『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』   作:夜幻

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第72話「五月の涙」

日の出祭から、数日が過ぎた。

 

学校は少しずつ、いつもの日常を取り戻しつつあった。

 

廊下を走る生徒。

 

笑い声。

 

授業開始を告げるチャイム。

 

放課後の部活動。

 

ほんの少し前まで、何も変わらないと思っていた日常。

 

けれど。

 

如月悠飛にとっては、すべてが変わっていた。

 

右目には、黒い眼帯。

 

それだけで、周囲から向けられる視線も変わる。

 

「……」

 

悠飛は廊下を歩きながら、そんな視線を気にすることなく前を向いていた。

 

左目に映る景色は、以前と変わらない。

 

窓から差し込む陽光。

 

掲示板。

 

教室。

 

友人たち。

 

そして。

 

その中にいる、五つ子たち。

 

「悠飛さん!」

 

遠くから四葉が走ってくる。

 

「廊下は走るな」

 

「すみません!」

 

「毎日言ってるぞ」

 

「はい!」

 

四葉は元気よく敬礼した。

 

その後ろから、一花、二乃、三玖、五月が歩いてくる。

 

六華と莉々華も、その少し後ろにいた。

 

「今日も全員集合ね」

 

一花が笑う。

 

「悠飛が復帰したから」

 

二乃が言う。

 

「監視が必要」

 

「監視って……」

 

「あなた、すぐ無茶するから」

 

「否定できないな」

 

「でしょ?」

 

二乃が得意げに笑う。

 

三玖も。

 

「……私も見張る」

 

「三玖までか」

 

「当然」

 

四葉が。

 

「私もです!」

 

「はいはい」

 

悠飛は苦笑する。

 

そんなやり取りを。

 

五月は黙って見ていた。

 

「……」

 

笑おうと思った。

 

いつも通りに。

 

けれど。

 

うまく笑えなかった。

 

悠飛が帰ってきた。

 

生きている。

 

学校にも戻ってきた。

 

それだけで。

 

十分なはずなのに。

 

胸の奥に残るものがあった。

 

日の出祭の日。

 

自分を守るために。

 

悠飛が右目を失った。

 

その光景が。

 

何度も。

 

何度も。

 

頭の中に蘇ってくる。

 

「……」

 

五月は。

 

そっと目を伏せた。

 

 

昼休み。

 

屋上。

 

五月は。

 

一人で弁当を食べていた。

 

「……」

 

箸が。

 

なかなか進まない。

 

「食べなければ」

 

自分に言い聞かせる。

 

「午後の授業に影響が……」

 

一口。

 

しかし。

 

味がしない。

 

「……」

 

五月は。

 

箸を置いた。

 

風が吹く。

 

髪が揺れる。

 

「……どうして」

 

自分でも分からなかった。

 

どうして。

 

こんなに苦しいのか。

 

悠飛は。

 

自分を責めるなと言った。

 

五月のせいではない。

 

自分で選んだのだと。

 

分かっている。

 

頭では。

 

ちゃんと分かっている。

 

それでも。

 

心が納得してくれない。

 

「……」

 

五月は。

 

両手を握った。

 

「私が……」

 

あの日。

 

無堂の言葉に誘われて。

 

一人で倉庫へ行かなければ。

 

悠飛は。

 

そこに来なかった。

 

悠飛が。

 

自分を守ろうとしなければ。

 

右目を傷つけることもなかった。

 

「……」

 

涙が。

 

一滴。

 

弁当箱の上に落ちた。

 

「……」

 

五月は。

 

慌てて拭う。

 

「駄目です」

 

誰も見ていない。

 

それなのに。

 

自分に言い聞かせる。

 

「泣いてはいけません」

 

もう一度。

 

涙を拭う。

 

だが。

 

次から次へと。

 

溢れてくる。

 

「……っ」

 

五月は。

 

顔を伏せた。

 

「私は……」

 

声が震える。

 

「私は……何をしているんでしょう」

 

 

その頃。

 

教室。

 

悠飛は。

 

窓際の席に座っていた。

 

右側から。

 

風が入ってくる。

 

以前なら。

 

自然に感じていた風。

 

今は。

 

視界の外から来るものに。

 

少しだけ神経を使う。

 

「……」

 

右目を失ってから。

 

