『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
春の朝。
旭高校の校門前には、今日も多くの生徒たちが行き交っていた。
「おはようございます、悠飛くん!」
元気な声が響く。
如月悠飛が振り返ると、そこには中野四葉がいた。
「おはよう、四葉」
「今日も早いですね!」
「四葉こそ」
「私は朝に強いんです!」
四葉は胸を張った。
その後ろから、一花、二乃、三玖、五月、そして六華が歩いてくる。
「おはよう、悠飛」
一花が手を振る。
「おはよう」
二乃は軽く手を上げる。
「……おはよう」
三玖が小さく頭を下げる。
「おはようございます」
五月は丁寧に挨拶する。
「おはよう」
最後に六華。
「おはよう、六華」
悠飛が笑う。
その瞬間。
六華の胸が、また小さく跳ねた。
「……うん」
六華は視線を逸らす。
最近。
悠飛に名前を呼ばれるだけで、妙に意識してしまう。
「ねえ、六華」
一花が小声で話しかける。
「何?」
「顔、赤いよ?」
「……赤くない」
「そう?」
一花は楽しそうに笑った。
その様子を見ていた四葉も首を傾げる。
「六華、最近ちょっと変ですよ?」
「四葉まで……」
「だって、悠飛くんを見る時だけ――」
「言わないで」
六華が四葉の口を塞ぐ。
「むぐっ!」
「朝から何してるんだ?」
悠飛が不思議そうに見る。
「何でもない!」
六華が答える。
「そうか?」
「そう!」
「ならいいけど」
悠飛は笑った。
その笑顔を見ながら、六華は心の中で呟く。
――やっぱり。
私は、この人を知っている。
それも。
ただ知っているだけではない。
もっと昔から。
もっと大切な場所で。
◇
教室。
一時間目が始まるまでの時間。
五つ子と六華は悠飛の周りに集まっていた。
「悠飛くん」
四葉が声をかける。
「何?」
「昨日の写真のこと、話してもいいですか?」
「写真?」
悠飛が首を傾げる。
「幼い頃の写真です」
六華が言った。
「昨日、私も見つけたの」
「……本当に?」
悠飛の表情が変わる。
「うん」
六華はスマートフォンに保存した写真を見せる。
そこには。
幼い六華。
五つ子。
そして悠飛。
「……」
悠飛は画面を見つめる。
「これ……俺だ」
「そう」
「やっぱり、昔会ってたんだな」
「うん」
四葉が覗き込む。
「私たち、こんなに小さかったんですね!」
一花も写真を見る。
「懐かしい……」
二乃が眉を寄せる。
「でも、私は覚えてない」
三玖も首を傾げる。
「……私も」
五月は写真をじっと見つめる。
「不思議ですね」
「六華」
悠飛が尋ねる。
「この写真、いつ頃のものか分かる?」
「たぶん、小学校に入る前」
「じゃあ、本当に幼馴染だったのか」
「そうみたい」
悠飛は写真を見ながら微笑む。
「なんだか嬉しいな」
「嬉しい?」
六華が尋ねる。
「ああ」
悠飛は頷いた。
「昨日まで、初対面だと思っていた人たちが、実は昔から知っていたんだから」
四葉が笑う。
「じゃあ、私たちは幼馴染ですね!」
「そうなるな」
「やった!」
四葉が嬉しそうに拳を握る。
その一方。
一花は少しだけ考えていた。
「でも、不思議だよね」
「何が?」
悠飛が尋ねる。
「どうして忘れてたんだろう」
「……」
全員が黙った。
確かに。
そこが一番の問題だった。
写真が残っている。
一緒に遊んでいた。
名前も書かれている。
それなのに。
誰も鮮明に覚えていない。
「何かあったんじゃない?」
二乃が言う。
「何か?」
「記憶を忘れるような出来事」
「……」
五月が考える。
「私たちが幼い頃に、引っ越した時期があったような……」
「そうなの?」
四葉が尋ねる。
「はっきりとは覚えていません」
五月は首を傾げる。
「母から聞いたことがあるような……」
「私も」
一花が言う。
「昔のことって、意外と覚えてないよね」
「そうだな」
悠飛も頷く。
「無理に思い出す必要はないと思う」
六華が悠飛を見る。
「……悠飛」
「ん?」
「でも、私は思い出したい」
「どうして?」
六華は少し考えてから答えた。
「昔の私が、悠飛と何を約束したのか知りたいから」
「……」
悠飛の胸に、昨日見た夢が蘇った。
『大人になっても、みんなで会おうね』
『約束!』
「……俺も」
悠飛は呟いた。
「思い出したい」
◇
昼休み。
悠飛と風太郎は屋上にいた。
「幼馴染だったのか」
風太郎が尋ねる。
「ああ」
「五つ子と六華全員?」
「たぶんな」
「たぶん?」
「写真がある」
悠飛がスマートフォンを見せる。
風太郎は写真を確認した。
