『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
夕暮れの旧校舎。
誰も使っていない教室に、八人の人影があった。
如月悠飛。
中野一花、二乃、三玖、四葉、五月。
六華。
そして莉々華。
その正面には、無堂。
「……」
無堂は、先ほどまで手にしていた写真を静かにしまった。
「なるほど」
低い声。
「七人とも、ここまで来てしまいましたか」
「無堂さん」
悠飛が前へ出る。
「彼女たちを巻き込むつもりはなかった」
「でしょうね」
「なら、どうして呼んだ?」
「私が呼んだわけではありませんよ」
無堂は、悠飛の背後を見る。
「彼女たちが勝手についてきただけでしょう」
「……!」
悠飛が振り返る。
「どうして来た?」
四葉が胸を張った。
「悠飛さんが一人で行くからです!」
「だからって――」
「だって!」
四葉は言った。
「私たち、仲間でしょう?」
「……」
悠飛は言葉を失う。
一花が微笑む。
「そういうこと」
二乃も腕を組む。
「勝手に一人で全部背負わないで」
三玖が頷く。
「私たちもいる」
六華も。
「私も」
莉々華も。
「もちろん」
そして。
五月が一歩前に出た。
「悠飛さん」
「……」
「昨日、言いましたよね」
「何を?」
「私の夢は、私一人で守らなくていいって」
「……」
「だったら」
五月は、まっすぐ悠飛を見る。
「悠飛さんのことも、悠飛さん一人で抱え込まないでください」
「……五月」
その言葉に。
悠飛は、何も返せなかった。
◇
「仲良しごっこは、その程度にしておきなさい」
無堂の声が響く。
「あなたたちは、何も分かっていない」
二乃が睨む。
「何がよ」
「この男の過去を」
「……」
「そして」
無堂は悠飛を見る。
「私の過去を」
悠飛の目が細くなる。
「なら、聞かせてもらおうか」
「嫌です」
「……は?」
「あなたに教える義務はありません」
「じゃあ、何のために呼んだ?」
「あなたを試すためです」
「俺を?」
「ええ」
無堂は一歩下がった。
「あなたは、自分が正義の味方だと思っている」
「そんなつもりはない」
「では何です?」
「……」
悠飛は答える。
「俺はただ、目の前で誰かが傷つくのを黙って見ていられないだけだ」
無堂は笑った。
「それを正義感というのですよ」
「そうかもな」
「そして」
無堂の表情が変わる。
「そういう人間は利用しやすい」
「……!」
その瞬間。
旧校舎の廊下から。
複数の足音が聞こえた。
「……?」
四葉が振り返る。
「誰か来ます」
一花も。
「何人?」
三玖が耳を澄ませる。
「……一人じゃない」
「え?」
二乃が身構える。
「複数いるわ」
足音。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて。
教室の扉が開いた。
「無堂先生」
現れたのは。
三人の男だった。
全員、制服ではない。
一人は大柄。
一人は細身。
そしてもう一人は、黒いジャケットを着た中年の男。
「……誰?」
莉々華が呟く。
無堂は。
平然としていた。
「紹介しましょう」
「……」
「私の協力者です」
大柄な男が笑う。
「久しぶりだな、無堂」
細身の男も続く。
「相変わらず面倒な仕事を押し付けてくれる」
最後の男は。
悠飛を見る。
「こいつが例の少年か?」
無堂は頷く。
「ええ」
「……」
「如月悠飛」
名前を呼ばれ。
悠飛の警戒が一段上がる。
「俺の名前を知ってる?」
「当然だ」
黒ジャケットの男が答える。
「お前のことは、ずっと調べていた」
「……」
「幼少期から現在まで」
悠飛の表情が変わる。
「何者だ?」
男は答えない。
代わりに。
無堂が言う。
「彼らは、私と同じ目的を持っています」
「目的?」
「過去を清算することです」
「……」
「あなたに関する過去を」
◇
「ふざけないで!」
二乃が叫んだ。
「何で高校にこんな人たちが入ってきてるのよ!」
「それは簡単だ」
黒ジャケットの男が言う。
「学校側に協力者がいるからだ」
「……!」
全員が驚く。
悠飛は。
冷静に尋ねる。
