『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
六月。
梅雨の気配を感じさせる雨雲が、朝から旭高校の空を覆っていた。
教室の窓には細かな雨粒が流れている。
「雨ですねぇ……」
四葉が窓の外を眺めながら呟いた。
「傘、持ってきましたか?」
五月が尋ねる。
「もちろんです!」
四葉は胸を張った。
「……」
一花が隣で苦笑する。
「昨日、天気予報で降水確率八十パーセントって言ってたからね」
「そうでした!」
「忘れてたんじゃない」
「忘れてません!」
「じゃあ、なんでそんな顔してるの?」
「雨だと外で遊べないからです!」
「三年生が何を言ってるの」
二乃が呆れる。
「でも、四葉らしい」
三玖が小さく笑った。
その時。
教室の扉が開く。
「おはよう」
悠飛が入ってきた。
「おはようございます、悠飛さん!」
四葉が真っ先に声をかける。
「おはよう、四葉」
「今日は雨ですね!」
「ああ」
「帰り、傘ありますか?」
「あるよ」
「よかったです!」
一花がその会話を見ていた。
六華も。
二乃も。
三玖も。
五月も。
そして。
全員が同じことを思った。
――やっぱり鈍感。
◇
一時間目。
現代文。
教師が黒板に文章を書いている。
「では、この文章の作者の心情を答えてください」
教室が静かになる。
「如月」
「はい」
「どう思う?」
悠飛は少し考え。
「作者は、相手への未練を残しながらも、自分から離れることを選んだのだと思います」
「なぜそう考える?」
「言葉の選び方です」
悠飛は説明する。
「表面上は諦めていますが、繰り返し使われている表現から、まだ相手を想っていることが分かります」
教師が頷く。
「正解」
「ありがとうございます」
四葉が小声で言う。
「さすがです!」
「静かに」
風太郎が注意する。
「すみません!」
一花は苦笑する。
「ねえ、悠飛くん」
「ん?」
「今の問題、恋愛の話だったよね?」
「ああ」
「じゃあ」
一花が少しだけ顔を赤くする。
「自分の恋愛についてはどう思う?」
「……?」
悠飛は首を傾げた。
「何の話?」
「……」
一花は額を押さえた。
「なんでもない」
「そう?」
――やっぱり。
鈍感だ。
◇
昼休み。
悠飛は自分の席で弁当を食べていた。
「悠飛くん」
一花が隣に来る。
「何?」
「今日、一緒に帰らない?」
「いいよ」
「本当に?」
「ああ」
一花が嬉しそうに笑う。
その直後。
「悠飛さん!」
四葉がやってくる。
「今日、帰りに本屋さんに行きませんか?」
「いいよ」
「やった!」
そして。
「悠飛」
六華も来た。
「今日、私と帰る約束してなかった?」
「あ」
悠飛が思い出す。
「そうだった」
「じゃあ、どうする?」
「……」
三人を見る。
「みんなで帰ればいいんじゃないか?」
三人。
「……」
沈黙。
「悠飛くん」
一花が言う。
「私が言ってるのは、二人で」
「そうなの?」
「うん」
「どうして?」
一花の表情が固まる。
「……」
「何か相談?」
「……」
四葉が頭を抱える。
「悠飛さん……」
「ん?」
「そういうところですよ」
「何が?」
「何でもありません!」
◇
午後。
体育。
雨のため、体育館でバスケットボール。
「如月!」
教師が叫ぶ。
「はい!」
悠飛がボールを受け取る。
ドリブル。
フェイント。
シュート。
「ナイス!」
四葉が拍手する。
「すごいです!」
一花も。
「運動もできるって反則じゃない?」
六華は笑う。
「昔からだよ」
「そうだったね」
試合終了。
悠飛のチームが勝利。
「悠飛さん!」
四葉がタオルを差し出す。
「どうぞ!」
「ありがとう」
「水もあります!」
「助かる」
「はい!」
四葉は嬉しそうに笑う。
一花がタオルを見て。
「……」
六華も。
「……」
二乃が遠くから見ている。
「本当に分かってないわね」
三玖が頷く。
「うん」
五月も。
「皆さん、かなり分かりやすいと思うのですが……」
風太郎が言う。
「俺から見ても分かる」
「じゃあ」
二乃が風太郎を見る。
「なんで悠飛は分からないのよ?」
「知らん」
「親友でしょ?」
「親友だからこそ分からん」
◇
放課後。
雨はさらに強くなっていた。
「うわぁ……」
四葉が昇降口で立ち尽くす。
