『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』   作:夜幻

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第64話「夢を諦めさせる言葉」

日の出祭、最終日。

 

午後。

 

旭高校の校舎には、まだ文化祭特有の喧騒が満ちていた。

 

廊下を歩けば、生徒たちの呼び込みの声。

 

教室からは笑い声。

 

体育館からは音楽。

 

校庭では、最後のイベントに向けて準備をする生徒たち。

 

誰もが、この高校生活最後の文化祭を楽しもうとしていた。

 

けれど。

 

そんな明るい空気の中で。

 

一人だけ、足を止めている少女がいた。

 

「……」

 

中野五月。

 

その手には、一冊の古いノート。

 

表紙には、丁寧な字で書かれている。

 

『教師になるための勉強』

 

母が残してくれたものだった。

 

「……お母さん」

 

五月は、小さく呟く。

 

自分も。

 

いつか母のような教師になりたい。

 

困っている子供たちに寄り添える教師になりたい。

 

その夢は、五月にとって単なる進路希望ではなかった。

 

母の背中を追いかけるための。

 

そして。

 

母から受け継いだものを守るための。

 

大切な夢だった。

 

「五月?」

 

「……!」

 

振り返る。

 

そこには悠飛がいた。

 

「どうした?」

 

「悠飛さん……」

 

「さっきから一人で歩いてるけど」

 

「……」

 

五月はノートを胸に抱えた。

 

「少し、考え事を」

 

「昨日のこと?」

 

「それもあります」

 

五月は苦笑した。

 

「でも、今日は別のことです」

 

「何だ?」

 

「……夢のことです」

 

「夢?」

 

「はい」

 

五月はノートを見つめた。

 

「私は、教師になりたいんです」

 

「知ってる」

 

「……」

 

「前にも聞いたからな」

 

悠飛は笑った。

 

「五月なら、いい先生になれると思う」

 

「……本当ですか?」

 

「ああ」

 

即答だった。

 

「真面目だし」

 

「……」

 

「努力家だし」

 

「……」

 

「何より、人のことをちゃんと考えてる」

 

五月の頬が少し赤くなる。

 

「ありがとうございます」

 

「だから」

 

悠飛は言った。

 

「頑張れよ」

 

「……はい!」

 

その時だった。

 

「おや」

 

背後から。

 

聞き覚えのある声がした。

 

「ずいぶんと立派な夢を語っていますね」

 

「……!」

 

五月の顔が強張る。

 

悠飛も振り返る。

 

無堂。

 

特別講師として招かれた男が。

 

そこに立っていた。

 

「無堂さん」

 

悠飛が警戒する。

 

「何か用ですか?」

 

「いえ」

 

無堂は笑った。

 

「たまたま通りかかっただけですよ」

 

「……」

 

「ですが」

 

無堂は五月を見る。

 

「教師になりたい、ですか」

 

五月は。

 

少しだけ身構えた。

 

「はい」

 

「なるほど」

 

無堂は。

 

五月の手元を見る。

 

「君のお母さんも教師でしたね」

 

「……!」

 

五月の表情が変わった。

 

「ご存じなんですか?」

 

「もちろん」

 

無堂は淡々と答える。

 

「昔から知っています」

 

「……」

 

「君たちの母親は」

 

無堂は。

 

一瞬だけ目を伏せた。

 

「非常に優秀な教師でした」

 

「……ありがとうございます」

 

五月は答えた。

 

「だからこそ」

 

無堂は続ける。

 

「君には、教師になってほしくない」

 

「……え?」

 

五月が。

 

目を見開く。

 

「どうしてですか?」

 

「向いていないからです」

 

「……」

 

五月の顔から。

 

笑顔が消えた。

 

「私が……教師に向いていない?」

 

「ええ」

 

無堂は。

 

あまりにも簡単に言った。

 

「君は真面目すぎる」

 

「……」

 

「融通が利かない」

 

「……」

 

「そして」

 

無堂は五月を見つめる。

 

「人を救おうとしすぎる」

 

「それの何が悪いんですか?」

 

悠飛が口を挟む。

 

無堂は悠飛を見る。

 

「教育者というものは」

 

「……」

 

「すべての生徒を救えるわけではありません」

 

「……」

 

「救えない生徒もいる」

 

「……」

 

「何度教えても理解しない者」

 

「……」

 

「努力しない者」

 

「……」

 

「反抗する者」

 

無堂は言葉を重ねていく。

 

「そういう生徒に時間を使うより、優秀な生徒を伸ばしたほうが効率的です」

 

五月の表情が。

 

少しずつ険しくなる。

 

「……それは」

 

「?」

 

