『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
日の出祭が終わった翌朝。
旭高校は、いつもの学校へ戻っていた。
昨日まで廊下を埋め尽くしていた装飾は撤去され、教室の机も元の配置へ戻されている。
校庭に残っていた屋台も片付けられ、体育館から聞こえていた音楽もない。
文化祭という大きな祭りが終われば、学校は何事もなかったかのように日常へ戻っていく。
けれど。
中野五月にとっては、昨日までとは何かが違っていた。
「……」
朝の教室。
五月は自分の机に座り、一冊のノートを開いていた。
昨日、無堂から「諦めろ」と言われた夢。
教師になるという夢。
母のような教師になるという夢。
一度は心が折れかけた。
それでも。
今は違う。
「……」
五月はノートの一ページ目を見つめる。
そこには幼い頃の自分が書いた文字が残っている。
『お母さんみたいな先生になりたい』
拙い文字。
少し歪んだ線。
それでも。
そこには確かな想いがあった。
「……私は」
五月は小さく呟く。
「この夢を諦めません」
「何を?」
「ひゃっ!」
突然、後ろから声をかけられた。
五月が振り返る。
「悠飛さん……」
「おはよう」
「お、おはようございます」
悠飛は五月の机の横に立った。
「朝から何か決意してたみたいだけど」
「聞いていたんですか?」
「少しだけ」
「……恥ずかしいです」
五月は顔を赤くする。
悠飛は笑った。
「別に恥ずかしがることじゃないだろ」
「でも……」
「夢を口にできるって、結構大事なことだと思うぞ」
「……」
五月は悠飛を見る。
「悠飛さんは」
「ん?」
「夢ってありますか?」
「俺?」
「はい」
悠飛は少し考える。
「昔はあった」
「昔?」
「ああ」
「今は?」
「……」
悠飛は窓の外を見る。
「今は、守りたいものがある」
「守りたいもの?」
「家族とか、友達とか」
「……」
「そういう人たちが笑っていられる場所を守れたら、それでいい」
五月は。
その言葉を聞いて。
少しだけ笑った。
「悠飛さんらしいですね」
「そうか?」
「はい」
五月はノートを閉じた。
「私も」
「?」
「教師になったら」
「……」
「生徒たちが笑っていられる場所を作れる先生になりたいです」
悠飛は頷いた。
「きっとなれる」
「……」
「五月なら」
「ありがとうございます」
その時。
教室のドアが開いた。
「おはよー!」
四葉だった。
「って、二人とも朝から何してるんですか?」
「何でもないわよ」
五月が答える。
「本当ですか?」
「本当です」
「怪しいです!」
「四葉」
一花が後ろから現れた。
「朝から騒がないの」
「一花!」
「おはよう、悠飛くん」
「ああ、おはよう」
続いて。
二乃。
三玖。
そして。
六華。
「おはよう」
「おはよう、六華」
「……」
六華は五月の机の上にあるノートを見る。
「またそれ読んでたの?」
「はい」
「先生になる夢?」
「そうです」
「……」
六華は少しだけ微笑む。
「五月らしいね」
「ありがとうございます」
そこへ莉々華もやって来た。
「おはよう!」
「莉々華、おはよう」
「みんな早いね」
「今日は珍しく遅刻してませんね」
五月が言う。
「ひどい!」
教室に笑い声が響く。
昨日までの文化祭の余韻。
それがまだ残っていた。
しかし。
そんな穏やかな時間は長く続かなかった。
「中野五月さん」
教室の入口から声がした。
全員が振り返る。
そこに立っていたのは。
学校の教師だった。
「少し職員室まで来てもらえますか?」
「……私ですか?」
「はい」
五月は首を傾げる。
「何かあったのでしょうか?」
「進路について、少し話があります」
「……進路」
五月の表情が固まった。
一花たちも顔を見合わせる。
「分かりました」
五月は立ち上がった。
「行ってきます」
「五月」
二乃が心配そうにする。
「大丈夫」
五月は笑った。
「すぐ戻ってきます」
◇
職員室。
「失礼します」
五月が入る。
そこには。
数人の教師が集まっていた。
「中野さん」
担任が言う。
「座ってください」
「はい」
五月が席につく。
教師の一人が。
少し言いにくそうに口を開いた。
「昨日のことなんですが」
「昨日?」
「無堂先生との件です」
五月の表情が曇る。
「……はい」
「あなたが教師を目指していることについて」
「……」
「無堂先生から話を聞きました」