「雨、すごいですね」
「四葉」
悠飛が声をかける。
「傘は?」
「あります!」
「なら大丈夫だな」
「はい!」
その時。
四葉が傘を開こうとして。
「あれ?」
「どうした?」
「壊れてます……」
傘の骨が一本折れていた。
「……」
四葉が泣きそうになる。
「どうしましょう」
悠飛は自分の傘を見る。
「俺の傘に入る?」
「……え?」
「駅までなら一緒に行ける」
四葉の顔が一気に赤くなる。
「い、いいんですか?」
「ああ」
「じゃあ……」
そこへ。
「悠飛くん」
一花が来た。
「一緒に帰ろうって言ってたよね?」
「あ」
悠飛が思い出す。
「そうだった」
一花は四葉を見る。
四葉も一花を見る。
「……」
六華も来る。
「悠飛、私も」
「……」
悠飛は三人を見る。
「じゃあ」
「みんなで一本の傘に入る?」
「無理よ!」
一花が即座に突っ込んだ。
「そうです!」
四葉も。
「三人とも濡れる!」
六華も笑う。
「悠飛、本当に鈍いね」
「……」
悠飛は首を傾げる。
「何が?」
三人が同時に。
「「「……はぁ」」」
◇
その頃。
二乃、三玖、五月。
三人は昇降口の柱の陰からその光景を見ていた。
二乃が呟く。
「重症ね」
三玖。
「かなり」
五月。
「どうすれば気づくのでしょう」
二乃は腕を組む。
「誰かが直接言うしかないんじゃない?」
三玖が首を振る。
「でも、それじゃ恋じゃない」
「確かに」
五月は考える。
「それなら……」
三人が顔を見合わせる。
「作戦会議ですね」
◇
その夜。
中野家。
リビング。
「緊急会議を始めます!」
四葉が宣言する。
「何の?」
一花が聞く。
「悠飛さん鈍感問題です!」
二乃が頷く。
「議題としては重要ね」
三玖も。
「悠飛は、私たちの好意に気づいていない」
五月が手を挙げる。
「はい」
「どうしたらいいと思う?」
「直接伝えるのが一番では?」
「それができたら苦労しないわよ」
二乃が言う。
「一花は告白未遂」
「……」
一花が苦笑する。
「四葉は泣いた」
「……」
四葉が俯く。
「六華は告白した」
「うん」
六華は頷く。
「それでも悠飛は、まだ答えを出していない」
三玖が言う。
「つまり」
一花がまとめる。
「もっと分かりやすくする必要がある」
「どうやって?」
「例えば……」
一花が考える。
「好きって言う」
「それは告白じゃない?」
「そうだね」
「却下」
二乃が言う。
「もっと簡単に」
四葉が手を挙げる。
「手を繋ぐ!」
「……」
全員が四葉を見る。
「どうですか?」
「分かりやすい」
三玖が頷く。
「でも」
六華が言う。
「悠飛なら」
「『仲良しだから』で終わりそう」
「……」
全員。
「ありえる」
◇
翌日。
作戦第一弾。
「悠飛」
六華が声をかける。
「ん?」
「手」
「?」
六華が手を差し出す。
「握って」
「どうした?」
「いいから」
悠飛は素直に握る。
「……」
六華の顔が赤くなる。
「……どう?」
「温かいな」
「……」
「何?」
「何でもない」
六華は手を離した。
「失敗」
「何が?」
「……鈍感」
◇
作戦第二弾。
一花。
「悠飛くん」
「ん?」
「私、最近好きな人がいるんだ」
「そうなんだ」
「……」
「どんな人?」
「……」
一花は固まった。
「優しくて」
「うん」
「頭が良くて」
「へえ」
「運動もできて」
「すごいな」
「ちょっと鈍感で」
「それは大変だな」
「……」
一花は頭を抱えた。
「本当に分からない?」
「誰の話?」
「……もういい」
◇
作戦第三弾。
四葉。
「悠飛さん!」
「ん?」
「私、悠飛さんのことが大好きです!」
「俺も四葉のこと好きだよ」
「……」
四葉の顔が真っ赤になる。
「本当ですか!?」
「ああ。大切な友達だから」
「……」
四葉は固まった。
「……友達」
「うん」
「……」
四葉は笑顔を作る。
「そうですよね!」
その場を離れる。
角を曲がる。
「……」
四葉はしゃがみ込む。
「やっぱり……」
鈍感。
◇
昼休み。
悠飛は一人で屋上へ向かった。
そこには。
風太郎がいた。
「珍しいな」
「何が?」
「お前が悩んでる顔してる」
「……」
悠飛は空を見る。
「風太郎」
「何だ?」
「俺って、鈍感かな?」
風太郎は即答した。
「かなり」
「……」
「自覚がなかったのか?」
