『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
六月。
梅雨の雨が続く旭高校では、校内の至るところで一つの話題が持ち上がっていた。
――日の出祭。
旭高校最大の学校行事。
三年生にとっては、高校生活最後の文化祭でもある。
各クラスが出し物を決め、実行委員が準備を進め、生徒たちは放課後になると教室や体育館、校庭を行き来していた。
「日の出祭、楽しみですね!」
四葉が教室で声を上げる。
「三年生最後の文化祭だもんね」
一花も笑う。
「私は劇とかやりたいなぁ」
「一花なら似合いそう」
三玖が言う。
「本当?」
「うん。女優だし」
「まだ駆け出しだけどね」
一花は笑った。
二乃は机に頬杖をつく。
「私は食べ物系がいいわ」
「二乃らしいです」
五月が苦笑する。
「何よ」
「いえ」
「絶対何か思ったでしょ」
「何も」
そんな五つ子の会話を。
少し離れた席で悠飛が聞いていた。
「文化祭か」
「悠飛さん!」
四葉が振り返る。
「何かやりたいことありますか?」
「俺?」
「はい!」
悠飛は少し考える。
「みんなで楽しめるものなら何でもいいんじゃないか?」
「……」
六華が笑った。
「悠飛らしいね」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、六華は?」
「私は……」
六華は教室を見渡す。
「みんなが笑顔になれるものがいい」
「それなら」
悠飛が言う。
「決まりだな」
「まだ何も決まってないよ」
一花が笑った。
「それもそうか」
教室に笑い声が広がる。
いつもの日常。
いつもの仲間。
いつもの笑顔。
だが。
この時。
誰も知らなかった。
日の出祭が。
彼らの日常を大きく変えることを。
◇
「如月」
放課後。
風太郎が悠飛を呼び止めた。
「ん?」
「少し話がある」
「珍しいな」
二人は廊下を歩く。
「文化祭のことか?」
「それもある」
「それも?」
風太郎は真剣な顔をしていた。
「最近、妙な噂を聞いた」
「噂?」
「日の出祭に、外部から講師を呼ぶらしい」
「講師?」
「ああ」
風太郎は眼鏡を押し上げる。
「教育関係者として有名な人物らしい」
「名前は?」
「無堂」
「……」
悠飛の足が止まった。
「無堂?」
「ああ」
風太郎も立ち止まる。
「知ってるのか?」
「いや」
悠飛は首を横に振る。
「名前だけなら聞いたことがある」
「そうか」
風太郎は続ける。
「ただ、俺は少し気になっている」
「何が?」
「学校側が、ずいぶんと持ち上げている」
「……」
「教育者として実績があるらしい」
「なら問題ないんじゃないか?」
「そうとも限らん」
風太郎は静かに言った。
「人間は肩書きだけじゃ分からない」
悠飛は少し考える。
「確かに」
「一応、気をつけておけ」
「分かった」
二人は再び歩き出した。
だが。
悠飛の胸には。
なぜか小さな違和感が残った。
◇
その日の帰り。
五つ子と六華は、日の出祭について話していた。
「ねえ、みんな」
一花が言う。
「文化祭、最後なんだよね」
「そうね」
二乃が頷く。
「だったら、思い切り楽しみたいわ」
「私もです!」
四葉が手を上げる。
「みんなで何か一つ、大きなことをしたいです!」
三玖が考える。
「クラスの出し物だけじゃなくて?」
「うん!」
五月も笑う。
「いいですね」
六華は。
そんな五人を見ながら微笑んでいた。
「じゃあ、悠飛も巻き込もう」
「もちろん!」
四葉が即答する。
「でも」
一花が少し笑う。
「文化祭って、恋愛イベントも多いよね」
「……」
四葉の顔が赤くなる。
六華も。
「一花」
「何?」
「そういうこと言わないで」
「ふふ」
二乃が呆れる。
「三人とも分かりやすいわね」
「二乃さんだって」
四葉が言う。
「私?」
「悠飛さんのこと、好きですよね?」
「なっ……!」
二乃の顔が赤くなる。
「ち、違――」
三玖が静かに言う。
「違わない」
「三玖まで!」
五月が苦笑する。
「もう隠す必要もないのでは?」
「……」
二乃は黙り込んだ。
「……そうね」
そして。
悠飛のいる方向を見る。
「私も好きよ」
その言葉に。
四葉。
一花。
三玖。
五月。
六華。