「誰だ?」
「それを知ってどうする?」
「……」
「学校には」
男は笑う。
「我々の言うことを聞く人間がいる」
「つまり」
悠飛は。
「文化祭の時から仕組まれていた?」
無堂が答える。
「正確には」
「……」
「もっと前からです」
五月の顔が青ざめる。
「……そんな」
一花が五月の肩に手を置く。
「大丈夫」
二乃も。
「私たちがいる」
三玖。
「怖くない」
四葉。
「はい!」
六華。
「……」
莉々華。
「悠飛がいる」
しかし。
悠飛は。
首を横に振った。
「違う」
「え?」
「俺だけじゃない」
悠飛は。
全員を見る。
「俺たち全員で乗り越える」
その言葉に。
一花が笑う。
「そうこなくちゃ」
◇
大柄な男が前に出る。
「ずいぶん余裕だな」
「……」
「俺は」
男は拳を鳴らした。
「岩崎」
「……」
「昔、無堂先生と一緒に教師をしていた」
悠飛は。
「元教師?」
「そうだ」
「じゃあ」
悠飛は聞く。
「なぜ今ここにいる?」
岩崎は笑う。
「教師なんて辞めた」
「……」
「馬鹿馬鹿しくなったんだよ」
「何が?」
「生徒のために尽くしたところで」
岩崎は。
吐き捨てる。
「感謝されるどころか、責任だけ押し付けられる」
「……」
「だったら」
拳を握る。
「自分のために生きたほうがいい」
悠飛は。
静かに答える。
「それで生徒を傷つけても?」
「……」
「関係ない?」
岩崎は。
笑った。
「そういう甘さが嫌いなんだよ」
悠飛の目が細くなる。
「なるほど」
「何だ?」
「無堂と似てる」
「……!」
岩崎の顔が険しくなる。
「俺と無堂先生を一緒にするな」
「同じだろ」
「何?」
「生徒より自分を優先する」
悠飛は言う。
「それだけだ」
岩崎が。
一歩踏み込んだ。
「……気に入らねえ」
「俺も」
「如月!」
岩崎が拳を振り上げる。
しかし。
悠飛は。
一歩横へ動いただけだった。
拳が空を切る。
「遅い」
「……!」
悠飛は。
岩崎の手首を掴む。
そのまま。
力をほとんど使わず。
身体を回す。
「うわっ!」
岩崎がバランスを崩す。
床に倒れる。
「……!」
四葉が目を輝かせる。
「すごい!」
二乃が呆れる。
「何でそんな簡単に……」
三玖。
「武道やってるから」
「そうだけど」
一花が笑う。
「悠飛くん、やっぱり強いね」
岩崎が起き上がる。
「……」
顔が真っ赤になっている。
「この野郎!」
再び突進。
悠飛は。
その攻撃を受け止める。
「力任せじゃ」
「……」
「俺には勝てない」
「黙れ!」
悠飛が。
軽く押す。
岩崎の身体が後ろへ飛ぶ。
「ぐっ……!」
そのまま壁に背中をぶつける。
「岩崎!」
細身の男が叫ぶ。
「下がれ!」
「うるせえ!」
岩崎は。
再び立ち上がろうとする。
しかし。
悠飛が手を上げた。
「もうやめよう」
「……」
「これ以上やる意味がない」
岩崎は。
拳を握ったまま。
動きを止めた。
「……」
無堂が。
それを見ていた。
「なるほど」
「……」
「腕だけではありませんね」
「何が?」
「あなたは」
無堂は。
悠飛を見つめる。
「人を傷つけることを避ける」
「……」
「それが弱点になる」
悠飛は。
答えた。
「弱点でもいい」
「……」
「俺は、必要以上に誰かを傷つけるつもりはない」
無堂は。
笑わなかった。
◇
細身の男が前へ出る。
「俺は黒田」
「……」
「昔、無堂と同じ学校にいた」
悠飛は。
「教師か?」
「元教師だ」
「何で辞めた?」
黒田は。
肩をすくめる。
「俺の場合は、辞めさせられた」
「理由は?」
「生徒への体罰」
「……」
五月の顔が険しくなる。
「そんな……」
黒田は笑った。
「昔は普通だったんだよ」
「……」
「言うことを聞かない生徒を殴る」
「……」
「それが指導だった」
悠飛は。
冷たく言う。
「今でもそう思ってる?」
「当然だ」
「……」
「口で言って分からないなら」
黒田は。
手を握る。
「身体で分からせればいい」
悠飛は。
「それで教師を辞めさせられたんだな」
「……」
「当然だ」
黒田の顔が歪む。
「お前に何が分かる!」
「分からない」