悠飛は。

 

意識的に周囲の音を聞くようになった。

 

足音。

 

椅子を引く音。

 

ページをめくる音。

 

誰かの呼吸。

 

それだけで。

 

周囲の状況を把握する。

 

けれど。

 

まだ完全ではない。

 

「悠飛」

 

風太郎が声をかける。

 

「ん?」

 

「五月がいない」

 

「……」

 

悠飛は。

 

教室を見回す。

 

「屋上じゃないか?」

 

「どうしてそう思う?」

 

「昼休みに一人になりたいとき」

 

「……」

 

「五月は屋上へ行くことが多い」

 

風太郎が。

 

少し驚いた顔をした。

 

「よく見てるな」

 

「幼馴染だからな」

 

「そうだったな」

 

風太郎は。

 

席を立つ。

 

「探してくる」

 

「俺も行く」

 

「お前は休んでろ」

 

「大丈夫だ」

 

「右目が見えないんだぞ」

 

「だからって」

 

悠飛は。

 

立ち上がる。

 

「五月を一人にしておけない」

 

風太郎は。

 

一瞬黙る。

 

「……分かった」

 

二人で。

 

屋上へ向かった。

 

 

屋上。

 

扉の前。

 

悠飛が立ち止まる。

 

「……」

 

何か。

 

聞こえる。

 

風太郎も。

 

気づいた。

 

「泣いてる?」

 

「……ああ」

 

二人は。

 

顔を見合わせる。

 

悠飛が。

 

静かに扉を開けた。

 

「五月」

 

「……!」

 

五月が。

 

慌てて顔を上げる。

 

目元は赤い。

 

「悠飛さん……」

 

「どうした?」

 

「……何でもありません」

 

「嘘だな」

 

「……」

 

「泣いてたろ」

 

五月は。

 

顔を背ける。

 

「泣いてません」

 

「目が赤い」

 

「これは……」

 

「花粉?」

 

「……」

 

風太郎が。

 

吹き出しそうになる。

 

「悠飛」

 

「ん?」

 

「それは無理がある」

 

「だよな」

 

「二人とも!」

 

五月が。

 

頬を膨らませる。

 

一瞬。

 

いつもの空気に戻った。

 

けれど。

 

悠飛は。

 

五月の顔を見た。

 

「……」

 

やっぱり。

 

泣いている。

 

「五月」

 

「……はい」

 

「こっち来い」

 

「え?」

 

悠飛は。

 

ベンチに座る。

 

「話そう」

 

「……」

 

五月も。

 

ゆっくり隣に座った。

 

風太郎は。

 

少し離れたところへ移動する。

 

「……」

 

二人きりにしてくれたのだ。

 

 

「……悠飛さん」

 

「ん?」

 

「私」

 

「……」

 

「ずっと考えていました」

 

五月は。

 

膝の上で手を握る。

 

「日の出祭の日のこと」

 

「……」

 

「何度も思い出しました」

 

「俺もだ」

 

「……」

 

「でも」

 

悠飛は。

 

五月を見る。

 

「俺は後悔してない」

 

五月の肩が。

 

小さく震えた。

 

「……どうしてですか」

 

「お前が無事だったから」

 

「……」

 

「それだけ」

 

「それだけじゃありません!」

 

五月が。

 

初めて声を荒らげた。

 

「右目ですよ!」

 

「……」

 

「悠飛さんの右目……!」

 

涙が。

 

再び溢れる。

 

「もう……見えないんですよ?」

 

「……」

 

「ずっと見えていたものが」

 

「……」

 

「もう見えないんですよ?」

 

悠飛は。

 

黙っていた。

 

「なのに」

 

五月は。

 

涙を拭う。

 

「どうしてそんなに平気な顔ができるんですか……」

 

「平気じゃない」

 

「……」

 

「俺だって怖い」

 

「……!」

 

「朝起きて」

 

悠飛は。

 

右目へ手を触れる。

 

「もしかしたら見えるかもしれないって思う」

 

「……」

 

「でも」

 

「……」

 

「見えない」

 

五月は。

 

息を呑んだ。

 

「そのたびに」

 

悠飛は。

 

苦笑した。

 

「やっぱり失ったんだなって思う」

 

「……」

 

「怖いよ」

 