「教育ではないと思います」

 

無堂の眉が。

 

僅かに動く。

 

「では、何です?」

 

「教育は」

 

五月は。

 

母のことを思い出す。

 

「できない人を切り捨てることではありません」

 

「……」

 

「できるようになるまで」

 

五月は。

 

強く言った。

 

「一緒に考えることです」

 

「理想論ですね」

 

「そうかもしれません」

 

五月は頷く。

 

「でも」

 

「……」

 

「私は、それを理想論のままにしたくありません」

 

無堂は。

 

しばらく五月を見つめていた。

 

そして。

 

「……なるほど」

 

小さく笑った。

 

「やはり君は」

 

「……」

 

「母親に似ています」

 

その言葉に。

 

五月の胸が。

 

少しだけ痛んだ。

 

「母を知っているんですね」

 

「ええ」

 

「だったら」

 

五月は一歩前へ出た。

 

「教えてください」

 

「何を?」

 

「母は」

 

五月は。

 

まっすぐ無堂を見る。

 

「どんな教師だったんですか?」

 

無堂は。

 

一瞬だけ黙った。

 

「……」

 

そして。

 

「優秀でしたよ」

 

「それだけですか?」

 

「それ以上、何を聞きたいのです?」

 

「……」

 

「彼女は」

 

無堂は淡々と続ける。

 

「教師として多くの生徒に慕われていた」

 

「……」

 

「しかし」

 

「?」

 

「一つだけ」

 

無堂は言った。

 

「致命的な欠点がありました」

 

五月の表情が変わる。

 

「……欠点?」

 

「ええ」

 

「何ですか?」

 

「優しすぎた」

 

「……」

 

「生徒を信じすぎた」

 

「……」

 

「誰にでも手を差し伸べようとした」

 

「……」

 

「結果として」

 

無堂の声が。

 

冷たくなる。

 

「自分自身を壊した」

 

「……!」

 

五月は。

 

息を呑んだ。

 

「……嘘です」

 

「事実です」

 

「違います」

 

五月は首を振った。

 

「母は」

 

「……」

 

「そんな人じゃありません」

 

「君は幼かった」

 

「……」

 

「母親のすべてを知っていたわけではない」

 

「……」

 

「教師という仕事は」

 

無堂は。

 

五月の夢を切り刻むように。

 

言葉を重ねた。

 

「君が思っているほど綺麗なものではありません」

 

「……」

 

「生徒に裏切られる」

 

「……」

 

「保護者から責められる」

 

「……」

 

「同僚と衝突する」

 

「……」

 

「努力しても結果が出ない」

 

「……」

 

「それでも笑わなければならない」

 

五月の目が。

 

少しずつ揺れる。

 

「……」

 

無堂は。

 

最後に。

 

一番残酷な言葉を口にした。

 

「君には、その覚悟がない」

 

「……!」

 

五月の手から。

 

ノートが落ちた。

 

――パサッ。

 

床に落ちたノートが。

 

ゆっくり開く。

 

そこには。

 

幼い五月が書いた文字があった。

 

『お母さんみたいな先生になる』

 

「……」

 

五月は。

 

動けなかった。

 

無堂は。

 

そのノートを見る。

 

「その夢は」

 

「……」

 

「諦めなさい」

 

悠飛の目が。

 

鋭くなる。

 

「無堂さん」

 

「何です?」

 

「それ以上言うな」

 

「なぜです?」

 

「五月の夢だ」

 

「だから?」

 

「他人が勝手に決めることじゃない」

 

無堂は。

 

冷たく笑った。

 

「夢を持つことは自由です」

 

「……」

 

「ですが」

 

無堂は。

 

悠飛を見る。

 

「夢を叶えられる人間ばかりではありません」

 

「……」

 

「現実を教えることも教育者の役目です」

 

悠飛は。

 

静かに答えた。

 

「違う」

 

「……」

 

「夢を諦めさせることが教育じゃない」

 

無堂の顔から。

 

笑みが消えた。

 

「では、何が教育だと?」

 

「本人に考えさせることだ」

 

「……」

 

「本人が失敗して」

 

「……」

 

「悩んで」

 

「……」

 

「それでも挑戦したいと思ったなら」

 

悠飛は。

 

五月を見る。

 

「その背中を押してやることだ」

 

「……」

 

「夢を諦めるかどうか」

 

悠飛は。

 

無堂を睨む。

 

「それを決めるのは本人だ」

 

「……」

 

「あなたじゃない」

 

沈黙。

 

無堂は。

 

しばらく悠飛を見つめていた。

 

そして。

 

低く笑った。

 

「……君は本当に」

 

「……」

 

