『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
五月の終わり。
旭高校では、初夏を思わせる陽気が続いていた。
昼休みの教室。
「ねえ、四葉」
一花が声をかける。
「はい?」
「最近、元気ない?」
「え?」
四葉は目を丸くした。
「そんなことないですよ!」
「そう?」
「はい!」
いつもの笑顔。
いつもの明るい声。
けれど。
一花には分かっていた。
少しだけ。
無理をしている。
「……」
一花は四葉を見つめる。
昨日の自分の告白未遂。
そして。
それを知っている四葉。
もしかすると。
何かを思っているのではないか。
そんな疑問が浮かんだ。
「四葉」
「はい?」
「何か悩みがあるなら、言ってね」
「……」
四葉の笑顔が。
ほんの一瞬だけ止まった。
「ありがとうございます!」
すぐに笑顔に戻る。
「でも、本当に大丈夫です!」
「そう?」
「はい!」
一花はそれ以上聞かなかった。
だが。
四葉は笑顔のまま。
胸の奥で小さく呟いていた。
――大丈夫じゃない。
◇
放課後。
陸上部の練習が終わった。
「四葉!」
江場が声をかける。
「今日も助かったわ!」
「はい!」
「大会も近いんだから、無理はしないでよ」
「大丈夫です!」
「それ、最近よく聞くけど」
江場は苦笑した。
「本当に大丈夫?」
「はい!」
四葉は笑う。
「私は元気だけが取り柄ですから!」
「……まあ、そういうことにしておくわ」
江場が去っていく。
四葉は一人になる。
「……」
体育館の壁に背中を預けた。
笑顔が消える。
「……はぁ」
小さなため息。
胸が苦しい。
理由は。
分かっている。
悠飛。
昨日。
一花が告白しようとした。
そのことが。
頭から離れなかった。
「……」
四葉は両手を胸に当てる。
一花は。
悠飛のことが好き。
二乃も。
三玖も。
六華も。
もしかしたら五月も。
そして。
自分も。
「……私も」
小さく呟く。
「悠飛さんが……好き」
その言葉を口にした瞬間。
目に涙が浮かんだ。
「……なんで」
自分でも分からない。
嬉しいはずなのに。
悲しい。
応援したいのに。
嫌だ。
一花が幸せになるなら。
それでいいと思っている。
なのに。
胸が痛い。
「……私」
四葉は目を閉じた。
「最低だ……」
◇
その頃。
悠飛は校舎内を歩いていた。
「四葉、まだ部活かな」
放課後。
いつもなら。
「悠飛さん!」
と、元気な声が聞こえる。
しかし今日は。
静かだった。
悠飛は体育館へ向かう。
すると。
壁際に。
一人で座っている四葉を見つけた。
「四葉?」
「……!」
四葉が顔を上げる。
「悠飛さん!」
慌てて笑顔を作る。
「どうしたんですか?」
「こっちの台詞だ」
「え?」
「こんなところで一人で何してる?」
「休憩です!」
「そうか」
悠飛は四葉の隣に座った。
「じゃあ、俺も休憩する」
「え?」
「いいだろ?」
「はい!」
四葉は笑う。
けれど。
その笑顔は。
少しだけ震えていた。
悠飛は気づく。
「四葉」
「はい?」
「泣いてた?」
「……」
四葉の動きが止まる。
「泣いてません!」
「目が赤い」
「汗です!」
「汗で目が赤くなるのか?」
「なります!」
「そうか」
悠飛は笑った。
「じゃあ、そういうことにしておく」
「……」
四葉は俯いた。
「悠飛さん」
「ん?」
「優しいですね」
「そうかな」
「はい」
四葉は笑う。
「だから……」
「?」
「困るんです」
「何が?」
「……」
四葉は言えなかった。
◇
沈黙。
体育館の中から。
部活動の掛け声が聞こえてくる。
四葉は膝を抱えた。
「悠飛さん」
「うん」
「私」