全員が静かに二乃を見る。
二乃は顔を赤くしながらも。
目を逸らさなかった。
「だから」
「……」
「文化祭だろうが何だろうが」
二乃は強気に笑う。
「私は私のやり方で行くわ」
◇
一方。
学校から少し離れた場所。
悠飛は。
一人の女性と話していた。
先日の神社で出会った。
幼い日の約束を知る女性。
「本当に」
女性は言った。
「覚えていないんですね」
「すみません」
悠飛は正直に答える。
「記憶が断片的なんです」
「……そう」
女性は寂しそうに笑う。
「無理もないよね」
「あなたは」
悠飛が尋ねる。
「俺と昔、どこで会ったんですか?」
「何度か」
「何度も?」
「うん」
女性は頷いた。
「でも」
「……」
「一番覚えているのは、あの日」
「神社?」
「そう」
悠飛は黙った。
「あなたが泣いていた」
「うん」
「俺が助けた」
「うん」
「それで」
悠飛は少し照れながら。
「お嫁さんになるって言った」
女性は笑った。
「覚えてるんだ」
「少しだけ」
「嬉しい」
女性の目に。
ほんの少し涙が浮かぶ。
「私ね」
「はい」
「ずっと、その約束を覚えてた」
「……」
「でも」
女性は空を見上げる。
「約束した相手が、私を覚えていなかったらどうしようって」
「……」
「ずっと怖かった」
悠飛は。
何も言えなかった。
そして。
一つだけ伝えた。
「ごめん」
「謝らなくていいよ」
「でも」
「いいの」
女性は笑った。
「今、会えたから」
◇
その日の夜。
中野家。
「……」
六華は机の前で。
一人、古い写真を見ていた。
先日。
神社で出会った女性。
その正体は。
まだ。
五つ子たちにも完全には話していない。
ただ。
六華だけは。
あることに気づいていた。
「……あの人」
幼い日の記憶。
泣いていた少女。
悠飛。
そして。
その少女のそばにいた自分たち。
しかし。
なぜ。
その女性が。
あの時の少女だと分かったのか。
六華には。
まだ一つ。
腑に落ちないことがあった。
「……」
その時。
スマートフォンが鳴った。
悠飛からだった。
『明日、学校で話したい』
「……」
六華は胸が高鳴る。
『分かった』
返信する。
すぐに。
『ありがとう』
と返ってきた。
六華はスマートフォンを胸に抱いた。
「……何を話すんだろう」
◇
翌朝。
学校。
「おはようございます!」
四葉が教室に入る。
「おはよう」
悠飛が答える。
「悠飛さん!」
「どうした?」
「日の出祭、一緒に回りましょうね!」
「もちろん」
「約束です!」
「約束」
四葉は嬉しそうに笑う。
その後ろから。
一花が来る。
「悠飛くん」
「おはよう」
「文化祭の日」
「うん」
「私とも一緒に回ってね」
「もちろん」
六華も。
「悠飛」
「ん?」
「私とも」
「ああ」
二乃が。
「私とも」
「分かった」
三玖。
「私も」
「もちろん」
五月。
「私もお願いします」
「分かった」
風太郎が。
「……お前、本当に大変だな」
「何が?」
「何でもない」
◇
放課後。
日の出祭実行委員会の集まりが開かれた。
体育館には。
各クラスの代表や教師たちが集まっている。
壇上に。
文化祭実行委員長が立つ。
「今年の日の出祭は、例年以上に大規模なものになります!」
拍手。
「そして!」
委員長が続ける。
「特別講演として、教育評論家の無堂氏をお招きします!」
会場から拍手が起きる。
悠飛は。
壇上を見ていた。
無堂。
落ち着いた服装。
整った笑顔。
一見すれば。
どこにでもいる。
立派な教育者。
「……」
しかし。
悠飛は。
なぜか。
その笑顔に違和感を覚えた。
――何か。
――隠している。
そんな直感。
「どうした?」
風太郎が聞く。
「いや」
悠飛は首を振る。
「何でもない」
◇
講演会終了後。
無堂が舞台裏へ戻る。
その直後。
一人の男が近づいてきた。
「先生」
「何だ?」
「日の出祭当日の件ですが」
無堂は。
笑顔を消した。
「予定通りに」
「はい」
「私の話を聞けば」
無堂は静かに言った。
「彼らも理解するでしょう」
「……」
「教育とは何か」
男は頷く。
「分かりました」
二人が去っていく。
その様子を。
誰かが見ていた。
「……」
物陰。
六華だった。
「今の……」
無堂。
そして。
