『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』   作:夜幻

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第66話「如月悠飛、立ちはだかる」

日の出祭が終わってから、一週間。

 

旭高校には、少しずつ日常が戻っていた。

 

文化祭の片付けも完全に終わり、生徒たちは次の定期試験や進路について考え始めている。

 

三年生にとっては、卒業までの時間も残り少ない。

 

そんなある日の放課後。

 

「……」

 

職員室前の廊下に、一人の男が立っていた。

 

無堂。

 

その手には、数枚の書類がある。

 

「中野五月」

 

小さく名前を呟く。

 

その表情に感情はない。

 

だが、その目には明確な意思が宿っていた。

 

「夢というものは」

 

誰に聞かせるでもなく、無堂は言う。

 

「叶えるものではありません」

 

一枚の書類をめくる。

 

「現実を知らない者に、現実を教える」

 

そして。

 

「それが教育です」

 

無堂は歩き出した。

 

その先には――進路指導室。

 

今日は、三年生を対象とした進路相談が行われる予定だった。

 

そして。

 

中野五月も、その対象者の一人だった。

 

 

「では、次の人」

 

進路指導室。

 

五月は椅子に座っていた。

 

「中野さんの希望進路は、教育系ですね」

 

「はい」

 

「教師志望」

 

「はい」

 

担当教師は資料を確認する。

 

「成績は……悪くない」

 

「ありがとうございます」

 

「ただ、教育系の大学となると、もう少し頑張る必要があります」

 

「分かっています」

 

五月は頷く。

 

「これからもっと勉強します」

 

「うん」

 

教師は微笑んだ。

 

「君なら努力次第で十分届くと思うよ」

 

「本当ですか?」

 

「もちろん」

 

その言葉に、五月の顔が少し明るくなる。

 

「ありがとうございます」

 

だが。

 

その瞬間だった。

 

「その判断は早計でしょう」

 

「……?」

 

部屋の隅から声がした。

 

五月が振り返る。

 

「無堂先生……」

 

無堂が立っていた。

 

「失礼」

 

教師が少し驚く。

 

「無堂先生、今日は――」

 

「偶然通りかかったものですから」

 

無堂は平然と答えた。

 

そして。

 

五月を見る。

 

「中野さん」

 

「はい」

 

「本当に教師になるつもりですか?」

 

「……はい」

 

「そうですか」

 

無堂は頷く。

 

「では、質問します」

 

「……」

 

「教師とは何をする仕事でしょう?」

 

五月は考える。

 

「生徒を教える仕事です」

 

「それだけ?」

 

「……」

 

「知識を与える」

 

「……」

 

「進路を示す」

 

「……」

 

「問題行動を起こす生徒を指導する」

 

「……はい」

 

「そして」

 

無堂の声が低くなる。

 

「時には、切り捨てる」

 

五月の表情が曇る。

 

「……切り捨てる?」

 

「すべての生徒を救えると思っていますか?」

 

「それは……」

 

「答えてください」

 

五月は黙った。

 

「教師になれば」

 

無堂は続ける。

 

「努力しても伸びない生徒に出会います」

 

「……」

 

「何度注意しても反抗する生徒もいる」

 

「……」

 

「授業を妨害する者もいる」

 

「……」

 

「家庭環境に問題を抱える生徒もいる」

 

「……」

 

「そして」

 

無堂は言った。

 

「そのすべてを救おうとすれば、教師自身が壊れます」

 

五月は。

 

昨日のことを思い出した。

 

母のこと。

 

そして。

 

昨日、悠飛から言われた言葉。

 

――怖くても進めばいい。

 

「それでも」

 

五月は。

 

顔を上げた。

 

「私は教師になりたいです」

 

「なぜ?」

 

「……」

 

「母親の真似をしたいからですか?」

 

「違います」

 

五月は即答した。

 

「……ほう」

 

「私は」

 

五月は。

 

胸の前で手を握った。

 

「私自身が、教師になりたいんです」

 

「……」

 

「母の背中を追いかけたい気持ちはあります」

 

「……」

 

「でも」

 

五月の目が強くなる。

 

「母になるわけではありません」

 

「……」

 

「私は、私です」

 

無堂の表情が。

 

ほんの僅かに変わった。

 

「なるほど」

 

そして。

 

「では、覚えておきなさい」

 

「……?」

 

「理想を抱いた人間ほど」

 

無堂は。

 

五月に言い聞かせるように言った。

 

「現実に傷つけられます」

 

「……」

 

