『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
翌朝。
如月悠飛は、いつもより早く目を覚ました。
「……」
カーテンの隙間から差し込む朝日。
時計を見る。
まだ登校時間には早い。
それでも、眠る気にはなれなかった。
昨夜、机の上に置かれていた一枚の写真。
そこに写っていた、見覚えのない少女。
そして――。
『絶対に守る!』
頭の中に響いた、自分自身の幼い声。
「……誰なんだ」
悠飛はベッドから起き上がった。
写真を手に取る。
何度見ても、少女の顔が思い出せない。
だが。
胸の奥だけが、妙にざわついていた。
まるで。
忘れてはいけない何かを、忘れているような感覚。
「……」
悠飛は写真を机の引き出しへしまった。
今は考えても仕方がない。
今日は学校がある。
そして何より。
無堂たちが、まだ動いている。
「……」
悠飛は制服に着替えた。
鏡を見る。
いつもの自分。
金髪。
鋭い目。
長身。
一見すれば、どこにでもいる高校生には見えないかもしれない。
だが。
この日から。
悠飛の日常は、少しずつ壊れ始めていた。
◇
「おはようございます!」
校門前。
四葉の明るい声が響いた。
「おはよう、四葉」
「今日も早いですね!」
「ああ」
「もしかして、昨日の怪我が心配で眠れなかったんですか?」
「それは四葉だろ」
「えっ?」
「目の下」
悠飛が指差す。
四葉は慌てて顔を隠した。
「こ、これはですね!」
「寝不足だな」
「昨日の夜、みんなで話してたんです!」
「何を?」
「悠飛さんをどう守るか!」
「……俺を?」
「はい!」
四葉は胸を張る。
「いつも守られてばかりじゃ駄目だって」
そこへ。
一花がやって来る。
「おはよう、二人とも」
「一花!」
四葉が手を振る。
続いて二乃、三玖、五月、六華、莉々華も姿を見せた。
「おはよう」
「おはようございます」
「……」
「今日も全員集合ですね!」
悠飛は全員の顔を見回した。
昨日と同じ。
誰も欠けていない。
それだけで。
少しだけ安心した。
「ところで」
二乃が悠飛を見る。
「肩」
「ん?」
「まだ痛いんでしょ?」
「もう大丈夫だ」
「嘘」
「……」
二乃は腕を組む。
「昨日、帰ってからずっと庇ってたじゃない」
「よく見てるな」
「見てるわよ」
二乃は少し顔を赤くした。
「……仲間なんだから」
一花が微笑む。
「ふふ」
「何よ」
「別に?」
「その顔やめて」
そんな会話を聞きながら。
五月が悠飛の前に立った。
「悠飛さん」
「ん?」
「今日は、私も気をつけます」
「そうしてくれ」
「はい」
「絶対に一人にならないこと」
「分かっています」
五月は頷く。
「でも」
「?」
「悠飛さんもです」
「俺?」
「はい」
五月は真剣な目で言った。
「悠飛さんも、一人で全部解決しようとしないでください」
「……」
「昨日、風太郎さんにも言われていましたよね」
「……耳が痛いな」
「約束してください」
悠飛は少し考えて。
「分かった」
「本当ですか?」
「ああ」
「約束です」
「約束」
五月が微笑む。
その光景を。
六華は少し離れたところから見つめていた。
「……」
莉々華が隣に立つ。
「どうしたの?」
「何でもない」
「また?」
「……何が?」
「悠飛のことを見てるときの顔」
「……」
六華は答えなかった。
ただ。
その胸の中に。
小さな不安が生まれていた。
◇
午前の授業。
日の出祭を数日後に控え。
校内は準備で慌ただしくなっていた。
教室では文化祭の飾り付け。
廊下には段ボール。
体育館では舞台設営。
そして。
教師たちは生徒たちの安全確認に追われていた。
「今年は来場者が多くなるそうだ」
風太郎が資料を見ながら言う。
「無堂の件もある」
「分かってる」
悠飛は答えた。
「だからこそ、警備も増やすらしい」
「それでも不安だ」
「俺もだ」
風太郎は悠飛を見る。
「昨日の連中が、まだ何か企んでいると思うか?」
「間違いなく」
「……」
「無堂は、あれだけの騒ぎを起こしても諦めていない」
悠飛は窓の外を見る。
「むしろ」
「……」
「昨日の件で、確信した」
「何を?」
「奴らの狙いは五月だけじゃない」
