『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
春の午後。
旭高校の教室には、放課後特有の穏やかな空気が流れていた。
授業が終わり、生徒たちが帰り支度を始める中、悠飛は自分の机に座ったまま、窓の外を眺めていた。
「……今日も勉強会か」
隣の席で風太郎が呟く。
「ああ」
悠飛は頷いた。
「昨日の小テスト、みんな少しずつ上がってたからな」
「四葉は特に伸びてたな」
「本人も喜んでた」
「まあ、あいつは褒めると伸びるタイプだからな」
「風太郎も分かってきたじゃないか」
「何年の付き合いだと思ってる」
二人が笑う。
その時だった。
「悠飛くん!」
勢いよく教室の扉が開く。
「今日も勉強会ですよね!」
四葉が飛び込んできた。
「もちろん」
「やったー!」
「喜ぶところなのか?」
風太郎が呆れる。
「昨日、点数上がったじゃないですか!」
「一回上がっただけだ」
「それでも嬉しいです!」
その後ろから、一花、二乃、三玖、五月、そして六華も入ってくる。
「今日もよろしくね」
一花が笑う。
「よろしく」
二乃も椅子を引く。
「……今日は英語?」
三玖が尋ねる。
「そうだ」
風太郎が答える。
五月は教科書を胸に抱えていた。
「私も頑張ります」
「六華も」
六華が静かに手を挙げる。
「もちろん」
悠飛は笑った。
こうして、いつもの七人による勉強会が始まろうとしていた。
しかし――。
その日の勉強会には、いつもと違う話題が待っていた。
◇
「……ところで」
一時間ほど勉強したところで、一花が口を開いた。
「悠飛くんと風太郎くんって、本当に教えるの上手だよね」
「そうか?」
悠飛が顔を上げる。
「うん」
一花は笑う。
「昨日よりも問題が解けるようになってる気がする」
「私もです」
五月が続ける。
「以前より、勉強すること自体が苦痛ではなくなりました」
「それは良かった」
悠飛が答える。
「でも」
二乃がペンを置いた。
「一つ気になることがあるんだけど」
「何?」
「悠飛と風太郎って、私たちの家庭教師になるつもりなの?」
一瞬。
空気が止まった。
「……」
悠飛と風太郎が顔を見合わせる。
「家庭教師?」
四葉が首を傾げる。
「そういえば、最初からそういう話だったっけ?」
「いや」
風太郎が答える。
「俺たちは家庭教師として雇われたわけじゃない」
「そうなの?」
五月が驚く。
「ああ」
風太郎は教科書を閉じる。
「そもそも、俺は中野家から家庭教師を頼まれていない」
「じゃあ、どうして?」
「悠飛が提案したからだ」
全員の視線が悠飛へ集まった。
「俺?」
「そうだ」
風太郎が頷く。
「お前が言ったんだろ」
『五つ子と六華が転校してくるなら、俺たちで勉強会を開こう』
「……そうだったな」
悠飛は思い出したように笑った。
「だから俺たちは、先生じゃない」
「友達だ」
風太郎が言った。
「友達同士で勉強しているだけだ」
「……」
五つ子と六華は顔を見合わせる。
四葉が一番最初に笑った。
「それ、いいですね!」
「そう?」
一花が尋ねる。
「はい!」
四葉は大きく頷いた。
「家庭教師って感じだと、どうしても緊張しますけど……友達なら気楽です!」
「私も」
三玖が小さく手を挙げる。
「先生に教わるより、友達に聞く方が質問しやすい」
「確かに」
二乃も頷いた。
「分からないところを聞くのって、先生相手だとちょっと恥ずかしいし」
五月は少し考えてから口を開いた。
「でも、友達だからといって甘えてはいけませんよね」
「もちろん」
悠飛が答える。
「俺たちも本気で教える」
「私たちも本気で勉強します」
五月が真剣に頷いた。
六華は二人を見ていた。
「……なんだか、いいね」
「何が?」
悠飛が尋ねる。
「先生と生徒じゃなくて」
六華は微笑む。
「友達同士なら、これからもずっと一緒にいられる気がする」
「そうだな」
悠飛も笑った。
その笑顔を見て。
六華の胸が温かくなった。
◇
その日の勉強会は、少し雰囲気が違っていた。
「悠飛!」