「教育というものを何も分かっていない」

 

「そうかもな」

 

悠飛は。

 

一歩も引かなかった。

 

「でも」

 

「……」

 

「人の夢を踏みにじって喜ぶ教師だけにはなりたくない」

 

その言葉に。

 

五月の目から。

 

涙がこぼれた。

 

「……悠飛さん」

 

「五月」

 

悠飛は。

 

床に落ちたノートを拾い上げた。

 

そして。

 

五月へ差し出す。

 

「ほら」

 

「……」

 

「夢は夢だ」

 

「……」

 

「持ってていい」

 

五月は。

 

震える手でノートを受け取った。

 

「……はい」

 

 

「五月!」

 

遠くから。

 

四葉の声。

 

一花。

 

二乃。

 

三玖。

 

六華。

 

莉々華も。

 

こちらへ走ってくる。

 

「どうしたの?」

 

一花が尋ねる。

 

五月は。

 

涙を拭った。

 

「……何でもありません」

 

「何でもない顔じゃないよ」

 

二乃が言う。

 

「誰かに何か言われた?」

 

「……」

 

五月は。

 

無堂を見る。

 

そして。

 

小さく頷いた。

 

「夢を」

 

「……」

 

「教師になるという夢を」

 

五月は。

 

ノートを胸に抱いた。

 

「諦めろと言われました」

 

「……!」

 

四葉が驚く。

 

「そんな……」

 

二乃の目が。

 

怒りに変わる。

 

「誰よ、そんなこと言ったの」

 

「……」

 

「まさか」

 

一花が。

 

無堂を見る。

 

「あなた?」

 

無堂は。

 

答えなかった。

 

その沈黙だけで。

 

十分だった。

 

「ふざけないで」

 

二乃が怒る。

 

「五月の夢を」

 

「……」

 

「勝手に否定するなんて」

 

三玖も。

 

「最低」

 

六華は。

 

五月の手を握った。

 

「五月」

 

「……」

 

「夢は」

 

六華は。

 

優しく言う。

 

「自分で決めていいんだよ」

 

「……六華」

 

莉々華も。

 

「そうだよ」

 

「……」

 

「私なら」

 

莉々華は。

 

笑う。

 

「そんなこと言われたら、逆に絶対叶えてやるって思うけどな」

 

四葉が。

 

「私もです!」

 

「……」

 

「五月なら」

 

四葉は。

 

胸を張る。

 

「絶対に素敵な先生になれます!」

 

一花も。

 

「うん」

 

「……」

 

「私たちが保証する」

 

三玖。

 

「私も」

 

二乃。

 

「当然でしょ」

 

五月は。

 

五人を見た。

 

涙が。

 

またこぼれる。

 

「……みんな」

 

 

悠飛は。

 

無堂の前に立っていた。

 

「無堂さん」

 

「何です?」

 

「一つ聞きたい」

 

「どうぞ」

 

「あなたは」

 

悠飛は。

 

冷静に尋ねる。

 

「本当に教師になりたい人間に、夢を諦めさせることが教育だと思っているんですか?」

 

無堂は。

 

「当然です」

 

即答した。

 

「教師は理想だけでは務まりません」

 

「それは分かる」

 

「では」

 

「でも」

 

悠飛は。

 

続ける。

 

「現実を教えることと」

 

「……」

 

「夢を壊すことは違う」

 

「……」

 

「あなたは」

 

悠飛は。

 

無堂を見据える。

 

「夢を壊しているだけだ」

 

無堂の目が。

 

冷たく光った。

 

「君は」

 

「……」

 

「私を批判する資格があると?」

 

「あるかどうかは知らない」

 

悠飛は。

 

答えた。

 

「でも」

 

「……」

 

「間違っていると思ったことを、間違っていると言うくらいはできる」

 

「……」

 

無堂は。

 

しばらく黙っていた。

 

やがて。

 

「覚えておきなさい」

 

「……」

 

「正義感の強い人間ほど」

 

「……」

 

「自分が正しいと思い込んだ瞬間に」

 

無堂は。

 

悠飛の右目を見た。

 

「最も大きな過ちを犯します」

 

悠飛は。

 

その言葉を聞き流した。

 

「それなら」

 

「……」

 

「俺が間違っていたら、その時に認める」

 

「……」

 

「でも」

 

悠飛は。

 

一歩前へ出る。

 

「今は」

 

「……」

 

「あなたが間違っている」

 

無堂は。

 

何も答えなかった。

 

そのまま。

 

悠飛たちの横を通り過ぎる。

 

「……」

 

無堂が去ったあと。

 

五月は。

 

長い間黙っていた。

 

