『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
日の出祭から、数日が過ぎた。
学校は少しずつ、いつもの日常を取り戻しつつあった。
廊下を走る生徒。
笑い声。
授業開始を告げるチャイム。
放課後の部活動。
ほんの少し前まで、何も変わらないと思っていた日常。
けれど。
如月悠飛にとっては、すべてが変わっていた。
右目には、黒い眼帯。
それだけで、周囲から向けられる視線も変わる。
「……」
悠飛は廊下を歩きながら、そんな視線を気にすることなく前を向いていた。
左目に映る景色は、以前と変わらない。
窓から差し込む陽光。
掲示板。
教室。
友人たち。
そして。
その中にいる、五つ子たち。
「悠飛さん!」
遠くから四葉が走ってくる。
「廊下は走るな」
「すみません!」
「毎日言ってるぞ」
「はい!」
四葉は元気よく敬礼した。
その後ろから、一花、二乃、三玖、五月が歩いてくる。
六華と莉々華も、その少し後ろにいた。
「今日も全員集合ね」
一花が笑う。
「悠飛が復帰したから」
二乃が言う。
「監視が必要」
「監視って……」
「あなた、すぐ無茶するから」
「否定できないな」
「でしょ?」
二乃が得意げに笑う。
三玖も。
「……私も見張る」
「三玖までか」
「当然」
四葉が。
「私もです!」
「はいはい」
悠飛は苦笑する。
そんなやり取りを。
五月は黙って見ていた。
「……」
笑おうと思った。
いつも通りに。
けれど。
うまく笑えなかった。
悠飛が帰ってきた。
生きている。
学校にも戻ってきた。
それだけで。
十分なはずなのに。
胸の奥に残るものがあった。
日の出祭の日。
自分を守るために。
悠飛が右目を失った。
その光景が。
何度も。
何度も。
頭の中に蘇ってくる。
「……」
五月は。
そっと目を伏せた。
◇
昼休み。
屋上。
五月は。
一人で弁当を食べていた。
「……」
箸が。
なかなか進まない。
「食べなければ」
自分に言い聞かせる。
「午後の授業に影響が……」
一口。
しかし。
味がしない。
「……」
五月は。
箸を置いた。
風が吹く。
髪が揺れる。
「……どうして」
自分でも分からなかった。
どうして。
こんなに苦しいのか。
悠飛は。
自分を責めるなと言った。
五月のせいではない。
自分で選んだのだと。
分かっている。
頭では。
ちゃんと分かっている。
それでも。
心が納得してくれない。
「……」
五月は。
両手を握った。
「私が……」
あの日。
無堂の言葉に誘われて。
一人で倉庫へ行かなければ。
悠飛は。
そこに来なかった。
悠飛が。
自分を守ろうとしなければ。
右目を傷つけることもなかった。
「……」
涙が。
一滴。
弁当箱の上に落ちた。
「……」
五月は。
慌てて拭う。
「駄目です」
誰も見ていない。
それなのに。
自分に言い聞かせる。
「泣いてはいけません」
もう一度。
涙を拭う。
だが。
次から次へと。
溢れてくる。
「……っ」
五月は。
顔を伏せた。
「私は……」
声が震える。
「私は……何をしているんでしょう」
◇
その頃。
教室。
悠飛は。
窓際の席に座っていた。
右側から。
風が入ってくる。
以前なら。
自然に感じていた風。
今は。
視界の外から来るものに。
少しだけ神経を使う。
「……」
右目を失ってから。
悠飛は。
意識的に周囲の音を聞くようになった。
足音。
椅子を引く音。
ページをめくる音。
誰かの呼吸。
それだけで。
周囲の状況を把握する。
けれど。
まだ完全ではない。
「悠飛」
風太郎が声をかける。
「ん?」
「五月がいない」
「……」
悠飛は。
教室を見回す。
「屋上じゃないか?」
「どうしてそう思う?」
「昼休みに一人になりたいとき」
「……」
「五月は屋上へ行くことが多い」
風太郎が。
少し驚いた顔をした。
「よく見てるな」
「幼馴染だからな」
「そうだったな」
風太郎は。
席を立つ。
「探してくる」
「俺も行く」
「お前は休んでろ」
「大丈夫だ」
「右目が見えないんだぞ」
「だからって」
悠飛は。
立ち上がる。
「五月を一人にしておけない」
風太郎は。
一瞬黙る。
「……分かった」
二人で。
屋上へ向かった。
◇
屋上。
扉の前。
悠飛が立ち止まる。
「……」
何か。
