『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
日の出祭、最終日。
朝の旭高校は、昨日までとは少し違う空気に包まれていた。
文化祭の最終日。
生徒たちにとっては、楽しい時間の終わりが近づいている。
教室では最後の準備。
廊下では呼び込み。
校庭ではイベントの準備。
あちらこちらから笑い声が聞こえてくる。
けれど――。
五つ子の一人。
中野五月だけは。
朝から、落ち着かなかった。
「……」
教室の窓から校庭を眺める。
手には、昨日のパンフレット。
何度見ても。
文字が頭に入ってこない。
「五月」
声をかけたのは、一花だった。
「どうしたの?」
「……何でもありません」
「嘘」
一花はすぐに見抜いた。
「昨日からずっと、何か考えてるでしょ」
「……」
五月は答えない。
そこへ二乃もやって来た。
「また一人で抱え込んでるの?」
「二乃」
「顔に出てるわよ」
三玖も近づく。
「五月」
「……」
四葉も心配そうに覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「皆さん……」
五月は。
少しだけ困ったように笑った。
「私は、本当に大丈夫です」
「大丈夫じゃない人ほど、そう言うのよ」
二乃が言う。
「何かあるなら話しなさい」
「……」
五月は。
しばらく迷った。
そして。
小さな声で呟いた。
「……無堂さんのことです」
空気が変わった。
「やっぱり」
一花が眉を寄せる。
「昨日の講演?」
「はい」
五月は頷く。
「昨日から、ずっと気になっているんです」
「何が?」
三玖が尋ねる。
「……あの人の話し方」
「話し方?」
「はい」
五月は。
胸元に手を置く。
「どこかで聞いたことがあるような気がして」
「……」
「声も」
「……」
「仕草も」
五月は俯く。
「それだけじゃありません」
「何?」
二乃が聞く。
「私たちを見る時の目が……」
五月は。
言葉を探す。
「まるで、昔から私たちのことを知っているような……」
その瞬間。
教室のドアが開いた。
「おはよう」
悠飛だった。
「おはようございます、悠飛さん!」
四葉が手を振る。
「おはよう」
悠飛は。
五つ子を見る。
そして。
五月の顔を見た。
「……五月?」
「はい」
「何かあった?」
「……」
五月は。
一瞬だけ迷う。
だが。
「悠飛さん」
「ん?」
「少しだけ」
「……」
「一緒に来ていただけませんか?」
悠飛は。
五月の表情を見て。
すぐに頷いた。
「ああ」
◇
二人は。
校舎の静かな廊下を歩いていた。
「どこへ行く?」
「……講堂です」
「講堂?」
「はい」
五月は。
歩きながら説明する。
「今朝、先生から聞いたのですが」
「うん」
「無堂さんが、講演の前に講堂を確認すると」
「……」
悠飛の顔が険しくなる。
「会うつもりか?」
「分かりません」
「五月」
「はい」
「無理するなよ」
「……ありがとうございます」
五月は。
少しだけ笑った。
「でも」
「ん?」
「確かめたいんです」
「何を?」
五月は。
立ち止まった。
「私たちと」
「……」
「無堂さんの関係を」
悠飛も。
立ち止まる。
「分かった」
「ありがとうございます」
「ただし」
悠飛は。
真剣に言った。
「危険だと思ったら、すぐ逃げる」
「……はい」
「俺もいる」
「……」
五月は。
少し驚いた。
「悠飛さん」
「何だ?」
「どうして、そこまでしてくださるんですか?」
「友達だから」
即答だった。
五月は。
目を丸くする。
「……友達」
「ああ」
「……」
五月の胸が。
少しだけ温かくなった。
「ありがとうございます」
二人は。
再び歩き始めた。
◇
講堂。
扉の前。
「……」
五月の足が止まる。
中から。
声が聞こえた。
「――そうですか」
無堂。
五月は。
息を呑んだ。
悠飛が。
静かに扉へ手を伸ばす。
だが。
五月が止めた。
「待ってください」
「五月?」
「……私が先に」
「分かった」
五月は。
一人で扉を開けた。
「失礼します」
「……」
講堂の中央。
無堂が。
一人で立っていた。
「おや」
無堂が振り返る。
「中野五月さん」
「……」
「どうしました?」
五月は。
無堂を真っ直ぐ見つめた。
「聞きたいことがあります」
「何でしょう?」
「あなたは」
五月の声が震える。
「私たちのことを知っていますよね?」