「……」

 

「悔しい」

 

「……」

 

「でも」

 

悠飛は。

 

五月を見る。

 

「それでも」

 

「……」

 

「お前が生きている」

 

「……」

 

「それだけで」

 

「……」

 

「俺は十分なんだ」

 

五月の目から。

 

涙が止まらなくなった。

 

「……馬鹿です」

 

「え?」

 

「悠飛さんは……」

 

五月は。

 

泣きながら笑う。

 

「本当に……馬鹿です」

 

「よく言われる」

 

「褒めてません!」

 

「知ってる」

 

「……」

 

五月は。

 

俯いた。

 

「私」

 

「……」

 

「自分が嫌になりました」

 

「五月」

 

「いつも守ってもらって」

 

「……」

 

「助けてもらって」

 

「……」

 

「それなのに」

 

五月は。

 

拳を握る。

 

「何も返せない」

 

「そんなことない」

 

「あります!」

 

「ない」

 

「あります!」

 

二人の声が。

 

屋上に響く。

 

やがて。

 

五月が。

 

小さく呟く。

 

「……私は」

 

「……」

 

「悠飛さんの右目を奪ったようなものです」

 

「違う」

 

「でも!」

 

「違う!」

 

悠飛の声が。

 

強く響いた。

 

五月が。

 

驚いて顔を上げる。

 

悠飛は。

 

真剣な表情だった。

 

「俺の右目は」

 

「……」

 

「俺が守ると決めた結果だ」

 

「……」

 

「誰かのせいにするつもりはない」

 

「……」

 

「まして」

 

悠飛は。

 

五月を見る。

 

「お前のせいにするなんて」

 

「……」

 

「絶対にない」

 

五月は。

 

唇を噛んだ。

 

「……」

 

「だから」

 

悠飛は。

 

ゆっくり言う。

 

「自分を傷つけるな」

 

「……」

 

「俺の右目を理由に」

 

「……」

 

「お前が泣く必要はない」

 

五月は。

 

首を横に振る。

 

「それでも……」

 

「ん?」

 

「泣きたいです」

 

「……」

 

「今だけは」

 

悠飛は。

 

少しだけ笑った。

 

「なら」

 

「……」

 

「泣けばいい」

 

「……」

 

「我慢する必要ない」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

五月は。

 

堪えていたものを。

 

すべて吐き出すように。

 

泣いた。

 

「う……」

 

肩が震える。

 

「うわぁぁ……!」

 

涙が。

 

止まらない。

 

「悠飛さん……!」

 

悠飛は。

 

何も言わず。

 

五月の隣にいた。

 

「ごめんなさい……!」

 

「謝るな」

 

「ありがとうございます……!」

 

「それもいい」

 

「怖かったんです……!」

 

「……」

 

「悠飛さんが……いなくなるのが……!」

 

「……」

 

「本当に……怖かった……!」

 

悠飛は。

 

そっと。

 

五月の頭に手を置いた。

 

「大丈夫だ」

 

「……」

 

「俺はここにいる」

 

「……」

 

「どこにも行かない」

 

五月は。

 

悠飛の制服を握った。

 

「……約束」

 

「約束だ」

 

 

しばらくして。

 

五月は。

 

ようやく泣き止んだ。

 

「……すみません」

 

「落ち着いたか?」

 

「はい……」

 

目は真っ赤だった。

 

「でも」

 

五月は。

 

少し恥ずかしそうにする。

 

「悠飛さんの制服」

 

「ん?」

 

「……濡らしてしまいました」

 

「気にするな」

 

「でも……」

 

「洗えばいい」

 

「……」

 

五月は。

 

小さく笑った。

 

「悠飛さん」

 

「ん?」

 

「ありがとうございます」

 

「何が?」

 

「泣かせてくれて」

 

「それは」

 

悠飛は。

 

少し笑った。

 

「俺の功績なのか?」

 

「はい」

 

「そうか」

 

「はい」

 

五月は。

 

涙の跡を拭った。

 

「……少し楽になりました」

 

「それなら良かった」

 

 

屋上の扉。

 

そこには。

 

一花たちがいた。

 

「……」

 

二乃。

 

三玖。

 

四葉。

 

六華。

 

莉々華。

 

そして。

 

風太郎。

 

実は。

 