聞こえる。
風太郎も。
気づいた。
「泣いてる?」
「……ああ」
二人は。
顔を見合わせる。
悠飛が。
静かに扉を開けた。
「五月」
「……!」
五月が。
慌てて顔を上げる。
目元は赤い。
「悠飛さん……」
「どうした?」
「……何でもありません」
「嘘だな」
「……」
「泣いてたろ」
五月は。
顔を背ける。
「泣いてません」
「目が赤い」
「これは……」
「花粉?」
「……」
風太郎が。
吹き出しそうになる。
「悠飛」
「ん?」
「それは無理がある」
「だよな」
「二人とも!」
五月が。
頬を膨らませる。
一瞬。
いつもの空気に戻った。
けれど。
悠飛は。
五月の顔を見た。
「……」
やっぱり。
泣いている。
「五月」
「……はい」
「こっち来い」
「え?」
悠飛は。
ベンチに座る。
「話そう」
「……」
五月も。
ゆっくり隣に座った。
風太郎は。
少し離れたところへ移動する。
「……」
二人きりにしてくれたのだ。
◇
「……悠飛さん」
「ん?」
「私」
「……」
「ずっと考えていました」
五月は。
膝の上で手を握る。
「日の出祭の日のこと」
「……」
「何度も思い出しました」
「俺もだ」
「……」
「でも」
悠飛は。
五月を見る。
「俺は後悔してない」
五月の肩が。
小さく震えた。
「……どうしてですか」
「お前が無事だったから」
「……」
「それだけ」
「それだけじゃありません!」
五月が。
初めて声を荒らげた。
「右目ですよ!」
「……」
「悠飛さんの右目……!」
涙が。
再び溢れる。
「もう……見えないんですよ?」
「……」
「ずっと見えていたものが」
「……」
「もう見えないんですよ?」
悠飛は。
黙っていた。
「なのに」
五月は。
涙を拭う。
「どうしてそんなに平気な顔ができるんですか……」
「平気じゃない」
「……」
「俺だって怖い」
「……!」
「朝起きて」
悠飛は。
右目へ手を触れる。
「もしかしたら見えるかもしれないって思う」
「……」
「でも」
「……」
「見えない」
五月は。
息を呑んだ。
「そのたびに」
悠飛は。
苦笑した。
「やっぱり失ったんだなって思う」
「……」
「怖いよ」
「……」
「悔しい」
「……」
「でも」
悠飛は。
五月を見る。
「それでも」
「……」
「お前が生きている」
「……」
「それだけで」
「……」
「俺は十分なんだ」
五月の目から。
涙が止まらなくなった。
「……馬鹿です」
「え?」
「悠飛さんは……」
五月は。
泣きながら笑う。
「本当に……馬鹿です」
「よく言われる」
「褒めてません!」
「知ってる」
「……」
五月は。
俯いた。
「私」
「……」
「自分が嫌になりました」
「五月」
「いつも守ってもらって」
「……」
「助けてもらって」
「……」
「それなのに」
五月は。
拳を握る。
「何も返せない」
「そんなことない」
「あります!」
「ない」
「あります!」
二人の声が。
屋上に響く。
やがて。
五月が。
小さく呟く。
「……私は」
「……」
「悠飛さんの右目を奪ったようなものです」
「違う」
「でも!」
「違う!」
悠飛の声が。
強く響いた。
五月が。
驚いて顔を上げる。
悠飛は。
真剣な表情だった。
「俺の右目は」
「……」
「俺が守ると決めた結果だ」
「……」
「誰かのせいにするつもりはない」
「……」
「まして」
悠飛は。
五月を見る。
「お前のせいにするなんて」
「……」
「絶対にない」
五月は。
唇を噛んだ。
「……」
「だから」
悠飛は。
ゆっくり言う。
「自分を傷つけるな」
「……」
「俺の右目を理由に」
「……」
「お前が泣く必要はない」
五月は。
首を横に振る。
「それでも……」
「ん?」
「泣きたいです」
「……」
「今だけは」
悠飛は。
少しだけ笑った。
「なら」
「……」
「泣けばいい」
「……」
「我慢する必要ない」
その言葉を聞いた瞬間。
五月は。
堪えていたものを。
すべて吐き出すように。
泣いた。
「う……」
肩が震える。
「うわぁぁ……!」
涙が。
止まらない。
「悠飛さん……!」
悠飛は。
何も言わず。
五月の隣にいた。
「ごめんなさい……!」
「謝るな」
「ありがとうございます……!」
「それもいい」
「怖かったんです……!」
「……」
「悠飛さんが……いなくなるのが……!」