見知らぬ男。
「何の話?」
六華は眉を寄せる。
そして。
すぐに悠飛へ連絡しようとした。
だが。
その瞬間。
背後から声がした。
「誰かと思えば」
「……!」
六華が振り返る。
そこには。
無堂が立っていた。
「中野家の従姉妹さんでしたね」
「……」
六華は警戒する。
「何の話をしていたんですか?」
「大したことではありませんよ」
無堂は笑う。
「教育についてです」
「……」
「あなたも」
無堂は六華を見る。
「教育者を目指しているのですか?」
「いいえ」
「そうですか」
無堂は笑った。
「それは残念です」
「……何が?」
「才能のある子ほど」
無堂は。
不気味なほど穏やかに言った。
「正しい道へ導いてあげなければならない」
「……」
六華の背筋に。
冷たいものが走った。
「私は」
六華は睨む。
「誰かに道を決めてもらうつもりはありません」
「ほう」
無堂の笑顔が。
一瞬だけ消えた。
「強いですね」
「失礼します」
六華は立ち去った。
◇
その夜。
六華は。
五つ子と悠飛に。
今日の出来事を話した。
「無堂が?」
一花が驚く。
「うん」
「何か怪しいことを言ってた?」
二乃が聞く。
「教育について話してた」
三玖が考える。
「それだけ?」
「それだけ」
五月は不安そうに言う。
「でも」
四葉が。
「六華ちゃんが警戒するくらいなら」
「何かある」
悠飛が言った。
全員が悠飛を見る。
「俺も」
悠飛は静かに言う。
「最初に会った時から、少し変だと思ってた」
「悠飛も?」
六華が聞く。
「ああ」
「……」
悠飛は考える。
「日の出祭」
「うん」
「何か起こるかもしれない」
一花が不安そうにする。
「大丈夫?」
「大丈夫にする」
悠飛は笑った。
「みんなが楽しみにしてる文化祭だからな」
四葉が頷く。
「はい!」
二乃も。
「そうよ」
三玖。
「何かあったら」
五月。
「みんなで対応しましょう」
六華も。
「私もいる」
悠飛は五人と六華を見る。
「ありがとう」
◇
日の出祭まで。
あと一週間。
校内では。
準備が進んでいく。
教室の装飾。
体育館の舞台。
模擬店。
ポスター。
生徒たちの笑顔。
そして。
その裏側で。
一つの計画が。
静かに進んでいた。
◇
夜。
無堂は。
一人。
机の前に座っていた。
「日の出祭……」
机の上には。
旭高校の生徒名簿。
そして。
その中に。
一つの名前。
「如月悠飛」
無堂は。
その名前を指でなぞる。
「……なるほど」
隣に立つ男が尋ねる。
「どうしますか?」
「予定通りだ」
「彼が邪魔をする可能性は?」
無堂は。
薄く笑った。
「あるでしょうね」
「では――」
「構わない」
無堂は。
静かに立ち上がる。
「むしろ」
窓の外を見る。
「彼には」
「……」
「舞台の上で、自分の無力さを理解してもらいましょう」
◇
そして。
日の出祭まで。
残り六日。
悠飛は。
自宅で一人。
古い写真を見ていた。
幼い日の自分。
五つ子。
六華。
そして。
あの少女。
「……」
あの約束。
『大きくなったら、お嫁さんになる』
悠飛は。
まだ。
その意味を完全には理解できていなかった。
ただ。
一つだけ。
心に残っている。
少女が泣いていたこと。
そして。
自分が。
その手を握ったこと。
「……」
悠飛は。
写真を大切にしまった。
「約束か」
窓の外を見る。
雨は。
いつの間にか止んでいた。
「日の出祭」
その先に。
何が待っているのか。
悠飛には。
まだ分からない。
ただ。
大切な人たちを守る。
それだけは。
決めていた。
◇
翌朝。
教室。
「おはようございます!」
四葉の明るい声。
「おはよう」
悠飛。
「今日も文化祭準備、頑張りましょう!」
「そうだな」
一花が笑う。
「最後の文化祭だもんね」
六華も。
「最高の思い出にしよう」
二乃。
「当然でしょ」
三玖。
「うん」
五月。
「楽しみですね」
七人の笑顔。
それは。
いつもと変わらない。
けれど。
窓の外。
校門の前には。
一台の黒い車が止まっていた。
車から。
一人の男が降りる。
そして。
旭高校を見上げる。
「……」
その男は。
静かに笑った。
日の出祭まで。
あと六日。
青春最後の文化祭は。
少しずつ。
不穏な影に覆われ始めていた。