「あなたは、まだ何も知りません」

 

「……」

 

「教師の世界を」

 

無堂は。

 

五月を見下ろした。

 

「甘く見ないことです」

 

その言葉に。

 

五月は黙っていた。

 

しかし。

 

その時。

 

「それ以上にする必要がありますか?」

 

「……!」

 

別の声。

 

無堂が振り返る。

 

進路指導室の入口。

 

そこに立っていたのは。

 

如月悠飛だった。

 

「悠飛さん……」

 

五月が驚く。

 

「どうして……」

 

「忘れ物を届けに来ただけ」

 

悠飛の手には。

 

五月のノートがあった。

 

「教室に置いてあった」

 

「あ……」

 

五月が受け取る。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

悠飛は。

 

そのまま無堂を見る。

 

「でも」

 

「……」

 

「今の話は聞こえた」

 

無堂は。

 

悠飛を見た。

 

「また君ですか」

 

「そうですね」

 

「中野さんは私と話をしているのです」

 

「知ってます」

 

「なら、口を挟まないでいただきたい」

 

「五月が一人で答えられるなら、俺は何も言わない」

 

「……」

 

「でも」

 

悠飛の声が低くなる。

 

「あなたは、夢を諦めさせるために話している」

 

無堂の眉が動く。

 

「証拠は?」

 

「証拠?」

 

「私が彼女の夢を諦めさせようとしているという証拠です」

 

「……」

 

悠飛は。

 

一瞬黙った。

 

そして。

 

「ありません」

 

「では」

 

「でも」

 

悠飛は。

 

真っ直ぐ無堂を見る。

 

「あなたの言葉を聞いていれば分かる」

 

「……」

 

「教師になったら苦労する」

 

「……」

 

「傷つく」

 

「……」

 

「全部を救えない」

 

「……」

 

「だから諦めろ」

 

悠飛は。

 

一つ一つ言葉を並べる。

 

「それは現実を教えてるんじゃない」

 

「……」

 

「諦める理由を探してるだけだ」

 

「如月君」

 

「何です?」

 

「君は教師でもなければ、教育学者でもない」

 

「そうですね」

 

「それなのに、教育を語るのですか?」

 

「語ってるんじゃない」

 

悠飛は。

 

静かに答えた。

 

「人間の話をしてる」

 

「……」

 

「夢を持ってる人間に」

 

「……」

 

「わざわざ『無理だ』と言う必要があるのかって話だ」

 

無堂は。

 

黙った。

 

「もちろん」

 

悠飛は続ける。

 

「本当に無理なら、それを伝えることも必要だと思う」

 

「……」

 

「でも」

 

悠飛は。

 

五月を見る。

 

「挑戦する前から諦めさせるのは違う」

 

「……」

 

「五月はまだ高校生だ」

 

「……」

 

「これから勉強して」

 

「……」

 

「大学に行って」

 

「……」

 

「教育を学んで」

 

「……」

 

「実習をして」

 

「……」

 

「それでも教師になりたいなら」

 

悠飛は。

 

無堂を見る。

 

「その時に初めて、教師としての適性を判断すればいい」

 

無堂は。

 

薄く笑った。

 

「随分と甘いですね」

 

「そうかもな」

 

「世の中は、そんなに都合よくありませんよ」

 

「知ってる」

 

「なら――」

 

「だからこそだ」

 

悠飛の目が鋭くなる。

 

「夢を見る時間くらい、守ってやってもいいだろ」

 

「……」

 

進路指導室が。

 

静まり返った。

 

五月は。

 

悠飛の背中を見つめていた。

 

「……」

 

大きな背中。

 

いつもは優しく笑っている。

 

けれど。

 

今は違う。

 

自分の夢を守るために。

 

悠飛は。

 

無堂の前に立ちはだかっていた。

 

 

「如月君」

 

無堂が口を開く。

 

「君は、何でも守れるつもりですか?」

 

「……」

 

「家族も」

 

「……」

 

「友人も」

 

「……」

 

「その夢も」

 

「……」

 

「すべて守れると?」

 

「守れるとは言ってない」

 

「では」

 

無堂が一歩近づく。

 

「なぜ、そんな顔をするのです?」

 

悠飛は答えなかった。

 

「……」

 

「自分が正しいと信じている顔です」

 

「……」

 

「それは危険ですよ」

 

「そうかもな」

 

悠飛は。

 

無堂から目を逸らさない。

 

「でも」

 

「……」

 

「間違っていたら、その時に謝る」

 

