『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
修学旅行から数日。
旭高校には、いつもの日常が戻っていた。
京都で撮った写真を見せ合ったり、お土産を交換したり。
「この写真、見てください!」
四葉がスマートフォンを掲げる。
そこには、伏見稲荷の千本鳥居を背景にした七人の写真があった。
「いい写真ですね」
五月が覗き込む。
「四葉、ちょっと近すぎ」
二乃が笑う。
「そうですか?」
「悠飛の顔が半分隠れてる」
三玖が指摘する。
「本当だ!」
四葉が笑う。
「じゃあ、もう一枚!」
「まだ撮るの?」
一花が苦笑する。
「もちろんです!」
六華も写真を見る。
「でも、これはいい写真だと思う」
「でしょう?」
四葉が嬉しそうに笑う。
悠飛も写真を覗き込んだ。
「確かに」
「悠飛さんも気に入りました?」
「ああ」
「じゃあ、私の待ち受けにします!」
「それはやめた方がいいと思うぞ」
風太郎が横から言った。
「何でですか?」
「授業中に見て笑うだろ」
「笑いません!」
「絶対笑う」
「もう!」
教室に笑い声が広がる。
いつもの日常。
しかし。
そんな日常の中で。
一人の少女が。
悠飛を見つめていた。
その少女は。
まだ。
誰にも気づかれていなかった。
◇
昼休み。
悠飛は一人で廊下を歩いていた。
担任から頼まれた書類を職員室へ届けるためだ。
「……」
廊下の窓から校庭を見る。
春の風。
桜。
修学旅行。
そして。
これから始まる最後の一年。
「忙しくなりそうだな」
そう呟いた時だった。
「……あの」
後ろから声がした。
振り返る。
そこには。
見覚えのない女子生徒が立っていた。
旭高校の制服。
肩まで伸びた黒髪。
少し緊張したような表情。
「どうした?」
悠飛が尋ねる。
「あの……如月先輩ですよね?」
「そうだけど」
少女は少し驚いたように目を見開いた。
「やっぱり……」
「俺のこと知ってるの?」
「はい」
「どこかで会った?」
「……」
少女は少し迷う。
「覚えてないですか?」
「え?」
「私です」
「……」
悠飛は少女の顔を見つめた。
「ごめん」
「……そうですよね」
少女は少し寂しそうに笑った。
「昔のことですから」
「昔?」
「はい」
「どこで?」
少女は答えた。
「小学生の頃です」
悠飛は目を見開いた。
「小学生……」
「はい」
「もしかして――」
少女は。
静かに笑った。
「昔、一度だけ一緒に遊んだ女の子です」
◇
その日の放課後。
悠飛は教室で一人考えていた。
「昔の少女……」
どうしても思い出せない。
小学生の頃。
自分は様々な場所で人と出会った。
学校。
道場。
近所。
親戚。
そして。
五つ子や六華との幼い頃の思い出。
だが。
あの少女だけは。
記憶に引っかからなかった。
「……誰だったんだ」
「悠飛?」
一花が声をかける。
「どうしたの?」
「いや」
「何か考え事?」
「さっき、知らない女子に声をかけられて」
「女子?」
一花の表情が少し変わる。
「うん」
「どんな子?」
「小学生の頃に会ったことがあるらしい」
「……」
一花は少し考える。
「昔の知り合い?」
「たぶん」
そこへ。
「悠飛さん!」
四葉がやってきた。
「何のお話ですか?」
「昔の知り合いの話」
「昔?」
「うん」
四葉は興味津々になる。
「誰ですか?」
「分からない」
「分からないんですか?」
「ああ」
「それは気になります!」
六華も近づいてきた。
「何の話?」
「悠飛が昔の女の子に会ったんだって」
一花が説明する。
「……女の子?」
六華の表情が少し変わった。
「昔の?」
「ああ」
「どんな子?」
「黒髪で、小柄で……」
「……」
六華は少し考えた。
「名前は?」
「聞いてない」
「悠飛」
「ん?」
「ちゃんと聞いた方がいい」
「そうだな」
その時。
教室の入り口から。
「その人なら」
声がした。
三玖だった。
「?」
全員が振り返る。
三玖が言う。
「さっき廊下で見た」
「三玖も?」
「うん」
「何か知ってる?」
「知らない」
三玖は首を振る。
「でも」
「でも?」
「私たちのことを見てた」
