『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
六月の雨が、静かに校舎を濡らしていた。
放課後の教室には、生徒たちの姿もまばらになっている。
窓の外を眺めながら、六華は一人、頬杖をついていた。
「……雨、か」
灰色の空。
細く流れる雨。
その景色を見ていると、なぜか胸の奥がざわつく。
理由は分かっている。
昨日。
悠飛が、自分たちの想いに気づいた。
それは六華にとって、大きな出来事だった。
これまで自分は、ずっと幼馴染という立場にいた。
けれど。
もう違う。
悠飛は知っている。
自分が彼を好きだということを。
「……」
六華は机の中から、一枚の古い写真を取り出した。
幼い頃の写真。
そこには、まだ小さかった六華と悠飛が写っている。
「懐かしい……」
写真の中の二人は。
今よりずっと幼く。
そして。
何も知らなかった。
恋なんて言葉も。
未来のことも。
ただ。
一緒にいることが嬉しかった。
「……」
六華は写真を指でなぞった。
すると。
ふと。
一つの記憶が蘇った。
◇
――昔。
まだ小学校に上がる前。
「悠飛くん!」
幼い六華が走っていた。
「待って!」
前を走る少年が振り返る。
「六華、早く!」
「待ってってば!」
「遅いぞ!」
「女の子にそんなこと言うなんて、失礼!」
「だって本当に遅いんだもん」
「もう!」
六華は頬を膨らませる。
少年の悠飛は笑った。
「ほら」
手を差し出す。
「一緒に行こう」
六華は。
その手を握った。
「うん!」
小さな手。
温かい手。
二人は並んで歩いた。
それが。
当たり前だった。
◇
「六華?」
現在。
「……」
六華は我に返った。
「……また思い出した」
幼い頃。
悠飛との思い出。
最近。
不思議なくらい。
昔の記憶が蘇ってくる。
「どうしてだろう」
六華は呟く。
もしかしたら。
自分の心が。
昔から悠飛を特別な存在として見ていたことに。
気づき始めたからなのかもしれない。
◇
その頃。
悠飛も。
自宅で古いアルバムを開いていた。
「……懐かしいな」
机の上に広げられた写真。
幼い頃の自分。
そして。
五つ子。
六華。
莉々華。
みんなが一緒に写っている。
「こんな頃もあったな」
ページをめくる。
一枚。
二枚。
三枚。
そして。
ある写真のところで。
悠飛の手が止まった。
「……」
そこには。
幼い頃の悠飛と。
一人の少女が写っていた。
顔は。
写真の端に半分しか写っていない。
「誰だ?」
悠飛は眉を寄せる。
記憶には。
ぼんやりと残っている。
けれど。
誰だったのか。
思い出せない。
「……」
その瞬間。
頭の奥に。
断片的な映像が浮かんだ。
赤い夕焼け。
古い神社。
小さな女の子。
そして。
少女の声。
『また会おうね』
「……!」
悠飛は目を見開いた。
「今の……」
頭を押さえる。
しかし。
それ以上は思い出せない。
「誰なんだ……?」
◇
翌日。
学校。
悠飛は珍しく。
少しぼんやりしていた。
「悠飛くん?」
一花が声をかける。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや」
悠飛は首を振る。
「昨日、昔の写真を見てて」
「昔の?」
「ああ」
「どんな写真?」
「幼い頃の写真」
一花が興味を示す。
「見たい」
「いいよ」
悠飛はスマートフォンを取り出す。
写真を見せる。
「わあ……」
四葉が覗き込む。
「小さいです!」
「悠飛さん、可愛いですね!」
「今もそうだよ」
「え?」
四葉が固まる。
「……」
一花が笑う。
「四葉、自爆したね」
「ち、違います!」
六華も写真を見る。
「……」
一枚。
六華の表情が変わった。
「これ」
「ん?」
「この写真」
六華が指差す。
そこには。
幼い悠飛。
そして。
写真の端にいる少女。
「この子……」
六華の胸が。
ドクン。
と鳴った。
「……知ってる」
「え?」
悠飛が振り返る。
「六華、知ってるのか?」
「……」
六華は。
必死に記憶を探した。
「確か……」
「……」
「昔、私たちが遊んでいた公園で」
「うん」
「会ったことがある」
「誰?」
「……」
六華は首を傾げる。