「うん」
「大切な人が幸せになるなら、それでいいと思ってるんです」
悠飛は黙って聞く。
「その人が笑ってくれるなら」
四葉の声が少し震えた。
「私は嬉しいです」
「……」
「だから」
涙が一粒。
頬を伝った。
「一花さんが悠飛さんのことを好きでも」
悠飛の目が見開かれる。
「……」
「応援したいんです」
「四葉」
「でも……」
もう一粒。
「でも、嫌なんです……」
「……」
「悠飛さんが誰かのものになるのが」
四葉は顔を伏せた。
「嫌なんです……!」
声が震える。
「私……」
涙が止まらない。
「私だって……悠飛さんが好きなのに……!」
悠飛は何も言えなかった。
四葉は慌てて涙を拭う。
「ご、ごめんなさい!」
「四葉」
「今の忘れてください!」
「無理だ」
「お願いします!」
「四葉」
悠飛は優しく呼びかけた。
「顔を上げて」
「……」
四葉はゆっくり顔を上げる。
涙で濡れた目。
悠飛はハンカチを差し出した。
「これ」
「……ありがとうございます」
「泣いていいよ」
「……」
「無理に笑わなくてもいい」
その言葉で。
四葉の涙が。
また溢れた。
「……うぅ」
「大丈夫」
「悠飛さん……」
四葉は。
初めて。
誰にも見せたくなかった涙を。
悠飛の前で流した。
◇
「……ごめんなさい」
しばらくして。
四葉は涙を拭いた。
「私、変ですよね」
「どうして?」
「一花さんのことを応援したいのに」
「うん」
「心の中では、嫌だって思ってる」
「それは変じゃない」
悠飛は言った。
「好きな人がいるなら、そういう感情になるのは普通だ」
「……」
「誰かを好きになるって、綺麗な気持ちだけじゃないと思う」
四葉は悠飛を見る。
「嫉妬したり」
「……」
「不安になったり」
「はい」
「誰かに取られたくないと思ったり」
「……はい」
「それでも好きだから、悩むんだろ」
四葉は小さく頷いた。
「……はい」
「だから、自分を責めるな」
「……」
「四葉は優しいから、誰かを傷つけることを怖がってるだけだ」
「悠飛さん……」
四葉はまた泣きそうになった。
「でも」
悠飛は続ける。
「自分の気持ちまで我慢する必要はない」
「……」
「四葉が誰を好きなのか」
悠飛は笑う。
「それは四葉自身が決めていい」
四葉は胸に手を当てる。
「……私」
「うん」
「私は……」
今度は。
涙を拭いながら。
はっきり言った。
「悠飛さんが好きです」
「……」
「大好きです」
悠飛は黙っていた。
四葉は顔を赤くする。
「言っちゃいました……」
「……」
「恥ずかしいです!」
四葉は両手で顔を覆う。
「でも」
少しだけ笑った。
「言えてよかったです」
◇
その帰り道。
二人で並んで歩く。
四葉はいつもの笑顔を取り戻していた。
「悠飛さん」
「ん?」
「今日はありがとうございました」
「俺は何もしてないよ」
「そんなことないです」
四葉は首を振る。
「ちゃんと話を聞いてくれました」
「それくらいなら、いつでも」
「……」
四葉は少しだけ悠飛の横顔を見る。
「悠飛さん」
「何?」
「私、これからは」
「うん」
「もう我慢しません」
悠飛は少し驚く。
「そうか」
「はい!」
四葉は拳を握る。
「一花にも、二乃にも、三玖にも、六華ちゃんにも負けません!」
「……」
「私もちゃんと、悠飛さんに好きって伝えます!」
「四葉」
「はい?」
「それは……」
悠飛は少し困ったように笑った。
「俺も、ちゃんと考える」
「……」
四葉の頬が赤くなる。
「はい!」
◇
駅前。
「じゃあ、また明日です!」
「また明日」
四葉は手を振る。
悠飛も手を振り返す。
四葉は駅へ向かって走っていく。
だが。
