『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
「――悠飛さん!」
誰かが叫んでいる。
聞き慣れた声だった。
けれど。
その声が、どこから聞こえているのか分からない。
「悠飛さん! しっかりしてください!」
五月。
そうだ。
中野五月の声。
「……五月」
声を出したつもりだった。
しかし。
喉から漏れたのは、かすかな息だけだった。
「ここです! ここにいます!」
五月の声が近づく。
悠飛は目を開けようとした。
左側から光が入る。
白い。
眩しい。
だが。
右側には――。
何もない。
「……?」
おかしい。
おかしい。
右側だけ。
何も見えない。
悠飛は右目を瞬かせた。
見えない。
もう一度。
見えない。
「……右……」
「悠飛さん?」
「右目が……」
その言葉を聞いた瞬間。
五月の表情が崩れた。
「……」
「見えない」
悠飛は、静かに呟いた。
「右が……見えないんだ」
「……」
五月は答えられなかった。
ただ。
悠飛の左手を強く握った。
「大丈夫です」
「……」
「大丈夫ですから」
震える声。
泣いている。
悠飛には、それが分かった。
「五月」
「はい」
「泣くな」
「……無理です」
「……」
「無理ですよ……」
五月の涙が。
悠飛の手の甲へ落ちる。
「私を守るために……」
「……」
「こんな……」
「五月」
悠飛は。
弱々しく笑った。
「お前が無事なら、それでいい」
「……!」
その言葉に。
五月は。
さらに涙を流した。
◇
救急車のサイレンが。
日の出祭で賑わう街を駆け抜けていく。
車内。
悠飛は。
担架に横たわっていた。
救急隊員が。
何度も声をかけてくる。
「名前は分かりますか?」
「……如月悠飛」
「意識はありますね」
「はい」
「右目に強い外傷があります」
「……」
「無理に触らないでください」
「分かりました」
悠飛は。
天井を見る。
左目では。
車内の白い照明が見えている。
右側は。
完全な闇。
「……」
怖くない。
そう思っていた。
しかし。
胸の奥では。
どうしようもない恐怖が渦巻いていた。
――このまま見えなかったら?
――右目を失ったら?
――今までのように戦えるのか?
――これからどうなる?
そして。
一番気になること。
「……五月」
「はい」
隣で。
ずっと付き添っている五月。
「文化祭は?」
「今はそんなこと……」
「いいから」
「……」
「無事か?」
五月は。
少しだけ笑った。
「無事です」
「そうか」
「みんなも無事です」
「……そうか」
悠飛は。
目を閉じた。
「なら」
「……」
「よかった」
その一言だけだった。
◇
病院。
救急処置室。
扉が閉まる。
五月は。
廊下に取り残された。
「……」
手を見る。
悠飛の血が。
まだ残っている。
「……」
五月は。
その手を胸に当てた。
「悠飛さん……」
そこへ。
足音。
「五月!」
一花だった。
二乃。
三玖。
四葉。
六華。
莉々華。
そして。
風太郎。
全員が走ってくる。
「悠飛は?」
風太郎が聞く。
「今、処置中です」
「……」
「右目が……」
五月の声が震える。
「見えなくなったと言っていました」
「……!」
四葉が。
顔を覆う。
「そんな……」
二乃は。
唇を噛む。
「……あいつ」
三玖が。
小さく呟く。
「また……私たちを守って……」
一花は。
何も言わなかった。
ただ。
五月の肩を抱く。
「五月」
「……はい」
「あなたのせいじゃない」
「でも……」
「違う」
一花は。
強く言った。
「絶対に違う」
五月は。
俯いた。
「……」
六華が。
静かに口を開く。
「悠飛は、自分で選んだ」
「……」
「五月を守るって」
莉々華も。
「だから」
「……」
「自分を責めちゃ駄目だよ」
五月は。
涙を拭った。
「……はい」
◇
長い時間が過ぎた。
やがて。
処置室の扉が開く。
医師が出てくる。
「ご家族の方は?」
「……」
風太郎が。
「友人です」
「そうですか」
医師は。
一同を見回す。
「患者さんは、現在意識があります」
「……!」