 

やがて。

 

五月が口を開く。

 

「……悠飛さん」

 

「ん?」

 

「私」

 

「うん」

 

「怖かったです」

 

「……」

 

「本当に」

 

五月は。

 

胸の前でノートを握る。

 

「私が教師になりたいと思っていることが」

 

「……」

 

「間違いなのかもしれないって」

 

「……」

 

「急に分からなくなりました」

 

悠飛は。

 

何も言わず。

 

五月の言葉を待った。

 

「でも」

 

五月は。

 

顔を上げる。

 

「皆さんが」

 

五つ子を見る。

 

「私の夢を否定しなかった」

 

「……」

 

「それだけで」

 

五月は。

 

涙を拭った。

 

「もう一度、頑張ろうと思えました」

 

悠飛は。

 

微笑んだ。

 

「なら」

 

「……」

 

「それで十分だ」

 

「はい」

 

五月は。

 

強く頷いた。

 

「私」

 

ノートを開く。

 

最初のページ。

 

幼い自分の字。

 

『お母さんみたいな先生になる』

 

五月は。

 

その文字を指でなぞった。

 

「この夢は」

 

「……」

 

「私が決めた夢です」

 

そして。

 

顔を上げる。

 

「誰にも奪わせません」

 

一花が笑った。

 

「それでこそ五月」

 

二乃。

 

「そうよ」

 

三玖。

 

「格好いい」

 

四葉。

 

「最高です!」

 

六華。

 

「うん」

 

莉々華。

 

「その顔のほうがずっといいよ」

 

五月は。

 

少し照れながら笑った。

 

「ありがとうございます」

 

 

その日の夕方。

 

職員室。

 

無堂は。

 

文化祭の資料を整理していた。

 

そこへ。

 

学校側の教師が入ってくる。

 

「無堂先生」

 

「何でしょう?」

 

「先ほどの件ですが」

 

「……」

 

「中野さんへの発言について」

 

無堂は。

 

顔を上げた。

 

「何か?」

 

「生徒の夢を否定するような発言は」

 

「教育的な指導です」

 

「しかし」

 

教師は。

 

困ったように言う。

 

「本校の教育方針とは――」

 

「教育方針?」

 

無堂は。

 

薄く笑った。

 

「そんなものに何の意味があります?」

 

「……」

 

「生徒を社会に送り出すなら」

 

無堂は。

 

淡々と言う。

 

「綺麗事ではなく現実を教えるべきでしょう」

 

「ですが――」

 

「それに」

 

無堂は。

 

机の上の資料を見る。

 

「私は結果を出してきた」

 

「……」

 

「問題児を退学させ」

 

「……」

 

「成績上位者を有名校へ進学させ」

 

「……」

 

「学校の評価を上げた」

 

教師は。

 

黙った。

 

「それを」

 

無堂は。

 

笑う。

 

「誰が否定できるのです?」

 

 

その会話を。

 

廊下で聞いていた人物がいた。

 

風太郎だった。

 

「……」

 

拳を握る。

 

――問題児を退学させる。

 

――成績上位者を伸ばす。

 

――結果を出す。

 

それは。

 

教育ではない。

 

少なくとも。

 

風太郎はそう思った。

 

「……あいつ」

 

風太郎は。

 

職員室を離れる。

 

そして。

 

廊下の先に。

 

悠飛が立っていた。

 

「聞いてたか?」

 

「少しな」

 

「どう思う?」

 

悠飛は。

 

静かに答える。

 

「やっぱり」

 

「……」

 

「無堂は、教師になるべき人間じゃない」

 

風太郎も。

 

頷く。

 

「俺もそう思う」

 

「でも」

 

悠飛は。

 

無堂の去っていった方向を見る。

 

「それを証明するには」

 

「……」

 

「感情じゃなく、事実が必要だ」

 

風太郎は。

 

少し笑った。

 

「そう言うと思った」

 

「風太郎」

 

「何だ?」

 

「調べられるか?」

 

「無堂の過去?」

 

「ああ」

 

風太郎は。

 

眼鏡を押し上げる。

 

「任せろ」

 

「助かる」

 

「ただし」

 

風太郎は。

 

悠飛を見る。

 

「お前も無茶するな」

 

「分かってる」

 

「本当か?」

 

「……多分」

 

「信用できないな」

 

二人は。

 

顔を見合わせ。

 

苦笑した。

 

 

その頃。

 

校庭では。

 

五つ子たちが最後の文化祭を楽しんでいた。

 

「見てください!」

 

四葉が。

 

大きな風船を抱えて走ってくる。

 

「こんなのもらいました!」

 

