『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
冬休みも終盤に差しかかった頃。
中野家では、朝から慌ただしい空気が漂っていた。
「……」
一花は鏡の前で髪を整えていた。
二乃はソファに座ってスマートフォンを眺めている。
三玖は静かに本を読んでいる。
四葉は朝から元気に走り回り。
五月はテーブルいっぱいに朝食を並べていた。
そして六華は、窓の外を眺めている。
「今日、みんなで出かけるんだよね?」
六華が振り返る。
「そうよ」
二乃が答える。
「お父さんが予約した旅館に、もう一度行くんじゃなくて?」
「違うわよ」
一花が笑う。
「今日は別のところ」
その時。
玄関から声がした。
「おーい! 準備できたかー?」
「上杉さん?」
四葉が玄関へ走っていく。
「お待たせしました!」
そこには悠飛、風太郎、らいは。
そして莉々華がいた。
「おはようございます!」
莉々華が元気に挨拶する。
「おはよう」
一花が微笑む。
「今日はよろしくね、莉々華ちゃん」
「はい!」
四葉が悠飛のところへ駆け寄る。
「悠飛さん!」
「おはよう、四葉」
「今日は何をするんですか?」
「さあ?」
「え?」
「俺も詳しくは聞いてない」
「なんだか楽しみです!」
四葉は嬉しそうに笑った。
その様子を一花と六華が見ている。
二人の視線が一瞬重なる。
「……」
「……」
何も言わない。
けれど、互いに同じことを考えていた。
――今日は、悠飛と一緒にいられる。
◇
目的地は、少し山間にある温泉街だった。
「また温泉?」
四葉が嬉しそうに言う。
「今回は日帰りだ」
風太郎が答える。
「そうなんですか?」
「親父たちが知り合いの旅館を借りたらしい」
「なるほど」
一花が辺りを見る。
「静かでいいところだね」
雪の残る道。
古い旅館。
そして、澄んだ空気。
六華も小さく息を吐いた。
「こういうところ、好き」
「俺も」
悠飛が答える。
「都会より落ち着くな」
「うん」
六華が微笑む。
その時。
「お兄ちゃん!」
莉々華が悠飛の袖を引っ張った。
「ん?」
「あっちに雪だるまがあります!」
「本当だ」
「一緒に見に行きましょう!」
「はいはい」
莉々華と悠飛が歩いていく。
四葉がその後ろ姿を見て笑った。
「仲良しですね」
「本当に」
一花も笑う。
六華も。
「……うん」
◇
旅館の広間。
昼食を終えた一行は、それぞれ自由に過ごしていた。
そんな中。
「そういえば」
一花が言った。
「この近くに有名な卵料理のお店があるらしいよ」
「卵?」
五月の目が輝く。
「行きましょう!」
「食べ物になると早いな」
風太郎が呆れる。
「卵料理は大切です」
「意味が分からん」
四葉が手を上げる。
「私も行きたいです!」
「じゃあ、みんなで行こうか」
悠飛が言う。
「はい!」
◇
店に到着。
そこは古い洋食店だった。
看板には――
『スクランブルエッグ専門店』
と書かれている。
「……」
五つ子が一斉に看板を見る。
「スクランブルエッグ?」
三玖が呟く。
「珍しい」
「美味しそう!」
四葉が言う。
「食べましょう!」
五月はすでに店内へ向かっている。
「待ってください、五月!」
◇
店内。
注文を終えると。
ほどなくして料理が運ばれてきた。
ふわふわの卵。
バターの香り。
「いただきます」
五月が一口。
「……!」
目を輝かせる。
「美味しいです!」
四葉も一口。
「本当です!」
一花も食べる。
「うん。美味しい」
二乃は少し驚いた。
「これは……」
三玖も。
「好き」
六華はゆっくり味わう。
「美味しい」
莉々華は悠飛を見る。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「一口交換しませんか?」
「いいぞ」
悠飛は自分の料理を少し分ける。
莉々華が嬉しそうに食べる。
「美味しい!」
「よかったな」
その光景を見て。
四葉が微笑む。
「悠飛さんって、本当に優しいですね」
「そう?」
「はい!」
一花も。
「うん」
六華も。
「そう思う」
三人の声が重なる。
「……」
二乃が三人を見る。
「……なんか、分かりやすいわね」
「何が?」
一花が聞く。
「別に」
二乃は笑った。
◇
食事を終えた後。
旅館の庭へ。
雪が少し降り始めた。
「雪!」
四葉が空を見上げる。
「綺麗」
一花も空を見る。
「ねえ、悠飛くん」
「ん?」
「雪って好き?」
「好きだな」
「どうして?」
「静かだから」
「悠飛らしい答え」