「命に別状はありません」
その言葉に。
全員が安堵する。
「ただし」
医師は続ける。
「右眼については、かなり深刻な損傷があります」
五月が。
息を呑む。
「視力は……」
「現時点では」
医師は慎重に言葉を選ぶ。
「戻る可能性は非常に低いです」
「……」
静寂。
「ただし、詳しい検査をしなければ断定はできません」
「……分かりました」
「今は安静が第一です」
医師が去る。
五月は。
俯いた。
「……」
四葉が。
泣きそうな顔で言う。
「悠飛さん……」
二乃は。
拳を握る。
「……許せない」
三玖も。
「うん」
一花は。
黙っていた。
そして。
六華が。
小さく言う。
「……悠飛」
その声には。
強い決意が込められていた。
◇
病室。
悠飛は。
ベッドに横たわっていた。
右目には。
厚いガーゼが当てられている。
左目だけが。
天井を見ている。
「……」
コンコン。
扉を叩く音。
「どうぞ」
扉が開く。
「悠飛さん……」
五月。
「みんなも来たのか」
「はい」
一花たちが。
ゆっくり入ってくる。
四葉は。
悠飛の顔を見た瞬間。
泣きそうになる。
「……」
悠飛が笑う。
「そんな顔するなよ」
「だって……」
「俺は生きてる」
「……はい」
「それで十分だろ」
二乃が。
ベッドの横に立つ。
「十分なわけないでしょ」
「二乃?」
「右目よ」
「……」
「大切な目じゃない」
「そうだな」
「それを……」
二乃の声が震える。
「私たちのせいで……」
「違う」
悠飛は。
即座に否定した。
「お前たちのせいじゃない」
「でも!」
「俺が決めた」
「……」
「守るって」
二乃は。
言葉を失った。
◇
三玖が。
ベッドの反対側へ立つ。
「……悠飛」
「ん?」
「右目」
「見えない」
「……」
三玖は。
拳を握る。
「怖い?」
悠飛は。
少し考えた。
「……怖い」
「……」
「正直に言えばな」
「……」
「今まで見えていたものが、急に見えなくなった」
悠飛は。
右側へ顔を向ける。
「変な感じだ」
「……」
「世界の半分が消えたみたいだ」
三玖の目に。
涙が浮かぶ。
「……ごめん」
「謝るな」
「でも」
「三玖」
悠飛は。
穏やかに言った。
「俺はまだここにいる」
「……」
「だから」
「……」
「泣くな」
三玖は。
涙を拭った。
「……うん」
◇
四葉が。
ベッドへ近づく。
「悠飛さん」
「四葉」
「……」
「どうした?」
四葉は。
両手を握りしめた。
「私」
「……」
「もっと強くなります」
「え?」
「悠飛さんに守られてばかりじゃ嫌です」
「……」
「私も」
四葉は。
真っ直ぐ悠飛を見る。
「悠飛さんを守れる人になります」
悠飛は。
少し驚いた。
そして。
微笑む。
「頼もしいな」
「はい!」
「でも」
「?」
「無茶はするな」
「……」
「それは俺の役目だから」
「駄目です」
四葉は。
即答した。
「みんなで守るんです」
「……」
悠飛は。
少し笑った。
「そうだな」
◇
一花は。
しばらく何も言わなかった。
やがて。
静かに口を開く。
「悠飛くん」
「一花」
「……怖かった」
「……」
「病院に来るまで」
一花の声が。
少し震える。
「悠飛くんが死んじゃうんじゃないかって」
「……」
「右目を失ったって聞いたときも」
一花は。
目を伏せた。
「頭が真っ白になった」
「一花……」
「私」
一花は。
小さく笑った。
「自分がこんなに悠飛くんを大切に思ってるんだって」
「……」
「初めて分かった気がする」
悠飛は。
何も言えなかった。
一花も。
それ以上は言わない。
「今は」
一花は。
微笑んだ。
「元気になってくれれば、それでいい」
「……ありがとう」
「うん」
◇
六華は。
病室の隅に立っていた。
「六華」
「……」
「こっち来いよ」
「うん」
六華は。
ゆっくり歩いてくる。
ベッドの横に座る。
「……」
「どうした?」
「怖かった」
「……」
「悠飛がいなくなるんじゃないかって」
「俺は死んでない」
「分かってる」
六華は。
悠飛の左手を取った。
「でも」
「……」
「昔も」
「?」