「確かにお前だな」
「だろ?」
「この写真、撮影場所は?」
「分からない」
「日付は?」
「ない」
風太郎はしばらく写真を見つめた。
「……何か引っかかる」
「何が?」
「お前たちが昔会っていたなら、どうして誰も覚えていない?」
「俺もそれが気になる」
風太郎は考える。
「事故とか、転居とか」
「可能性はある」
「それに」
風太郎は写真の端を指差した。
「この写真」
「ん?」
「ここに誰か写ってないか?」
悠飛が画面を見る。
「……」
写真の右端。
切れている。
誰かの腕だけが写っている。
「……本当だ」
「撮影者か?」
「分からない」
「なら、写真だけでは判断できない」
「そうだな」
二人はしばらく黙った。
「まあ」
風太郎が言う。
「いつか思い出すだろ」
「だな」
「それより」
風太郎が弁当を開く。
「午後、数学の小テストがある」
「……忘れてた」
「お前でも忘れることがあるんだな」
「俺だって人間だ」
「珍しいものを見た」
「おい」
二人は笑った。
◇
午後。
数学の小テスト。
「始め」
教師の声と同時に、生徒たちが問題を解き始める。
四葉は問題用紙を見つめる。
「……」
難しい。
だが。
昨日の勉強会を思い出す。
悠飛の説明。
風太郎の解法。
そして。
自分で解いた問題。
「……」
四葉はペンを動かす。
一問。
二問。
三問。
以前なら諦めていた問題にも挑戦する。
そして。
「終わり」
答案が回収される。
四葉は大きく息を吐いた。
「……できた」
「どうだった?」
悠飛が聞く。
「たぶん!」
「それなら十分だ」
「はい!」
◇
放課後。
答案が返却された。
「中野」
教師が名前を呼ぶ。
「はい!」
四葉が答案を受け取る。
「……!」
目を見開いた。
「どうした?」
悠飛が尋ねる。
四葉は答案を見せる。
「七十二点!」
「おお」
悠飛が笑う。
「頑張ったな」
「はい!」
四葉は嬉しそうだった。
「昨日までだったら、たぶん半分も取れてません!」
風太郎も答案を見る。
「十分だ」
「風太郎くんも褒めてくれた!」
「当然だ」
「やったー!」
その横で一花が自分の答案を見る。
「……六十八」
二乃。
「七十」
三玖。
「八十一」
五月。
「九十二……」
六華。
「八十八」
「……」
五つ子と六華はそれぞれの点数を見比べる。
「少しずつ上がってる」
一花が言った。
「勉強会、効果ありますね」
五月が嬉しそうに笑う。
二乃も頷く。
「まあ、悪くないわね」
三玖は小さく笑う。
「……続けたい」
六華も答案を見ながら言う。
「私も」
悠飛は嬉しそうに頷いた。
「それなら、これからも続けよう」
「はい!」
◇
その帰り。
悠飛は一人で廊下を歩いていた。
「……」
ふと、窓の外を見る。
桜の木。
春の風。
その景色を見た瞬間。
また。
記憶が蘇る。
幼い自分。
五つ子。
六華。
公園。
「悠飛!」
幼い四葉の声。
「こっち!」
「待って!」
「早く!」
そして。
別の声。
「危ない!」
誰かが叫んでいる。
「……!」
悠飛は頭を押さえた。
「っ……」
一瞬。
強烈な頭痛。
そして。
映像。
小さな手。
誰かの手を握っている。
「大丈夫?」
幼い悠飛が尋ねる。
「うん……」
少女が答える。
その少女の顔だけが。
見えない。
「誰だ……?」
悠飛は呟く。
そして。
映像が消えた。
「……」
息を整える。
「またか」
最近。
こういうことが増えている。
幼い日の記憶。
しかし。
肝心な部分だけが、いつも抜け落ちている。
◇
「悠飛くん?」
後ろから声がした。
四葉だった。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
「顔色、少し悪いですよ?」
「ちょっと昔のことを思い出してただけ」
「昔?」
四葉が近づく。
「もしかして、私たちのことですか?」
「……ああ」
「何か思い出しました?」
「少しだけ」
「何を?」
悠飛は迷った。
「四葉」
「はい?」
「昔、お前はよく転んでた?」
「……え?」
「何となく、そんな記憶がある」
四葉の顔が明るくなる。
「そうです!」
「やっぱり?」
「私、小さい頃からよく転んでました!」
「そうだったか」
「でも」
四葉は首を傾げる。
「悠飛くんが助けてくれてた気がします」
「俺が?」
「はい」
四葉は笑った。
「泣いてる私に、手を差し出してくれて」
「……」
悠飛の脳裏に映像が蘇る。
幼い四葉。
泣いている。
その前にいる自分。
『大丈夫だよ』
『痛い……』
『じゃあ、俺が守る』
「……」