「……」
一花の表情が変わる。
「私たちを?」
「うん」
◇
翌日。
悠飛は再び、その少女を探した。
そして。
校舎裏で見つけた。
「昨日の子」
少女が振り返る。
「あ……」
「ちょっと聞きたいことがある」
「はい」
悠飛は少女の前に立った。
「名前を教えてくれる?」
少女は少し迷ってから。
「……高橋美咲です」
「美咲」
「はい」
「俺と小学生の頃に会ったって?」
「はい」
「どこで?」
「駅の近くにある公園です」
「公園……」
悠飛は考える。
「俺がよく遊んでいた場所?」
「そうです」
「……」
少しずつ。
記憶が蘇る。
古いブランコ。
砂場。
鉄棒。
そして。
泣いている女の子。
「……もしかして」
悠飛は目を見開いた。
「泣いてた子?」
美咲の目が大きく開く。
「覚えてるんですか?」
「少しだけ」
「……」
美咲は嬉しそうに笑った。
「よかった」
◇
あの日。
十年前。
悠飛がまだ小学生だった頃。
公園で。
一人の少女が泣いていた。
「……うぅ」
「どうしたの?」
悠飛が声をかけた。
「……」
少女は顔を上げる。
「お母さんが……」
「いなくなったの?」
少女は頷いた。
「迷子?」
「……うん」
悠飛は少女の隣に座った。
「大丈夫」
「……」
「俺が一緒に探してあげる」
少女は涙を拭いた。
「本当?」
「ああ」
二人で公園を探す。
そして。
少し離れた場所で。
母親が少女を探していた。
「美咲!」
少女が走っていく。
「お母さん!」
親子は抱き合った。
美咲は振り返る。
「ありがとう!」
悠飛は手を振った。
「またね!」
少女も。
「またね!」
その約束。
それから。
二人は会うことがなかった。
◇
「……思い出した」
悠飛が言った。
「私も、あの日のことをずっと覚えてました」
美咲が笑う。
「優しい男の子だったから」
「そんな大したことしてないよ」
「私にとっては大きなことでした」
「……」
「だから」
美咲は少し恥ずかしそうに言う。
「高校で再会した時、すぐに分かりました」
「俺は分からなかったけど」
「仕方ないですよ」
「ごめん」
「謝らないでください」
美咲は笑う。
「覚えていてくれただけで嬉しいです」
「……」
悠飛も笑った。
「そっか」
◇
しかし。
その光景を。
少し離れたところから見ている少女たちがいた。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
六華。
「……」
二乃が腕を組む。
「新しい女の子ね」
「昔からの知り合いみたい」
三玖が言う。
四葉は少し困った顔。
「悠飛さん、嬉しそうです」
五月は静かに見ている。
そして。
六華。
その顔には。
わずかな不安があった。
「……」
一花が六華を見る。
「六華?」
「何?」
「大丈夫?」
「うん」
六華は笑う。
「大丈夫」
だが。
その手は。
ぎゅっと握られていた。
◇
放課後。
六華は一人で帰ろうとしていた。
「六華」
悠飛が追いつく。
「一緒に帰ろう」
「……うん」
二人で歩く。
しばらく沈黙。
「六華」
「何?」
「今日、どうした?」
「……」
「何かあった?」
六華は少しだけ俯く。
「昔の女の子」
「美咲?」
「うん」
「気になる?」
「……少し」
「どうして?」
六華は足を止めた。
「だって」
小さな声。
「悠飛が、その子を助けたんでしょう?」
「ああ」
「その子は、ずっと悠飛のことを覚えてた」
「そうみたいだな」
「……」
六華は俯く。
「私も」
「ん?」
「私も、ずっと悠飛のことを覚えてる」
悠飛は黙る。
「幼い頃からずっと一緒だった」
「……ああ」
「だから」
六華は顔を上げる。
「誰かに悠飛を取られるのは、嫌」
「六華……」
「ごめん」
六華は苦笑した。
「変だよね」
「変じゃない」
悠飛は言った。
「六華は俺の大切な幼馴染だから」
「……」
「これからもずっと」
その言葉に。
六華の目が少し潤んだ。
「……ありがとう」
◇
翌日。
美咲は教室に姿を見せた。
「おはようございます」
「おはよう」
悠飛が挨拶する。
その瞬間。
一花たちの視線が集まった。