風太郎の表情が変わる。
「五つ子全員?」
「それだけでもない」
「……」
「俺たち全員だ」
その言葉が。
重く響いた。
◇
昼休み。
五つ子たちは、文化祭準備のため別々に動いていた。
一花は演劇部。
二乃はクラスの装飾。
三玖は資料整理。
四葉は実行委員。
五月は教師たちの手伝い。
六華と莉々華も、それぞれ別の仕事を任されている。
悠飛は。
それを少し不安に感じていた。
「……」
「どうした?」
風太郎が聞く。
「人がばらけすぎている」
「文化祭前だから仕方ない」
「分かってる」
「だが」
風太郎も同じように校内を見る。
「無堂が狙うなら、このタイミングは確かに絶好だ」
「……」
「警戒しよう」
「ああ」
そのとき。
校内放送が鳴った。
『中野五月さん。至急、体育館裏まで来てください』
悠飛の顔が強張った。
「……またか」
風太郎も。
「昨日と同じだ」
「行く」
「俺も」
二人は同時に立ち上がった。
◇
体育館裏。
五月は一人で歩いていた。
「……」
昨日のことを思い出す。
悠飛が自分を庇った瞬間。
警棒が肩へ振り下ろされた瞬間。
胸が締めつけられる。
「……」
五月は拳を握る。
私は。
何もできなかった。
ただ守られていただけ。
それが。
悔しかった。
だから。
今日は自分も何かできるようになろう。
そんなことを考えていた。
「五月」
「……!」
振り返る。
誰もいない。
「?」
再び歩く。
体育館裏。
そこには。
古い倉庫がある。
扉の前に。
一枚の紙が落ちていた。
『中へ』
「……」
五月は立ち止まった。
「これは……」
罠かもしれない。
そう思った。
けれど。
その瞬間。
倉庫の中から声がした。
「中野さん」
「……!」
「あなたのお母さんについて、話したいことがあります」
五月の目が見開かれる。
「……お母さん?」
その言葉に。
五月は。
扉へ手を伸ばしてしまった。
◇
同じ頃。
悠飛と風太郎は。
校舎の廊下を走っていた。
「どこだ!」
「体育館裏だ!」
「急ぐぞ!」
二人が角を曲がる。
その瞬間。
悠飛が足を止めた。
「……」
床。
そこに。
小さな紙片が落ちていた。
拾い上げる。
『遅かったですね』
「……!」
悠飛の目が変わる。
「風太郎」
「ああ」
「やられた」
「五月か?」
「体育館裏だ」
二人は走り出した。
◇
倉庫の中。
「……誰ですか?」
五月は慎重に尋ねた。
薄暗い。
古い机。
段ボール。
文化祭で使われる道具。
そして。
奥に一人の男。
黒い服。
顔は見えない。
「あなたのお母さんは」
男が言う。
「昔、とても大切なものを守ろうとしました」
「……」
「その結果」
男は一歩近づく。
「多くの人間から恨まれた」
五月は警戒する。
「何を知っているんですか?」
「あなたたち五人が知らない過去を」
「……」
「そして」
男は。
一枚の写真を取り出した。
「如月悠飛の過去も」
五月が写真を見る。
そこには。
幼い悠飛。
幼い五つ子。
六華。
莉々華。
そして。
見覚えのない少女。
「……!」
「この少女を知っていますか?」
「……知りません」
「そうでしょうね」
男は笑った。
「忘れさせられたのですから」
「忘れ……?」
五月の背後。
扉が閉まった。
「……!」
五月が振り返る。
「何をするつもりですか!」
男は答えない。
その手が。
ゆっくりポケットへ入る。
「五月!」
その瞬間。
倉庫の扉が蹴破られた。
「五月!」
悠飛だった。
「悠飛さん!」
五月の顔が明るくなる。
「そこから離れろ!」
悠飛が叫ぶ。
男は。
一歩後退する。
「如月悠飛……」
「五月に近づくな」
「相変わらずですね」
「……」
「誰かを守ることしか考えていない」
悠飛は。
男を睨む。
「お前が何者でも関係ない」
「……」
「五月を傷つけるなら」
悠飛は構える。
「俺が相手になる」
男は。
薄く笑った。
「その言葉を待っていました」
「……?」
「あなたは必ず来る」
男の後ろ。
別の扉が開く。
そこから。
二人の男が現れた。
「……!」
風太郎が叫ぶ。
「挟まれた!」
悠飛は。
五月の前へ立つ。
「風太郎」
「ああ」
「五月を頼む」
「分かった!」
風太郎が五月を連れて後退する。
「悠飛さん!」