四葉が手を挙げる。
「ここ分からない!」
「どこ?」
「この問題です!」
悠飛が隣へ移動する。
「これは、まず条件を整理する」
「条件を整理……」
「そう。いきなり答えを出そうとするから混乱するんだ」
「なるほど!」
「四葉の場合、計算力より先に問題文を読む癖をつけるといい」
「分かりました!」
一花も質問する。
「悠飛くん、この英語の文章なんだけど」
「これは文法より単語だな」
「へえ」
「一花は語彙を増やせば一気に伸びると思う」
「じゃあ、教えて?」
「もちろん」
二乃も。
「ここ、どうしてこの答えになるの?」
「途中式を書いてみよう」
「……なるほど」
三玖も。
「この歴史の流れ、覚えにくい」
「年号だけじゃなくて、出来事を物語として覚えるといい」
「物語?」
「ああ」
三玖は目を輝かせる。
「……それなら覚えられそう」
五月も。
「この問題ですが――」
「五月」
「はい?」
「ここは公式を丸暗記するより、意味を理解した方がいい」
「意味?」
「そう」
悠飛は紙に図を書いた。
「こう考えると分かりやすい」
「……!」
五月の目が輝いた。
「なるほど!」
そして六華。
「悠飛」
「ん?」
「この問題」
「どれ?」
「ここ」
悠飛が答案を見る。
「……正解」
「本当?」
「ああ」
「よかった」
六華は嬉しそうに笑った。
それを見ていた一花が、ふっと微笑む。
「……なんだか、本当に兄妹みたい」
「誰が?」
悠飛が尋ねる。
「みんな」
「俺が兄?」
「そういう感じ」
「じゃあ、風太郎は?」
「……」
風太郎が嫌そうな顔をする。
「俺を巻き込むな」
「ふふ」
教室に笑い声が響く。
◇
その日の帰り道。
悠飛と風太郎は並んで歩いていた。
「思ったより上手くいってるな」
風太郎が言った。
「ああ」
「最初はどうなることかと思った」
「俺も」
「五つ子全員を相手にするのは大変だ」
「六華もいるぞ」
「そうだった」
二人は笑う。
「でも」
風太郎は少し真面目な顔になった。
「俺は、このやり方でいいと思う」
「友達としての勉強会?」
「ああ」
「俺もそう思う」
悠飛は空を見上げた。
「家庭教師っていう立場じゃ、どうしても上下関係ができるからな」
「友達なら対等だ」
「その方が、あいつらも本音を言いやすい」
「そうだな」
風太郎は頷く。
「それに」
「何だ?」
「俺たち自身も楽しい」
悠飛は少し驚いた。
「風太郎がそんなこと言うとはな」
「うるさい」
「珍しい」
「……俺だって楽しい時くらいある」
「じゃあ、友達として続けよう」
「もちろんだ」
二人は拳を軽く合わせた。
◇
その夜。
上杉家。
風太郎が帰宅すると、らいはが出迎えた。
「おかえり、お兄ちゃん!」
「ああ」
「今日は遅かったね」
「勉強会だ」
「また?」
「そうだ」
らいはが嬉しそうに笑う。
「中野さんたち?」
「ああ」
「悠飛さんも?」
「もちろん」
「いいなあ」
らいはは頬を膨らませる。
「私も一緒に勉強したい」
「お前はまだ小学生だろ」
「でも、お兄ちゃんと悠飛さんの勉強会なら楽しそう」
「……」
風太郎は苦笑した。
「いつか連れて行ってやる」
「本当?」
「ああ」
「約束!」
らいはは嬉しそうに笑った。
◇
一方。
如月家。
広いリビング。
悠飛の父・明馬は、仕事用のタブレットを見ながら息子に声をかけた。
「悠飛」
「何?」
「最近、学校が楽しいみたいだな」
「分かる?」
「顔に出てる」
明馬は笑う。
IT企業を経営する父親。
普段は厳格な経営者だが、家では穏やかな父親だった。
母・明美もキッチンから顔を出す。
「五つ子ちゃんたちと仲良くしてるんですって?」
「うん」
「昔のお友達?」
「たぶん」
悠飛は答える。
「昔の写真が見つかったんだ」
「へえ」
明美が興味深そうに近づく。
「見せて」
悠飛がスマートフォンを渡す。
「まあ……」
明美が目を丸くする。
「本当に小さい頃ね」
「俺たち、昔から知り合いだったみたい」
「そうだったのね」
明馬も写真を見る。
「懐かしいな」
「父さん、知ってたの?」