「いや」
悠飛は苦笑する。
「最近、みんなが変なんだ」
「五つ子か?」
「五つ子と六華」
「……」
風太郎は少し考える。
「お前」
「ん?」
「本当に気づいてないのか?」
「何に?」
「……」
風太郎は深いため息をついた。
「もういい」
「?」
「俺から言うことじゃない」
「そうか」
「ただ」
風太郎は悠飛を見る。
「逃げるなよ」
「……」
「誰かが本気でお前を好きになってるなら」
風太郎は真剣に言った。
「お前も本気で向き合え」
悠飛は少し考え。
「ああ」
頷いた。
「分かった」
◇
放課後。
悠飛は一人で廊下を歩いていた。
すると。
一花。
四葉。
六華。
三人が待っていた。
「悠飛くん」
「悠飛さん」
「悠飛」
三人が同時に呼ぶ。
「何?」
一花が前に出る。
「今日は」
四葉。
「ちゃんと」
六華。
「話があります」
「……」
悠飛は三人を見る。
いつもの笑顔とは違う。
真剣な顔。
「分かった」
三人で。
屋上へ向かう。
◇
屋上。
夕暮れ。
三人が並ぶ。
一花が口を開く。
「悠飛くん」
「うん」
「私たち」
四葉が続ける。
「悠飛さんのことが」
六華が最後に言う。
「好き」
三人の声が重なった。
悠飛は。
初めて。
言葉を失った。
「……」
一花が笑う。
「今度こそ」
四葉も。
「ちゃんと伝えます」
六華も。
「逃げない」
悠飛は三人を見る。
そして。
ゆっくり息を吐いた。
「……そうだったのか」
「「「……」」」
三人が目を丸くする。
「今、気づいた?」
一花が聞く。
「ああ」
四葉が呆然とする。
「遅すぎます……」
六華は笑った。
「本当に鈍感」
「……悪かった」
三人が笑う。
けれど。
悠飛は。
いつもの笑顔ではなかった。
真剣な顔で。
三人を見つめる。
「ありがとう」
「……」
「俺のことを好きになってくれて」
そして。
「俺も」
一度。
言葉を止める。
「みんなのことを大切に思ってる」
三人の胸が高鳴る。
「だから」
悠飛は続ける。
「軽い気持ちで答えを出したくない」
「……」
「ちゃんと考えたい」
一花が頷く。
「うん」
四葉も。
「はい!」
六華も。
「待つ」
「ありがとう」
悠飛は笑った。
「今まで気づけなくて、ごめん」
一花が笑う。
「じゃあ、これからは?」
「努力する」
四葉が笑う。
「期待してます!」
六華も。
「私も」
◇
屋上を出た後。
一花が言った。
「ねえ」
「はい?」
「これでようやく」
六華。
「スタートラインだね」
四葉。
「はい!」
三人は顔を見合わせる。
「負けない」
「私も」
「私も」
三人は笑った。
◇
その夜。
悠飛は自分の部屋で考えていた。
一花。
四葉。
六華。
そして。
二乃。
三玖。
五月。
自分を慕ってくれている少女たち。
今まで。
幼馴染。
友達。
仲間。
そう思っていた。
けれど。
今日。
初めて知った。
彼女たちは。
自分を。
一人の男として見ている。
「……」
悠飛は窓の外を見る。
「俺も」
胸に手を当てる。
「ちゃんと向き合わないとな」
恋愛には。
答えがある。
そして。
その答えを出すのは。
他の誰でもない。
自分自身だ。
◇
翌朝。
教室。
悠飛が入ってくる。
「おはよう」
「おはよう、悠飛くん」
一花。
「おはようございます!」
四葉。
「おはよう」
六華。
三人の笑顔。
そして。
二乃。
三玖。
五月。
それぞれも。
悠飛を見つめている。
風太郎が呟く。
「ようやく気づいたか」
「風太郎」
「何だ?」
「……ありがとう」
「何のことだ」
「いろいろ」
「知らん」
風太郎は顔を逸らした。
その横で。
らいはが教室の外から兄を迎えに来ていた。
「お兄ちゃん!」
「らいは?」
「一緒に帰ろ!」
「分かった」
悠飛はその様子を見て笑う。
そして。
もう一度。
教室を見渡した。
これまで。
当たり前だった日常。
その中に。
恋があった。
友情があった。
家族のような絆があった。
そして。
これからは。
その全てに。
向き合っていかなければならない。
「……頑張るか」
悠飛が呟く。
一花が笑う。
四葉も。
六華も。
そして。
二乃、三玖、五月も。
それぞれの胸に。
同じ想いを抱いていた。
――今度こそ。
ちゃんと私を見て。
悠飛の鈍感な恋は。
ようやく。
始まったばかりだった。