「同じことがあった気がする」
悠飛の表情が変わる。
「昔?」
「うん」
六華は。
目を閉じる。
「私たちが小さい頃」
「……」
「悠飛は、誰かを守ろうとしていた」
「……」
「その時も」
六華は。
小さく震えた。
「血を流してた」
悠飛の頭に。
激しい痛みが走る。
「……っ!」
「悠飛!」
「大丈夫……」
悠飛は。
頭を押さえる。
「……まただ」
「何が?」
「昔の記憶」
六華は。
黙る。
「何かを思い出しそうになる」
「……」
「でも」
悠飛は。
目を閉じる。
「まだ思い出せない」
六華は。
手を握る。
「いつか」
「……」
「全部思い出そう」
「そうだな」
「私も一緒に探す」
「ありがとう」
◇
最後に。
莉々華が。
悠飛の前に立った。
「……」
「莉々華?」
「怒ってる」
「誰に?」
「悠飛に」
「俺?」
「そう」
莉々華は。
頬を膨らませる。
「自分を大切にしなさすぎ」
「……」
「五月を守るのは分かる」
「……」
「みんなを守るのも分かる」
「……」
「でも」
莉々華は。
悠飛の左手を握った。
「悠飛自身だって、大切なんだから」
「……」
「忘れないで」
悠飛は。
少しだけ笑った。
「分かった」
「本当に?」
「ああ」
「約束?」
「約束」
◇
そして。
五月。
彼女だけは。
なかなか悠飛の前に立てなかった。
「五月」
「……はい」
「どうした?」
「……」
五月は。
ベッドの横まで歩いてくる。
そして。
頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……」
「私のせいで」
「五月」
「違うって言われても」
「……」
「私は」
五月の目から。
涙が落ちる。
「私が呼び出されたから」
「……」
「私が一人で行ったから」
「……」
「私が弱かったから」
「違う」
悠飛の声が。
強くなる。
「五月」
「……」
「お前は弱くない」
「……」
「俺が守ったんじゃない」
「え?」
「お前自身が最後まで立ってた」
「……」
「逃げずに、俺を信じた」
五月は。
涙を拭う。
「……」
「だから」
悠飛は。
左手を差し出した。
「顔を上げろ」
五月は。
ゆっくり顔を上げた。
「……」
「俺はまだ生きてる」
「……はい」
「右目は見えないかもしれない」
「……」
「でも」
悠飛は。
笑った。
「左目は見える」
「……」
「それに」
悠飛は。
周囲を見る。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
六華。
莉々華。
そして。
風太郎。
「大切なものは」
「……」
「まだ、ちゃんと見えてる」
五月の涙が。
再び溢れた。
「……悠飛さん」
「ん?」
「私」
五月は。
悠飛の左手を握る。
「絶対に」
「……」
「悠飛さんのそばにいます」
「……」
「今度は」
「……」
「私も守ります」
悠飛は。
静かに頷いた。
「頼む」
◇
その日の夕方。
病室を出た風太郎は。
廊下で一人立っていた。
そこへ。
二乃が来る。
「風太郎」
「二乃」
「……」
「どうした?」
「悠飛のこと」
「……」
「どう思う?」
風太郎は。
少し考えてから答えた。
「強い」
「そうね」
「だが」
風太郎は。
病室の扉を見る。
「今までとは違う」
「……」
「右目を失った」
「……」
「これから、距離感も変わる」
「……」
「戦い方も変えなきゃいけない」
二乃が。
黙る。
「それでも」
風太郎は。
言った。
「あいつは、きっと立ち上がる」
「どうして?」
「悠飛だからだ」
「……」
「それに」
風太郎は。
拳を握る。
「俺たちが支える」
二乃は。
少し笑った。
「……そうね」
◇
夜。
病室。
悠飛は。
一人で窓の外を見ていた。
左目に映る月。
右側は。
闇。
「……」
医師から説明を受けた。
視力が戻る可能性は低い。
それでも。
まだ完全に失明したと決まったわけではない。
「……」
悠飛は。
右目へ手を伸ばす。
ガーゼ。
包帯。
その奥には。
今まで見てきた世界がある。
幼い頃。
五つ子と出会った日。