途中で立ち止まった。
「……」
振り返る。
まだ。
悠飛がいる。
「……」
四葉は笑った。
そして。
小さく手を振る。
悠飛も。
もう一度手を振った。
四葉は今度こそ駅へ向かった。
◇
その夜。
中野家。
「四葉」
一花が声をかける。
「ん?」
「今日、悠飛くんと一緒に帰った?」
「はい!」
「何か話した?」
「いろいろです!」
一花は少しだけ不安そうに見る。
「……そう」
二乃も四葉を見る。
「なんか、嬉しそうね」
「はい!」
三玖が尋ねる。
「何かあった?」
「……」
四葉は少し考えた。
そして。
「秘密です!」
「えー」
一花が笑う。
「教えてよ」
「嫌です!」
「四葉が秘密なんて珍しい」
五月も驚く。
「本当に秘密です!」
六華は。
四葉の目を見る。
その目が。
少し赤いことに気づいた。
「……四葉」
「何ですか?」
「泣いた?」
「……」
四葉は一瞬黙る。
そして。
笑った。
「ちょっとだけ」
「何かあったの?」
「ううん」
四葉は首を振る。
「もう大丈夫です」
六華は何も言わなかった。
ただ。
四葉の手を握った。
「……」
四葉も握り返す。
「ありがとう、六華ちゃん」
◇
夜。
四葉は自分の部屋に戻った。
鏡を見る。
少し赤くなった目。
「……」
昼間のことを思い出す。
悠飛の言葉。
「自分の気持ちまで我慢する必要はない」
四葉は胸に手を当てる。
「そうですよね」
そして。
写真立てを見る。
そこには。
悠飛と一緒に写った写真。
「私」
四葉は写真に向かって話す。
「もう泣かないです」
少しだけ笑う。
「ちゃんと笑って」
「ちゃんと伝えて」
「ちゃんと好きになります」
そして。
「一花にも負けません」
その言葉は。
以前の四葉なら。
口にできなかった。
誰かを傷つけたくない。
自分が我慢すればいい。
そう思っていた。
でも。
それでは。
自分の心まで消えてしまう。
だから。
もう逃げない。
◇
翌朝。
教室。
「おはようございます!」
四葉が入ってくる。
「おはよう、四葉」
一花が笑う。
「昨日は大丈夫だった?」
「はい!」
四葉は笑顔で答える。
「元気いっぱいです!」
「そう」
一花も笑う。
その瞬間。
四葉は。
一花を真っ直ぐ見た。
「一花」
「ん?」
「私」
「……?」
「一花のこと、大好きだよ」
「え?」
「だから」
四葉は笑う。
「これからも仲良くしてね!」
一花は少し驚いた後。
笑った。
「もちろん」
二人は笑い合う。
けれど。
その笑顔の奥では。
二人とも分かっていた。
同じ人を好きになった。
だから。
いつか。
譲れない瞬間が来る。
それでも。
今はまだ。
姉妹でいられる。
友達でいられる。
大切な仲間でいられる。
◇
教室の扉が開く。
「おはよう」
悠飛が入ってきた。
「おはようございます!」
四葉が真っ先に返事をする。
「おはよう、悠飛くん」
一花も笑う。
「おはよう」
三玖。
「おはようございます」
五月。
「おはよう」
二乃。
「おはよう、悠飛」
六華。
悠飛は全員を見る。
「今日も元気だな」
「はい!」
四葉は笑った。
その笑顔は。
昨日までのものとは少し違う。
涙を流したからこそ。
自分の気持ちを知った。
そして。
初めて。
恋から逃げないと決めた。
「悠飛さん」
「ん?」
「今日も一日、頑張りましょう!」
「ああ」
悠飛が笑う。
四葉も笑う。
その胸の奥には。
まだ小さな痛みがある。
けれど。
それ以上に。
確かな想いがあった。
「大好きです」
声には出さない。
まだ。
その言葉は胸の中。
けれど。
いつか必ず。
自分の声で伝える。
四葉の恋は。
この日。
涙とともに。
大きく一歩を踏み出した。