「……」

 

「だから今は」

 

一歩。

 

悠飛が前へ出る。

 

「俺は五月の味方だ」

 

無堂も。

 

一歩前へ出る。

 

二人の距離が近づく。

 

「……」

 

「……」

 

まるで。

 

見えない火花が散っているようだった。

 

「悠飛さん」

 

五月が。

 

小さく声をかける。

 

「もう大丈夫です」

 

「五月?」

 

「私、自分で言えます」

 

「……」

 

悠飛は。

 

少しだけ横へ移動した。

 

五月が。

 

無堂の前に立つ。

 

「無堂さん」

 

「何でしょう」

 

「私は」

 

五月は。

 

震える声を抑える。

 

「教師になります」

 

「……」

 

「なれるかどうかは」

 

「……」

 

「これから決めます」

 

「……」

 

「でも」

 

五月は。

 

強く言った。

 

「挑戦する前に諦めることだけはしません」

 

無堂は。

 

黙っていた。

 

「それが」

 

五月は。

 

ノートを胸に抱く。

 

「私の答えです」

 

無堂は。

 

しばらく五月を見つめた。

 

そして。

 

「……分かりました」

 

「……」

 

「好きにしなさい」

 

無堂は。

 

そう言い残して。

 

部屋を出ていった。

 

 

「……」

 

無堂が去ったあと。

 

五月は。

 

大きく息を吐いた。

 

「ふぅ……」

 

「大丈夫か?」

 

悠飛が聞く。

 

「はい」

 

「本当に?」

 

「……はい」

 

五月は。

 

笑った。

 

「今度は、自分の言葉で言えました」

 

「それならよかった」

 

「悠飛さん」

 

「ん?」

 

「ありがとうございました」

 

「何度目だ?」

 

「何度でも言います」

 

「そっか」

 

「はい」

 

五月は。

 

少し恥ずかしそうに笑う。

 

「……私」

 

「?」

 

「悠飛さんが立っていてくれたから」

 

「……」

 

「ちゃんと自分の気持ちを言えました」

 

悠飛は。

 

少し困ったように笑った。

 

「俺は何もしてない」

 

「しました」

 

「……」

 

「私の夢を守ってくれました」

 

悠飛は。

 

しばらく黙っていた。

 

そして。

 

「じゃあ」

 

「はい?」

 

「これからは自分で守れるようになれ」

 

「……!」

 

五月は。

 

驚いた。

 

「はい!」

 

 

その日の夕方。

 

校門前。

 

一花たちは。

 

二人を待っていた。

 

「遅かったね」

 

一花が言う。

 

「何かあった?」

 

「少し進路相談が」

 

五月が答える。

 

二乃が。

 

悠飛を見る。

 

「また無堂?」

 

「……」

 

悠飛は。

 

答えない。

 

その沈黙で。

 

二乃は察した。

 

「やっぱり」

 

「五月」

 

三玖が近づく。

 

「大丈夫?」

 

「はい」

 

「……」

 

「今日は」

 

五月は。

 

みんなを見る。

 

「自分の言葉で話せました」

 

四葉が。

 

「おお!」

 

莉々華が。

 

「それなら大丈夫だね」

 

六華も。

 

「うん」

 

一花が。

 

悠飛を見る。

 

「悠飛くんは?」

 

「俺?」

 

「何かした?」

 

「立ってただけ」

 

「ふふ」

 

一花が笑う。

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

二乃が。

 

「嘘ね」

 

「何で?」

 

「顔に書いてあるもの」

 

「何が?」

 

「『俺が五月を守った』って」

 

「……」

 

悠飛は。

 

困った顔をした。

 

「そんなこと考えてない」

 

「本当に?」

 

「本当」

 

一花が。

 

少し意味ありげに笑う。

 

「まあ、いいけど」

 

 

帰り道。

 

五つ子と六華、莉々華。

 

そして悠飛。

 

七人の少女と一人の少年。

 

いつものように歩いていた。

 

「そういえば」

 

四葉が言う。

 

「悠飛さんって、何でそんなに五月の夢を応援するんですか?」

 

「……」

 

悠飛は考える。

 

「五月が本気だから」

 

「それだけ?」

 

「それだけで十分だろ」

 

「……」

 

四葉が笑う。

 

「やっぱり悠飛さんらしいです!」

 

一花は。

 

その会話を聞きながら。

 

悠飛を見る。

 

「……」

 

二乃も。

 

三玖も。

 

六華も。

 

莉々華も。

 