「四葉、走ると危ないよ」

 

五月が笑う。

 

「大丈夫です!」

 

「転ぶわよ」

 

二乃が言った瞬間。

 

「わっ!」

 

四葉がつまずく。

 

「ほら言ったでしょ!」

 

「えへへ……」

 

「まったく」

 

一花が笑う。

 

三玖も。

 

「四葉らしい」

 

六華。

 

「楽しそう」

 

莉々華。

 

「最後まで全力だね」

 

少し離れた場所で。

 

悠飛は。

 

その光景を見ていた。

 

「……」

 

五月が。

 

こちらに気づく。

 

「悠飛さん」

 

「ん?」

 

「先ほどは」

 

「……」

 

「ありがとうございました」

 

「気にするな」

 

「でも」

 

五月は。

 

微笑む。

 

「私は忘れません」

 

「……」

 

「いつか」

 

「?」

 

「本当に教師になれたら」

 

五月は。

 

少し照れながら言った。

 

「悠飛さんにも」

 

「……」

 

「私の授業を受けてもらいたいです」

 

悠飛は。

 

笑った。

 

「その時は」

 

「はい」

 

「一番後ろの席で寝る」

 

「なっ……!」

 

五月が。

 

驚く。

 

「それは駄目です!」

 

「冗談だよ」

 

「もう!」

 

五つ子たちが。

 

一斉に笑った。

 

 

夕暮れ。

 

日の出祭最後のイベント。

 

キャンドルの灯りが。

 

校庭を埋め尽くしていく。

 

その中で。

 

五月は。

 

母のノートを胸に抱いていた。

 

もう。

 

迷っていない。

 

教師になる。

 

母のような教師になる。

 

その夢が。

 

今まで以上に強くなった。

 

そして。

 

それを支えてくれる家族と。

 

友人たちがいる。

 

「……」

 

五月は。

 

空を見上げる。

 

「お母さん」

 

小さく呟く。

 

「私」

 

「……」

 

「頑張るね」

 

その横で。

 

悠飛が空を見ていた。

 

二人は。

 

何も言わなかった。

 

ただ。

 

同じ夕焼けを見ていた。

 

しかし。

 

校舎の陰では。

 

無堂が二人を見つめていた。

 

「……」

 

その手には。

 

一枚の書類。

 

そこには。

 

無堂の過去の勤務記録が記されている。

 

複数の学校。

 

複数の問題。

 

そして。

 

一つの重大な事件。

 

無堂は。

 

その書類を破り捨てた。

 

「……如月悠飛」

 

静かに呟く。

 

「君は」

 

「……」

 

「本当に邪魔ですね」

 

風が吹く。

 

破られた紙が。

 

宙を舞う。

 

その一枚には。

 

かつて無堂が担当した生徒についての記録があった。

 

『精神的圧力による不登校』

 

そして。

 

もう一枚。

 

『保護者からの苦情』

 

さらに。

 

『学校側からの厳重注意』

 

それでも。

 

無堂は教師を続けていた。

 

「……」

 

誰も知らない。

 

無堂には。

 

まだ表に出ていない過去があることを。

 

そして。

 

その過去こそが。

 

やがて。

 

彼が教師として不適格だと証明される決定的な証拠になることを。

 

 

夜。

 

文化祭終了。

 

生徒たちが帰路につく。

 

五つ子。

 

六華。

 

莉々華。

 

悠飛。

 

風太郎。

 

それぞれが。

 

校門の前に集まっていた。

 

「終わっちゃいましたね」

 

四葉が。

 

少し寂しそうに言う。

 

「うん」

 

一花も。

 

「高校最後の文化祭かぁ」

 

二乃。

 

「寂しいわね」

 

三玖。

 

「……楽しかった」

 

五月。

 

「はい」

 

六華。

 

「最高だった」

 

莉々華。

 

「私も!」

 

悠飛は。

 

みんなを見る。

 

「……」

 

この時間を。

 

忘れたくない。

 

そう思った。

 

「じゃあ」

 

悠飛が言う。

 

「また明日」

 

「明日?」

 

四葉が笑う。

 

「普通に学校ありますよ!」

 

「そうだった」

 

全員が笑った。

 

けれど。

 

誰も知らない。

 

この「また明日」が。

 

今までと同じ意味ではなくなることを。

 

日の出祭が終わった翌日。

 

悠飛の人生を大きく変える事件が。

 

待ち受けている。

 

そして。

 

その事件の先に。

 

彼の右目を奪う悲劇と。

 

一人の少女たちを守るために立ち上がる。

 

『独眼竜』

 

誕生の瞬間が。

 

静かに迫っていた。

 

 

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