五月は黙っている。
「率直に言います」
教師は続けた。
「教師という仕事は、あなたが考えているより厳しい世界です」
「……分かっています」
「本当に?」
「はい」
五月は頷いた。
「母も教師でしたから」
「ですが」
教師は。
少し困ったような顔をする。
「あなたには向いていないという意見もあります」
「……」
五月の胸が。
ズキッと痛んだ。
「無堂先生は」
「……」
「あなたは理想論に偏りすぎていると」
五月は唇を噛んだ。
「……そうですか」
「今なら、まだ進路を変更できます」
「……」
「大学も、教師になるためのところだけではありません」
「……」
「あなたは成績も悪くない」
「……」
「もっと別の道を――」
「先生」
五月が。
静かに口を開いた。
「私は」
「……」
「教師になりたいです」
「中野さん」
「もちろん」
五月は続ける。
「私が未熟なのは分かっています」
「……」
「教師になったこともありません」
「……」
「だから」
五月は。
自分の手を握った。
「これから勉強します」
「……」
「経験も積みます」
「……」
「失敗するかもしれません」
「……」
「それでも」
五月は顔を上げた。
「挑戦したいです」
職員室が静かになる。
「……そうですか」
教師は。
少し考え込んだ。
「分かりました」
「……」
「今日は、それだけです」
五月は立ち上がる。
「ありがとうございました」
頭を下げる。
そして。
職員室を出た。
◇
廊下。
五月は歩いていた。
「……」
大丈夫。
そう思っている。
昨日より。
ずっと強くなった。
それでも。
胸の奥には。
小さな不安が残っていた。
――本当に私は教師になれるのだろうか。
――母のようになれるのだろうか。
――自分は誰かを導けるのだろうか。
考えれば考えるほど。
足取りが重くなる。
「五月」
「……!」
声。
振り返る。
悠飛だった。
「どうだった?」
「……」
五月は。
少しだけ笑った。
「大丈夫です」
「本当か?」
「はい」
「ならいい」
「……」
悠飛は五月の顔を見る。
「でも」
「?」
「無理して笑う必要はないぞ」
「……」
五月は。
目を伏せた。
「悠飛さん」
「ん?」
「私」
「……」
「怖いです」
「……」
「夢を持つことは、こんなに怖いことなんですね」
悠飛は。
何も言わず。
五月の隣に立った。
「……」
しばらく二人は。
廊下の窓から外を見ていた。
「五月」
「はい」
「夢を持つことが怖いなら」
「……」
「怖いままでいいんじゃないか?」
「え?」
「怖くない人間なんていない」
「……」
「大事なのは」
悠飛は。
静かに言った。
「怖くても進むことだ」
「……」
「それが勇気だと思う」
五月は。
その言葉を胸に刻む。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
◇
その日の放課後。
図書室。
五月は一人で勉強していた。
教師になるための参考書。
教育心理学。
現代文。
数学。
英語。
そして。
教育法。
まだ高校生の自分には難しい内容も多い。
それでも。
ページをめくる。
「……」
一時間。
二時間。
時間が過ぎる。
「五月」
「……?」
顔を上げる。
そこには六華がいた。
「六華」
「まだ勉強してたんだ」
「はい」
「頑張るね」
「夢ですから」
五月は笑う。
六華は。
向かいの席に座った。
「私も手伝おうか?」
「大丈夫ですよ」
「でも」
「……」
「一人でやるより、誰かとやったほうが楽しいでしょ」
五月は。
少し考えて。
「では」
参考書を差し出した。
「この問題をお願いします」
「え?」
「ここがよく分からなくて」
「……」
六華は問題を見る。
「これ?」
「はい」
「ちょっと待って」
二人は。
一緒に参考書を覗き込んだ。
しばらくして。
「あ」
六華が言う。
「これ、こうじゃない?」
「……!」
五月の目が輝く。
「なるほど!」
「分かった?」
「はい!」
「よかった」
五月は。
嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
◇
図書室の外。
その様子を。
悠飛が見ていた。
「……」
隣には風太郎。
「入らないのか?」
「二人で頑張ってるみたいだから」
「そうか」
風太郎は。
少し笑う。
「五月も変わったな」
「そうだな」
「前なら」
風太郎が言う。
「誰かに否定されたら、もっと悩んでたと思う」