「分からない」
「分からない?」
「名前までは」
写真を見る。
すると。
また。
記憶の断片が蘇った。
――雨。
――泣いている少女。
――悠飛の声。
『大丈夫だよ』
『僕がいるから』
「……!」
六華は目を見開いた。
「思い出した……」
「何を?」
「この子」
六華は写真を見つめる。
「泣いてた」
「……」
「私たちが遊んでいた公園に」
「……」
「一人で」
◇
その日の放課後。
六華と悠飛は。
二人で古い公園へ向かった。
「ここ」
「……」
悠飛は周囲を見る。
「昔と変わってないな」
「うん」
古い滑り台。
錆びたブランコ。
大きな木。
「この木」
六華が指差す。
「覚えてる?」
「ああ」
「私たち」
ここで。
よく遊んでいた。
「……」
悠飛は目を閉じる。
すると。
また。
映像が浮かんだ。
小さな少女。
泣いている。
その前に。
幼い自分が立っている。
『どうしたの?』
『……』
少女は答えない。
悠飛が。
手を差し出す。
『泣かないで』
『……』
『僕が一緒にいるよ』
「……!」
悠飛は目を開ける。
「思い出した」
六華が見る。
「本当に?」
「ああ」
「何を?」
悠飛は木を見つめる。
「この場所で」
「うん」
「昔。
一人の女の子に会った」
「……」
「泣いてたから」
悠飛は笑う。
「俺、慰めたんだ」
六華は。
何かに気づいた。
「もしかして」
「ん?」
「その子」
「……」
「悠飛のことを好きになったんじゃない?」
悠飛は苦笑する。
「子供の頃だぞ」
「でも」
六華は真剣な目をする。
「子供の頃の出会いって」
「……」
「意外と忘れないものだよ」
悠飛は黙った。
◇
その夜。
悠飛は夢を見た。
――幼い頃。
夕暮れ。
神社。
「また会える?」
少女が聞く。
幼い悠飛は頷く。
「うん」
「約束?」
「約束」
小指を絡める。
「絶対だよ」
「絶対」
そして。
少女は笑った。
「じゃあ」
「またね」
その瞬間。
悠飛は目を覚ました。
「……!」
胸が高鳴っている。
「今の……」
夢だった。
でも。
夢ではない。
確かな記憶。
「誰なんだ……」
悠飛は額に手を当てる。
顔だけが。
どうしても思い出せない。
「……」
ただ。
一つだけ。
覚えている。
少女の声。
『また会おうね』
◇
翌日。
学校。
「悠飛さん」
四葉が声をかける。
「ん?」
「昨日、何か考えてました?」
「ああ」
悠飛は頷く。
「昔のこと」
「昔?」
「幼い頃に会った女の子のこと」
「……」
四葉の表情が変わる。
「女の子?」
「うん」
「どんな子ですか?」
「分からない」
「顔も?」
「ああ」
四葉は少し考える。
「……もしかしたら」
「ん?」
「私たちが知ってる人かもしれませんよ?」
「そうだといいな」
悠飛は笑う。
「……」
四葉は複雑な表情を浮かべる。
◇
昼休み。
五つ子と六華。
そして。
悠飛。
全員で集まっていた。
「昔の女の子?」
二乃が聞く。
「ああ」
悠飛が説明する。
「幼い頃に会ったらしい」
「らしい?」
三玖が首を傾げる。
「記憶が断片的なんだ」
五月が尋ねる。
「何か特徴は?」
「泣いていた」
「他には?」
「夕方だった」
「場所は?」
「神社」
一花が考える。
「それだけ?」
「あと」
悠飛は少し考える。
「約束をした」
「どんな?」
「また会うって」
「……」
全員が黙った。
四葉が。
「それって」
「?」
「すごく大切な約束ですよね」
「ああ」
六華は悠飛を見る。
「その子、見つけたい?」
「もちろん」
「……」
六華の胸が。
少しだけ痛んだ。
でも。
それ以上に。
悠飛が昔の記憶を取り戻そうとしていることが気になった。
◇
その日の帰り道。
六華と一花が二人で歩いていた。
「六華」
「ん?」
「昔の女の子」
「……うん」
「気になる?」
六華は少し考える。
「気になる」
「私も」
「一花も?」
「うん」
一花は空を見上げた。
「もし、その子が悠飛くんのことを今でも覚えてたら」
「……」
「どうなるんだろうね」
六華は苦笑する。
「また恋敵が増えるかも」
「……」
二人は顔を見合わせる。
そして。
笑った。
「でも」
一花が言う。
「負けないよ」
「私も」
◇
数日後。