「大丈夫だ!」
「でも!」
「行け!」
五月は。
悔しそうに頷く。
「……はい!」
◇
男たちが襲いかかる。
悠飛は。
一人目の腕を取り。
投げる。
二人目の蹴りを避け。
腹へ一撃。
「ぐっ!」
しかし。
最初の男が。
背後から悠飛へ飛びかかる。
「……!」
悠飛は振り返る。
拳。
避ける。
肩。
受ける。
肘。
かわす。
「……!」
相手の攻撃は。
昨日よりも明らかに速い。
そして。
連携している。
「なるほど」
悠飛が呟く。
「俺を足止めするつもりか」
「正解です」
男が笑う。
「あなたがここにいる間に」
「……」
「別の場所で」
男は。
通信機を取り出した。
「目的を果たします」
「……!」
悠飛の顔色が変わる。
「何?」
男は。
通信機に向かって。
「開始してください」
そう告げた。
◇
校舎の反対側。
一花が。
演劇部の部室から出てきた。
「ふぅ……」
その瞬間。
「一花!」
誰かが叫ぶ。
「え?」
一花が振り返る。
そこには。
黒い服の男。
「……!」
一花は。
すぐに逃げようとする。
だが。
「待て!」
男が追う。
「何なの!?」
一花は廊下を走る。
その途中。
スマートフォンを取り出す。
悠飛へ連絡しようとする。
しかし。
電波が入らない。
「……嘘」
その頃。
別の場所では。
二乃が。
三玖が。
四葉が。
六華が。
莉々華が。
それぞれ。
不審な人物に遭遇していた。
◇
「……」
悠飛は。
倉庫内で敵を倒しながら。
嫌な予感を覚えていた。
「……まさか」
男が笑う。
「気づきましたか?」
「……」
「そうです」
「五つ子を分断した」
「……!」
悠飛の目が。
鋭くなる。
「ふざけるな!」
一人を投げ飛ばす。
二人目を蹴り飛ばす。
三人目を押し倒す。
「五月!」
悠飛が振り返る。
「風太郎!」
しかし。
そこに。
五月はいなかった。
「……!」
風太郎も。
消えている。
「……!」
扉。
開いている。
「五月!」
悠飛は走った。
◇
体育館。
五月が。
一人で逃げていた。
「……」
後ろから。
足音。
「待ちなさい」
「……!」
振り返らない。
走る。
廊下。
階段。
教室。
そして。
体育館へ。
「はぁ……はぁ……」
五月は。
息を整える。
「ここまで来れば……」
しかし。
体育館の扉が。
ゆっくり閉まった。
「……!」
「中野五月」
声。
「……!」
振り返る。
そこに。
黒ジャケットの男が立っていた。
「あなたは」
「……」
「少し、如月悠飛に似ていますね」
「私が?」
「ええ」
男は。
ゆっくり近づく。
「守られることを嫌うところが」
五月は。
後退する。
「……何が目的ですか」
「あなたを傷つけるつもりはありません」
「信じられません」
「でしょうね」
男は。
懐から。
小さなナイフを取り出した。
「……!」
五月の顔から。
血の気が引く。
「どうして……」
「これは」
男は。
ナイフを光にかざす。
「脅しです」
「……」
「如月悠飛を呼び出すための」
五月は。
首を横に振る。
「そんなことをしても」
「……」
「悠飛さんは屈しません」
男は笑う。
「だからこそ」
一歩。
「価値がある」
五月が。
後退する。
「来ないで……」
「怖いですか?」
「……」
「なら」
男は。
ナイフを持った手を上げる。
「叫びなさい」
五月は。
声を振り絞る。
「助けて!」
◇
「五月!」
悠飛が。
体育館へ飛び込んだ。
「……!」
男と五月。
そして。
男の手にあるナイフ。
悠飛の目が。
その刃に釘付けになる。
「……五月から離れろ」
「来ましたね」
「今すぐ離れろ」
「どうして?」
男は。
ナイフを五月へ向ける。
「あなたが近づけば」
「……」
「彼女が傷つく」
悠飛は。
止まった。
「……」
五月が叫ぶ。
「悠飛さん!」
「五月」
「来ないでください!」
「……」
「危険です!」
悠飛は。
ゆっくり両手を上げる。
「分かった」
「……?」
「俺は動かない」
「悠飛さん!」
「大丈夫だ」
悠飛は。
五月を見る。
「絶対に大丈夫」
「……」
「俺を信じろ」
五月は。
涙を浮かべながら頷いた。
「……はい」
男が笑う。
「感動的ですね」
「……」
「では」
男は。