「……」
「でも今は違う」
「うん」
「お前の影響かもな」
「俺?」
「ああ」
「そんな大したことしてない」
風太郎は。
首を振る。
「いや」
「……」
「お前は、人の夢を笑わない」
「……」
「それって意外と難しいことだぞ」
悠飛は。
図書室を見る。
「俺は」
「……」
「五月が教師になりたいって言うなら」
「……」
「応援するだけだ」
「それで十分なんだろうな」
風太郎は。
そう言った。
◇
数日後。
昼休み。
五月は。
教室で進路資料を読んでいた。
「五月!」
四葉がやって来る。
「何読んでるんですか?」
「大学の資料です」
「大学!」
「はい」
「教師になるための?」
「そうです」
四葉が。
横から覗き込む。
「難しそうです!」
「簡単ではありません」
二乃もやって来る。
「また進路?」
「はい」
「真面目ねえ」
三玖。
「五月らしい」
一花も。
「頑張ってるね」
六華が。
「でも」
「?」
「ちょっと疲れてない?」
五月は。
一瞬黙った。
「……少しだけ」
「やっぱり」
二乃が言う。
「勉強ばっかりじゃ駄目よ」
「そうですよ!」
四葉が手を上げる。
「今日は遊びましょう!」
「授業中よ」
一花が突っ込む。
「放課後です!」
「はいはい」
五人が笑う。
その光景を見て。
五月も笑った。
「……そうですね」
◇
放課後。
全員で帰る途中。
商店街。
五月が。
ふと足を止めた。
「……」
店先に。
小さな子供たちがいた。
近くの塾の前。
一人の男の子が。
問題集を抱えて泣いている。
「どうしたの?」
五月が近づく。
「……分かんない」
「この問題ですか?」
「うん」
五月は。
しゃがみ込む。
「じゃあ、一緒に考えましょう」
「……」
「答えを教えるだけではなく」
五月は。
問題を見ながら。
「どうしてこうなるのか、一つずつ考えてみましょう」
男の子は。
少しずつ顔を上げる。
「……分かるかな」
「大丈夫です」
五月は。
優しく笑った。
「私も一緒に考えます」
少し離れたところから。
悠飛たちが見ていた。
「……」
一花が。
小さく笑う。
「もう先生みたい」
二乃も。
「確かに」
三玖。
「似合ってる」
四葉。
「五月先生!」
「まだ先生ではありません!」
五月が慌てる。
六華が笑う。
莉々華も。
「でも、本当に向いてると思う」
五月は。
照れながら。
男の子の問題を解いていく。
やがて。
「……あ!」
男の子が声を上げる。
「分かった!」
「本当ですか?」
「うん!」
「よかったですね」
男の子が笑う。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「どういたしまして」
男の子が走っていく。
五月は。
その後ろ姿を見つめた。
「……」
悠飛が近づく。
「どうした?」
「嬉しいです」
「何が?」
「誰かの『分かった』を聞けたことが」
「……」
五月は。
胸に手を当てる。
「母も」
「……」
「こんな気持ちだったんでしょうか」
悠飛は。
少し笑った。
「きっとそうだろ」
「……」
「だから」
「はい」
「もっと頑張ればいい」
五月は。
力強く頷いた。
◇
しかし。
その翌日。
学校に一通の電話が入った。
職員室。
「……」
教師たちが。
険しい顔をしている。
電話の相手は。
五月の進路について。
ある苦情を申し立てていた。
「中野五月さんは」
電話口の声。
「教師になるべきではありません」
「……」
「本人のためにも」
「……」
「進路を考え直すよう指導してください」
教師は。
困惑した表情を浮かべる。
「しかし」
「……」
「それは本人が決めることで――」
電話は。
そこで切れた。
教師は。
受話器を置く。
「……」
その場に。
無堂が入ってくる。
「何かありましたか?」
「……無堂先生」
教師は。
少し警戒した。
「中野さんの進路について苦情が」
「そうですか」
無堂は。
平然としている。
「誰からです?」
「匿名です」
「なるほど」
無堂は。
それ以上何も言わない。
だが。
その口元には。
ほんの僅かな笑みが浮かんでいた。
◇
放課後。
五月は。
また図書室へ向かっていた。
「……」
しかし。
廊下で。
担任に呼び止められる。
「中野さん」
「はい」
「少し話があります」
「……」
嫌な予感。
「何でしょう?」
「あなたの進路について」
「……」
また。
その話だった。