悠飛は息を呑んだ。
「思い出した」
「え?」
「四葉」
「はい」
「昔、俺はお前に何か言った」
「何を?」
「……」
悠飛は目を閉じる。
『俺がみんなを守る!』
その言葉が蘇る。
「……守るって」
「……!」
四葉の目が見開かれる。
「私も……」
四葉の脳裏に、同じ光景が浮かんだ。
幼い自分。
悠飛。
そして。
「みんなを守るから」
幼い悠飛が笑っている。
四葉の目に涙が浮かぶ。
「……本当に」
「四葉?」
「本当に、悠飛くんだったんですね」
四葉は笑った。
泣きながら。
「ずっと……探してたのかもしれません」
悠飛は何も言えなかった。
ただ。
四葉の頭を優しく撫でる。
「……もう会えたよ」
「……はい」
四葉は笑った。
◇
その光景を。
少し離れた場所から六華が見ていた。
「……」
胸が痛い。
どうしてだろう。
四葉が悠飛と再会できたことは嬉しい。
幼馴染だったことが分かったのも嬉しい。
なのに。
胸の奥に、ちくりとした痛みがある。
「……私」
六華は自分の胸に手を当てる。
「嫉妬してる?」
初めて自覚した感情だった。
その時。
「六華」
一花が隣に立つ。
「……一花」
「見てた?」
「うん」
一花は悠飛と四葉を見る。
「四葉、嬉しそうだね」
「……そうだね」
「六華も、嬉しい?」
「もちろん」
「でも?」
六華は黙った。
一花は何も言わず、六華の肩を軽く叩いた。
「恋って、難しいね」
「……一花?」
「ふふ」
一花は笑った。
「まだ恋って決まったわけじゃないけど」
「……」
「でも」
一花は悠飛を見る。
「私も、少し分かる気がする」
六華は一花を見る。
二人は顔を見合わせる。
まだ。
この時点では。
互いに自分の気持ちを認めてはいなかった。
けれど。
同じ少年を見つめる少女たちの間に。
小さな火種が生まれ始めていた。
◇
その夜。
六華は部屋で古いアルバムを開いた。
写真。
幼い自分。
五つ子。
悠飛。
そして。
写真の裏側に、小さな文字があった。
『ゆうひへ』
「……」
六華の指が震える。
その先には。
幼い文字で。
『ずっとなかよし』
と書かれていた。
「……」
六華は胸にアルバムを抱きしめる。
「悠飛……」
そして。
もう一つ。
写真の隅に、小さな文字が残っていた。
『七人のひみつ』
「七人……?」
六華は眉を寄せた。
五つ子。
六華。
悠飛。
確かに七人。
「……何の秘密?」
記憶は戻らない。
だが。
その言葉だけが。
六華の胸に残った。
◇
翌日。
朝の教室。
悠飛が席に座る。
すると。
四葉が駆け寄ってきた。
「悠飛くん!」
「おはよう、四葉」
「昨日のこと、覚えてます!」
「俺も少し思い出した」
「本当ですか?」
「ああ」
四葉は嬉しそうに笑う。
「じゃあ、私たちは本当に幼馴染ですね!」
「そうだな」
「嬉しいです!」
その光景を見ながら。
一花が笑う。
二乃は呆れる。
三玖は微笑む。
五月は二人を温かく見守る。
そして六華は。
少しだけ遠くから悠飛を見る。
「……幼馴染」
その言葉を噛みしめる。
自分もそうだ。
悠飛とは幼馴染。
昔から知っている。
だけど。
それだけなのだろうか。
「……」
六華は胸元に手を置いた。
分からない。
今はまだ。
けれど。
一つだけ分かっている。
自分はもう。
悠飛のことを「ただの昔の友達」として見ることができなくなっている。
そして。
一花もまた。
同じ少年を見つめていた。
◇
放課後。
いつもの勉強会。
七人が図書室に集まる。
「じゃあ、今日は英語から」
風太郎が言う。
「はい!」
四葉が元気に答える。
「昨日より成績が上がったからって油断するな」
「分かってます!」
「本当か?」
「本当です!」
悠飛が笑う。
「まあ、四葉なら大丈夫だ」
「悠飛くん!」
「期待してる」
「頑張ります!」
六華はその会話を見ながら微笑んだ。
一花も。
二乃も。
三玖も。
五月も。
誰も気づいていない。
この勉強会が。
七人の幼馴染を再び繋ぐ場所になっていくことを。
そして。
この穏やかな日常の先に。
悠飛が右眼の光を失う、決定的な事件が待っていることを。
その事件の日。
悠飛は、迷うことなく五月の前に立つ。
五月を守るために。
そして。
その代償として。
右眼の光を失う。
それが。
「独眼竜・如月悠飛」の始まりとなる。
だが。
今はまだ。
春の夕暮れ。
七人の少年少女は。
ただ笑っていた。
失われた幼い日の記憶を。
少しずつ取り戻しながら。
――幼馴染なのか。
――それとも初対面なのか。
その答えは。
もうすぐ、七人自身の手で見つけることになる。