「昔、何度か会ったことがある」
「そうなの?」
「ああ」
明馬は意味ありげに笑った。
「お前は小さい頃から、あの子たちのことを気にかけていた」
「俺が?」
「覚えていないか?」
「全然」
「まあ、子供の頃だからな」
その時。
「お兄ちゃん!」
莉々華が駆けてくる。
「今日も五つ子さんたちと勉強したの?」
「ああ」
「六華ちゃんも?」
「もちろん」
莉々華は少し嬉しそうに笑う。
「またみんなで遊べるといいね」
「そうだな」
◇
数日後。
勉強会はすっかり日常になっていた。
放課後になると。
「今日は図書室!」
四葉が宣言する。
「昨日は教室だったからな」
一花が笑う。
「今日はどこでやる?」
「中庭でもいい」
三玖が提案する。
「風が気持ちいい」
「でも、集中できないんじゃない?」
五月が心配する。
六華は悠飛を見る。
「悠飛は?」
「俺はみんなが集中できるならどこでもいい」
「じゃあ図書室」
風太郎が即決した。
「一番静かだ」
「賛成」
六人が頷く。
こうして。
七人の勉強会は続いていった。
◇
そして。
少しずつ。
五つ子たちの成績も変わっていった。
最初は赤点すれすれだった問題が解ける。
苦手だった英語が少し分かる。
数学の公式が理解できる。
歴史の流れが頭に入る。
何より。
「勉強って、意外と面白いかも」
三玖が呟いた。
「私も」
五月が頷く。
二乃も言った。
「……まあ、悪くないわね」
一花は笑う。
「みんなでやるから楽しいのかも」
四葉は満面の笑み。
「私は悠飛くんと風太郎くんと一緒だから楽しいです!」
「……」
悠飛は照れくさそうに笑った。
「そう言ってもらえるなら、俺も嬉しい」
六華も小さく頷く。
「私も」
「六華も?」
「うん」
六華は悠飛を見る。
「友達と一緒に勉強するのって、こんなに楽しいんだね」
「これからも続けよう」
「うん」
その約束は。
七人にとって、大切なものになっていった。
◇
しかし。
そんなある日の放課後。
職員室から一人の教師が教室へ向かってきた。
「如月」
「はい?」
「少し話がある」
悠飛が席を立つ。
風太郎も顔を上げる。
「何でしょう?」
教師は五つ子たちを見る。
「中野さんたちのことだ」
「……」
「最近、成績が上がっているらしいな」
「はい」
「君たちが勉強を見ていると聞いた」
「友達として、です」
悠飛が答える。
教師は少し驚いた。
「家庭教師ではないのか?」
「違います」
風太郎も答える。
「俺たちは友達です」
教師は二人を見た。
「そうか」
少し考えてから。
「なら、これからも続けてくれ」
「え?」
「彼女たちには、学力だけでなく支えてくれる友人が必要だ」
「……」
「教師としてではなく」
教師は笑う。
「友達としてな」
悠飛と風太郎は顔を見合わせる。
そして。
「はい」
二人は同時に答えた。
◇
夕暮れ。
学校を出る。
六人の少女たちが先を歩いている。
「悠飛!」
四葉が振り返る。
「早く!」
「今行く」
悠飛が歩き出す。
その隣には風太郎。
「なあ」
風太郎が言う。
「何だ?」
「これからも、こうしていこうな」
「もちろん」
「家庭教師じゃなく」
「ああ」
悠飛は笑う。
「友達として」
前を歩く六人が振り返る。
「早くー!」
「置いてくよ!」
「待って!」
悠飛と風太郎は走り出す。
春の夕暮れ。
七人の影が長く伸びる。
その姿は。
まるで。
ずっと昔から一緒だった幼馴染たちのようだった。
――いや。
実際に、そうだったのだ。
失われた記憶の向こう側で。
七人は確かに繋がっていた。
そして。
この日から始まった「友達としての勉強会」は。
五つ子たちの未来を大きく変えることになる。
家庭教師ではない。
先生でもない。
ただの友達。
だからこそ。
悩みを話せる。
笑える。
喧嘩もできる。
そして。
いつか。
かけがえのない存在になっていく。
悠飛にとっても。
風太郎にとっても。
一花にとっても。
四葉にとっても。
六華にとっても。
この春の日々は。
二度と戻らない青春の始まりだった。