「最近、あなたの進路について学校に意見が来ています」
「……意見?」
「教師になるのは考え直したほうがいい、と」
五月の顔が。
曇る。
「……誰が?」
「分かりません」
「……」
「ですが」
教師は。
真剣に言った。
「私はあなたの意思を尊重したいと思っています」
「……先生」
「だから」
「……」
「焦らず考えてください」
「はい」
五月は。
頭を下げる。
「ありがとうございます」
◇
その日の夕方。
校門。
五月は。
一人で立っていた。
「……」
空を見上げる。
また。
不安が襲ってくる。
夢を持つ。
それだけなのに。
どうして。
こんなに邪魔が入るのだろう。
「五月」
「……!」
悠飛だった。
「また一人か」
「……はい」
「何かあった?」
「……」
五月は。
少し迷ったあと。
すべてを話した。
「匿名の苦情?」
「はい」
「教師になるなって?」
「……」
悠飛の目が。
鋭くなる。
「偶然だと思うか?」
五月は。
首を横に振った。
「……分かりません」
「俺は」
悠飛は。
静かに言う。
「偶然じゃないと思う」
「……」
「無堂が関わってる可能性がある」
「でも」
「証拠はない」
「……」
「だから今は、決めつけない」
五月は。
少し安心したように息を吐いた。
「悠飛さん」
「ん?」
「もし」
「……」
「私が教師になることを諦めたら」
悠飛の表情が。
変わった。
「五月」
「……」
「それは」
「……」
「五月自身が諦めた時だけでいい」
「……!」
「誰かに諦めさせられる必要はない」
五月の目に。
涙が浮かぶ。
「……はい」
「それに」
悠飛は。
笑う。
「俺は応援する」
「……」
「一花も」
「……」
「二乃も」
「……」
「三玖も」
「……」
「四葉も」
「……」
「六華も莉々華も」
「……」
「風太郎だって」
五月は。
思わず笑った。
「みんな……」
「そうだ」
「……」
「だから」
悠飛は。
五月に手を差し出す。
「一緒に進もう」
五月は。
その手を見る。
そして。
ゆっくり握った。
「はい」
その瞬間。
五月の中で。
何かが変わった。
教師になる。
その夢は。
もう。
自分一人の夢ではない。
応援してくれる人たちがいる。
支えてくれる人たちがいる。
だから。
どんな言葉を浴びせられても。
諦めない。
◇
その夜。
中野家。
五つ子は。
リビングに集まっていた。
「五月」
一花が言う。
「今日はどうだった?」
「……」
五月は。
今日の出来事を話した。
「匿名の苦情?」
二乃の顔が険しくなる。
「ふざけてる」
「誰がそんなことを」
三玖も。
「……許せない」
四葉は。
拳を握る。
「五月の夢を邪魔する人は、私が説得します!」
「四葉」
「はい?」
「暴力は駄目ですよ」
「してません!」
「まだね」
一花が笑う。
「でも」
六華が。
静かに言った。
「誰が何を言っても」
「……」
「五月が教師になりたいって気持ちは」
「……」
「変わらないんだよね?」
五月は。
頷いた。
「はい」
「なら」
六華は笑う。
「大丈夫」
「……」
「夢を守るのは」
「……」
「本人だけじゃないから」
五月は。
五人の姉妹を見る。
そして。
少し離れた場所にいる六華を見る。
「……ありがとう」
◇
同じ頃。
悠飛は。
自宅の書斎にいた。
机の上には。
無堂について調べた資料。
風太郎から送られてきたものだ。
「……」
過去の勤務先。
退職理由。
生徒からの苦情。
保護者からの抗議。
しかし。
決定的な証拠はまだない。
「……」
悠飛は。
一枚の資料を手に取る。
その資料の隅。
小さく書かれた名前。
『中野零奈』
「……」
五つ子の母。
無堂と。
過去に何らかの関係があった可能性。
そして。
そこから繋がる一つの記録。
『転校生・如月悠飛』
悠飛の手が止まった。
「……俺?」
さらに。
資料を読む。
幼い頃。
悠飛が転校した学校。
そこには。
五つ子。
六華。
そして。
莉々華の名前。
「……」
幼い頃の記憶。
思い出せない。
何かが。
自分の記憶から抜け落ちている。
「無堂は」
悠飛は。
呟く。
「俺のことも知ってるのか?」
その瞬間。
電話が鳴った。
「……!」
悠飛が取る。
『如月か』
風太郎だった。
「どうした?」
『無堂について、新しい情報が出た』
「何?」
『あいつが昔勤めていた学校で』
「……」
『一人の生徒が、教師からの指導を苦にして不登校になった』
「……」