「……」
「本当に……怖かった……!」
悠飛は。
そっと。
五月の頭に手を置いた。
「大丈夫だ」
「……」
「俺はここにいる」
「……」
「どこにも行かない」
五月は。
悠飛の制服を握った。
「……約束」
「約束だ」
◇
しばらくして。
五月は。
ようやく泣き止んだ。
「……すみません」
「落ち着いたか?」
「はい……」
目は真っ赤だった。
「でも」
五月は。
少し恥ずかしそうにする。
「悠飛さんの制服」
「ん?」
「……濡らしてしまいました」
「気にするな」
「でも……」
「洗えばいい」
「……」
五月は。
小さく笑った。
「悠飛さん」
「ん?」
「ありがとうございます」
「何が?」
「泣かせてくれて」
「それは」
悠飛は。
少し笑った。
「俺の功績なのか?」
「はい」
「そうか」
「はい」
五月は。
涙の跡を拭った。
「……少し楽になりました」
「それなら良かった」
◇
屋上の扉。
そこには。
一花たちがいた。
「……」
二乃。
三玖。
四葉。
六華。
莉々華。
そして。
風太郎。
実は。
誰も帰っていなかった。
「……」
四葉が。
泣きそうな顔で。
「五月……」
二乃が。
「……」
三玖が。
「……良かった」
六華は。
静かに笑っていた。
莉々華も。
「やっと話せたね」
一花は。
「うん」
そのとき。
五月が。
振り返る。
「みなさん……」
「聞いてたの?」
二乃が。
気まずそうにする。
「……少しだけ」
「最初から?」
「……」
「二乃?」
「……ちょっとだけよ!」
一花が笑う。
「私たちも心配だったから」
五月は。
少し恥ずかしそうに。
「……ありがとうございます」
四葉が。
五月の隣へ走る。
「五月!」
「四葉」
「もう一人で泣かないでくださいね!」
「……はい」
三玖も。
「私たちもいる」
「ありがとうございます」
六華が。
「悠飛もいる」
「はい」
莉々華が。
「だから大丈夫」
「……はい」
五月は。
全員を見る。
そして。
小さく笑った。
◇
その日の帰り道。
七人の少女と。
一人の少年。
悠飛たちは。
いつもの道を歩いていた。
「悠飛」
一花が。
右側を見る。
「ん?」
「歩きにくくない?」
「もう慣れてきた」
「本当に?」
「まあな」
二乃が。
「強がってない?」
「強がってない」
三玖。
「右側、私が見る」
四葉。
「私も!」
六華。
「じゃあ私は左」
莉々華。
「私は後ろ!」
五月は。
悠飛の隣を歩く。
「……」
「どうした?」
悠飛が聞く。
「いえ」
五月は。
少し笑う。
「なんだか」
「……」
「前より近くなった気がします」
「そうか?」
「はい」
「俺は変わってないぞ」
「それでも」
五月は。
空を見上げる。
「私たちが変わったんだと思います」
悠飛は。
少し考え。
「……そうかもな」
夕日が。
街を赤く染める。
悠飛の右目には。
その光は届かない。
しかし。
左目には。
七人の仲間たちが映っている。
「……」
五月が。
小さく呟く。
「悠飛さん」
「ん?」
「右眼の光が戻らなくても」
「……」
「私たちがいます」
悠飛は。
黙って五月を見る。
「だから」
五月は。
微笑んだ。
「一人で暗闇を歩かないでください」
「……」
悠飛は。
少しだけ目を細める。
そして。
笑った。
「分かった」
「約束ですよ」
「ああ」
「今度こそ」
「今度こそ?」
「守られるだけじゃなく」
五月は。
胸に手を当てる。
「私も、悠飛さんを守ります」
「……」
悠飛は。
前を向いた。
「頼りにしてる」
その言葉に。
五月は。
嬉しそうに笑った。
その日。
五月の涙は。
悲しみだけではなかった。
大切な人を失うかもしれないという恐怖。
自分を責め続けていた後悔。
そして。
それでも隣にいたいという決意。
すべてが混ざった涙だった。
悠飛の右眼から。
光は失われた。
けれど。
その代わりに。
彼の周囲には。
以前よりも強い絆が生まれ始めていた。
そして五月は。
この日。
心の中で。
一つの決意を固めた。
――もう、守られているだけの自分にはならない。
――いつか必ず。
――私が、悠飛さんを守る。
夕暮れの街。
八人の影が。
長く伸びていく。
その中で。
悠飛の右側を歩く五月は。
もう泣いていなかった。
ただ。
大切な人の隣を。
まっすぐ歩いていた。