ナイフを持ったまま。
一歩。
「その場に膝をついてください」
悠飛は。
従う。
「悠飛さん!」
「いいから」
「……」
「大丈夫だ」
悠飛は。
男だけを見る。
「五月には手を出すな」
「もちろん」
「……」
「私は約束を守りますよ」
「なら」
悠飛は。
低い声で言う。
「そのナイフを捨てろ」
「嫌です」
「……」
「あなたが動かない保証がありませんから」
男が。
五月へ近づく。
「……!」
五月は。
壁際まで追い詰められる。
「来ないで……」
「怖がらなくていい」
男の手が。
五月の肩へ伸びる。
その瞬間。
「触るな!」
悠飛が立ち上がる。
「……!」
男が。
ナイフを振る。
「悠飛さん!」
悠飛は。
五月の前へ飛び込んだ。
「……っ!」
鋭い痛み。
だが。
まだ終わらない。
男が。
さらに刃を振り上げた。
悠飛は。
五月を抱き寄せる。
「伏せろ!」
五月が。
しゃがみ込む。
刃が。
空を切る。
「くっ……!」
悠飛は。
男の腕を掴もうとする。
だが。
相手も必死だった。
「離せ!」
「嫌だ!」
「……!」
男の手が。
再び動く。
そして。
その刃先が。
悠飛の顔へ向かって迫った。
「悠飛さん!」
五月の叫び。
時間が。
一瞬だけ。
ゆっくりになったように感じられた。
ナイフ。
銀色の刃。
迫る。
右側。
「……!」
悠飛は。
反射的に。
五月を突き飛ばした。
「五月!」
「悠飛さん――!」
そして。
刃が。
さらに近づく。
「……!」
避けられない。
そう思った瞬間。
悠飛の脳裏に。
昨日の写真が浮かんだ。
幼い自分。
五つ子。
六華。
莉々華。
そして。
名前の分からない少女。
『絶対に守る!』
――そうだ。
俺は。
昔から。
誰かを守りたかった。
なら。
今も同じだ。
「五月を……」
悠飛は。
歯を食いしばる。
「傷つけさせるか!」
ナイフが。
右目へ迫る。
「悠飛さん――――ッ!」
次の瞬間。
体育館に。
甲高い金属音が響いた。
そして。
悠飛の右目に。
焼けるような痛みが走った。
「――――ッ!」
視界が。
真っ白になる。
「悠飛さん!」
五月の悲鳴が。
遠く聞こえる。
「……あ……」
悠飛の手が。
右目へ伸びる。
指先に。
温かいものが触れた。
「……血?」
男も。
凍りついていた。
「な……」
悠飛の身体が。
ゆっくり揺れる。
「……五月」
「はい!」
「無事か……?」
「私は……私は大丈夫です!」
「そうか……」
悠飛は。
安堵した。
その瞬間。
右側の世界が。
暗くなった。
「……」
何も見えない。
右目だけ。
完全に。
光を失った。
「悠飛さん!」
五月が。
泣きながら駆け寄る。
「悠飛さん! しっかりしてください!」
「……五月」
「救急車を!」
「……」
「誰か! 誰か来てください!」
五月の声が。
体育館中に響く。
そして。
悠飛は。
意識が遠のく中で。
一つだけ。
思った。
――守れた。
五月を。
守れた。
それだけで。
いい。
だが。
その日。
如月悠飛の人生を大きく変えることになる。
右目。
その視力を。
彼は失った。
そして。
誰も知らない。
その事故の裏で。
無堂が。
すべてを見ていたことを。
「……」
体育館の外。
遠くの廊下。
無堂は。
静かに目を閉じた。
「始まりましたね」
その隣には。
あの黒ジャケットの男。
「これで彼は」
「ええ」
無堂は。
淡々と答える。
「もう以前の彼ではいられないでしょう」
「……」
「右目を失った」
「はい」
「ならば」
無堂は。
去っていく救急隊員たちを眺めた。
「これから彼は」
「……」
「何を守るために戦うのか」
その問いに。
黒ジャケットの男は。
答えなかった。
ただ。
床に落ちた一滴の血を見つめていた。
それは。
如月悠飛の。
右目から流れた血だった。
そして。
この日を境に。
悠飛の人生は。
大きく変わる。
右目を失った少年は。
やがて。
片目に眼帯を巻き。
『独眼竜』と呼ばれる男へと。
変わっていく。
だが。
その前に。
彼には。
まだ守らなければならないものがあった。
五つ子。
六華。
莉々華。
そして。
自分自身の未来。
日の出祭は。
まだ終わっていない。
そして。
本当の戦いは。
ここから始まる。