誰も帰っていなかった。

 

「……」

 

四葉が。

 

泣きそうな顔で。

 

「五月……」

 

二乃が。

 

「……」

 

三玖が。

 

「……良かった」

 

六華は。

 

静かに笑っていた。

 

莉々華も。

 

「やっと話せたね」

 

一花は。

 

「うん」

 

そのとき。

 

五月が。

 

振り返る。

 

「みなさん……」

 

「聞いてたの?」

 

二乃が。

 

気まずそうにする。

 

「……少しだけ」

 

「最初から?」

 

「……」

 

「二乃?」

 

「……ちょっとだけよ!」

 

一花が笑う。

 

「私たちも心配だったから」

 

五月は。

 

少し恥ずかしそうに。

 

「……ありがとうございます」

 

四葉が。

 

五月の隣へ走る。

 

「五月!」

 

「四葉」

 

「もう一人で泣かないでくださいね!」

 

「……はい」

 

三玖も。

 

「私たちもいる」

 

「ありがとうございます」

 

六華が。

 

「悠飛もいる」

 

「はい」

 

莉々華が。

 

「だから大丈夫」

 

「……はい」

 

五月は。

 

全員を見る。

 

そして。

 

小さく笑った。

 

 

その日の帰り道。

 

七人の少女と。

 

一人の少年。

 

悠飛たちは。

 

いつもの道を歩いていた。

 

「悠飛」

 

一花が。

 

右側を見る。

 

「ん?」

 

「歩きにくくない?」

 

「もう慣れてきた」

 

「本当に?」

 

「まあな」

 

二乃が。

 

「強がってない?」

 

「強がってない」

 

三玖。

 

「右側、私が見る」

 

四葉。

 

「私も!」

 

六華。

 

「じゃあ私は左」

 

莉々華。

 

「私は後ろ!」

 

五月は。

 

悠飛の隣を歩く。

 

「……」

 

「どうした?」

 

悠飛が聞く。

 

「いえ」

 

五月は。

 

少し笑う。

 

「なんだか」

 

「……」

 

「前より近くなった気がします」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

「俺は変わってないぞ」

 

「それでも」

 

五月は。

 

空を見上げる。

 

「私たちが変わったんだと思います」

 

悠飛は。

 

少し考え。

 

「……そうかもな」

 

夕日が。

 

街を赤く染める。

 

悠飛の右目には。

 

その光は届かない。

 

しかし。

 

左目には。

 

七人の仲間たちが映っている。

 

「……」

 

五月が。

 

小さく呟く。

 

「悠飛さん」

 

「ん?」

 

「右眼の光が戻らなくても」

 

「……」

 

「私たちがいます」

 

悠飛は。

 

黙って五月を見る。

 

「だから」

 

五月は。

 

微笑んだ。

 

「一人で暗闇を歩かないでください」

 

「……」

 

悠飛は。

 

少しだけ目を細める。

 

そして。

 

笑った。

 

「分かった」

 

「約束ですよ」

 

「ああ」

 

「今度こそ」

 

「今度こそ?」

 

「守られるだけじゃなく」

 

五月は。

 

胸に手を当てる。

 

「私も、悠飛さんを守ります」

 

「……」

 

悠飛は。

 

前を向いた。

 

「頼りにしてる」

 

その言葉に。

 

五月は。

 

嬉しそうに笑った。

 

その日。

 

五月の涙は。

 

悲しみだけではなかった。

 

大切な人を失うかもしれないという恐怖。

 

自分を責め続けていた後悔。

 

そして。

 

それでも隣にいたいという決意。

 

すべてが混ざった涙だった。

 

悠飛の右眼から。

 

光は失われた。

 

けれど。

 

その代わりに。

 

彼の周囲には。

 

以前よりも強い絆が生まれ始めていた。

 

そして五月は。

 

この日。

 

心の中で。

 

一つの決意を固めた。

 

――もう、守られているだけの自分にはならない。

 

――いつか必ず。

 

――私が、悠飛さんを守る。

 

夕暮れの街。

 

八人の影が。

 

長く伸びていく。

 

その中で。

 

悠飛の右側を歩く五月は。

 

もう泣いていなかった。

 

ただ。

 

大切な人の隣を。

 

まっすぐ歩いていた。

 

 

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