一花が笑う。
六華が言う。
「私は、雪が降ると昔を思い出す」
「昔?」
「うん」
六華は遠くを見る。
「子供の頃、みんなで雪だるまを作ったこと」
四葉が笑う。
「ありましたね!」
「覚えてる?」
「もちろんです!」
四葉が答える。
「悠飛さん、雪だるまを作るのがすごく上手でした!」
「そうだったっけ?」
「そうですよ!」
一花も思い出す。
「……あ」
「一花?」
「なんでもない」
一花の胸に。
幼い日の記憶が浮かぶ。
まだ小さかった頃。
雪の日。
笑いながら走った。
そして。
一人の少年。
――悠飛。
「……」
一花はその記憶を、まだ完全には掴めていなかった。
◇
その夜。
旅館の一室。
五つ子と六華は布団を並べていた。
「今日は楽しかったね」
一花が言う。
「うん」
三玖。
「スクランブルエッグも美味しかった」
「それだけ?」
二乃が笑う。
「もちろん、それだけじゃない」
三玖は少し考える。
「悠飛と一緒だったから」
「……」
一花と六華が黙る。
「三玖」
「何?」
「あなた、最近素直ね」
「そう?」
「そうよ」
四葉が笑う。
「みんな悠飛さんが好きなんですね!」
「四葉!」
またしても空気が固まる。
「……」
「……」
「……」
四葉は首を傾げる。
「どうしたんですか?」
一花はため息。
「四葉、本当にそういうところだよ」
「?」
五月が苦笑する。
「四葉は、もう少し空気を読む練習をしたほうがいいですね」
「ええ!?」
◇
翌朝。
悠飛たちは旅館を出る準備をしていた。
「楽しかったな」
風太郎が言う。
「ああ」
「スクランブルエッグ」
「美味かった」
「……」
風太郎は少し考える。
「ところで悠飛」
「何?」
「昨日、三人から同じような視線を向けられてたぞ」
「三人?」
「一花、四葉、六華」
「……」
悠飛は固まった。
「何のことだ?」
「お前、本当に鈍いな」
「何が?」
「……」
風太郎は呆れた。
「まあいい」
「?」
◇
帰り道。
一花、四葉、六華。
三人が悠飛と並んで歩いている。
「またみんなで旅行したいですね」
四葉が言う。
「うん」
六華。
「次は春かな」
一花。
「桜が咲いたら綺麗そう」
悠飛は三人を見る。
「じゃあ、また計画しよう」
「本当ですか!?」
四葉が嬉しそうにする。
「約束」
「はい!」
一花と六華も笑う。
その時。
一花が悠飛を見る。
「ねえ、悠飛くん」
「ん?」
「もしさ」
「うん」
「私たちが卒業しても」
一花は少しだけ言葉を止める。
「……またこうやって集まれるかな?」
悠飛は迷わず答えた。
「集まれるよ」
「……」
「友達なんだから」
一花は笑った。
「そっか」
六華も頷く。
「そうだね」
四葉は元気よく手を挙げる。
「絶対に集まりましょう!」
「ああ」
悠飛も笑う。
◇
その日の帰り。
駅でそれぞれの家へ分かれる。
「またね!」
四葉。
「また明日」
一花。
「学校で」
六華。
「うん」
悠飛は手を振る。
そして。
彼女たちの姿が見えなくなったところで。
莉々華が悠飛の隣に立った。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「三人とも、お兄ちゃんのこと大好きですね」
「……」
悠飛は固まった。
「莉々華」
「はい?」
「そういうことを急に言うな」
「だって本当ですから」
「……」
「お兄ちゃんはどうなんですか?」
「俺?」
「はい」
悠飛は答えに詰まった。
一花。
四葉。
六華。
三人の笑顔が頭に浮かぶ。
「……大切な友達だよ」
「ふーん」
莉々華は意味ありげに笑った。
「まだ『友達』なんですね」
「何だよ、その言い方」
「何でもありません」
「……」
莉々華は笑いながら先を歩く。
「早く帰りましょう、お兄ちゃん!」
「待てよ」
二人は駅の階段を上っていく。
◇
冬休み。
家族旅行。
そして。
スクランブルエッグ。
何気ない一日のように見えて。
少女たちの心には。
確かな変化が生まれていた。
一花は。
自分の中にある恋心を、もう誤魔化せなくなり始めていた。
四葉は。
悠飛と過ごす時間を、何よりも大切に感じていた。
六華は。
幼馴染という関係だけでは満足できない自分に気づき始めていた。
そして悠飛は。
まだ答えを知らない。
ただ。
彼女たちと過ごす時間が楽しい。
それだけは確かだった。
やがて冬は終わる。
春が来れば。
彼らは高校三年生になる。
最後の一年。
進路。
友情。
家族。
そして――恋。
そのすべてが。
少しずつ、大きく動き始めようとしていた。