無堂は。
笑った。
「もちろん」
「……」
「知っていますとも」
「いつからですか?」
「昔から」
「……!」
五月の目が見開かれる。
「やっぱり……」
無堂は。
ゆっくり近づく。
「君たち五人は」
「……」
「私の娘ですから」
「……!」
時間が。
止まったように感じた。
五月は。
言葉を失った。
「……娘」
無堂は。
淡々と続ける。
「そうです」
「……」
「中野一花」
「……」
「中野二乃」
「……」
「中野三玖」
「……」
「中野四葉」
「……」
「そして」
無堂は。
五月を見る。
「中野五月」
「……」
「五人とも」
「私の娘です」
五月の手が。
震えた。
「……あなたが」
「はい」
「私たちの……」
「実の父親です」
「……」
その瞬間。
五月の頭の中に。
幼い頃の記憶が蘇った。
母。
五人で過ごした日々。
そして。
父親という存在。
ずっと。
心のどこかで探していた。
母が亡くなってからも。
心の奥に残っていた。
――お父さん。
その言葉。
しかし。
今。
目の前にいる男を。
父親だと認めることができなかった。
「……どうして」
五月が呟く。
「どうして今なんですか?」
無堂は。
表情を変えない。
「君たちが成長したからです」
「それだけですか?」
「ええ」
「……」
五月は。
唇を噛む。
「私たちが小さい頃」
「……」
「あなたはどこにいたんですか?」
「仕事です」
「……」
「教育者として、自分の道を歩んでいました」
「それで?」
五月の声が。
少し強くなる。
「それで、私たちは?」
「……」
「母が一人で育ててくれました」
「……」
「私たちは」
五月の目に。
涙が浮かぶ。
「父親がいないことを、ずっと寂しく思っていました」
「……」
「あなたは」
「……」
「その間、何をしていたんですか?」
無堂は。
静かに答えた。
「必要な時に必要なことをしていた」
「……違います」
五月が。
首を横に振る。
「違います」
「……」
「そんなの父親じゃありません」
無堂の目が。
細くなる。
「……言葉が過ぎますよ」
「構いません」
五月は。
涙を拭った。
「私は」
「……」
「あなたを父親だと思えません」
「五月」
その声。
扉の方からだった。
悠飛。
五月は。
振り返る。
「悠飛さん……」
「大丈夫か?」
「……はい」
無堂が。
悠飛を見る。
「また君ですか」
「五月に何をした?」
「何も」
「……」
「親子の会話をしていただけです」
悠飛は。
五月の横に立つ。
「親子?」
「ええ」
無堂は笑う。
「私は彼女たちの父親ですから」
「……」
悠飛は。
五月を見る。
五月は。
小さく頷いた。
「本当です」
「……」
「この人は」
五月は。
震える声で言う。
「私たちの実父です」
悠飛は。
しばらく黙った。
「そうか」
「……」
「でも」
悠飛は。
無堂を見る。
「だから何だ?」
「……」
無堂の笑顔が。
僅かに崩れる。
「父親だから」
悠飛は続ける。
「何をしても許されるわけじゃない」
「……」
「娘が会いたくないと言っているなら」
「……」
「それを尊重するべきだ」
無堂は。
冷たい目で悠飛を見る。
「あなたには関係ないでしょう」
「友達です」
「……」
「五月は俺の友達だから」
悠飛は。
一歩前へ出た。
「友達が嫌がっているなら」
「……」
「俺は止める」
無堂の目が。
細くなる。
「あなたは」
「……」
「本当に正義感が強い」
「そうかもな」
「しかし」
無堂は。
悠飛の右目を見る。
「その正義感は」
「……」
「いつかあなた自身を傷つけますよ」
「脅迫ですか?」
「忠告です」
「なら」
悠飛は。
無堂を睨む。
「その忠告、返す」
「……」
「俺の友達に手を出すな」
◇
講堂の外。
一花たちが。
心配そうに待っていた。
「五月……」
一花が駆け寄る。
「大丈夫?」
五月は。
頷こうとした。
しかし。
涙が。
一粒落ちた。
「……」
二乃が。
何も聞かずに。
五月を抱きしめる。
「……二乃」
「今は何も言わなくていい」
「……」
三玖も。
そっと肩に手を置く。
「私たちは」
「……」
「五人で家族」
四葉は。
泣きながら笑った。
「そうですよ」
「……」
「お父さんが誰かなんて」
四葉は。
五月の手を握る。
「私たちが決めることじゃないですか」
五月は。
四葉を見る。
「……四葉」
一花も。
「そうだよ」
「……」
