年生。
進路。
修学旅行。
そして。
それぞれの恋が大きく動き始める一年。
悠飛たちはまだ知らない。
この冬の先に。
忘れられない青春の日々が待っていることを。