『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
卒業式から、数日。
桜は満開を迎えていた。
校庭を彩っていた花々も、少しずつ散り始めている。
三年間。
長いようで短かった高校生活。
その最後の日から、まだ数日しか経っていない。
けれど。
一花にとっては、すでに何かが変わり始めていた。
「……」
中野一花は、自分の部屋の窓辺に座っていた。
机の上には、卒業アルバム。
そして。
一枚の写真。
高校最後の日。
桜の木の下で撮った写真だった。
そこには。
自分。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
六華。
莉々華。
そして。
悠飛。
八人が並んでいる。
「……ふふ」
一花は、写真を指先でなぞった。
「本当に……終わっちゃったんだね」
高校生活。
制服。
教室。
放課後。
文化祭。
修学旅行。
そして。
日の出祭。
思い出せば。
いくらでも出てくる。
その中でも。
一花の記憶に一番強く残っているのは。
「悠飛くん……」
無意識に。
その名前を口にした。
自分でも気づかないほど自然に。
「……」
一花は。
少しだけ頬を赤くする。
「私……」
写真の中の悠飛を見る。
「やっぱり、好きなんだ」
◇
一花が悠飛を意識するようになったのは。
いつだったのだろう。
最初からだったわけではない。
幼馴染。
頼れる友達。
五つ子の大切な仲間。
最初は。
それだけだった。
悠飛は。
誰に対しても優しかった。
困っている人がいれば助ける。
弱い人がいれば守る。
間違っていることには真正面から立ち向かう。
そして。
自分自身が傷ついても。
他人を責めない。
そんなところが。
一花には。
ずっと眩しく見えていた。
「……」
けれど。
決定的だったのは。
日の出祭。
あの日。
悠飛は。
五月を守るために。
右眼を失った。
その姿を見た瞬間。
一花の胸に。
言葉では表せない感情が生まれた。
怖かった。
悠飛が死ぬかもしれないと思った。
もう二度と。
笑って話せなくなるかもしれないと思った。
そのとき初めて。
一花は気づいた。
――私は、この人を失いたくない。
それは。
単なる幼馴染への心配ではなかった。
◇
「……でも」
一花は。
少し困ったように笑った。
「私だけじゃないんだよね」
五つ子。
六華。
莉々華。
みんな。
悠飛を大切にしている。
特に。
六華。
一花は。
六華の悠飛への視線を。
ずっと見てきた。
幼い頃から。
一番近くにいた少女。
悠飛と六華が二人でいるときの空気。
あれは。
一花にも分かる。
「……強敵だなぁ」
一花は。
ベッドへ倒れ込んだ。
「本当に」
天井を見る。
「勝てるのかな」
一花は。
芸能界を目指している。
これから。
女優として。
たくさんの人に出会うだろう。
仕事も。
恋も。
きっと。
高校時代とは比べ物にならないほど。
忙しくなる。
「……」
それでも。
悠飛のことだけは。
諦めたくなかった。
「私」
一花は。
胸に手を当てる。
「悠飛くんの隣にいたい」
それが。
一花の本当の気持ちだった。
◇
その日の午後。
一花は。
五つ子の家のリビングにいた。
二乃が。
紅茶を淹れている。
三玖は。
ソファで本を読んでいる。
四葉は。
スマートフォンを見ている。
五月は。
参考書を広げている。
「ねえ」
一花が。
唐突に言った。
「何?」
二乃が答える。
「みんな、進路どうする?」
「突然ね」
「卒業したばっかりなのに」
「だからこそ」
一花は。
笑った。
「これからのこと、ちゃんと考えないと」
三玖が。
本から顔を上げる。
「一花は?」
「私は女優」
即答だった。
「もう決めた」
「本気なんだ」
二乃が。
少し驚く。
「うん」
一花は。
頷く。
「ずっと憧れてたから」
「大変そう」
三玖が言う。
「大変だと思う」
「それでも?」
「それでも」
一花は。
笑った。
「やりたいことだから」
四葉が。
嬉しそうに笑う。
「一花なら絶対できます!」
「ありがとう、四葉」
五月が。
参考書から顔を上げる。
「一花ならきっと成功します」
「五月もありがとう」
そのとき。
二乃が。
何気なく言った。
「じゃあ恋愛はどうするの?」
「……」
空気が。
止まった。
一花の笑顔が。
一瞬だけ固まる。
「恋愛?」
「そう」
二乃は。
ニヤリと笑う。
「女優になるなら、恋愛も大事なんじゃない?」
「……」
三玖が。
何かを察した。
「二乃」
「何?」
「その話は……」