六華と莉々華と過ごした日々。
高校生活。
そして。
今日。
五月を守った瞬間。
「……」
怖い。
やっぱり。
怖い。
だが。
それ以上に。
胸の中に強いものがあった。
――守りたい。
その気持ちだけは。
失っていない。
コンコン。
「どうぞ」
扉が開く。
「悠飛」
風太郎だった。
「風太郎か」
「眠れないか?」
「少しな」
風太郎が椅子に座る。
「俺も」
「……」
「考えてた」
「何を?」
「これからのこと」
「……」
風太郎は。
真剣に言った。
「お前が右目を失ったなら」
「……」
「俺たちが、お前の右側になる」
悠飛は。
目を見開く。
「……」
「見えないなら、俺たちが教える」
「……」
「危険なら、俺たちが知らせる」
「……」
「だから」
風太郎は。
悠飛を見る。
「一人で戦うな」
悠飛は。
しばらく黙っていた。
そして。
笑った。
「……ありがとう」
「礼なんかいらない」
「でも」
「……」
「嬉しいよ」
◇
数日後。
医師は。
再検査の結果を伝えた。
「現時点では」
「……」
「右眼の視力は戻っていません」
「そうですか」
「ただ」
医師は。
続けた。
「完全に眼球機能が失われたわけではありません」
「……!」
悠飛が顔を上げる。
「可能性は?」
「極めて低いですが」
医師は答える。
「ゼロとは言えません」
「……」
「今後、何らかの変化が起きる可能性もあります」
「分かりました」
悠飛は。
静かに頷いた。
「ありがとうございました」
病室を出た医師。
悠飛は。
右目へ手を当てる。
まだ。
光はない。
けれど。
ゼロではない。
「……」
その日の夕方。
七人が病院へ来た。
「悠飛さん!」
四葉が。
大きな袋を持って入ってくる。
「何だそれ?」
「お見舞いです!」
「多すぎないか?」
「みんなで選びました!」
一花が笑う。
「暇だと思って」
二乃。
「でも、食べ過ぎは禁止」
三玖。
「……本も持ってきた」
五月。
「勉強もできます」
六華。
「一緒にいます」
莉々華。
「退院したら、また学校行こうね」
悠飛は。
みんなを見る。
そして。
心から笑った。
「……ああ」
「絶対に戻る」
◇
その夜。
悠飛は。
再び夢を見た。
幼い頃の記憶。
夕焼け。
広場。
七人の子供たち。
そして。
もう一人。
「……」
少女が泣いている。
悠飛は。
幼い自分の姿で。
その子の前に立つ。
『泣くな』
『……でも』
『俺が守る』
『本当に?』
『ああ』
『ずっと?』
『ずっとだ』
そして。
誰かが叫ぶ。
『悠飛! 逃げろ!』
振り返る。
そこに。
無堂。
そして。
一本のナイフ。
「……!」
悠飛は。
目を覚ました。
「……はぁ……はぁ……」
病室。
夜。
静寂。
「……」
夢だった。
しかし。
今までとは違う。
夢の中で。
少女の顔が。
ほんの少しだけ。
見えた。
「……」
悠飛は。
左目を閉じる。
右側。
まだ闇。
それでも。
その闇の奥に。
何かがある気がした。
「……待ってろ」
悠飛は。
小さく呟く。
「必ず思い出す」
失った右眼。
失われた記憶。
そして。
守ると誓った少女。
すべてを。
◇
翌朝。
日の出祭は。
予定通り続いていた。
悠飛は。
まだ病院にいる。
しかし。
学校では。
五つ子たちが。
悠飛の帰りを待っていた。
そして。
五月は。
教室の窓から。
空を見上げていた。
「……悠飛さん」
右眼の光は。
まだ戻らない。
それでも。
彼の左眼には。
守るべき仲間たちが。
確かに映っている。
そして。
その仲間たちも。
悠飛の帰りを待っている。
右眼を失ったことは。
悠飛にとって。
大きな傷だった。
けれど。
それは同時に。
彼が初めて知ったことでもあった。
自分一人で守るのではない。
守られることも。
誰かを守ることと同じくらい。
大切なのだと。
「……帰ろう」
悠飛は。
窓の外を見ながら。
静かに呟いた。
いつか。
もう一度。
両目で世界を見る日を願って。
そして。
たとえ右眼の光が戻らなくても。
この左眼で。
大切な人たちを見続けるために。
彼は。
ゆっくりと。
前を向いた。