『その教師が無堂だ』
悠飛の表情が。
険しくなる。
「証拠は?」
『まだ調べている』
「分かった」
『それと』
「何だ?」
『その生徒の名前が』
「……」
『中野零奈と関係している可能性がある』
「……!」
電話の向こうで。
風太郎が息を呑む。
『俺も詳しく調べる』
「ああ」
悠飛は。
電話を切った。
「……」
窓の外。
夜空。
その向こうに。
何かがある。
無堂は。
五つ子の実父。
五月の夢を否定する男。
そして。
悠飛自身の過去にも関わっている可能性がある。
「……」
悠飛は。
右目に触れる。
まだ何も知らない。
だが。
もう。
逃げるつもりはなかった。
◇
翌朝。
五月は。
いつもより早く学校へ来ていた。
教室には。
まだ誰もいない。
五月は。
黒板の前に立つ。
そして。
チョークを手に取った。
黒板に。
一文字。
『夢』
続いて。
『教師』
そして。
その下に。
『誰かを支える』
五月は。
その文字を見つめる。
「……」
これが。
自分の目指すもの。
母のように。
生徒の気持ちを理解できる教師。
間違った時には叱る。
迷った時には一緒に考える。
できない時には待つ。
そして。
諦めそうになった時には。
「もう一度やってみよう」
そう言える教師。
「……」
五月は。
チョークを置いた。
その時。
教室のドアが開いた。
「おはようございます!」
四葉。
「おはよう」
一花。
「朝から何してるの?」
二乃。
「……」
三玖。
そして。
六華。
「……」
全員が黒板を見る。
「五月」
一花が。
優しく笑う。
「いいじゃん」
「……」
「その夢」
五月は。
笑った。
「はい」
その瞬間。
教室の外。
廊下の向こうに。
一人の男が立っていた。
無堂。
彼は。
黒板に書かれた文字を見る。
『夢』
『教師』
『誰かを支える』
「……」
無堂は。
静かに目を細める。
そして。
小さく呟いた。
「まだ諦めていないのですか」
その声は。
誰にも届かなかった。
無堂は。
そのまま去っていく。
しかし。
彼の背後から。
別の声がした。
「当たり前だろ」
「……!」
無堂が振り返る。
そこに。
悠飛が立っていた。
「……如月君」
「五月の夢は」
悠飛は。
真っ直ぐ無堂を見る。
「俺たちが守る」
「……」
「本人が諦めるまで」
「……」
「誰にも邪魔させない」
無堂は。
しばらく悠飛を見つめた。
「あなたは」
「……」
「本当にお人好しですね」
「よく言われる」
「いつか後悔しますよ」
「その時は」
悠飛は。
笑った。
「その時に考える」
無堂は。
何も言わなかった。
ただ。
悠飛の右目を見つめる。
その視線には。
明らかな敵意が宿っていた。
悠飛も。
それを感じ取っていた。
――こいつは。
五月の夢を否定しているだけじゃない。
俺自身にも。
何かを仕掛けようとしている。
そう確信した。
◇
昼休み。
五月は。
黒板に書いた言葉を消していた。
「五月」
悠飛が声をかける。
「はい?」
「消さなくてもいいんじゃないか?」
「授業がありますから」
「そっか」
五月は。
少し笑う。
「でも」
「ん?」
「私の中では」
五月は。
胸に手を当てる。
「消えません」
悠飛も。
笑った。
「ああ」
「この夢は」
「……」
「私が守ります」
「違う」
「え?」
悠飛は。
静かに言った。
「一人で守らなくていい」
「……」
「俺たちがいる」
五月は。
目を丸くする。
そして。
嬉しそうに笑った。
「……はい」
その時。
窓から。
春の風が吹き込んだ。
黒板に残ったチョークの粉が。
ふわりと舞う。
五月は。
その光景を見ながら。
心の中で誓った。
教師になる。
母のような教師になる。
その夢を。
誰にも奪わせない。
そして。
彼女の隣には。
いつも。
一人の少年がいる。
彼女の夢を笑わず。
彼女の涙を否定せず。
ただ。
「進め」と背中を押してくれる少年。
如月悠飛。
その存在は。
五月にとって。
ただの友達という言葉だけでは。
少しずつ。
収まらなくなり始めていた。
けれど。
その感情に。
五月自身が気づくのは。
まだ先のことだった。
そして。
悠飛もまだ知らない。
五月の夢を守ろうとしたその行動が。
やがて。
彼自身の人生を大きく変えることになる。
日の出祭で始まった。
無堂との因縁。
五つ子の父親という事実。
そして。
悠飛の失われることになる右目。
すべての歯車は。
すでに。
静かに回り始めていた。