「私たちの家族は」
一花は。
五人を見回す。
「私たち五人で、そしてお母さん」
「……」
「それでいい」
五月の涙が。
止まらなくなった。
「……みんな」
二乃は。
少し乱暴に言う。
「泣くなら全員で泣きなさいよ」
「二乃ちゃんも泣いてますよ?」
四葉が言う。
「う、うるさい!」
「ふふ」
一花が笑う。
三玖も。
「二乃も寂しかったんだね」
「だからうるさい!」
◇
少し離れた場所。
悠飛は。
一人で立っていた。
風太郎が。
近づいてくる。
「話は聞いた」
「そうか」
「無堂が五つ子の父親だったとはな」
「ああ」
「……」
風太郎は。
五つ子を見る。
「複雑だな」
「そうだな」
「でも」
風太郎は。
悠飛を見る。
「お前がいてよかった」
「俺?」
「五月一人だったら」
「……」
「もっと辛かっただろう」
悠飛は。
少し笑った。
「俺は何もしてない」
「そんなことない」
風太郎は。
首を振る。
「お前は」
「……」
「ちゃんと隣にいた」
「……」
「それだけでいい時もある」
悠飛は。
五つ子を見る。
「そうかもな」
◇
一方。
講堂の中。
無堂は。
一人だった。
「……」
窓の外を見る。
五つ子。
六華。
莉々華。
そして。
悠飛。
「如月悠飛」
無堂は。
静かに呟いた。
「余計なことを」
その表情には。
先ほどまでの穏やかな笑顔はない。
「しかし」
無堂は。
机の上に置かれた資料を見る。
そこには。
五つ子の幼い頃の写真。
そして。
一枚の古い写真。
幼い悠飛と。
五人の少女。
さらに。
六華と莉々華。
「……」
無堂は。
写真を指でなぞる。
「全員が」
「……」
「繋がっている」
そして。
資料の最後。
そこには。
悠飛の名前。
『如月悠飛』
その右側には。
赤い線で。
『要注意』
と書かれていた。
無堂は。
静かに笑う。
「君は」
「……」
「私の計画にとって」
「……」
「最大の障害になりそうですね」
◇
その頃。
校庭。
五つ子たちは。
再び文化祭へ戻っていた。
「五月」
悠飛が声をかける。
「はい」
「本当に大丈夫か?」
「……」
五月は。
しばらく黙った。
そして。
「まだ」
「……」
「分かりません」
「うん」
「父親だと聞いても」
五月は。
空を見上げる。
「嬉しくありませんでした」
「……」
「むしろ」
「うん」
「悲しかった」
悠飛は。
黙って聞いていた。
「私」
五月は。
涙を拭う。
「ずっと」
「……」
「父親というものに、憧れていたんです」
「……」
「でも」
五月は。
五人の姉妹を見る。
「今は」
「……」
「私には家族がいます」
「そうだな」
「一花」
「うん」
「二乃」
「うん」
「三玖」
「うん」
「四葉」
「はい!」
五月は。
微笑む。
「そして」
悠飛を見る。
「友達もいます」
「……」
悠飛も笑う。
「ああ」
「だから」
五月は。
しっかりと前を見る。
「私は大丈夫です」
◇
その言葉を聞いた瞬間。
悠飛は。
少しだけ安心した。
だが。
同時に。
胸の奥に。
別の感情が芽生えていた。
――無堂。
あの男は。
五つ子の実父。
それだけではない。
何かを企んでいる。
そして。
自分の右目についても。
何かを知っている。
「……」
悠飛は。
右目に手を触れる。
まだ。
何も起きていない。
だが。
確実に。
何かが近づいている。
「悠飛さん?」
四葉が呼ぶ。
「ん?」
「行きましょう!」
「どこへ?」
「まだまだ文化祭は終わってません!」
「……そうだな」
悠飛は笑う。
「行こう」
五つ子。
六華。
莉々華。
悠飛。
八人は。
再び日の出祭の人混みへ戻っていく。
その後ろ姿を。
校舎の二階から。
無堂が見つめていた。
「……」
そして。
彼の手には。
一枚の写真。
そこには。
まだ幼かった五人の少女と。
その傍らに立つ少年の姿があった。
「親子」
無堂は。
小さく呟く。
「家族」
そして。
少年の顔に視線を移す。
「友情」
最後に。
写真の端に写る。
悠飛の右目。
「すべて」
無堂は。
写真を伏せた。
「壊すことはできる」
窓の外では。
日の出祭の歓声が響いていた。
誰も知らない。
この平穏な時間が。
まもなく。
血と悲鳴に変わることを。
そして。
五月が今日知った「実父」という存在が。
悠飛の右目を巡る悲劇へと。
繋がっていくことを。
日の出祭。
最終日。
残された時間は。
もう。
ほとんどなかった。