「いいじゃない」
二乃は。
一花を見る。
「一花は好きな人、いるの?」
「……」
四葉が。
「!」
五月が。
「……」
三玖が。
「……」
全員が。
一花を見る。
「……いるよ」
一花は。
小さく答えた。
「えっ?」
四葉が。
目を丸くする。
「誰ですか?」
「誰でしょう?」
一花は。
いつものように。
からかうような笑顔を浮かべる。
「ヒントは?」
「私たちが知ってる人」
二乃が。
眉を上げる。
「……まさか」
三玖が。
黙る。
五月も。
視線を逸らす。
「……」
一花は。
何も言わなかった。
それだけで。
答えは。
十分だった。
「悠飛……?」
四葉が。
小さく呟く。
「……うん」
一花は。
頷いた。
◇
沈黙。
誰も。
何も言わなかった。
一花は。
その空気を見て。
苦笑する。
「そんな顔しないでよ」
「だって……」
四葉が。
戸惑う。
「一花も……」
「うん」
「悠飛さんのこと……」
「好き」
一花は。
はっきり言った。
「私は、悠飛くんが好き」
三玖は。
本を閉じた。
「……」
五月は。
胸元で手を握る。
二乃は。
腕を組んだ。
「……やっぱりね」
「気づいてた?」
「分かるわよ」
二乃は。
少し笑った。
「昔から見てれば」
一花は。
「そっか」
と呟く。
そして。
少しだけ真剣な顔になる。
「でも」
「……」
「誰にも譲るつもりはないよ」
四葉が。
驚く。
「一花……」
「私は」
一花は。
胸の前で両手を握る。
「自分の気持ちを、ちゃんと大事にしたい」
「……」
「女優になる夢も」
「……」
「悠飛くんへの気持ちも」
一花は。
笑った。
「どっちも諦めない」
二乃が。
小さく笑う。
「一花らしいわね」
「そう?」
「ええ」
「じゃあ」
一花は。
立ち上がる。
「頑張らないとね」
◇
その夜。
一花は。
一人で街を歩いていた。
芸能事務所から。
オーディションの案内が来ている。
まだ。
正式な所属先は決まっていない。
これから。
一つずつ。
自分の力で道を作っていく。
スマートフォンを見る。
そこには。
悠飛から届いたメッセージ。
『明日、みんなで集まらないか?』
「……」
一花は。
笑った。
『もちろん』
返信。
そして。
少し考えて。
もう一文。
『二人でもいいけどね』
送信。
「……」
数秒。
既読。
『みんなでの予定だぞ?』
「……」
一花は。
頬を膨らませる。
「もう……」
鈍感。
本当に。
どうしようもない。
「でも」
一花は。
笑った。
「そこも好きなんだよね」
◇
翌日。
公園。
悠飛たちは。
いつものように集まっていた。
「おはよう」
「おはようございます!」
「遅い」
二乃が言う。
「時間通りだぞ」
「私たちが早かったの」
「なるほど」
一花は。
悠飛の顔を見る。
「悠飛くん」
「ん?」
「眼帯」
「どうした?」
「似合ってる」
「またそれか」
「だって本当に似合ってるんだもん」
一花は。
笑った。
「昔より格好良くなった」
「そうか?」
「うん」
「二十年後はどうかな」
「二十年後?」
一花が。
一瞬。
言葉を失う。
「……」
悠飛は。
何気なく言っただけだった。
けれど。
一花の胸には。
その言葉が。
強く残った。
「二十年後も」
一花は。
笑う。
「隣にいられたらいいね」
「そうだな」
悠飛は。
あっさり答えた。
「みんなで」
「……」
一花は。
少しだけ寂しく笑う。
「そうだね」
みんなで。
それも。
大切なこと。
でも。
一花が欲しいのは。
「みんな」の中の一人ではない。
「悠飛くんの、一番近く」
そこだった。
◇
帰り道。
一花は。
悠飛と二人になった。
他のみんなは。
少し先を歩いている。
「悠飛くん」
「ん?」
「女優になるって話」
「聞いた」
「どう思う?」
「向いてると思う」
「……」
一花は。
少し驚いた。
「理由は?」
「人の感情を読むのが上手い」
「……」
「相手が何を考えているか」
「……」
「自然に察するだろ」
「……そうかな」
「ああ」
悠飛は。
笑う。
「それに」
「何?」
「一花は、人を笑顔にできる」
「……」
その言葉。
一花の胸に。
強く響いた。
「……ありがとう」
「頑張れよ」
「うん」
一花は。
歩きながら。
悠飛を見る。
右目を覆う眼帯。
優しい左目。
昔と変わらない。
いや。
昔より。
もっと好きになっている。
「ねえ、悠飛くん」
「ん?」
「もし」
「……」
「私が有名になったら」
「……」
「どうする?」
「応援する」
「それだけ?」
「それ以上、何かあるか?」
「……」
一花は。