美咲は少し緊張していた。
「皆さん」
「何?」
一花が聞く。
「如月先輩とは……昔からのお知り合いなんですよね?」
「うん」
「そうですか」
美咲は五つ子を見る。
「中野さんたちも、先輩と仲がいいんですよね?」
「まあね」
一花が笑う。
「私たちは幼馴染みたいなものかな」
六華が言う。
「私は従姉妹で、幼馴染」
美咲は少し驚く。
「そうなんですね」
四葉が笑う。
「私たちも悠飛さんとは仲良しです!」
「……」
美咲は少しだけ微笑む。
「先輩は……昔から変わってないですね」
「そう?」
「はい」
美咲は悠飛を見る。
「昔も、困っている人を放っておけない人でした」
一花たちは顔を見合わせた。
「……」
そして。
二乃が小さく笑う。
「まあ、それは今も変わらないわね」
「うん」
三玖も頷く。
「悠飛は優しい」
五月も。
「私もそう思います」
四葉は笑顔。
「はい!」
六華も。
「昔から変わらない」
美咲は。
そんな六人を見て。
少しだけ羨ましそうな顔をした。
「……いいですね」
「何が?」
一花が尋ねる。
「先輩のそばにいられて」
「……」
一花の表情が少し変わる。
美咲はすぐに笑った。
「私も、昔の思い出を大切にします」
◇
昼休み。
悠飛は美咲と話していた。
「高校生活、どう?」
「楽しいです」
「それならよかった」
「先輩は?」
「俺も楽しいよ」
「……」
「どうした?」
「いえ」
美咲は微笑む。
「先輩が幸せそうでよかったです」
「……」
その言葉を聞いて。
悠飛は少し驚いた。
「ありがとう」
美咲は頷く。
「昔、公園で助けてもらった時」
「うん」
「私、先輩のことをヒーローだと思っていました」
「大げさだな」
「本当です」
美咲は笑う。
「だから、ずっと覚えていました」
◇
その日の放課後。
美咲は悠飛に一枚の写真を渡した。
古い写真。
そこには。
幼い悠飛と。
幼い美咲。
二人で公園に立っている姿が写っていた。
「これ……」
「母が撮ってくれていたんです」
「知らなかった」
「私の宝物です」
悠飛は写真を見る。
「……懐かしいな」
「はい」
「ありがとう」
「こちらこそ」
美咲は頭を下げる。
「再会できてよかったです」
「俺も」
「それじゃあ」
美咲は笑った。
「さようなら、先輩」
「また明日」
「はい!」
美咲は走っていった。
悠飛はその背中を見送る。
◇
「悠飛」
声がした。
振り返る。
六華。
「……見てた?」
「うん」
「どうだった?」
「楽しそうだった」
「そうだな」
六華は少し黙る。
「悠飛」
「ん?」
「私も」
「?」
「私も、昔の悠飛との写真を持ってる」
「本当?」
「うん」
「今度見せて」
「……」
六華は嬉しそうに笑う。
「分かった」
「楽しみだ」
「約束」
「ああ」
二人は歩き出した。
◇
その夜。
六華はアルバムを開いた。
そこには。
幼い自分。
五つ子。
そして悠飛。
写真の中の悠飛は。
今と変わらない。
誰かを守ろうとしている。
笑っている。
そして。
自分の隣にいる。
「……」
六華は写真を抱きしめる。
昔の少女。
美咲。
彼女には。
彼女だけの思い出がある。
でも。
自分にも。
自分だけの思い出がある。
「私は……」
六華は小さく呟く。
「悠飛と過ごした時間なら、誰にも負けない」
その言葉には。
初めて。
強い意志が込められていた。
◇
翌朝。
悠飛が教室に入る。
「おはよう」
「おはよう、悠飛くん」
一花。
「おはようございます!」
四葉。
「おはよう」
六華。
「おはようございます」
五月。
「おはよう」
三玖。
「おはよう」
二乃。
いつもの声。
いつもの笑顔。
悠飛は笑った。
「今日もよろしく」
「はい!」
六人の少女たちが返事をする。
それぞれ違う声。
それぞれ違う想い。
けれど。
同じ少年を見つめる。
幼馴染。
姉妹。
従姉妹。
友達。
そして。
まだ誰にも言えない恋心。
その関係は。
少しずつ。
確実に。
変わり始めていた。
そして。
悠飛はまだ知らない。
昨日再会した「昔の少女」が。
これから彼らの高校生活に。
小さな波紋を起こすことを。
春は。
まだ始まったばかりだった。