それぞれ違う表情で悠飛を見ていた。

 

そして。

 

五月も。

 

「……」

 

悠飛の横顔を見る。

 

胸の奥が。

 

少しだけ暖かい。

 

自分の夢を守ってくれた。

 

そのことが。

 

何より嬉しかった。

 

 

その夜。

 

如月家。

 

悠飛は。

 

書斎で一人。

 

無堂について調べていた。

 

机の上には大量の資料。

 

「……」

 

風太郎から届いた情報。

 

無堂の過去。

 

勤務先。

 

転職歴。

 

そして。

 

ある学校で起きた問題。

 

「……」

 

悠飛は。

 

一枚の資料を見つめる。

 

『生徒への過度な精神的圧力』

 

『複数回の保護者からの苦情』

 

『学校側による指導』

 

しかし。

 

すべて。

 

無堂は処分を免れている。

 

「どういうことだ……?」

 

さらに調べる。

 

すると。

 

一つの名前が出てきた。

 

「……」

 

その名前を見て。

 

悠飛の顔が変わる。

 

「この人……」

 

かつて。

 

無堂と同じ学校に勤めていた教師。

 

そして。

 

中野零奈と親しかった人物。

 

「……」

 

悠飛は。

 

電話を手に取る。

 

しかし。

 

電話をかける前に。

 

着信が入った。

 

「……風太郎?」

 

『悠飛』

 

「どうした?」

 

『無堂について、分かったことがある』

 

「俺もだ」

 

『先に言う』

 

「分かった」

 

風太郎の声が。

 

いつもより低い。

 

『無堂は』

 

「……」

 

『昔から問題行動を繰り返していた』

 

「やっぱりな」

 

『だが』

 

「……」

 

『それ以上に重要なことがある』

 

「何だ?」

 

一拍。

 

風太郎が言う。

 

『あいつは、教師を辞めさせられたんじゃない』

 

「……」

 

『自分から辞めた』

 

「なぜ?」

 

『分からない』

 

「……」

 

『ただ』

 

風太郎の声が。

 

さらに低くなる。

 

『退職する直前に』

 

「……」

 

『中野零奈と大きなトラブルを起こしている』

 

「……!」

 

悠飛の表情が。

 

険しくなる。

 

『そして』

 

「まだあるのか?」

 

『ある』

 

「何だ?」

 

『その時期』

 

「……」

 

『お前も、その学校にいた可能性がある』

 

「……」

 

悠飛の呼吸が止まった。

 

「……俺が?」

 

『記録が一部欠落している』

 

「……」

 

『でも、名前だけ残ってる』

 

悠飛は。

 

机の上にある資料を見る。

 

そこには。

 

幼い頃の自分の名前。

 

如月悠飛。

 

「……」

 

頭の奥が。

 

ズキッと痛んだ。

 

「……何だ?」

 

一瞬。

 

何かが見えた。

 

赤い夕焼け。

 

泣いている少女。

 

母親のような女性。

 

そして。

 

怒鳴り声。

 

『その子に触るな!』

 

「……!」

 

悠飛は。

 

頭を押さえる。

 

「何だ……今の……」

 

『悠飛?』

 

「……大丈夫だ」

 

『本当に?』

 

「ああ」

 

電話の向こうで。

 

風太郎が黙る。

 

『無理するな』

 

「分かってる」

 

電話を切る。

 

悠飛は。

 

椅子に座ったまま。

 

しばらく動けなかった。

 

「……」

 

失われた記憶。

 

無堂。

 

中野零奈。

 

五つ子。

 

そして。

 

自分。

 

すべてが。

 

一本の線で繋がろうとしている。

 

 

翌朝。

 

学校。

 

悠飛が教室へ入る。

 

「おはようございます!」

 

四葉。

 

「おはよう」

 

一花。

 

「おはよ」

 

二乃。

 

「……おはよう」

 

三玖。

 

「おはよう」

 

五月。

 

「おはよう、悠飛」

 

六華。

 

「おはよう!」

 

莉々華。

 

いつもと変わらない。

 

けれど。

 

悠飛の心の中には。

 

昨日までとは違う疑念が生まれていた。

 

――無堂は。

 

――何を知っている?