少し笑った。
「やっぱり鈍感」
「何が?」
「秘密」
◇
夜。
一花は。
また部屋に戻る。
卒業アルバムを開く。
最後のページ。
寄せ書き。
そこには。
悠飛の文字。
『これからもよろしく』
たったそれだけ。
一花は。
それを見て。
笑った。
「……これからも」
その言葉。
今なら。
違う意味で受け取れる。
高校生活が終わった。
でも。
悠飛との関係まで終わったわけじゃない。
むしろ。
これからが。
始まりなのかもしれない。
一花は。
鏡の前に立つ。
「中野一花」
自分の顔を見る。
女優を目指す少女。
そして。
一人の少年を好きになった少女。
「私は」
ゆっくり。
言葉にする。
「女優になる」
「そして」
少しだけ。
頬を赤くする。
「悠飛くんにも、ちゃんと想いを伝える」
今までは。
冗談にした。
からかった。
笑って誤魔化した。
けれど。
これからは。
違う。
夢も。
恋も。
どちらも本気で追いかける。
「待っててね」
写真の中の悠飛へ。
一花は。
微笑む。
「いつか」
「私が、一番輝く女優になったとき」
「そのときは」
「ちゃんと私を見て」
◇
それから。
二十年。
一花は。
本当に女優になった。
数々の作品に出演し。
映画。
ドラマ。
舞台。
そして。
日本を代表する女優の一人へ。
華やかな世界。
厳しい世界。
何度も挫折し。
何度も立ち上がった。
恋愛の噂も。
何度もあった。
しかし。
誰とも結婚しなかった。
理由を聞かれるたび。
一花は。
笑って答えた。
「まだ運命の人に会えてないんです」
本当は。
違った。
ずっと。
心の中にいた。
高校時代。
桜の下。
黒い眼帯をつけた少年。
如月悠飛。
二十年。
長い年月が流れても。
その気持ちは。
消えなかった。
そして。
ある日。
一花のもとへ。
一通の連絡が届く。
『二十年後の同窓会について』
一花は。
画面を見つめる。
「……来た」
二十年前の約束。
二十年後に。
みんなで会う。
「悠飛くん……」
一花は。
スマートフォンを握りしめる。
「今度こそ」
胸の奥から。
昔と変わらない気持ちが。
蘇る。
「ちゃんと伝えるから」
今度は。
逃げない。
冗談にも。
しない。
女優としてではなく。
中野一花として。
一人の女性として。
「私の想いを」
◇
同窓会前夜。
一花は。
鏡の前で。
ドレスを選んでいた。
「これ……」
赤。
「ちょっと派手かな」
次。
黒。
「大人っぽすぎる?」
白。
「……」
悩む。
そして。
最後に。
淡い色のドレスを手に取った。
「これにしよう」
高校時代の自分を。
少しだけ思い出せる色。
一花は。
鏡を見る。
四十代になった自分。
それでも。
あの頃の少女の面影は残っている。
「明日」
一花は。
小さく笑う。
「悠飛くんに会える」
胸が。
高鳴る。
まるで。
高校生に戻ったように。
「……楽しみ」
そして。
少しだけ。
不安になる。
二十年。
悠飛には。
大切な人がいるかもしれない。
結婚しているかもしれない。
子供がいるかもしれない。
それでも。
一花は。
自分の気持ちを否定しなかった。
「それでも」
「私は」
写真を見る。
そこには。
桜の下の少年。
「悠飛くんが好き」
二十年経っても。
変わらない。
変えられない。
だから。
明日。
必ず。
伝える。
◇
同じ頃。
東京の夜。
悠飛も。
同じ写真を見ていた。
「……一花」
高校時代。
いつも笑っていた少女。
夢を語っていた少女。
自分に向かって。
「悠飛くん」と呼んでいた少女。
「女優になったんだよな」
テレビをつける。
画面には。
今や有名女優となった一花の姿。
悠飛は。
少し笑った。
「すごいな」
そして。
画面の中の一花が。
インタビューを受けている。
『中野さんにとって、女優人生で一番大切なものは何ですか?』
一花は。
少し考える。
そして。
笑った。
『忘れられない人、です』
悠飛は。
その答えを聞いて。
「……」
なぜか。
胸がざわついた。
しかし。
その意味を。
まだ理解していなかった。
「明日」
悠飛は。
写真を見る。
「久しぶりに、みんなに会えるな」
そして。
電気を消す。
夜が深くなる。
二十年ぶりの再会。
それぞれの人生を歩んできた八人が。
再び。
同じ場所に集まろうとしている。
その中で。
一人の女性だけは。
二十年前から。
変わらない想いを胸に抱いていた。
中野一花。
彼女の想いは。
明日。
ついに。
動き始める。
そして――。
二十年という長い年月を越えた先で。
一花の恋は。
再び。
始まろうとしていた。