悠飛は答える。
「でも」
「……」
「暴力で人を従わせるのが教育じゃないことくらい分かる」
黒田が。
ポケットから何かを取り出した。
「……!」
五月が息を呑む。
小型の警棒。
「危ない!」
四葉が叫ぶ。
黒田が。
悠飛へ向かって振り下ろす。
「悠飛さん!」
五月の声。
悠飛は。
寸前で身体をひねる。
警棒が肩をかすめた。
「……!」
痛み。
しかし。
悠飛は。
冷静だった。
「五月」
「はい!」
「みんなを下げろ」
「でも!」
「いいから!」
五月は。
一瞬迷った。
そして。
一花たちを見る。
「みんな!」
「分かった!」
全員が後ろへ下がる。
悠飛は。
黒田と向き合う。
「もう一度だけ言う」
「……」
「その武器を捨てろ」
「嫌だね」
「……」
「俺は」
黒田は。
笑う。
「お前みたいな綺麗事野郎が嫌いなんだ」
「そうか」
悠飛は。
構える。
「じゃあ」
「……」
「止める」
◇
次の瞬間。
黒田が突っ込む。
警棒が振られる。
悠飛は。
避ける。
右。
左。
上。
そして。
一歩。
踏み込む。
黒田の懐。
「なっ――」
悠飛は。
腕を取った。
肘。
肩。
腰。
身体全体を使う。
黒田の身体が。
床へ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
警棒が落ちる。
悠飛は。
それを遠くへ蹴った。
「終わりだ」
「……」
黒田は。
動けない。
「これ以上やれば」
悠飛は。
静かに言う。
「怪我をする」
「……」
「俺も、お前も」
黒田は。
悔しそうに睨む。
「……何なんだ、お前」
悠飛は。
答える。
「ただの高校生だ」
「嘘つけ」
「本当だよ」
◇
残る一人。
黒ジャケットの男。
彼は。
ここまで一度も動かなかった。
「……」
悠飛が見る。
「お前は?」
男は。
ゆっくり歩き出す。
「私は戦うつもりはない」
「……」
「あなたに話をしたいだけです」
「なら話せ」
「ここでは無理だ」
「どうして?」
「彼女たちがいる」
男は。
五つ子たちを見る。
「……」
「中野家の娘たちには」
「……」
「知られてはいけないことがある」
五月の表情が変わる。
「私たちに?」
「ええ」
「何ですか?」
男は。
五月を見る。
「あなたたちの母親についてです」
「……!」
五月が。
息を呑む。
一花も。
二乃も。
三玖も。
四葉も。
全員が固まった。
「母……?」
男は。
頷く。
「中野零奈は」
「……」
「無堂の過去を知っていた」
「……」
「そして」
男の目が。
悠飛へ向く。
「如月悠飛の過去も」
「……!」
悠飛の頭に。
再び痛みが走る。
「……っ」
「悠飛さん!」
五月が駆け寄ろうとする。
「来るな!」
悠飛が止める。
しかし。
男は続けた。
「あなたは」
「……」
「幼い頃」
「……」
「一度だけ、無堂に会っている」
「……!」
悠飛は。
目を見開いた。
「嘘だ」
「本当です」
「俺は覚えてない」
「覚えていないだけです」
「……」
「あなたの記憶には」
男は。
静かに言った。
「大きな空白がある」
◇
突然。
校舎の外から。
サイレンの音が聞こえた。
「……!」
「警察?」
莉々華が窓を見る。
男は。
舌打ちした。
「時間切れですね」
無堂を見る。
「撤退します」
「分かりました」
無堂は。
岩崎と黒田を見る。
「二人とも、行きますよ」
「……」
岩崎は。
悔しそうに立ち上がる。
黒田も。
警棒を拾わずに。
二人は無堂についていく。
「待て!」
悠飛が叫ぶ。
しかし。
無堂は振り返らない。
ただ。
最後に一言。
「如月君」
「……」
「あなたが何を守ろうとするのか」
無堂は。
淡々と言った。
「楽しみにしていますよ」
そのまま。
三人は。
旧校舎の奥へ消えていった。
◇
「……」
静寂。
悠飛は。
拳を握った。
「逃げられた……」
風太郎が。
遅れて駆け込んでくる。
「悠飛!」
「風太郎?」
「大丈夫か?」
「ああ」
「こいつらは?」
「逃げた」
風太郎は。
床に落ちている警棒を見る。
「……何があった?」
悠飛は。
簡単に説明した。