悠飛は。
再び古い公園へ向かった。
一人だった。
「……」
大きな木の前に立つ。
目を閉じる。
思い出せ。
何か。
何かあるはずだ。
「……」
赤い夕焼け。
神社。
少女。
小さな手。
「……!」
そして。
もう一つ。
声。
『悠飛くん』
「……!」
その呼び方。
どこか。
懐かしい。
「誰だ……?」
悠飛は目を開ける。
その時。
後ろから声がした。
「悠飛?」
「……!」
振り返る。
六華だった。
「六華?」
「こんなところで何してるの?」
「昔の記憶を探してた」
「……そう」
六華は悠飛の隣に立つ。
「思い出せそう?」
「少しだけ」
「どんな?」
「俺の名前を呼んだ」
「……」
六華は黙る。
「『悠飛くん』って」
「……」
六華の胸が。
ざわついた。
「ねえ、悠飛」
「ん?」
「もし」
「うん」
「その女の子が」
六華は少し躊躇う。
「今も悠飛のことを好きだったら?」
悠飛は考える。
「……」
「どうする?」
「分からない」
「……」
「でも」
悠飛は笑う。
「ちゃんと話すと思う」
「話す?」
「ああ」
「どうして?」
「昔の約束だから」
六華は。
少しだけ笑った。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
六華は悠飛の隣に立つ。
「見つけないとね」
「手伝ってくれるのか?」
「もちろん」
「ありがとう」
六華は。
悠飛の横顔を見る。
「……」
そして。
胸の中で。
小さく呟いた。
――もし、その子が私だったら。
そんなことを考えてしまう。
けれど。
六華自身にも。
まだ確信はなかった。
◇
その夜。
六華は自分の部屋で。
古いアルバムを開いた。
幼い頃。
悠飛。
五つ子。
莉々華。
そして。
自分。
ページをめくる。
「……」
一枚の写真。
神社の前。
幼い自分と悠飛。
その後ろに。
小さな少女が写っている。
「……!」
六華の手が止まった。
「この子……」
記憶が。
一気に蘇る。
雨の日。
泣いていた少女。
悠飛が慰めている。
そして。
少女が。
小さな声で。
『悠飛くん……』
六華は息を呑んだ。
「まさか……」
写真を裏返す。
そこには。
幼い字で。
短い言葉が書かれていた。
『また会おうね』
「……!」
六華の目が見開かれる。
「これ……」
その瞬間。
すべてが繋がりかけた。
しかし。
写真に写る少女の顔は。
角度のせいで。
はっきり見えない。
「誰……?」
六華は写真を握りしめる。
「この子は……」
そして。
もう一つ。
記憶が蘇った。
幼い自分の声。
『悠飛くん、この子どうする?』
悠飛。
『一緒に遊ぼう』
少女。
『……いいの?』
『もちろん』
三人で笑う。
その後。
少女が言った。
『私、大きくなったら――』
そこだけ。
記憶が途切れている。
「……」
六華は呆然とする。
「何を言ったの?」
思い出せない。
◇
翌朝。
六華は写真を持って学校へ向かった。
「悠飛」
「ん?」
「これ」
写真を見せる。
悠飛は驚く。
「この写真……」
「私のアルバムにあった」
「……」
「この子」
悠飛は写真を見る。
「俺が探してる子かもしれない」
「うん」
六華は頷く。
「私たち」
昔。
この子と会ってた。
「……」
「でも」
六華は写真を見る。
「名前だけが思い出せない」
悠飛は黙った。
「じゃあ」
六華が言う。
「一緒に探そう」
「ああ」
「約束」
六華は小指を差し出した。
悠飛は。
少し驚いた後。
小指を絡める。
「約束」
その瞬間。
悠飛の脳裏に。
また。
一瞬だけ。
少女の笑顔が浮かんだ。
そして。
聞こえた。
『約束だよ、悠飛くん』
「……!」
悠飛は目を見開く。
「今……」
「どうしたの?」
「聞こえた」
「何が?」
「声が」
「……」
「『約束だよ』って」
六華は。
胸を押さえた。
「……」
何かが。
動き始めている。
遠い昔。
幼い日の記憶。
その断片が。
少しずつ。
現在へと繋がっていく。
そして。
その記憶の先にいる少女が。
いつか。
悠飛の前に姿を現すことになる。
まだ。
その正体は。
誰にも分からない。
ただ一つ。
確かなことがある。
あの日の約束は。
まだ。
終わっていなかった。