 

その答えを。

 

悠飛はまだ知らない。

 

しかし。

 

その日の昼休み。

 

一枚の紙が。

 

悠飛の机の中に入っていた。

 

「……?」

 

取り出す。

 

封筒。

 

差出人は書かれていない。

 

中には。

 

一枚の紙。

 

『過去を知りたければ、一人で来い』

 

場所。

 

時間。

 

そして。

 

最後に。

 

こう書かれていた。

 

『中野家の娘たちを巻き込むな』

 

悠飛の目が。

 

鋭くなる。

 

「……」

 

誰が。

 

これを書いた?

 

無堂か。

 

それとも。

 

別の誰か。

 

悠飛は。

 

紙を握りしめる。

 

その時。

 

「悠飛?」

 

五月の声。

 

「どうしました?」

 

「……何でもない」

 

悠飛は。

 

紙をポケットへ入れた。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

五月は。

 

少し心配そうに見つめる。

 

「……」

 

悠飛は。

 

思った。

 

――巻き込むな。

 

その言葉だけは。

 

絶対に無視できない。

 

なぜなら。

 

自分が戦うことで。

 

五つ子たちが傷つく可能性があるからだ。

 

だからこそ。

 

悠飛は決めた。

 

「……」

 

一人で行く。

 

五つ子も。

 

六華も。

 

莉々華も。

 

巻き込まない。

 

その判断が。

 

後に。

 

大きな悲劇を招くことになるとも知らずに。

 

 

放課後。

 

誰もいない校舎。

 

悠飛は。

 

指定された場所へ向かっていた。

 

夕暮れの廊下。

 

足音だけが響く。

 

「……」

 

階段を降りる。

 

旧校舎。

 

普段は使われていない場所。

 

その先に。

 

一人の男が立っていた。

 

「来ましたか」

 

「……」

 

無堂だった。

 

悠飛は。

 

立ち止まる。

 

「やっぱり、あなたか」

 

「ええ」

 

「何の用です?」

 

「確認したいことがあります」

 

「何を?」

 

無堂は。

 

悠飛を見つめる。

 

「あなたは」

 

一拍。

 

「本当に」

 

「……」

 

「中野家の娘たちを守れると思っていますか?」

 

悠飛は。

 

答えた。

 

「守る」

 

「……」

 

「俺が立ちはだかる」

 

「何に?」

 

「……」

 

悠飛は。

 

無堂を見据える。

 

「娘たちを傷つけようとするものすべてに」

 

無堂は。

 

静かに笑った。

 

「そうですか」

 

「……」

 

「では」

 

無堂は。

 

一枚の写真を取り出した。

 

「これは何だと思います?」

 

悠飛は。

 

写真を見る。

 

そこには。

 

幼い頃の自分。

 

そして。

 

五つ子。

 

さらに。

 

六華と莉々華。

 

七人の少女と。

 

一人の少年。

 

「……!」

 

悠飛の目が見開かれる。

 

「これ……」

 

写真の裏には。

 

日付が書かれていた。

 

そして。

 

一言。

 

『あの日の約束を忘れたのか?』

 

悠飛の頭に。

 

再び。

 

激しい頭痛が走る。

 

「……っ!」

 

膝をつく。

 

「悠飛さん!」

 

遠くから。

 

声が聞こえた。

 

「……!」

 

五月。

 

一花。

 

二乃。

 

三玖。

 

四葉。

 

六華。

 

莉々華。

 

「どうして……」

 

悠飛が顔を上げる。

 

「来るな!」

 

叫ぶ。

 

だが。

 

遅かった。

 

七人は。

 

そこにいた。

 

そして。

 

無堂は。

 

静かに笑った。

 

「なるほど」

 

「……」

 

「やはり」

 

無堂の目が。

 

悠飛を見る。

 

「彼女たちは」

 

「……」

 

「あなたにとって、弱点なのですね」

 

悠飛の表情が。

 

変わる。

 

「……違う」

 

「では?」

 

悠飛は。

 

ゆっくり立ち上がる。

 

「弱点じゃない」

 

「……」

 

「守る理由だ」

 

その瞬間。

 

無堂の笑みが消えた。

 

そして。

 

悠飛は。

 

七人の少女たちの前に立つ。

 

「俺が立ちはだかる」

 

「……」

 

「何が相手でも」

 

その言葉は。

 

夕暮れの旧校舎に。

 

静かに響いた。

 

まだ。

 

彼の右目は。

 

健在だった。

 

まだ。

 

『独眼竜』ではない。

 

しかし。

 

この日。

 

如月悠飛は初めて。

 

明確に。

 

敵の前へ立ちはだかった。

 

そして。

 

その背中を見つめる少女たちの心にも。

 

大きな変化が生まれ始めていた。

 

 

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