風太郎の顔が険しくなる。
「無堂に仲間がいた?」
「ああ」
「元教師二人」
「そう」
「それに」
悠飛は。
黒ジャケットの男が去った方向を見る。
「もう一人」
「……」
「無堂の過去を知っている人間だ」
風太郎が。
「そいつは?」
「名前すら聞けなかった」
「……」
風太郎は。
頭を抱える。
「厄介だな」
「かなりな」
◇
五つ子たちは。
黙っていた。
母の名前。
中野零奈。
その名前が。
自分たちの知らないところで。
無堂の過去と繋がっている。
そして。
悠飛の過去とも。
「……」
五月が。
悠飛を見る。
「悠飛さん」
「ん?」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
「でも」
五月は。
悠飛の顔を見る。
「さっき、苦しそうでした」
「……」
悠飛は。
少し笑う。
「昔のことを思い出そうとすると、頭が痛くなるだけだ」
「……」
「心配するな」
五月は。
納得していない。
けれど。
今は何も聞かなかった。
◇
帰り道。
五つ子たちと六華、莉々華は。
悠飛と風太郎の後ろを歩いていた。
「……」
一花が。
小さく呟く。
「無堂って」
「……」
「私たちのお母さんと何があったんだろう」
二乃。
「分からない」
三玖。
「でも」
「……」
「悠飛の過去にも関係してる」
四葉。
「どうしてですか?」
六華が答える。
「写真に一緒に写ってたから」
莉々華も。
「私たちが小さい頃の写真」
五月。
「……」
「どうして」
五月は。
ノートを握る。
「私たちは覚えていないのでしょう」
一花が。
「何か忘れてるのかも」
二乃。
「それを無堂が知ってる」
三玖。
「……」
四葉。
「怖いです」
その言葉に。
全員が黙った。
すると。
前を歩いていた悠飛が。
振り返った。
「怖いなら」
「……」
「一人にならなければいい」
「悠飛さん……」
「みんなでいればいい」
四葉が笑う。
「はい!」
二乃も。
「そうね」
三玖。
「うん」
一花。
「そうしよ」
五月。
「……はい」
六華。
「私もいる」
莉々華。
「もちろん!」
悠飛は。
微笑んだ。
「それでいい」
◇
その夜。
無堂の車。
岩崎と黒田。
そして。
黒ジャケットの男。
「……」
岩崎が。
悔しそうに言う。
「まさか、あそこまで強いとは思わなかった」
黒田も。
「俺もだ」
無堂は。
窓の外を見る。
「彼は」
「……」
「昔からそうでした」
「昔から?」
岩崎が聞く。
無堂は。
答えない。
黒ジャケットの男が。
代わりに口を開いた。
「彼は、幼い頃から人を守ろうとする子供だった」
「……」
「そして」
男は。
悠飛の写真を見る。
「それが」
「……」
「彼の最大の長所であり」
一拍。
「最大の弱点です」
無堂は。
静かに笑った。
「ええ」
「……」
「だから」
無堂は。
写真を握りつぶす。
「守りたいものを増やしてやればいい」
岩崎が。
「どういう意味だ?」
「簡単ですよ」
無堂は。
淡々と言った。
「彼が守ろうとする人間を」
「……」
「一人ずつ狙えばいい」
車内が。
静かになる。
「そうすれば」
無堂は。
窓の外を見る。
「彼は必ず」
「……」
「こちらへ来ます」
◇
翌朝。
悠飛の机には。
また一枚の紙が置かれていた。
『昨日は楽しかったです』
その下。
『次は彼女たちの番です』
「……!」
悠飛の顔から。
血の気が引いた。
「……ふざけるな」
紙を握り潰す。
その瞬間。
教室のドアが開く。
「悠飛!」
四葉。
「おはよう!」
一花。
「どうしたの?」
二乃。
「……」
三玖。
五月。
六華。
莉々華。
いつもの七人。
悠飛は。
全員の無事を確認する。
「……」
そして。
心の中で決めた。
もう。
誰にも近づけさせない。
五月の夢も。
五つ子たちの未来も。
六華も。
莉々華も。
自分が守る。
たとえ。
自分が傷ついても。
その決意は。
やがて。
取り返しのつかない選択へと。
悠飛を導いていく。
まだ。
その時は来ていない。
だが。
『独眼竜』誕生への時計は。
確実に。
進み始めていた。